第260話、帰る算段を立てる錬金術師
「うう、疲れた・・・」
「お、お疲れ様です」
城での会食・・・立食? を終えて部屋に戻り、迎えてくれたメイラに抱き着く。
凄い人数にずっとじろじろ見られるから、落ち着いて食事なんて全く出来なかった。
パックが何か話しかけて来たのは解ってるんだけど、半分ぐらい覚えてない。
ただそんなに返事を求めてる感じじゃなかったから、多分大丈夫だとは思う。
それに隣にリュナドさんが居たからね。私が返せなくても彼が返してくれていた。
リュナドさん達って仲が良いよね。今回も殆ど笑顔で話してたし。
「本当に人が嫌いだな、セレスは」
「・・・うん、早く帰りたい」
呆れたようにリュナドさんに言われてしまったけど、訂正する元気もない。
正確には嫌いなんじゃなくて苦手なんだけど、嫌だという点では似たような物だ。
「ま、今更か・・・さてお前ら、パックの話は聞いてたな?」
『『『『『キャー?』』』』』
「聞いてろよ。何で首傾げてんだよ。燃やす話は嬉々として動いたのに・・・」
精霊が一体残らず首を傾げた姿を見て、片手で頭を抱えて項垂れるリュナドさん。
当然だと思う。だって会食の間、精霊達は夢中で食事をしてたもん。
因みに私も何の事か解らず、メイラを抱きかかえたまま首を傾げているけど。
「お前らがこの国で自由に動いて良い許可を貰った話だ。ほら、海の方では自由に移動して色々調べてるだろ。アレを国内でもやって良いって許可が下りたんだよ」
『『『『『キャー♪』』』』』
「喜ぶのは良いが、最後まで話は聞けよー。それでだ、お前らが俺にも秘密でセレスにだけ渡してる情報が有るのは知ってる。俺はその件を責める気は無い。本来の主はセレスだからな」
私にだけって、あの美味しい物マップの事だろうか。
あれって秘密にするほどの物でも無いんだけどな。
でも精霊達が私の為にって話みたいだし、秘密のままの方が良いんだろうか。
「ただパック殿下が困るような情報が有ったら俺にも伝えて欲しい。もしくは殿下本人に伝えても構わない。お前らも彼の事は気に入ってるんだろう?」
『『『『『キャー!』』』』』
はーいと応える様に両手を上げて、元気良く鳴く精霊達。
何だかリュナドさんが大家族のお父さんみたいに見えてくるね。
「じゃあ頼むな。どれだけ動くかは自分達で決めてくれて構わないから。あ、街で動く時の約束は守ってくれよ。勝手に家屋を食べたり暴れたりは、パック殿下が困るからな」
『『『『『キャー♪』』』』』
リュナドさんの指示を聞いた精霊達は、彼の傍に半分を残して散開して行った。
おそらく庭に居る精霊達の下へ行き、城壁の再建と地図作りに別れる相談に行ったんだろう。
・・・喧嘩しないかな。あの子達、時々喧嘩で回りを壊すからなぁ。
「さて、俺は予定通り明日帰るが、セレスはどうするんだ?」
「ん、私も、明日帰ろうと思ってるけど」
家精霊も待ってるだろうし、帰れるなら早く帰ってあげないとね。
「そうか。確かに一緒に出た方が、周りの見え方も良いか。解った。じゃあ、また明日な」
「え、あ、うん」
あれ、リュナドさんここで寝ないんだ。
どうせ私とメイラは一緒のベッドで寝るから、ベッドが一つ空くんだけどな。
てっきりそこのベッドに彼が寝るのだとばかり思っていた。
「セレスさん、帰っちゃうんですか?」
「え、う、うん。家精霊が、一人で寂しがってると思うし・・・」
「そうですか・・・」
え、あ、あれ、メイラ、何でそんなに落ち込んでるの?
まさか家に帰りたくなかったとか、そういう事なの?
何で? 私何か帰りたくなくなる様な事した?
