第256話、失敗に気が付く錬金術師
「んー・・・お昼も薬の材料だらけだね」
部屋に用意して貰った昼食をもぐもぐと食べながら、そんな感想を口にする。
朝食の時もそうだったけど、材料に薬剤になる様な物が多く含まれている。
とはいえ健康体に保つ為の薬膳の様な物で、食事量程度なら全く害は無いけど。
薬師としてよりは料理人としての知識での使用だからだろうか、味は決して悪くはない。
ただ処理の仕方が若干気になる物がちらほらあり、食事に集中出来ないでいたりする。
結果薬としての効能は落ちているけど、逆にそれが食事としては丁度良い。
「そうですよね。やっぱりこれって、お薬の材料、ですよね?」
「そうだね。わざと処理を雑にしてるのか、雑な処理だから食事に使えてるのか解らないけど」
お城って普段からこういう料理なんだろうか。これなら強い内臓が出来上がりそうだ。
ただ二食しか食べていない以上、他も上手く調整されているのかは少し気になる。
この処理がわざとって事なら心配ないけど・・・後で詳しく確認しておこう。
「・・・あ、しまった、不味いかも」
「どうしたんですか? どれか美味しくなかったんですか?」
「いや、えっと、料理は美味しいんだけど、メイラが来てからずっとこんな料理?」
「そう、ですね。偶に濃い物も有りましたけど、基本的にはこういう料理でした」
という事は、ここで過ごしていた国王もこの料理を食べていたって事だよね。
国王に飲ませた薬は、薬とは言うけど人体にはほぼ毒に近い様な物だ。
この食事を毎日食べていた人間に飲ませた場合、通常よりも効き目が弱いかもしれない。
「早ければ、今日中に目覚めかねない、かな・・・」
国王が起きたら、おそらく自分の無事を確認して、今度こそ服毒するだろう。
それは不味い。まさかこんな不手際を犯すとは思わなかった。
スープの残りを啜ったらローブを羽織り、絨毯を手に取って出る準備を済ませる。
「ごめん、メイラ、私ちょっと出て――――」
そこでコンコンとノックの音が響き、仮面をつけてどうぞと告げる。
すると部屋に来たのはパックとリュナドさんで、彼が連れて来た精霊達が大量に入って来た。
『『『『『キャー♪』』』』』
「わっぷ!?」
『貴様ら、娘に何をする!』
精霊達は『メイラだー!』と言わんばかりの勢いで突撃し、メイラが精霊に埋もれてしまった。
ぱっと見は精霊の勢いで倒れた様に見えるけど、実際は驚いて仰け反ってしまっただけだ。
だから倒れそうなメイラを背後から支えているし、文句を言った黒塊を投げ捨てる子もいた。
・・・いや、黒塊はメイラの心配しただけだし、止めてあげようよ。
その様子を眺めているとリュナドさんが入室し、パックは護衛の人達と一緒に外で待っている。
あの子は何で入って来ないんだろう。ああ、そっか、私があの人達ちょっと苦手だからかな。
何でかしらないけど凄い睨まれて怖いんだよね。私が何かする度に眉間に皴が寄るの。
パックの護衛らしいから仕方ないのかなぁ。そういうお仕事なんだし。
でも私一応パックの師匠なんだし、パックに危害は加えないって信じて欲しいなぁ。
「セレス、今から国王の所に行く。お前も来てくれるか」
「・・・ん、わかった」
なんて丁度良い処に。私も今から行こうと思ってたから、彼の同行はとても助かる。
薬が切れて目覚める前に、彼が対処してくれるならそれが一番だ。
そう思い頷いて返し、ふとパックの表情がとても暗い事に気が付く。
どうしたんだろう。朝は機嫌が良さそうだったのに。もしかして怪我でもしたのかな。
「・・・パック、大丈夫?」
「―――――、大、丈夫です。すみません、先生」
「・・・謝る必要は、無いけど」
また何か大変な事が有ったのかな。帰るの延期って言ってたから、そうかもしれない。
終わったらまたいっぱい褒めてあげないと。
二人共私と違って頑張り屋だから、いっぱい褒めてあげないといけないって解ったし。
特にパックは泣きたいぐらい大変なのに、我慢する子みたいだからね。
「先生は、やはり、知っていたのですね」
へ? 知っていた? 何の事だろう。知ってないと駄目な事だったのかな。
何にも解んないけど大変だろうなって思ってただけで、ライナもそれで良いって言ってたのに。
ど、どうしよう。知らないって正直に言って良いのかな。怒られないかな。
「・・・私は、何も、知らない。解らないよ。解っちゃいけない、から。パックの大変さを解るなんて、私は、言っちゃいけない、よね?」
ライナに言われた事をパックに伝えると、パックはまた昨日の様に泣きそうな顔になる。
あ、あれ、やっぱり不味かった? ど、どうしよう、と、取り敢えず抱きしめよう。
辛くて泣きそうなら、ぎゅってされると安心だよね?
