第261話、追い立てられる錬金術師

パックとメイラに見送られ、街へと向けて空を飛ぶ。

今日は急ぎじゃないし、皆も乗ってるから若干のんびり目だ。

・・・ああ、また寂しく空を見上げる毎日がやってくるのかぁ。


『せっかくあの忌々しい結界を抜けて来たというのに、自ら戻らねばいかんとは。それも娘と共にではなく、よりにもよってこの男と一緒など不愉快極まる。あの時の恨み、忘れておらんぞ』

「お前まだ根に持ってたのかよ・・・」

『ふん、娘が貴様らの傍にある事を望むが故、余計な事をせぬようにしているだけだ。今も娘がその女と共に帰る様に言っていなければ、何が悲しくて移動速度を合わせる物か』

「最近静かだから丸くなったのかと思ったら、全然変わってないのな、お前。大体あの時は暴走して我を無くしてたお前が悪いんだろうに。そういうの逆恨みって言うんだぞ」

『貴様はその後もずっと我の邪魔をし続けただろうが。絶対に許さん』

「いや、あれはメイラが怯えてたんだから仕方ないだろ・・・」


黒塊は本当にぶれないね。あれだけ冷たくされてもめげないのは尊敬する。

私ならもうとっくに泣いて引きこもってるレベルだと思うよ。


『全く、家のを出し抜いてせっかく来たというのに・・・』

「出し抜いてって、どういう事だよ」

『決まっているだろう。娘の無事など最初から判っていた。家のは娘が無事と思いつつも実際には解らぬ故、真偽を我に問えぬ。故に我が結界を抜ける事を止める事は出来ん。くくっ』


・・・黒塊、そうだと思ってたけど、やっぱり最初の時点で無事って解ってたんだね。

そして私が呼んだから家精霊は止められず、だけど無駄な心配をしてる事を私に教えなかった。

全ては家の結界から抜け出して、メイラに会う為に。わざと黙って付いて来たんだ。


無事だってわかってるのに、焦る必要も無いのに、家精霊の結界を破ったって事だよね。

よし、慰めるの止めよう。帰ったら家精霊に好きにお仕置きせよう。


「良く解らんが、余り悪さすんなよ。お前が何かすると、その大事な娘が不利になるんだぞ」


目の前に浮く黒塊をリュナドさんはペチンと叩く。


『がっ!?』

「え?」


すると黒塊は痛そうな声を上げ、ベチンと荷車の床に叩きつけられた。

そんなに力を入れたつもりが無かったのか、リュナドさんも驚いた顔をしている。

因みに私もアスバちゃんも驚いていて、国王は・・・仕方ないけど表情が良く解らない。


『き、貴様! 消滅したらどうしてくれる! 娘に負担がかかるのだぞ! 小さき神性共でも加減をしているというのに!』

「え、い、いや、今のそんなに力入れてないだろ」

『貴様は自分の神性が増している自覚も無いのか! 人の身でありながら下手な神性よりも余程力を宿しているのだ! 本当に貴様は心の底から気に食わん!』

「えぇ・・・そんな事言われても、神性とか解るかよ。俺はただの一般人だぞ。いやまあ、今のは俺が悪かったと思うけど。今度から気を付けるよ。すまん」


・・・あ、黒塊が返事しない。もう怒り心頭で返事もする気が無いって感じなのかな。

それにしても、前もそうだったけど、黒塊って不測の事態だとすり抜けないんだね。

前も精霊に地面に叩きつけられてたし、意識しないと通り抜けないのかな。


いやでもその割に、私が触れた時はすり抜けたよね。

あれはわざとだったのかな。それともリュナドさんや精霊が叩いたせいなのか。

黒塊の性格を考えると、どっちもあり得そうで解んないなぁ。


「ねえリュナド。あんた、それ触って本当に平気なのね」

「ん? ああ、精霊達のおかげみたいなんだけどな」

「ふーん・・・結構な呪いに見えるんだけどねぇ」


アスバちゃんはそこに驚いてたんだ。そっか、そう言えば見た事は無かったっけ?

