第258話、何とか上手く行ってホッとする錬金術師
リュナドさんも精霊も焦ってたけど、結界石が有るんだからそこまで危険はなかったんだよね。
いざとなれば彼には首飾りも有るし、精霊達の『腕』で無理矢理突破する事も出来た。
とはいえ彼を危ない目に遭わせたのは事実だから、精霊は叱っておいたけど。
「これで、良いんだよね?」
「ああ、今ので骨も焼き切れてるんだろ?」
「ん、あの火力なら、残らない」
結界で防御していたから、足元の廊下の残骸以外は全て灰になっている。
炭になる様な焼き方はしていないから、実際に骨が有っても全て崩れていると思う。
少なくともさっきの火力で魔獣を焼けば、後には灰が舞うだけだ。
その灰も炎を空に巻き上げたから、その勢いで風に流された。
「殿下が来たみたいだ。案外早かったな」
精霊達に隔離された使用人さん達の中から、護衛を連れたパックが近づいて来るのが見えた。
迎えに行こうかと思ったのだけど、何故かリュナドさんが動かない。
待ってた方が良いのかな。良いのかも。パックが来るまで待ってよう。
「・・・火で、送ってくれたのですね、この場で」
近付いて来たパックはポソリと呟くと、国王が居た部屋の場所を見つめる。
あ、そうか。火葬の土地だから、あれも簡易なお葬式みたいになるのかな。
「晒すのは趣味では有りません。殿下は要望を素直に呑んで下さり、彼の者の命を消した時点で清算は済まされた。それ以上は失礼でしょう。ですが正式には送れぬ為、そこはご容赦を」
「いえ、大罪人の最後と考えれば温情でしょう。それに、先生が送ってくれたようですし。ありがとうございます、先生。あんなにも盛大な送り火はそう在りません」
灰が舞って消えて行く空を、目を細めてパックは見つめる。
寂しそうな、悲しそうなその顔に、父親の無事を伝えたくなる。
でも多分言っちゃ駄目なんだよね。もし良いならリュナドさんが言ってると思うし。
『『『『『キャー!』』』』』
「ははっ、そっか。君達も火で送ってくれたんだ。ありがとう」
『『『『『キャー♪』』』』』
多分今のって『僕達も燃やした』とか、そんな事を言ったんじゃないのかな。
その子達別にお葬式とか考えてないからね。とにかく燃やしたかっただけだと思うよ。
なんて思いながら精霊達を眺めていると、リュナドさんは懐から小さな封筒を取り出した。
「殿下、こちらを」
「これは・・・?」
「貴方達が友好である限り我らも友好を崩すつもりは無い、という事を書面にした物です。私と殿下には必要は無いでしょうが、周りの者には必要でしょう?」
パックは封筒を開けて中を確認すると、一瞬目を見開いてからふふっと笑いを漏らす。
「良いのですか? 貴方達が恨まれますよ、これは」
「責任は領主様が取るらしいので。私は好きにしろと言われていますから」
「良く言う。矢面に立つ人間こそが、誰よりも恨まれると解っているでしょうに」
「さて、どうでしょうね」
笑うパックに対し、リュナドさんもニッと笑って返している。
ただ周囲の人達は困惑した顔で、私も同じく話が解らない。
まあいっか。パックが笑ってるならそれで。私が特に気にする事は無さそうだ。
だって貴族の難しい話とか私には解んないもん。リュナドさんに任せるのが一番だ。
「では精霊使い殿、城に戻りましょうか。共に戻った方が良いでしょう?」
「お言葉のままに」
リュナドさんは少し頭を垂れるような仕草をした後、精霊達を連れて歩き出す。
慌てて私も彼の後ろを付いて行くも、共に戻ろうと言ったはずのパックが動かない。
じっと焼け跡を見つめ、私達が荷車の傍についてもまだじっと立っている。
後ろ姿だから表情は解らないけど、またさっきの寂しそうな顔をしているのかな。
ちょっと心配になり始めて様子を見に行こうかと思った所で、パックの足元の精霊がキャーと鳴きながら裾を引いた。
心配そうな様子の精霊に、パックはふっと笑って応えている。
安心したのか精霊はご機嫌に鳴き、それにパックの目が一瞬大きく見開かれた気がした。
けどすぐにその様子は消え、目を瞑って深呼吸をしてからこちらに歩いて来る。
「お待たせしました。先生、精霊使い殿・・・戻りましょう」
「はっ」
リュナドさんがパックに応えると私達は荷車に乗り、パックの乗る車の横をついて行く。
操縦は精霊に任せているけど、向こうに居るのがパックだから危ない事はしないだろう。
いや、さっきの火災を考えると、一概にそうとは言えないんだけど。
「・・・そうだ、コレ」
荷車の中に完全に引っ込み、国王を見て薬を一つ取り出す。
「何だそれは」
「・・・解熱剤。火傷自体は薬を塗ったから大丈夫だと思うけど、回復させる為に体が熱を持つ事が有る。人によっては凄い高熱になるから、念の為」
回復力の高い人ほど、案外酷い高熱を発したりもする。
高熱その物も余り体にはよくないけど、そこから更に他の病気になる可能性も在る。
今回は火傷しかしていない以上、出来るだけ熱は下げておいた方が良いだろう。
「ふん」
国王は鼻を鳴らしながら薬を受け取った。了承したって事で良いん、だよね?
