第266話、遠慮無しで戦う錬金術師

頭の上の子には、他の山精霊とは別で行動をするようにお願いをしていた。

絨毯を渡して家に飛んでもらって、家精霊に事情を話して来る様にと。

そうして持って来て貰ったのがこの樽だ。


私の魔法石は、同時に使う個数が増えれば増える程威力が上がる。

けれど携帯出来る量には限りが有るから、どうしても普段は限界が有る。

一つの魔法石に籠める魔力だって、時間効率と魔力量の問題で強大な魔法は籠められない。

だからこそ私の戦闘には、相手が強大ならば事前準備が必要になってくる。


精霊殺しの時は『何時どこで出会うか解らない』という難点が存在した。

その為に携帯出来る武装を作る必要が有ったし、街中という点も考える必要が有る。

だからこそ、精霊殺しの時はその為の道具を作った。携帯出来て打倒出来る道具を。


けれどここなら何の躊躇も要らない。出会ってから用意出来る時間も有った。

ならばこの樽を、今まで作り溜めて来た魔法石を詰めた樽を、丸ごと使って問題無い。

これだけの量が有れば私もアスバちゃんと同レベルの魔法が放てる。


「―――――落ちろ」


リュナドさんを抱きしめる力を強めながら、樽に魔力を通して魔法石を起動させる。

大量の水晶が一体化し、樽を破壊してさらに巨大な水晶となり、強く光り輝く。

内包する魔力量は、アスバちゃんが衝撃波を放った時と同等程度。


この魔力量で攻撃をぶつければ、さすがの竜も落ちざるを得ないだろう。

勿論『当たれば』という前提が必要な話ではある。ただしこの魔法は、攻撃魔法じゃない。


「ギャオ!?」


おそらく攻撃を放たれると構えていたのだろう竜を、土と砂で作った大量の触手で絡めとった。

障壁で防ごうとも体で弾こうとも、単純な一定方向の力じゃない以上完全に防ぎきれはしない。

勿論竜が自由に動ける状況か、攻撃の種類を見極める時間が有れば別だったろうけど。


この魔法は物体操作系の魔法だ。

物に魔力を込めて操作する事で、実際とは比べ物にならない強度と威力を発生させる。

そしてここには大量の土と砂が有る。これだけ有ればどんな形の物でも作れる。


問題は、この手の魔法は発動後にもそれなりに制御が必要な事かな。結構疲れる。

とはいえ魔法構築の手順は飛ばせるから、普通に放つ苦労を考えたら大した事はない。

そして捕まえてしまえばこちらの物だ。このまま地面まで引き落とす!