それにしても神性が増している、かあ。もしかして原因はあれかな。精霊の数かな。

いや、精霊の活動範囲の増加も理由なのかもしれない。


国内だけじゃなく、別の国でも活動をする精霊を良く思う人が増えたんだろう。

あれ、よく考えたら神性も増して、総数も増えて、初めて会った時より強いんじゃ。

今戦ったら勝てるだろうか。ちょっと怪しい気がする。


「貴様らの話は常人には付いて行けんな。何を言っているのかさっぱり解らんし、そもそもその黒いのは存在自体意味が解らん。何なんだ呪いの塊とは。どいつもこいつも化け物共が」


化け物って、この中で化け物なのは黒塊と精霊だけだよ?

アスバちゃんは・・・人間だよ、うん。黒塊が人間かどうか疑ってたけど。多分人間――――。


「―――――っ」

「っ、な!?」

『『『『『キャー!?』』』』』

「え、ど、どうしたんだよ、精霊達まで急に同じ方向を向いて」

「なんだ、どうした。向こうに何かあるのか?」


気が付いたのは私とアスバちゃんと精霊達か。いや、多分黒塊は黙って無視してるかな。

私達が同時に気が付いたのは間違いなく偶然じゃない。わざとこちらに気が付かせたんだ。

今のは『今からお前らを狩ってやる』という宣告だ。

そんな芸当が出来る何かに目を付けられたらしい。これはかなり不味い。


「上等じゃない、迎え撃ってやるわ・・・!」

「待ってアスバちゃん、逃げなきゃ」

「はぁ? 何言ってんのよセレス! 明らかに逃げられる相手じゃないでしょうが!」


う、い、いや、私も、逃げ切れるとは思ってないけど、えっと。


「・・・この辺りには街と小さな村が幾つも有る。相手の規模が解らない以上、ここで暴れたら住人が危ない。もっと人の居ない山奥か海に行かないと」

「ちっ、解ったわよ」


ほっ、良かった。納得してくれなかったらどうしようかと。


「精霊達、リュナドさんと国王が危なくないように捕まえておいて。高度も上げるから」

『『『『『キャー!』』』』』

「え、ちょ、セレス、アスバ、一体何が――――――」


リュナドさんが驚きながら問いかけるけど、それに答えている暇はない。

アスバちゃんが了承してくれた以上、まずは逃げに徹する為に全力で荷車を飛ばす。


相手の大きさが解らない以上、逃げるだけで被害が出るかもしれない。

出来るだけ高く。被害を最小限に抑えられるようにしないと。

リュナドさんと国王は少し大変だろうけど、今は我慢して貰うしかない。


「――――っ」


まただ。今度のはさっきと違う。はっきりと解るわけじゃないけど、何となく感じ取れる。

今のは『良いぞ、せいぜい逃げまどえ』って言う挑発に近い物だ。


「っの、また、調子に乗りやがって・・・!」


あ、ま、まずい、アスバちゃんが完全に頭に来てる。待って待って。まだここじゃ不味いよ。


「・・・アスバちゃん、もうちょっと待って」

「わーってるわよ!」


ど、怒鳴らないでよう。うう、こわい。でも本当にここじゃ駄目だし。

応戦するにしても、下手を打てばリュナドさんと国王は簡単に殺される。

今私達を追いかけてきてるのはそういう手合いだ。生き物として格の違う存在だ。

それでもアスバちゃん一人や、私と精霊だけなら何とかなったかもしれない。


けど今目を付けられたのはこの『荷車』だ。これとこの中から出てくる物全てが獲物だ。

だっていうのに周りを気にしながら戦ってたんじゃ、防御すらままならない。

アスバちゃんだって全力は出せないだろうし、下手をすれば戦力外の二人だけが先に殺される。


二人を守る為にも、戦える状態にするためにも、今は全力で逃げないと。

けどそれにも限界がある。おそらくこのままだとそのうち追いつかれる。

まだ真面な視認距離ですらないけれど、荷車が出す速度は絨毯よりも遅い。

下手に速度を上げ過ぎると操作しきれずにバラバラに崩壊する可能性がある。


空中戦なんてもっての他だ。

無理な軌道を取った瞬間崩壊し、その隙を逃してくれるとは思えない。

