第267話、喧嘩にオロオロする錬金術師
「・・・なあ、セレス、今あの竜、喋ったよな」
「うん、喋ったね」
倒れる前・・・いや、あれは倒れたんじゃない。転がったが多分正しい。
まだあの竜には余力が有った。まだ戦えた。けど戦うのを放棄して転がったんだ。
そしてその前に、竜は確かに「私の負けだ」と告げた。
「即答か。竜って喋れるのが錬金術師にとっては常識なのか?」
「ううん。全部が喋れる訳じゃない。喋る事が出来るのも居る、が正しいかな」
実際私は、あの竜が喋れると思っていなかった。
だから言葉で語りかける事はしなかったし、力を見せる方向で動いていた。
勿論最初は倒す算段を立てていたけど、途中から少し考えを変えていた部分が有る。
『『『『『『『『『『キャー!!』』』』』』』』』』
戦闘が終わったと判断したらしい精霊達がポンと弾け、精霊の雨が砂漠に降って来る。
全員もれなく埋まっているのだけど、普通に下から分かれる事は出来ないんだろうか。
その雨の合間を縫うようにして、アスバちゃんも下降してきた。
ただしその顔は物凄く不機嫌だ。眉間に皺が寄っている。怖い。
「・・・セレス、あの竜、もしかして私達を狩る気、なかったんじゃないの?」
「・・・うん、多分」
明らかに不機嫌そうな声音に、思わず怯みながら答える。
実を言うと、途中からそれには気が付いていた。
だってあの竜の歯、どう見ても肉を食べる歯じゃなかったもん。
草を磨り潰して食べる為の、草食獣の歯並びなんだよね。
だから多分、あの竜は私達を見つけて、ちょっと面白そうだからじゃれていただけだろう。
そのじゃれつきの規模が大き過ぎて、そんな可愛い表現で許される物じゃなかったけど。
勿論その考えが確実なんて言えないから、全力で戦う必要は有ったけどね。
「ふ・・・ふふ・・・ふふふっ、そう、そうなの、そういう事なのね」
私の答えを聞いたアスバちゃんは、突然俯いて笑い出した。
何か面白かっただろうか。面白い事を言ったつもりはなかったんだけど。
でもまあ不機嫌じゃなくなったなら良かったかな。
「コラァ! 満足そうに寝転がってんじゃないわよ! もう一回よもう一回! こんな決着認めないわ! 手加減されてたって事じゃないの!」
あっ、違った。やっぱり怒ってた。って言うかもう一回は勘弁して欲しい。
まだ樽は有るけど、次も満足させられる保証はどこにもない。
出来れば竜が満足した訳だし、このまま大人しく帰りたい。
・・・帰りたいけど、このアスバちゃんを、私が止められる気がしないんだよなぁ。
「ばっ、馬鹿止めろ! せっかく何とかなったんだからややこしくするなよ!」
あ、良かった。リュナドさんが止めてくれそう。
「うっさい! 大体あんた何にもしてないじゃないの!」
「あのな、お前らみたいな化け物と違って、こちとら普通の人間なんだぞ。決死の思いで出て来たんだから、ここに居るだけで褒めて欲しいぐらいだよ。それに多少はやったっつの」
うん、リュナドさんはちゃんと助けに来てくれたから、何もしてない事はないと思う。
それに危ないって解ってるのに来てくれたんだから、本当に感謝しかない。
ただアスバちゃんは戦闘に集中してたから、その時は見てなかったのかも。
「はーそうですか偉いでちゅねー! これで満足!?」
「おまえほんっと可愛くねえなぁ」
「あんたに可愛いなんて言われたら怖気が走るわよ!」
「そりゃ良かったな。今まで一度も思った事ねえよ。くっそ生意気な大魔法使いさん」
「実力のない噂だけが大きくなった精霊使い様と違って、大きな口叩けるだけの実力が有って申し訳ありませんわね!」
「実力あっても性格がねじ曲がってるよりマシだと思うけどなぁ?」
「はっ、弱い人間の良く言う言葉ね! 力がなきゃ結局何もやり通せないのよ!」
「力だけあっても面倒が有るから、お前は人前で全力出さなかったんだろうが。違うか?」
・・・あ、あれ、なんか、本格的に喧嘩が始まっている様な。リュ、リュナドさん?
怒鳴りこそしてないけど、声がなんか、ちょっと、怖いよ?