「ギャオオオオオオ!!」


竜は拘束を解こうと暴れるが、そうそう簡単に放す気はない。

樽一つ丸ごと使ったんだ。ちょっと暴れたぐらいでどうにかなって堪るものか。

ただ竜の暴れっぷりも本気だから、油断は出来ないけど。


「いいわよ、そのまま抑えてなさい!!」


なにせアスバちゃんが、今度は本気で溜めた魔法を放とうとしている。

あれが当たれば流石にこの竜も終わりだ。

竜もそれは理解しているのだろう。暴れ方が本気になってきている。


「っ!」


膨大な魔力を使って私の魔法を崩しに来た。

今まで温存していた魔力を使うか。やっぱりこの竜頭が良い。

どこで何に全力を注ぐべきか良く解っている。それに魔力の流し方が上手い。


「させない」


土の触手を制御しながら、別の樽に魔力を流す。

そうしてまた樽が一つ破壊され、水晶が大きく光り輝く。

次に出したのは氷。巨大な氷塊を、そちらを防がざるを得ない氷塊を空に作り出す。


「グルゥウウウウウウ!!」


案の定竜は拘束に労力を割くのを止め、上空から叩きつけてくる氷塊に意識を向けた。

体は拘束している以上、竜が出来るのは魔法での防御のみ。

氷塊には単純な制御しか使っていないから、私は土の制御に集中できる。


「グオオオオオオオオオオ!!」


余程必死なのだろう。今までのまだ余裕の有った物じゃない、本気の咆哮が響く。

そうして出来た障壁は、流石は竜だと言わざるを得ない強大な物だった。

私の樽一つを使って放った魔法を受け止め切るんだから、本当に生物として格が違う。


「相棒、押し込めぇ!」

『『『『『キャー!』』』』』

『っ、ヴァアアァァアア!!』


ただそこで、リュナドさんが山精霊に指示を飛ばした。

近づいて良いのか解らなかったんだろう巨大精霊は、その指示で咄嗟に飛び上がる。

そして上空から動けない竜に向かって、両腕の魔法をぶち込んだ。


「ギャオオオオオオ!!」


真面に入った。氷の魔法に全力を注ぎ、アスバちゃんの攻撃に意識が行っていたんだろう。

動く気配のなかった精霊達の突然の攻撃に、対処が間に合わなかった。

魔法による防御も、身体による抵抗も薄れた一瞬。その一瞬を逃す訳が無い。


「っ!」


精霊の攻撃の勢いも使い、全力で土の触手を引いて竜を地面に叩きつける。

なす術無く背中から地面に叩きつけられた竜は、声の無い呻き声を漏らしていた。


「はっ、認めてあげる! あんた強かったわ! 私一人じゃ勝てなかったかもしれないわね! けど世の中には化け物がゴロゴロいるのよ! その事を噛み締めて沈みなさい!」


精霊の攻撃による身体損傷で少し力が弱まり、地面に縫い付け完全な拘束を達成。

そして魔力を帯びた拘束による転移妨害もしており、これ以上ない決着の準備は整った。

アスバちゃんは勝利を確信したのだろう。決着がついた前提で叫んでいる。


その彼女の頭の上には、竜を飲み込む程の大きな火球。

絶対に避けない事を前提とした、完全に威力だけを重視した魔法が出来上がっていた。


「燃え尽きなさい!!」


そして、アスバちゃんの腕が、竜に向かって振り下ろされる。

これで火球が竜に落ちる。当たれば終わ―――――。


「―――――っ、アスバちゃん、全力でその魔法押し込んで!!」


ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー


ぐぅ・・・中々に効いた。あの良く解らぬ小さき生き物を軽視し過ぎた結果だな。

アレは何なのだろう。精霊とも獣とも神性とも違う。初めて見る存在だ。

戦う意思が無い様子故に一旦興味から外していたが、それが敗因と言わざるを得ない。


あの者が精霊に指示をしたとたん、精霊の力が膨れ上がった。

何とも面白い生き物だ。世界にはああいう存在も居るのだな。

たとえ自身が強大な力を持たずとも、誰かに力を分け与える事が出来るか。


良い勉強になった。自身の固定概念を壊す良い機会であった。

感謝しよう、小さき者よ。そして認めよう。この戦い、私の負けだ。

小さき不思議な生き物よ。お前こそがこの戦いの勝者だ。


とはいえ負けを認めたとしても、上空の小さき者はあの魔法を落とす気であろうな。

流石にあれを食らってはただではすまん。火傷で済む魔力量ではない。




――――――小さき者に全力は少々罪悪感があるが、流石にそうも言っておれんか。





「―――――っ、アスバちゃん、全力でその魔法押し込んで!!」

「なっ!? 何よその姿!?」


身体を戦闘用に変態。内に封じていた魔力を開放。そのまま前方に魔法を形成。

小さき者の驚きを耳にしつつ、放たれた魔法に向けて魔力を圧縮した火砲を打ち放つ。

このような力押しは好む所ではないが、命の危機に四の五の言っておれんのでな。

その火球、このまま火砲で押し込んで消し飛ばさせてもらう。


「ざっけんなああああああああ!!」


お、これは中々。全力でも簡単には押し返せんか。本当に凄いな、あの小さき者は。

だがすまんな。こちらはその魔法の性質を読んだ上での反撃だ。

後出しでの対処故、最終的に押し切れる結末は見えている。


――――――む、また先の不思議な魔法が放たれるな。


あのメスと同じ匂いのする者が、また似たような魔法を放とうとしている。

独特な構成をしている魔法なので、模倣するのが難しい。

当然そうなると、初見の魔法は簡単に防げん。さて何が飛んでくるやら。


この土の拘束も今の全力であれば外せん事も無いのだが、今は火球を押し出す必要が有る。

流石に後出しでどうにかなる様にしたとはいえ、脅威な事は変わりない。集中が必要だ

となるとどう足掻いても躱す事は不可能という結論になるな。ははっ、困った。

まあ障壁を張るしか対処が無いか。多少の損傷は覚悟しよう・・・む?


――――――ああ、なるほど、困る事を的確にやって来るな。


あのメスと同じく対処が的確だ。今何をすれば私が一番困るか、良く解っている。

膨大な魔力を一撃に籠めるのではなく、その魔力を大量の攻撃に振り分けたか。


これは対処出来んな。全て防ぐのは不可能だ。

もしそんな事に気を回せば、一番肝心の火球を押し込まれる。勿論それが狙いだろう。

いっそ防御は捨てて火球に集中する方が利口だな。

戦闘用に体を作り変えた今なら、ある程度は耐えられるだろう。


と思ったが物凄く痛い。小さな石が大量に体にめり込み、痛みのせいで制御がぶれる。

成程、一つに籠める力を抑えた分、通常より更に圧縮する事で貫通力を増したか。

流石に目は障壁で庇っておこう。再生できるとはいえ、今目をやられるのは少々不味い。


それに体に入り込んだ石が、この体に流れる魔力を乱そうとして来る。

対処をしない可能性も踏まえた二重の攻撃か。流石だ。

小さき者は強大な者に知恵で戦う。その姿は素晴らしいの一言だ。


それに比べてこの火砲の力押しのなんと無様な事か。全く格好が悪い。

技術を込めた魔法ならばともかく、ただ魔力を強引に集めて放っているだけなど。

こんな物、ただ才能に頼っただけのゴリ押しではないか。

だが、格好悪くもやり出した事だ。これで押し負ける事の方が余程無様であろうよ!


「――――――――――――!!」


気合を入れて叫び、火球を押し返して吹き飛ばす。

はるか上空まで吹き飛ばした後制御を失った両魔法は、盛大な音を上げて吹き飛んだ。

それと同時に土の拘束を全力で振り払い、立ち上がってもう一度咆哮を上げる。


「あれを、返されたっていうの!?」

「拘束まで弾かれた・・・!」

「くそっ、マジかよ!?」

『『『『『キャー!』』』』』

『ヴァアァァアア!?』


小さき者達の驚きの声を聴きながら、口を閉じてドスンと座り込む。

満足だ。まだ戦おうと思えば戦えるが、そんな気はもう起きない。

まあその前に、この身は既に敗北していたのだったな。ははっ。


「強いなぁ、小さき者よ。私の負けだ。楽しかったぞ」


そう宣言して、ごろんと地面に転がった。

本当に心の底から楽しかった。これだから外の世界は素晴らしい。

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