絨毯なら素材の柔軟性で許される軌道も、木を繋ぎ合わせて作った荷車じゃ不可能だ。


『『『『『キャー!』』』』』

「セレス、視認出来る距離まで追いつかれ始めてるわよ!」

「解ってる・・・!」


アスバちゃんに応えながら、焦りを抑えつつ速度を維持する。

そのままゆっくりと後方を確認し、面倒な物に狙われた事を否応なく理解した。

あれは強めの精霊と同クラスか、それ以上の化け物だ。アレを相手にしてたら一帯が吹き飛ぶ。


「魔法が届く距離になったら一瞬だけ操縦代わって! 封印石で止める!」

『キャー!』


頭の上の子に頼みつつ、封印石を取り出して握り込む。

時間稼ぎにしかならないだろうけど、それでもやらないよりはマシだろう。

パックとメイラが居ないの寂しかったけど、結果的に乗ってなくて良かった。

亜竜じゃない、神話に出てくるクラスの本物の竜が、巣から逸れて出て来ないでよ・・・!


ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー


群れを離れ、気ままに飛んで、結構な時が過ぎた様な、そうでもない様な。

とはいえあの群れに戻る気は一切無いがな。何故連中は巣の外に出んのか、全く理解出来ん。

そもそも巣が何処にあったかもう覚えていないので、帰ろうと思っても帰れんがな。


しかしただ空しかない海の上を飛ぶ事のなんと爽快な事か。奴らはこの快感を知りもしない。

海の水も少々からいのに慣れてしまえばそれなりに美味いというのに。あの愚者共め。

だが海に住む連中も巣から離れる事はないし、何をする気も無いつまらん奴ばかりだったが。

小さき生き物達の方がよっぽど面白い。連中は時々本当に驚く事をする。


一番面白かったのはついこの間出会ったメスだな。アレは余りに暇になったら探しに行こう。

あのメスならきっとまた楽しませてくれる。また面白い物を見せてくれる。

おそらくまた血や鱗をやれば、あのメスは喜んで引き受けるだろう。

臓腑は少々厳しいが、尾や前肢ぐらいなら少しはやっても良いか。どうせまた生える。


・・・うん? 何か変な魔力の流れを感じる。空を飛ぶ・・・何だあれは。

四角い小さな何かが魔力で飛んでいる。小さき生き物が入っている物に似ているな。

だがあれが空を飛ぶところは初めて見た。あれは飛ぶのか。知らなかった。


それにしても、あのメスが飛ぶ時に放っていた魔力に質が似ている。

もしかすると小さき生き物が飛ぶ時は、皆あのような魔力を放つのだろうか。

ふむ、少し興味がわいてきたな。


・・・どれ、ちょっと遊んでみるか・・・お、気が付いたようだな。


ははっ、どうやら何か面白い物が乗っている気配がする。

逆に威圧して来たぞ。小さき者とは思えない強大な力だ。これは面白い。

ん、あれ、逃げるのか。向かって来ると思ったのに。何だ、つまらないな。

いや、そうでもなさそうか? 思ったよりも速い。すぐには追いつけなさそうだ。


・・・なら疾くと逃げよ。もっと、もっと速くだ。でないと追いついてしまうぞ?


ふむ、成程、尻を蹴り上げてみても速度はあれ以上は上がらん様だ。

いや、結論を下すには早いか。あの中に居るのはきっと面白い。抑えているだけかもしれん。

ならば近づいて追い立ててやれば、もう少し面白くなるかもしれんな。


・・・ほれ、もう見えるだろう、小さきものよ。おいついてしま――――――。


おや、閉じ込められた。驚いた。この身を閉じ込める様な力が有るとは。

ふん! おう、一撃で壊せん。む、この力、少々神性の匂いがするな。

いや、しかしこれは、ほうほう面白い。尚の事面白いぞ小さき者よ。

貴様からあのメスと同じ匂いがする。ならばきっと面白い。間違いなく面白い。


なら、もっとだ。もっと見せると良い。私を楽しませろ! 次は何をしてくれる!?

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