第259話、久々に巨大精霊を見る錬金術師
「・・・久々に見たな、あれ」
「・・・そうだね」
眼下に広がる王城・・・ではなく、その城を守る城壁、でもない。
私が壊した城壁にの傍に、巨大な化け物が手をぶんぶん降って此方を見ている。
あれは合体した山精霊だ。しかも初めて会った時と同じ大きさになっている。
以前は山精霊全員居ないと駄目だったのに、今は揃ってなくてもあのサイズになれるのか。
確かに良く考えたら、山で初めて会った時ってあれぐらいの数だったっけ。
山精霊はあの頃より総数が何故か増えているし、全員揃ったらもっと大きくなるのかな。
それにしても手を振るだけで風圧が凄い。荷車が揺れる。悪気は無いんだろうけど。
『ヴァアアアァァアアアア!』
両手を広げて大きく鳴くその声は、小さい時と違い可愛らしさの欠片も無い。
重低音で響く声はびりびりと空気を振動させ、意味が解らなかったら若干構えただろう。
可愛らしい声ではないのに、ちゃんと『主、おかえりー!』と聞こえるのが凄い違和感。
「城壁の為の岩を作ってたんだね」
『『『『『キャー♪』』』』』
私の呟きに応えたのは、リュナドさんと一緒に居る精霊達だ。けしてあの大きいのじゃない。
大きな山精霊の足元を見ると、精霊が作ったのであろう岩が幾つも置いてある。
あれを加工して積み上げ城壁に、という事なんだろう。
精霊の岩は見た目より軽くて加工がしやすいのに、攻撃の衝撃には強い不思議素材だ。
多分精神に影響する系統の魔法が、また別の作用をしてるのかなと予測している。
詳しい事は解らない。だって作った本人達に聞いても首を傾げるんだもん。
ただ仮面は今まで一度も壊れた事が無いし、きっと壊れる前よりも頑丈な城壁になると思う。
『『『『『『『『『『キャー♪』』』』』』』』』』』
なんて考えていると、巨大な山精霊がポンと弾ける様に元に戻った。
そのままバラバラと地面に落ちて行き、かなり高い位置から落ちてるけど平気そうだ。
何体か街の方に飛んで行ったけど大丈夫かな。ちゃんと戻って来ると良いんだけど。
・・・気のせいか民家に穴を空けていたような。後でパックに伝えておこう。
それにしても何だか街がとても静かな様な。いや、静かすぎる気がする。
「街道に人が全然居ないな。兵士が走ってるぐらいか」
「そうだね」
「ま、小さな精霊だと侮ってたらあんな化け物が出て来たんだ。やらかしたと思ってる連中や、実態を知って怯えてる連中も多いんだろうな」
確かに精霊は普通脅威を感じる存在だけど、それなら逃げ惑う方が正解なんだけどな。
もし精霊がここに攻めに来たというなら、家屋なんて簡単に吹き飛ばしてしまう。
更に言えば精霊達に『物陰に隠れる』という行為は通用しない可能性が高い。
だから出来るだけ遠くに、早く、バラバラに逃げるのが一人でも多く助かる正解だと思う。
勿論それは精霊が攻撃的な意思を持っていて、対抗する手段が無い場合に取る行為だけど。
「取り敢えず、降りるか」
「うん」
リュナドさんの指示に従い荷車を地上に近付け、パックの乗る車の傍に寄る。
パックは車から降りて、城のほうを眺めていた。
「あの姿は圧巻ですね。精霊達だけでの巨大化は今回初めて見ましたが、少し感動しています」
「そうか、殿下は精霊騒動の後にやって来たんでしたっけ」
「ええ。流石に先生が有名になる前にあの街に、とはならなかったと思いますから」
「確かに、それはそうですね」
私に教えを請いに来たんだから、確かにそれが当然か。
パックの足元の精霊達は、彼の言葉のふふーんと胸を張って嬉しそうにしていた。
その会話の後お互いに車の中に戻り、城へとそこそこの速度で走らせる。
城に着いたらパックは兵士達の報告を聞き、てきぱきと新しい指示を出す。
その指示を聞いてて解ったんだけど、精霊の事は既に対処していたらしい。
パックが出発前に指示を出して、街が混乱しない様に兵士を派遣していたそうだ。
それで街道に兵士以外居なかったんだ。パックは色々考えてるなぁ。
「息子が成長してて感慨深いんじゃないの?」
「ふん、あやつは昔から出来が良かった。無かったのは血の濃さと立場だけだ」
「はっ、つまんない反応」
アスバちゃん達もその様子は聞こえていたらしく、そんな会話をしていた。
でも確かに国王の言う通り、パックは物覚えは物凄く良いよね。
ただ実践となると上手く行かない事が結構多いけど。
「しかし、錬金術師の下での学びが成果を上げているのも、また確かだろうがな」
「あら、セレスを褒めるの?」
「馬鹿にするな。ここに至ってそ奴の力を認められぬ程の愚鈍ではないわ」
「それは失礼」
「ふんっ、知識は力だ。だが人が一人でやれる事には限界が有る。パックは知識を手に入れても、その辺りの匙加減を良く理解している様だ。それは間違いなく学んだ成果だろう」
「ふーん。為政者としちゃ最良って事かしら?」
「さてな。だが少なくとも、私よりは優秀な王になるであろうよ。わざと目の届かぬ所を作る指示も有る様だが、あれは以前のパックの思考ではやらんだろう」