「・・・私には、何も解らないけど、だから、パックは凄いよ」
「っ、すみ、ません。要らぬ弱音を吐きました。大丈夫です。ありがとうございます」
「・・・そう?」
パックは昨日の様に泣く事は無く、すっと私から離れた。ちょっと寂しい。
でも泣き出すぐらい辛い訳じゃない、ってのが解っただけでも良かったかな。
暗い顔も消えて笑顔を見せてくれたし。
「・・・じゃあ、行こうか、リュナドさん」
「ああ、荷車はここから一番近い庭に入れてある」
さすがリュナドさん、私の事を良く解ってる。それなら余り人目に付かずに行けるね。
感謝しながら彼の後ろを付いて行くと、荷車の周りにも沢山の精霊が待っていた。
『『『『『『『『『『キャー!』』』』』』』』』』
なんか・・・なんか凄い沢山居る。街に居る精霊の半分ぐらい連れて来てない?
「お前らは殿下に言われた通り、現場の人間の指示を聞き、城壁の修復に努めてくれ。残りは俺とセレスに付いて来て、最後の処理を頼む」
『『『『『『『『『『キャー!』』』』』』』』』』
この量が全力で返事をすると、ビリビリ空気が振動している気すらして来る。
指示を聞いた精霊達は、それぞれ自分の好きなルートで城壁へと向かって行った。
多分壁を上るより通路を通った方が早いと思うけど、まあ良いか。
・・・一体お昼寝してる。あ、引きずられていった。
「セレス、先に乗っててくれ」
「・・・解った・・・ん?」
荷車に誰か、精霊以外に誰かが乗ってる気配がする。誰だろう。
今は出入口を隠してるから、中に誰が居るのか確認出来ない。
ええ、待って、知らない人じゃないよね? 知ってる人だよね?
「セレス、どうした、乗らないのか?」
「あ、うん・・・」
うう、リュナドさんの後に入っちゃ駄目かな。急かされたって事は駄目なんだろうな。
いやでもよく考えたら、彼が私の荷車で知らない人を乗せるだろうか。
そうだよ。よく考えたらそうだよね。うんうん。大丈夫大丈夫。
・・・大丈夫だから、ほら、足、動かして、私。
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セレスと別れた後、先ずは領主館に向かって領主に起きて貰った。
今回の件を話し、領主に覚悟の是非を聞きたかったからだ。
俺がこれからやる事は、この領地は王国の庇護なく、国と同格に立てると告げる事だ。
元々セレスがそう立ち回っていたとはいえ、俺が動く以上確認をしておくべき案件。
だというのに領主は『何を今更。何故許可を取る必要が有る』と言い出した。
『むしろ俺は、お前がこの領地の統治者でも構わないと思っている。お前なら民衆に慕われているし、街を守るだけの力も有る。上手くやるだろう?』
しかもやけに砕けた態度でそんな事まで言い出しやがった。
無茶を言うな。治安を守る兵士なら兎も角、領地運営なぞできるか。
つーかこれ以上俺の仕事を増やさないでくれ。現状で割といっぱいいっぱいなんだよ。
『お前は自己評価が低すぎるのが頂けない。良いか、お前が出向く事で、この領地の今までの決まりは全て無意味になる。つまり俺がお前を後任にする事も出来るって訳だ。覚悟しておけ』
全力で拒否しておいたが、目が本気だったから帰るのが嫌になって来る。
領主とか絶対ヤダ。流石に何が何でもその位置は逃げ続けてやる。
何千何万もの命を背負う仕事とか、俺は絶対したくないぞ。部下だけでも十分きついのに。
『とっくに死ぬ覚悟は出来ている。それが俺の仕事だ。だからお前は好きにやれ。あの扱い難い女を上手く使って、何時も通り上手くやってくれ。失敗しても飛ぶのはこの軽い首だ』
