第263話、何とか追いつかれずに済んだ錬金術師

精霊にお願いをして絨毯を渡し、街に向かうのを見送りつつ荷車を飛ばす。

竜はまだ追って来る気配は無い様に見える。

けれどさっきの速度を考えると、結界が壊れた後すぐに追いついてくるだろう。


とはいえもう少し飛べば目的地だ。そこなら存分にアスバちゃんが戦える。

懸念が有るとすれば、普段人の居ない砂漠に偶然人が居る可能性だろうか。

その場合は即座に荷車に積み込むしかないだろう。


「ふん、来たわね」

「でも間に合ったね」


アスバちゃんの若干楽し気な声音に、安堵の感情を籠めて応える。

背後に竜は見えているけど、まだ豆粒程の大きさだ。

この距離と速度差なら何とか目的の場所に間に合う。


「おい、錬金術師」

「・・・なに?」


ただもう少しで目的地、という所で国王が話しかけて来た。

ちょっとびっくりしながら答えると、表情の読めない火傷顔で彼は私を少し見つめる。

え、なんで、私返事したよね。もしかして怒られるような事した? 私何もしてないよね?


「この砂漠の中央で戦う、という認識で良いのか」


返事が無い事に不安になっていると、なぜかそんな確認をして来た。

わざわざ人の居ない所に来たんだし、出来るだけ広い所の方がいいと思うんだけど。

え、駄目なの? もし駄目なら何で今頃言うの?


「・・・そう、だけど」

「良いんだな?」

「・・・うん」


え、何、何でそんな事を問うの。ここ以外に良い場所知ってるの?