わざと目の届かない所を作るの? それに何の意味が在るんだろう。
作業で全体の状況が見えてないって、かなり怖いと思うんだけど。
でもパックのやる事だし、多分意味が在るんだろうなぁ。
あ、もしかして私みたいな人見知りの為に、監視の無い仕事場を与えてるとかかな。
私から学んだ成果に人への指示能力なんて有るはずないし、多分そうかもしれない。
やっぱりパックは優しい子だなぁ。
「先生、精霊使い殿、宜しいですか?」
ぽややんと思いながら弟子の良さを噛み締めていると、その本人に声をかけられた。
なのでアスバちゃんと国王が見えない様にしながら、リュナドさんと一緒に外に出る。
「精霊使い殿を夕食にお招きしたいのです。精霊の力を借りた礼も込めて」
「恐れながら、この身は所詮一兵士。王侯貴族の方と同じ席に着くには失礼かと」
「どうかお気になさらず。感謝を受け取って頂きたいのです」
「・・・解りました。ですが貴族のマナーには疎い身ゆえ、どうかご容赦を」
「それこそお気になさらず。お二人を咎める様な愚物は今この城にはおりませんし、居てはなりません。まあ、先の精霊の姿を見てまだ強く出れるなら大した物ですが」
「殿下も人が悪いですね」
「ふふっ、そこはお互い様でしょう?」
何か二人とも楽しそう。手を握り合って良い笑顔で笑ってる。
取り敢えずリュナドさんは今日泊り、って事になるのかな。
夕食を食べてすぐ帰る、って事は多分しないよね。
うーん、このままだと家精霊を数日待たせちゃうな。寂しがってるだろうなぁ。
良し、何が有っても明日は帰ろう。そうしよう。
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今回の夕食は、流石に先生と精霊使い殿に出て貰う事にした。
幾ら精霊達や二人が友好的だと告げたとしても、その姿を公に見せなければ不安は募る。
特にあの巨大精霊を見た後であれば尚更だろう。出来るだけ私と二人の仲が良い処を見せねば。
ただしそのせいで、姉弟子様を一人にさせる事になったのは、とても心苦しいのだが。
「気にしないで。パック君が大事だって思ったことをやって下さい」
結局その言葉に甘え、先生達も頷いた事で会食が実現した。
とはいえ先生になれ合う気は無く、端の方で精霊使い殿と共にじっと立っているだけだが。
急遽集められた者達は遠巻きに二人を見て、絶妙に聞こえる噂話を繰り広げている。
そこから確定した『事実』が、それぞれの主人の下へ届けられるだろう。
何せ急に決めた会食だったから、参加できた貴族はけして多くない。
とはいえ息のかかった者が城に一人も居ない、などと言う貴族は滅多に居ない。
その目で見た者達とは危機意識に差が出るだろうが、危険性はしっかりと届けられるだろう。
もしそれでも理解出来ないというのであれば、先に待つのはただの破滅だ。
「すみません、先生。少々この場を離れます」
先生達と仲の良い様子を暫く見せつけた後、会食の場を離れて護衛の下へ。
その際侍従に指示を出してワゴンに食事を乗せ、それを持って中庭へと向かった。
荷車が見えた所で護衛には待つ様に告げ、ワゴンを手にガラガラと精霊達に近付いた。
「荷車の警備ご苦労様。差し入れだよ」
『『『『『キャー♪』』』』』
ワゴンには会食に出した食事が乗っていて、精霊達に渡すと我先にと群がり始める。
きゃーきゃーと楽しそうに鳴いて食べる精霊を見ながら、すっと荷車に近付いた。
「・・・これは独り言です。いえ、ただの戯言です」
精霊達の声に阻まれて私の声は護衛達には届かない。
だから少々戯言を口にしても、きっと何の問題も残らないだろう。
ただこの声量だと中に聞こえるかどうかも解らないが、聞こえないならそれでも構わない。
所詮自分の気持ちを落ち着ける為の戯言を口にするだけなのだから。
「生きていてくれて、嬉しいです」
涙は流さない。表情も崩してはいけない。視線も精霊達に向けたままだ。
あくまでこの場の私は、精霊達に差し入れをしに来ただけ。
そして何よりも、返事を期待しては、いけない。
「―――――」
なのに、私の身内は、皆私に甘過ぎる。
荷車越しだからはっきりとは聞こえなかった。だけど今のは父の声だ。
本当は黙っているべきなのに、その無事を知らせる為に声を出した。
私がもし来たのならば声をかけて良いと、先生が僕の行動を見通して指示をしていたんだろう。
「・・・どうか、お元気で」
本音を言うならば、無事だと知ったならば、このまま荷車に乗り込みたい。
けどそれは駄目だ。先生達の気遣い全てをふいにする愚行だ。
そう自分を言い聞かせ、荷車からすっと離れる。
「おさらばです」
この後先生達が父を何処に連れて行くのかは解らない。
出来れば詳細を聞きたいと思うし、会えるならば会いたいというのが本音だ。
だがそれは許されない。そう父も私も解っている。だからお互いに想いは同じだろう。
たとえ顔を二度と合わせる事なくとも、生きていてくれるならそれで良いと。
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