第262話、精霊にお願いをする錬金術師

「よし、閉じ込めた」


上手く当たった。凄い速度だったけど、一直線に向かってきたから当てやすかった。

効果が有ったのを確認したら即座に精霊と代わり、後方の様子を見つつも速度は上げる。


少し様子がおかしい。結界を積極的に壊す様子が無い。

勿論最初は壊しにかかったけど、その後は強度を確かめる様に叩いている。

・・・勘弁して欲しい。アレはただでさえ強いのに、更に脅威度が上がった。


「セレス、あれ、普通の竜と違うわね」

「うん、不味いね」


どうやらアスバちゃんも、あの竜の様子が普通じゃない事に気が付いたらしい。


「あんたの判断が大正解だわ。あれはここで相手にしたら不味いわね。全力で戦えないと勝てる気がしない。あれは目に知性が有る。ただ力が有るだけの獣とは格が違うわ」

「うん、あの手は、小さくても怖い」


基本的に強い存在は他者を見下す。人間的な倫理がどうあれ、獣にそんな事は関係ない。

だから種としての力が強ければ強い程、戦い方を考えるなんて事はしない

本能のままに体を動かし、血の叫ぶままに追い立てて狩る。


楽しんで狩る時も当然ただ力づくで攻撃するし、そこに技術なんてものは殆ど無い。

技術の様に見えたとしても、それはあくまで種としての経験と反射的な動きだ。

人が武を磨くような、種が本能的には使えない理屈や道理を込めた技術からは程遠い。


だけど稀に居るんだ。本当に強いのに、ただ存在するだけで強いのに、技術を磨く化け物が。

あの竜はそういう類の化け物だ。私達をただの弱者だと思って狩りに来る可能性は低い。


「多分、次は封印石が通用しない可能性が高い。失敗した・・・!」


あれでおそらく封印石の性能は覚えられたし、私の射程距離も把握された。

不意を突けば当てられるだろうけど、正面から当てるのはおそらくもう不可能だ。

当てられたとしても同じ威力では、即座に破る術を考えてから追いかけてくるだろう。


力を持つ存在が、穏やかに相手の力具合を確かめている姿は、そう判断せざるを得ない。

これなら一撃を確実に当てる為に、封印石は使わずにおいた方が良かった。

とはいえ所詮結果論だ。悔しいけどあの時の情報では、ああするしかなかっただろう。


「セレス、何処で戦う気」

「ここからだとちょっと遠いけど、広い砂漠が有る。そこなら見通しも良いし近くに街も無い」

「解った。出来る限り飛ばしなさい。私よりあんたの方が早いでしょ」

「ん、着いたら頼りにしてるね」


私の今の武装では、アレに対抗するのは厳しいというレベルじゃない。

打倒するのはほぼ不可能だし、このまま逃げ切る事は難しいだろう。

一応倒す手段が無い訳じゃないけど、倒せる確証は無い。

なら現状一番頼りになるのは、アスバちゃんの存在だ。


「っ、ふ、ふふっ、任せなさい! でかいトカゲごとき、私が叩き落してやるわよ!」

「え、いや、えっと、う、うん・・・」


でかいトカゲを否定しようかと思ったけど、怒られそうだから止めておいた。

それに何故か急に機嫌が良くなったし、任せろって言ってくれるなら任せてしまおう。

やけに張り切ってる時のアスバちゃんって何か失敗する時が有るけど、今日は信じよう。


「・・・ふむ、私の命運は結局ここまで、と思っていた方が良いか?」

「何つー不吉な事を。あんたこの状況で良く落ち着いてられるな」

「所詮一度は死んだ身だ。そも落ち着いている貴様に言われたくないぞ、精霊使い」

「いや、俺は慌てるタイミングを逃したというか、驚きを通り越してしまったというか・・・とりあえず、アレに対処出来る気が全くしないから、俺が慌てても無駄かなと」


国王とリュナドさんはとても落ち着いた様子で後方を確認している。

黒塊は相変らずだんまりだし、多分今一番慌てているのは山精霊達だ。


『キャー!』

『キャー!!』

『キャー! キャー!!』

『キャー!!』

『キャー?』

『『『『『キャー!』』』』』


うん、何言ってるのか全然わかんない。でもなんか慌ててるのは解った。

そんな様子を見ていたせいで、逆に私が落ち着いてきた気がする。

実際慌てても好転はしないし、私の役目は頭を回す事だ。


実質的に戦闘はアスバちゃんに任せるとして、任せっきりって訳にもいかない。

どうする。どうやって対抗する。少ない手持ちであれをどういなす。

考えたくはないけど、アスバちゃんだって負ける可能性はある。その時は私の出番だ。


『『『『『キャー!』』』』』

