第265話、離れる気が起きない錬金術師
「何とかなりそうとはいえ、先ずはここから出ないと話にならないよね」
あの竜が私を攻撃してこないというのなら、それはそれで都合が良い。
相手の意図がどうあれ、大人しく捕まっている気なんて私には毛頭ないし。
結界の作りを確かめる様に手に触れ、魔力を微弱に流して構成を把握する。
「・・・うん、表面上どころか、完璧に私の構築だ。これなら破れる」
この結界は私の封印石の結界を真似て作られている。
ただそれが半端な真似や、アレンジが入っていたら破るのは難しかったかもしれない。
けれど完全に私の魔法をそのまま模倣したというなら、それはむしろ都合が良いと言える。
私は自分の魔法が完璧だ、などとは思っていない。
むしろ自分にとって使い勝手の良い作りにした結果、多少の穴が存在している。
結界石はその最たる物だ。私の結界は普通の結界とは毛色が違うのだから。
封じ込められているというのが若干難点ではあるけど、それでも何とかなりそうだ。
時間は少しかかるけど、攻撃されないなら結界破りに集中出来る。
込められている魔力量が多かったとしても、小さくでも穴を開けてしまえば後は容易い。
「・・・ん?」
ならば実行を、と思った所で何かが降ってくる気配を感じ、視線を上に向ける。
リュナドさんが落ちて来る!? 何で!? あの高さは流石に危険だよ!?
あ、でもちゃんと魔力を精霊が流してるから、靴と手袋の効果で大丈夫かな・・・。
「どわっあああああぁぁぁぁぁぁ!」
『『『『『キャー♪』』』』』
「―――――リュ、リュナドさん、大丈夫!?」
ただ彼は着地に失敗し、そのまま砂を撒きあげながら私を通り過ぎて行った。
びっくりして一瞬反応が遅れてしまった。け、怪我してないよね。
「いつつ・・・い、生きてる。こ、怖かったぁ・・・!」
よ、良かった。大きな怪我は無さそう。
下が砂場だったせいで踏ん張りがきかなかったんだろうな。
でも着地自体は出来てたから、それなりに勢いは死んで軽傷で済んだみたい。
精霊達は砂場だったせいか全員埋まっているけど、すぐに這い出てくるだろう。
それにしても、リュナドさん何で降りて来たんだろう。危ないよ?
あの竜確実にリュナドさんの手におえないし、荷車に居て欲しかったんだけど。
アクセサリーの強化を使っても、竜の物理攻撃に抵抗しなければ耐えられる程度だろうし。
「さて、この結界、どうしたら破れるんだ。外から殴って壊れるのか?」
「・・・助けに来てくれたの?」
「この状況でそれ以外の何に見えるのか、むしろ聞きたい」
―――――そっか。また助けに来てくれたんだ。危ないのに、その為に来てくれたんだ。
「リュナドさん、手を、中に伸ばして。くれぐれも手だけ」
「こうか?」
彼が結界に手を伸ばすと、抵抗なく彼の手は結界の内側に入り込む。
「こ、これ大丈夫、だよな」
「大丈夫。そのまま私を引き出して」
「わ、解った」
そして彼の手を取って、結界の中から引き出して貰った。
これが封印石の大きな穴。私の結界は一方からしか防げない作りになっている。
普段使ってる結界石の構成を真逆にしただけなのだから、当然と言えば当然だ。
敵が一体だけなら有効だけど、助ける仲間が居るとこうやって簡単に脱出出来る。
元々黒塊の封印の為に作ったのだし、この辺りは手を加えるつもりも無かったのが幸いした。
本気で封印をする場合、封印石と結界石の二重結界で封印するつもりだったからなぁ。
「・・・案外簡単に助けられたな」
「うん、ありがとう。凄く、助かった」
彼に手を引かれた勢いに逆らわず、彼の胸に抱き着く形になりながら礼を口にする。
今日は鎧を着てるからちょっと固い。でもこの鎧ならそこまで痛くないかな。
「・・・あ、あのー、セレスさん?」
「なに?」
「あー・・・えっと、いや、何でも無いです」
「?」
何だろう。まあ良いか。何でもないみたいだし。それにしても彼が傍にいると安心する。
助けに来て貰えて凄く嬉しいのも相まって、何だか離れる気にならない。
本当に、何で彼は何時も何時も、私に都合の良すぎる助けの手を伸ばしてくれるんだろう。
自分の身の安全よりも人の助けを優先する、余りに優しすぎる人だ。
ああ、大好きだなぁ。涙が出そうな程リュナドさんの傍は温かい。
とはいえいつまでもこうしている訳にはいかないよね。上ではアスバちゃんが頑張ってるし。
取りあえず結界は邪魔だから壊しておこう。外からなら壊すのは簡単だ。
「グルゥ?」
結界を壊した瞬間、竜はこちらに少しだけ向けていた意識を強くした。
また結界を放つ気だ。多分今度は、リュナドさんごと。けど。
「・・・次は無いよ」
おそらく封印石の様な結界の使い方はした事が無いんだ、と思って良いと思う。
アスバちゃんの魔法を防ぐ障壁は通常の物だし、特殊な魔法はそっくり真似しか出来ないんだ。
絶対にそうだという断定は危険だけど、少なくともその可能性は高い。
「っ・・・!」
竜が放って来た結界に封印石を放ち、一部分に被せて相殺して大穴を開ける。
私の結界は全体の構成がしっかりしてないと、発動時にすぐ壊れる作りだ。
普通なら発動に被せて破るなんて無理だけど『私の魔法そのまま』なら問題は無い。
最初に撃たれた時は焦ったけど、冷静に見れば弾ける。