それならもっと早く教えて欲しかった。もう場所を変えている余裕なんてないし。


「あのねえ。セレスが考え無しにここ選んだ訳ないでしょ」

「それもそうか。余計な事を聞いた。事が終わるまでは黙っているとしよう。まあ、そのまま物言わぬ屍になるかもしれんがな」

「はっ、私が負けると思ってんの? 上等じゃないの!」


国王の言葉を聞いたアスバちゃんは、全身から膨大な魔力を溢れさせ始める。

ここまで垂れ流した魔力も含め、常人なら既に一生魔力が使えなくなっておかしくない。

というか、下手したら命を削って放つレベルを平然と超えている。


解ってはいたつもりだけど、こと魔力と魔法に関しては本当に異常なレベルだ。

おそらく魔力量だけで言えば、追いかけて来る竜も確実にしのいでいると思う。

とはいえ戦闘は魔力が多ければ勝てる、なんて単純な物にはならないのだけど。


ただし、アスバちゃんは既に策を練っている。一撃で決める為の算段を。

あの竜がそれに気が付きさえしなければ、一瞬で勝負は決まるだろう。


「ふん、大きなトカゲが大きい面出来るのは、私の前以外だって教えてやるわ!」


だからアスバちゃんが自信満々なのは理解できるし、普段なら私も頼もしいと思えた。

だって彼女は、普通の魔法使いには不可能な事をするつもりなのだから。


私もやろうと思えばおそらく似たような事は出来るけど、その為には事前準備が要る。

けれど彼女はそれを、平然と一人で一瞬でやってのけるんだ。

本当に魔法使いとしてはとてつもない。こんなマネできる人間がいるとは思えない。


けれど、それでも、チリチリと嫌な感じがする。

あの竜に対しては、それで決着がつくとどうしても思えない。


「アスバちゃん、着いたよ」

「はっ、こっちも準備万端よ。あの狙いやすいどてっぱらに風穴開けてやるわ!」


目的地に着いたら急制動をかけて陸地に降り、私とアスバちゃんだけ飛び降りる。

念のためリュナドさん達はそのまま荷車に乗せ、精霊に任せて離れて貰った。


進行方向を曲げた荷車を竜が追いかける様子は無い。

良かった。狙いは私に決まった様だ。それなら封印石を撃ったのは無駄じゃない。

あれで私へ興味を引けたのならば、私が死ぬまでは二人と精霊は無事だろう。


「はっ! やっぱ所詮トカゲはトカゲね!」


速度を緩めずに突っ込んで来る竜を見て、アスバちゃんはそう叫んで右手を少し引いた。

その右手に、ここまでバラ撒いた魔力が、凄まじい速度で移動を始める。

領地をいくつも超えた先の魔力すら、あっという間に彼女の手元に引き寄せられていく。


もしこの状況を見ている魔法使いが居たら、理解不能な光景だと思うだろう。

目の前で見ている私も正直ちょっと理解出来ない。道具無しでこの芸当は本当に異常だ。


アスバちゃんがばら撒いた魔力は、ただ魔力をそのままばら撒いていた訳じゃない。

魔法を構築する寸前の状態で留め、だけどそうだと悟られないように準備をしていたんだ。

相対したら即座に大魔法を放つ為の準備を、飛んでいる間ずっと隠してやっていたんだ。

普通に魔法を放つ準備をした場合、その魔力の収束の仕方で気が付かれると思って。


普通はその事に気が付けない。当たり前だ。誰がこんな広範囲に撒いた魔力を収束出来る物か。

そして収束出来たとして、これだけの膨大な魔力を一人で制御出来るなんて思わない。

ただでさえ目眩ましで撒いた魔力自体が多く、撒き方はどう見ても無造作にしか見えなかった。


だから本来、彼女の策には気が付けないし、対処も出来ない。

後は彼女の手に収束された膨大な魔力が形を成し、射程距離に入った竜が撃たれるだけだ。


この魔力量と威力なら、たとえ竜でも風穴どころでは済まない。

下手をすれば木っ端みじんになるだろう。

彼女の魔力が射程距離に入った竜に絡みついているし、おそらく躱す事もままならない。


「なっ、ふざけんじゃないわよ!?」


――――――ただそれは、相手が普通の竜なら、という前提条件が付いた話だ。


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ふむ、存外に頑丈だったな、あの結界。

内に閉じ込める特性が強いせいか、良く見る結界よりも強固だったように思う。

それに神性の力を感じた所から察するに、おそらく対神性用の技でもあるのだろうな。

ただ神性の力が弱い故、そのあたりは膨大な魔力で補っている様だが、良く枯渇せん物だ。


あのメスに似た匂いのする生き物も、奴と同じく見た目通りと思わんほうが良いな。

少なくとも魔力量に関しては底なしに近い、と思った方が良いだろう。

そしてそれはもう一人の小さき者も同じ様だ。


――――――さて、挑発に乗ってやるとするか。いや、先に挑発したのはこちらか。くくっ。


何やら小さき精霊共が画策している様だが、それは措いておくとしようか。

その方がきっと面白いだろう。あれは逃げる様子には見えん。

何か策が有ると考えるが妥当であり、であればその策を潰すのは全く面白くないからな


わざわざ足跡を辿り易い様に、魔力の道を作ってくれているのだ。

ならばそれに従う方が正しい行為であろうさ。何が待ち受けているのかと思うとワクワクする。

お、見えて来た。結界の破壊に時間をかけたと思ったが、案外すぐに追いつけそうだ。


さて、次は何を撃って来るのか。同じ手は使わんと思いたいが。

もし同じ手を使ってくれば、手痛い返しが有ると思ってもらおうか。

なに、一撃で終わらせるような事はせん。とりあえずその飛ぶ物を壊す程度にするさ。


――――――ふむ、魔力が纏わりつき始めているな。


小さき者にしては本当に多過ぎる魔力だ。その魔力を私の位置把握の為に使っているのか。

効率が悪すぎる。いや、そんな無駄遣いをしても平気なほどの魔力が有る、という事だろうか。

お、目当ての者達が四角い物から飛び降りた。どうやら逃げるのは止めたらしい。


あれに乗っている精霊達も興味が無い訳じゃないが、今はこちらを優先しよう。

せっかくわざわざ待ち構えてくれるのだ。そちらを無視するなど失礼であろうよ。


「はっ! やっぱ所詮トカゲはトカゲね!」


小さき者が可愛らしい声量で吠えると同時に、その手に魔力が引き寄せられていく。

ここまでばら撒いてきた魔力が、凄まじい速度で収束し、圧縮されてゆく。

本能が叫んでいる。あれはまずいと。直撃すれば私の身でも無事では済まない魔法だと。


―――――――面白い!


小さき身で良くそれだけの力を練り上げた。そんな芸当が出来るなど露にも思わなかったぞ。

口の端上がるのを感じながら急制動をかけるが、このままでは躱す事はままなるまい。

おそらく既に射程距離に入っている。躱す為の軌道を取るにはもう間に合わんだろう。

ならば、取る手段は一つだ。


「なっ、ふざけんじゃないわよ!?」


小さき者が驚愕の様子で叫んでいるのを耳にしながら、魔法の構築を真似して前肢に集める。

甘いぞ小さき者よ。その技は素晴らしいが、見てから放つ物ならばその間に真似も出来ようぞ。

たとえ短時間だとしても、時間は時間。一瞬で終わらせられねば返し様は有るという物。

少々こちらの収束が足りんが、それは自前の魔力で補うとしよう。


「くっ、のおっ!」


小さき者の撒いた魔力を魔法の構築ごと強奪し、お互いに収束を終えた魔法を撃ち放つ。

心地良い衝撃音が、周囲を支配した。

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