『『『『『『『『『『キャー♪』』』』』』』』』』
二人の様子にアワアワしていると、埋まっていた精霊達がズボッと顔を出して声を上げた。
そのおかげか二人の言い合いが止まり、その間に精霊達がわらわらと集まって来る。
リュナドさんはあっという間に群がられ、虫にたかられるランプみたいになってしまった。
「・・・なんか馬鹿らしくなったわね」
「・・・奇遇だな、俺もだ」
「はぁ、悪かったわよ。言い過ぎたわ」
「こっちもな」
よ、良かった。二人とも落ち着いてくれたみたい。怖かったぁ。
精霊達良い仕事したね。褒めてあげよう。と思って近場に居たのを撫でたのが失敗だった
『『『『『『『『『『キャー!』』』』』』』』』』
「はぶっ!?」
リュナドさんにたかっていた精霊達が、今度は私に群がって来た。
僕も褒めてーと言われても、そんなわらわらと張り付かれたらどうしようもない。
けど取りあえず褒めてあげないと収集つかなそうだったから、片っ端から頭を撫でていく。
そうして腕が疲れてきた頃に全員撫で終わったらしく、腕を降ろして座り込んだ。
高さを維持して左右に振るのを延々繰り返してたから、肩もちょっと辛い。
同じように撫でないと、僕それされてないーって騒ぎだすんだもんなぁ。
「つ、つかれた・・・」
『キャー』
思わず漏らした呟きに、頭の上の子が私の頭を撫でて労ってくれた。
因みに何故か私に撫でられた後はアスバちゃんに群がり、彼女も同じ状態になっている。
「・・・お前ら、ほんと自由だよな。お前らが最強だよ」
『『『『『『『『『『キャー♪』』』』』』』』』』
「いや、褒めてないからな」
何でリュナドさんだけ元気なんだろう・・・あ、そう言えば撫でてなかったね。
普段なら彼に褒めろーって群がるのに、今日は何で行かなかったんだろう。
『キャー?』
「・・・ああ、なるほど」
頭の上の子が不思議そうに聞いてきた事で、疑問がすぐに氷解した。
どうやら私が褒める場合は、リュナドさんも褒められる側らしい。
何でリュナドは撫でないのー? だって。そうだね。褒めてあげないとだよね。
「リュナドさん、頑張ったね」
「・・・は?」
・・・うん? ちょっと待って。今私は何をしているんだろう。
疲れたせいで特に疑問なく撫でちゃったけど、これは少し違うのでは。
あ、でもリュナドさんの髪、ちょっと気持ち良い。固いけど結構好きな手触りだ。
何だか撫でてる私が癒される気がする。手が気持ち良い。
放さないといけないんだけど、もう少しこのまま触っていたい。
あれ、そもそも何で放さないといけないんだっけ。疲れて思考が回ってない。
・・・まあ良いか。もうちょっと撫でてよう。両手が気持ち良い。
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何で俺は今わしゃわしゃと頭を撫でられているんだろう。
あれか、さっきの言い合いのせいか。褒めて欲しいって言ったせいか。
ていうか長くないか。何時まで撫でてるんだ。
「薄いけど髭あるね・・・首の後ろ、結構下の方まで髪生えてるんだ・・・耳柔らかい」
何かすげー恥ずかしいんだが。あと触り方がくすぐったい。
いやまて、なんで手が下がってるんだ。頬とか首筋とか耳とか触ってるのはおかしい。
そう思って困っていると、アスバが疲れた顔を向けて口を開いた。
「セレス、そういうのは人の居ない所でやりなさいよ」
「ん・・・そっか、解った」
待て待て。それは何か意味が違う気がするんだが。セレスも何故否定しないんだ。
でもこれ俺が口を出したら、もっとややこしい話になりそうな予感がする。
よし、話題を変えよう。この話題を掘り下げるのは危険だ。
「ところで、あの竜どうするんだ」
「どうするって、どうしたいのよ」
「いや、あんなのがまた暴れたら大変だろ」
「って言ってもね。戦って満足げに寝た事を考えると、それは無理じゃないの?」
あー、そう言われると確かにそうかもしれない。
戦う事が趣味なんだって話なら、大人しくしてろってのは確実に無理だろう。
『『『『『『『『『『キャー!』』』』』』』』』』
「え、大丈夫、か?」
『『『『『『『『『『キャー!!』』』』』』』』』』
「じゃあ、任せるけど・・・」
精霊達が僕達に任せてと自信満々に言うので、少し心配だが任せてみると告げる。
すると精霊達がワラワラと竜に取り付き、寝ている竜の腹の上でキャーと鳴いた。
その鳴き声に瞑っていた竜の目が開き、キャーキャーと鳴く精霊の声を聞いている。
いや、話を聞いているように見える。
「ふむ、成程。そう言う事ならば、それも良いだろう」
そして、そんな納得したような言葉を口にした後、のそりと起き上がった。
精霊達は動く竜に取り付く者や、足元をちょろちょろと歩く者も居る。
竜は精霊達を踏まない様に気をつけながら、ゆっくりと此方に向かってきた。
近づいて来るとその巨体は圧巻の一言だ。そこに居るだけで威圧感が有る。
「良く解らぬ小さき者よ。精霊を統べる者よ。この戦いの勝利者はお前だ。精霊が言うには敗者は勝者の配下なのだと言う。ここではそれが決まりならば、それに従おう」
「・・・は?」
今の発言が、セレスに向いていたなら解る。アスバでもまだ解る。
けど何故なのか、竜は明らかに俺に目を向けてそう告げた。
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