「えっ?」


後方確認しながら必死で頭を回していると、精霊達が半分ほど荷車から飛び降りた。

何で急に。相手が強いから逃げた? いや、それならこの子達は全員逃げる気がする。


『キャー!』

「え、それはありがたい、けど・・・」


どうやら精霊達は街に戻らない私を見て、街の精霊達に応援を呼びに行ったらしい。

大量の精霊が王都に向かいはしたけど、いまだ沢山の精霊が街には残っている。

それなら巨大精霊になれるだろうし、予想が正しければ前より強くなってるはずだ。

正直かなり助かると思う。竜には勝てないと思うけど、アスバちゃんの助けにはなると思う。


ただ懸念は有る。あの竜が目を付けたのはこの荷車だ。

飛び出して行った精霊達を竜が追えば、一瞬で街が吹き飛ぶ事になりかねない。

それはライナに危険が及ぶ。従士さんだってそれは同じ事だ。

精霊殺しの力は確かに強いけど、あれ相手にどこまで有効か解らない。


「アレが精霊を追いかけないと良いけど・・・」

「それなら問題無いわ。こっちに興味を強くさせれば良いだけでしょ」


うわぁ、アスバちゃん本当にどれだけ魔力有るの。

精霊の気配が探れなくなるぐらいの大量の魔力を、平然とした顔でバラまいてるんだけど。

確かにこれなら余程精霊を追いかけようと思わない限り、目につくこっちを狙って来るだろう。


「アスバちゃん、最初も、ちょっと仕掛けたよね」

「だってむかつくじゃない。生まれつきの力でだけで上位者気取りとか」


ムカつくであんなの相手に挑発しないで欲しい。

いまだにアスバちゃんの喧嘩っ早い所は怖いなぁ。いや、今はそれで助かってるけど。

でも、そうか、これなら比較的安全に、精霊を街に向かわせられるかも。


「ねえ、お願いが有るんだけど」

『キャー?』


ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー


『大変だー!』

『あんなおっきい生き物初めて見たー!』

『追いかけて来るよ! どうする! どうしよう!』

『アレすっごく強いよ! 勝てるかな! 勝てない気がする!』

『じゃあどうするー。逃げるー?』

『『『『『主置いて逃げるのは絶対ヤダ!』』』』』


主の結界に閉じ込められた生き物は、鋭い目で主を見てた。楽しそうに見てた。

僕達には殆ど興味がなさそうだったから、僕達は逃げられるかもしれない。

でもアレは絶対また追いかけてくる。絶対主を追いかけて来る。

僕の知らない所で主が死ぬなんて絶対ヤダ。そんなのヤダ。


『僕街に行って残ってる僕達呼んでくる!』

『大きくなったら勝てるかな?』

『勝てなくてもやるのー!』

『でも早くしないと街が遠くなっちゃうよー!』

『知らない所飛んでる! 早く行かなきゃ!』

『いくぞー!!』


僕達は雄たけびを上げて、荷車から飛び出して行く。

あ、凄く高い。ちょっと怖い。あわ、あわわ、思ったより高かったー!


『へぶっ!』


・・・地面が痛い。あんなに高い所から落ちた事なかったから、こんなに痛いと思わなかった。

周りでも痛そうな声を上げて僕達が落ちてる。家みたいに飛べたらいいのになー。

うー、顔が痛い。頬をぐにぐにしてから、大きいのの様子を見る。


『やっぱり、主たちを見てるよねー?』


アレは落ちる時に一瞬僕達に意識を向けたけど、すぐに主達に意識を戻した。

やっぱりアレの興味は主だ。早く僕達を呼んでこないと。


『あれ、これアスバちゃんの魔力だ』


凄い魔力だ。主の気配が解んなくなるぐらい凄い量を撒いてる。

あれじゃ絶対見失わない。大丈夫かなー。

いいや、心配より先に早く行こう!


『待っててね、主!』


落ちた僕達はどうせそれぞれ街を目指すと思うし、街に向かって全力で走る。

主の荷車はとっても早いから、早く行かないと追いつけなくなっちゃうかもだし。

・・・あれ? お空に絨毯が飛んでる。でも主は乗ってない。あれ乗ってるの僕だ。


走る僕達を追い越して凄い速さで街に向かっていく。

そっかー。絨毯借りたんだー。確かに走るよりそっちの方が早いねー。


『はっ、まってまってー! おいてかないでー!』


慌てて追いかけても、僕は待ってくれずに飛んで行っちゃった。

あれ乗ってたの主の頭の上の僕だ! 置いてくなんて酷い! 見つけたら怒ってやる!

いつもいつも主と一緒だし、本当にあの僕はずるい!

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