「いえ、駄目ですね。こんな顔してちゃ。私頑張りますから。ちゃんとパック君と一緒に帰ります。それまで家精霊さんと一緒に待っていて下さい」
「・・・うん?」
待っていて下さいって、何で私が先に家に居る前提なんだろうか。
私は明日、パックとメイラも連れて帰るつもりだったんだけど。
だって今日会食で確かに聞いたもん。私達帰って良いってリュナドさん言ってたもん。
パックは明日は盛大に見送らせて頂きますって、そんな事言って・・・あ。
そうだよ、見送るって事は、パックは残るって事なんだ。
て事は一緒に来たメイラも残るつもり、って事なんだろうか。
多分そういう事だよね。家で待っててってハッキリ言ったんだし。
いやでも心配だなぁ・・・ごめんなさい、嘘をつきました。寂しいです。
勿論心配もあるよ。有るけど、寂しさの方が大きいんだよぅ。
「本音を言えば寂しいですし、セレスさんと一緒に帰りたいとか、残ってくれないかなって思ってます」
あ、なら、一緒に帰ろうって言えば―――――。
「けど、私も頑張らないといけないんですよね。パック君が頑張ってるんですから、せめてそれぐらいは頑張ります。セレスさんは安心して帰って下さい。私、セレスさんの弟子ですから!」
――――――言えなくなった。
両手をぐっと握って気合を入れるこの子に、余計な事を言えるだろうか。
弟子として頑張るって言われてるのに、師匠が「寂しいから帰ろう」とか言えないよね。
「そう、だね。頑張って、ね。メイラ」
「はい!」
『『『キャー!』』』
精一杯強がって師匠として応えると、満面の笑みで応えるメイラと精霊達。
うう、また寂しい日々を家で過ごすのかぁ。
『案ずるな娘よ、我が傍に―――――』
「帰って」
『い、いや、だが――――――』
「帰って」
『・・・了解した』
黒い丸でしかないのに、項垂れている様な姿を幻視する声で応える黒塊。
帰ったらちょっと優しくしてあげよう。私にされても多分嬉しくないと思うけど。
あ、そうだ。まだ二人は残るって事は、城の人のお世話になるって事だよね。
それなら師匠として、少しはちゃんと挨拶しておいた方が良いのかな。
パックの護衛の人には嫌われてるみたいだけど、でもちゃんとお願いしておこう。
・・・い、言えるよね、仮面も、有るし。
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パック殿下が帰還された。その事実は城の貴族共を震え上がらせるに十分な事だった。
いや、城の貴族だけではない。自身が領地に居て代理人を送っている物も同じくだろう。
連中は誰も彼もがこの状況を予測していなかったのだから。
この国の貴族共は平和ボケが過ぎる上に、選民意識だけは有る連中が多い。
地方領主はそうでも無い人間が多いが、王都に近ければ近い程頭が緩いと感じる。
おそらく国境に近い領主程、普段から他国との関わりが有る故の緊張感なのだろう。
逆を言えば、普段から緊張感を持ってない連中が国の中枢に居る、とも言える。
そんな連中があの王子達に従う者だけなはずもなく、謀反の準備をしている者も居た。
更に言えば、その謀反は必ず成功するなどと、被害を考えない皮算用までしている始末。
その果てに他国からの横やりが入る、と考えていない辺りが酷い計算だ。
ただ、そういった考えに至るのも多少は致し方ないのだろう。
第一王子は衆目の中で失敗を見せ、第二王子は相手にすらされていない。
当然他の王位継承者も同じ扱いであり、誰もがこの王族は駄目だと感じていたのだ。
ただし、パック殿下の事を除いて。
それは殿下に期待していた訳ではなく、失敗すると思われていた訳でもない。
ただただ単純に『存在しない人間』のような扱いであっただけだ。
誰もが眼中になく、気にしているのは肉親の兄弟だけ。
むしろ中には、パック殿下の存在すら知らない人間も居ただろう。
だから殿下は誰にも期待されず、当然錬金術師を連れて来るなどと思われていなかった。
殿下は王族でありながら、王族の血も引いてない貴族にも下に見られていたのだから。
そんな殿下が、殿下こそが錬金術師を口説き落とし、弟子としての立場を勝ち取ったのだ。
勿論最初は誰もが信じないだろう。だが殿下は時期を待った。
かの街で地道に過ごし、着実に街との関係を築き、そうして堂々と帰って来られた。
確かな協力を得た証拠である精霊と、錬金術師の弟子を連れて。
これに一番焦ったのは、既に謀反の計画を実行寸前まで用意していた貴族だ。