封印石の結界は、展開する際に標準を合わせる時間が少しだけ有る。
それは魔法石を使うからこその時間なのだけど、竜もその時間を必要としているんだ。
おそらく普通の人なら絶対にやらない、手間のかかる魔法構築をしている。
わざわざ魔法石の、それも合成魔法石の構築に近づけて、その上での魔法を放つ。
普通に魔法を放つよりも、手順が二つ程余分に必要になる。それが最大の弱点だ。
見てからの対応が可能な以上、また閉じ込められるヘマはしない。
「・・・制御が完璧なのが幸いした、と言って良いのかどうか悩むね」
魔法石はあくまで私の魔法だけど、それは落ち着いた場所で静かに時間をかけて作った物だ。
それと同威力の魔法をあの短時間でミスなく撃てる。その事実が既に脅威な事は変わりない。
ただこれで、私自身の魔法は効かない、という事を見せられたはずだ。
もう同じ魔法をポンポン撃って来る事は無いだろう。それに――――。
「よそ見してんじゃないわよ!」
「グルゥアアアァァア!」
躱されたか。でもアスバちゃんの魔法が掠った。段々竜の動きに慣れてきてるんだろう。
あの高速戦闘で私に意識を向けて魔法を放つ事は、彼女にとっては大きな隙になる。
今の一撃は躱されてしまったけど、何度も躱し続ける事は出来ないだろう。
そして私は意識を多少割かないといけない相手、という意識が多少の重圧にもなるはずだ。
当然私から完全に意識を切れば、その瞬間私が攻撃を叩き込む。
私の一撃では倒せないかもしれない。けれど当てればアスバちゃんが絶対に決めてくれる。
次は絶対に当てる。転移をするというのなら、その前提で攻撃を放――――。
「―――――っ、地響き?」
「おわ、な、何だ!?」
突然の地響きに、竜へ向けている意識を少しだけ周囲に向ける。
リュナドさんが倒れないように抱きしめながら周囲を見て―――――。
『ヴァアアアァァアアアア!!』
大きくなったら山精霊が、全力疾走してくるのが目に入った。
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
目茶苦茶怖い高所からの飛び降りの後、何とか無事に、あっさりとセレスの事は助けられた。
ただ助けられたのは良いんだが、何で彼女は俺から離れないんだろうか。
片手は魔法石を放つ為に離れているが、片手は俺の背中に回っている。
っていうか体と頭は完全に俺にしなだれかかってる。何だこの状況。
それに関して質問をしようとはしたが、途中で止めておこうと口を閉じた。
前の黒塊の時のように、何か意味が有るのかもしれない。
と思っていたら、やっぱり有ったらしい。とはいえ今回は、前と理由が違ったようだが。
「・・・次は無いよ」
セレスがそう口にした後魔法石を放つと、周囲の空間が弾けた様な感じがした。
何が起こったのか俺にはさっぱり解らないが、おそらく竜が何かを仕掛けて来たんだろう。
彼女が俺を放さないのは、動くと邪魔になるか、俺が死ぬからじゃないだろうか。
という訳で指示が有るまでは大人しくしていようと思う。死にたくないし。
ただ竜がセレスを気にしているせいか、アスバの攻撃が掠っているように見える。
この調子なら何とかなりそうか、なんて思っていると地面が揺れ始めた。
慌てながら周囲を見ると、巨大になった精霊が走ってくるのが目に入る。
『ヴァアアアァァアアアア!!』
「・・・ええぇ」
・・・うん、そりゃ揺れるよな。お前が全力で走れば地響きも起きるだろうよ。
っていうか、まさかお前その姿でここまで走って来たのか。勘弁してくれよ。
また色んな所から色々言われるじゃん。しかもそれセレスじゃなくて俺が言われるやつじゃん。
『『『『『キャー♪』』』』』
今後の事を考えて遠い目をしていると、砂に埋まっていた精霊達が飛び出してきた。
それに応えるかの様に巨大精霊が両手を振っているが、今そんな場合じゃないだろ。
とは思ったものの巨大精霊はあっという間に竜に近づき、両腕がぶれた。
「グルゥッ!」
巨大精霊は、いつか見たあの腕を竜に向けて繰り出した。
竜はその攻撃に驚いた様子を見せつつも一撃目を躱し、続く二発目は尾で叩き落す。
「嘘だろっ!?」
余りにあっさり過ぎる。精霊の攻撃がまるで通じてない。
躱した方は兎も角、そんな簡単に弾けるのかよ。
「背中ががら空きよ!」
「ギャッ!?」
いつの間にか背後を取っていたアスバが魔法を放ち、けど転移で躱され――――。
「同じ手が何度も通じると思うなぁ!」
「ギャォオオオオオオオオオ!?」
――――雷が、転移先に落ちた。竜が、落ちていく。
『キャー!』
「ありがとう、これで、決める」
やったのかと竜の様子に釘付けになっていると、精霊とセレスの声が耳に入った。
その声に視線を下げると、セレスが絨毯に乗った複数の樽に手を伸ばしている。
中から光が漏れるとバキバキと樽の一つが壊れ、そうして中に入っている水晶が露になった。
今まで見た事のない、大きな、とても大きな水晶が、光り輝いている。
「―――――落ちろ」
ただセレスの言葉とは裏腹に、その攻撃は落とすのではなく、引きずり込む物に見えた。
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