「後アンタ着替えなさいよ。その恰好どう見てもどこぞの貴族様ですって恰好じゃないの」
「着替えなぞ無いに決まっているだろう」
「樽の中に入ってるわよ。そもそも本来はあんたをこの中に詰めて行くつもりだったんだし」
「ふん、ならば早く出せ」
「自分で出しなさいよ自分で!」
そう言いつつもアスバちゃんは樽から服を出し、ベチンと国王に投げつける。
国王は投げつけられた事に文句は言わず、すぐに服を着替えた。
「街を出る時はこの中に隠れろという事か、精霊使い」
「いいや、その必要は無い。それはあんたが意識を失ってる前提だ。起きてて話も付いてるなら、変な事はしないだろ。帰りは大人しく門を通る気は無い。空から帰るさ」
「ふん、パックは錬金術師だけではなく、貴様の事も余程信用しているらしいな」
「ま、街に入る際の審査もされてねーからな。とはいえ俺が信頼されてる訳じゃないさ。精霊達が居るからだ。俺は所詮ただの一兵士だよ」
「・・・成程、貴様はあの馬鹿共には使えんだろうな。見えている物が違い過ぎる」
「誉め言葉と受け取っておくよ」
パックがリュナドさんを信頼している。
勿論それは当然だろうけど、今の返事の何処にそんな意味があったんだろう。
それに馬鹿共って誰の事だろう。でも誉め言葉って言ってるから気にしなくて良いのかな。
うーん、やっぱり貴族とか王族とかの言う事って全然解んない。
パックは私に解る様に言ってくれるから優しいよね。本当に良い子だと思う。
はぁー、それにしても今回は大変だった。解決法が全然解んなかったもん。
出来る出来ないじゃなくて、何したら良いか解んないって言うのが一番大変だね。
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「で、殿下、あれは・・・!」
護衛の驚きを含んだ言葉を聞き、その視線の先を確認する。
見ると巨大な火柱が渦を巻いて立ち上り、そしてそこは父の居る屋敷の有る場所だ。
いや、おそらく既に「居た」場所になっているのだろう。
「アレはきっと、先生の魔法だ」
「れ、錬金術師は、火の魔法もあれだけの威力で放てるのですか!?」
「先生は何でも出来る人だ。その気になれば王都を氷漬けにすることも容易いだろう。それと、錬金術師『殿』だ。先生への敬意を持たぬ発言は許さん」
「はっ、し、失礼いたしました」
巨大な火柱は、きっと父を送る炎なんだろう。きっと先生のせめてもの優しさだ。
あれだけの火で送られる葬儀など有りはしない。ならばこれ以上の葬儀が有るだろうか。
その事を考えれば、臣下達の先生への印象も少しは変わるだろう。
先生は策略を張り巡らすだけの非情な人ではない。根はとても優しい人だ。
おそらくあの炎は私への気遣いも多分に含まれているに違いない。
たとえ強大な力を多く見せつけ恐れられようと、私の気持ちが少しでも軽くなるならと。
屋敷の傍に辿り着いた時は、先生達は屋敷の在ったらしき場所に立っていた。
二人の足元に少しだけ無事な足場が有るという事は、二人は最後を見届けてくれたのだ。
外から屋敷を焼くのではなく、父の最後を見てその場で焼いてくれたのだろう。
罪人の首を晒さず、骨すらも辱める事がないよう、全てを灰にして。
「殿下、こちらを」
先生達に礼を告げると、精霊使い殿が封筒を手渡して来た。
受け取って中を確認して、思わず笑みが漏れる。
「良いのですか? 貴方達が恨まれますよ、これは」