殿下の成功を信じられる訳が無く、錬金術師の弟子と精霊を偽物だと言い放った。
下賤の血を引く者が王などと、許せるはずがないとまで言い、行動に移すに至る。
あの時の事を思い出すと、思わず笑みが漏れる。
殿下の敵だと判断した精霊は、その貴族と兵達を一瞬で打ち倒した。
貴族は兎も角、大貴族を守るべき騎士も、精霊に一切太刀打ちできなかったのだ。
その時動いた精霊は殿下と共に居る二体。そしてまだ精霊が三体弟子の下に居る。
最早笑うしかない。あんな小さな存在に一瞬で潰され、まだ余裕があるのだから。
当然殿下は自分を暗殺しようとしているのを知っており、わざと奴の下へ向かったのだが。
大きな戦闘になると民に被害が出る。なら懐に潜り込んで身を晒す方が事は早いと。
私は何度か止めたが、精霊達なら問題無いと言われ、事実問題無かった事に驚くしかない。
あの力は脅威だ。そしてあの一件が有ったからこそ、最早皆が認めざるを得なくなった。
『パック殿下は本当に錬金術師に認められ、だからこそ弟子と精霊を貸し出されている』
それでもまだ殿下を認めない者は居たが、先の錬金術師の城壁破壊で完全に黙った。
あれは格が違う。存在としての規模が違う。あれは人の常識で測ってはいけない存在だ。
何よりも今日のあの巨大な精霊。アレを従えている事は理解の範疇を超えている。
そういう意味では精霊使いも錬金術師の同類だ。アレも頭のネジが外れている。
本人も相当に使えるという事だそうだが、そんな事は当然想定出来る話だ。
でなければあの精霊共を従えるなぞ、常人に出来る訳が無い。
結果として殿下は私兵を殆ど持たないにも関わらず、強大な兵力を所有したと認識される。
かくして、殿下は最早自分の立ち位置を確たる物とした。
その恩恵は殿下を支えて来た私達にもあり、貴族達は私達を軽く扱えなくなり始めている。
殿下は使える人間は使う方だ。その在り方に危機感を持ったのだろう。
このままでは役立たずと切り捨てられると、今更焦って擦り寄って来てる訳だ。
賄賂も武力も通用しない殿下に、能力以外で擦り寄る事は不可能だがな。
勿論資金を公的に提供するという話であれば、殿下も喜んで手を差し伸べるだろうが。
そして正直な気持ちを言えば、私も殿下が少々恐ろしいと感じる部分が有る。
ずっと支え続けた殿下が立派になった。勿論それは嬉しく誇らしい事だ。
けれどあの様子を見てしまうと、殿下は恐怖のタガが外れているのではと不安になる。
「・・・パック、メイラ、気を付けて、ね」
「は、はい。セレスさんも、気を付けて」
「ありがとうございます、先生」
低く唸るような声音で威圧感を放つ錬金術師に、誰もが緊張感をもって見送っていた。
だというのに殿下と弟子の二人は一切構える様子無く、錬金術師に頭を撫でられている。
あの威圧感の中頭を差し出すのは、そのまま首を落とされるとすら思えるというのに。
そんな気持ちで殿下達を見ていると、ふと錬金術師が此方を向いた。
元々しっかりと伸ばしていた背筋が、更に伸びた様な錯覚を覚える。
何か失礼をしただろうかと、脂汗を流しながら反応を待つ。
「・・・二人の事、お願い」
「――――はっ。承りました」
願いを拒否する必要などないが、拒否したいと思っても出来なかっただろう。
それぐらい、二人の無事を祈る言葉の時以上に、凄まじい威圧感を感じた一瞬だった。
最後の念押しという事だろう。私に伝える事で、周囲に対しても意思を明確にしたのだ。
ここまでやって馬鹿をやる人間は叩き潰せ、と。
であれば当然、錬金術師が後を持つ、という意思表示に他ならない。
彼女が出ればあの魔法と精霊が出て来る訳で、それが解る者は下手に動かないだろう。
ここに至ってようやく実感する。殿下は、本当に、錬金術師を口説き落としたのだと。
ただ協力を得ただけではない。気にかけられる関係を築いてきたのだと。
そしてそれを私だけではなく、ここにいる全ての人間が感じているだろう。
あるいはこれすらも錬金術師の思惑の内なのかもしれないが、それでも構わない。
これで殿下は王になる。あのパック殿下が王になるのだ。これほど嬉しい事はない。
たとえ貴方の策略の一つだとしても、殿下に利が有るうちは従順に従おう。
錬金術師よ。たとえ劇薬と理解していようとも、貴方の存在に感謝を。
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