「責任は領主様が取るらしいので。私は好きにしろと言われていますから」
書かれている内容は、簡単に言えば国内での精霊の自由移動の許可を求める物だ。
精霊達が他国で情報網を築いていたのは、この為の予行練習だったのだろう。
おそらく許可を出せば、数日中に国中に精霊が散らばるに違いない。
私に否は無い。否は無いが、それの意味するところを彼が解っていない訳が無い。
これは一切合切隠す気のない『各地の情報収集は常に行う』という宣言だ。
諜報員による情報収集という形ではなく、監査官の監視に近い物になるだろう。
最早かの地は王家の守護の下に在る土地ではなく、精霊の力を借りて独立した土地。
王家とも『協力関係』ではあっても『主従関係』ではないと言っているに等しい。
勿論私はそれで構わない。先生や彼を私が操縦出来る訳が無いのだから。
そんな無理をするぐらいであれば、友好な関係を保って助けを求めるぐらいが丁度良い。
だがそんな立場と関係を、周りの貴族が友好的に受け入れるとは思えない。
特に野心有る者であるほど、この件を受け入れるのは屈辱だと言い出しかねないだろう。
何せ見ようによってはこの国は、あの街の支配下に置かれたと言えなくもないのだから。
私達を利用して甘い汁を吸おうとした者は、その監視の厳しさに何を思うか。
その恨み妬みも何もかもを、彼はその身に受けると言っている。
本当に大きすぎる。流石先生の隣に立つ方だ。この人の方がよほど王に相応しい。
もし彼が王となれば『精霊王』とでも呼ばれるのだろうか。
「・・・父上、どうか、安らかに」
先生と精霊使い殿が離れ、荷車の傍で待っている。
それが解っていてもしばらく動けなかった。
先生も急かす事無く静かに待ってくれているし、甘えさせて貰おう。
『『キャー』』
「ふふっ、ありがとう。大丈夫だよ。父の死は、乗り越えなければいけない物だからね」
私が落ち込んでいると思った精霊達の励ましは素直に嬉しく、出来るだけ笑顔で応える。
すると精霊達は一瞬顔を見合わせた後私に向き直り、ご機嫌な声で『キャー♪』と鳴いた。
「・・・え?」
父が生きている? でも、そんな、まさか――――――。
「は、ははっ、本当に、本当に何処までも、先生は・・・」
精霊達がこんな嘘をつく必要が無い。ならばそれは紛れもない事実なんだろう。
先生、貴女は何処まで私を甘やかすんですか。こんな偽装をしてまで。
もう私が父を殺せない状況を作り上げ、その上で周囲に悟られぬよう精霊に伝えさせるなんて。
ああ、つまりは精霊使い殿もグルだという事か。
父の処刑を告げられた時の思い詰めた顔は、さぞ笑えた事だろうな。
何せ今、自分で自分を笑いたいぐらいなのだから。
そんな私の様子に護衛達は困惑しているが、これを口にする訳にはいかない。
父は死んだのだ。精霊使いの手で。父は送られたのだ。先生の火で。
ならばもう、私が気にする事は、何も無い。気にしてはいけない。
「・・・戻ろうか」
『『キャー♪』』
何時になく穏やかな気分だ。父が生きている。ただそれを知っただけで。
もし『覚悟だなんて口だけだ』と言われたら、全く反論が出来ないじゃないか。
これじゃ兄達を馬鹿に出来ないな。私も兄達と大して変わらない小物だ。
・・・あるいはその自覚の為にも、先生は僕に考える事を課したのかもしれないな。
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