・・・去り際にあんな事言われたら、余計にだ。誰が死なせてやるかよ。
ちゃんと今まで通り、面倒臭い領主様として頑張って貰うからな。
「ま、今回だけは、失敗する要素は無いと思うけど」
なんて呟きながら、王都の門から城までの道を、出来るだけ目立つ様に進む。
無軌道な動きをする精霊達も好きにさせ、絡んで来る奴はぶっ飛ばして。
精霊を見た目で舐めて連れ去ろうとした奴が居たが、丁度良い宣伝にさせて貰った。
こっちから絡みはしないが、手を出す奴に容赦する気は無い、ってな。
そうして城に着き、パック殿下との面会時は事前指示通り精霊達は膝を突いた。
数体は気ままに遊ぶ奴が居ると思ってたら、全員指示に従ったのは意外だな。
これは予定以上の威圧感になっただろう。精霊を完全に統率出来てるってのは脅威だ。
まあこれ以外の細かい指示出して無いんだけどな。こいつら忘れそうだし。
あとは勝手に物壊すなって言ったぐらいだけど、どこまで守るかは解らん。
とはいえ城壁直す為に集めた訳だし、多分壊さないとは思う。多分。
後は話をうまく纏め、パック殿下が俺の言葉に頷いてくれれば事は丸く収まる。
「――――――っ」
と、思っていたんだが、よく考えればこうなるよな。当然か。
パック殿下は悲痛な表情で返事に詰まってるし、臣下らしき男は俺を鋭い目で睨んでいる。
悪い大人だな、俺は。その後も殿下が『解った』としか言えない言葉を選んでんだから。
けど今回はその先に殿下にとって良い事が有る。ここは苦しいだろうが我慢してくれ。
本当は全部話せたら良いんだが、お互いに都合がある以上出来ないのが心苦しい。
何とか話を纏めてセレスを呼びに行き、ひしひしと感じる警戒と敵意を堪える。
嫌だなって顔に出すと精霊が暴れかねない。飄々としている様に見せておかないと危険だ。
殿下一人なら良いんだが、多分護衛達の排除には躊躇しないだろうからな。
そうしてセレスのいる部屋に着くと、彼女は既に準備万端だった。
「・・・私は、何も、知らない。解らないよ。解っちゃいけない、から。パックの大変さを解るなんて、私は、言っちゃいけない、よね?」
弟子に厳しいのか優しいのか解らない事を言っているが、ばれないかとヒヤヒヤする。
普段の彼なら、セレスの行動と言動の理由に気が付きそうだからな。
いや、むしろ気が付いてくれた方が楽か? 周りが気が付かなきゃ良い訳だしな。
まあ良いか。取り敢えずセレスを連れて荷車に向かい、精霊達にやりたい事をやる様に告げる。
セレスの部屋に向かう途中で殿下が文官に指示を出しているから、後は放置で良いだろう。
・・・一応全部終わったら様子を見に行こう。あいつら自由だからな。
ん、セレスが荷車に乗らないな。どうかしたんだろうか。
そう思い訊ねると、何事も無かったように乗り込んだ。
俺もその後ろを付いて行き、中が見えない様にしながら入り、顔だけ出して殿下に目を向ける。
「では殿下、お先に向かわせて頂きます」
「・・・ええ」
殿下は静かに頷き、それを合図に荷車を飛ばす。
人の目が無くなった所で中に入り『アスバ』とセレスに向き合った。
「ったく、偉くなったもんよね、私を顎で使うなんて」
「へっ、少なくとも無職の大魔法使い様よりは立場が在るつもりですけどね」
「誰が無職よ誰が! ちゃんと働いてるっての!」
「けどお前のそれって放浪者とさして変わんねーじゃん。その時仕事っつーか」
「うっさいわね! いっとくけど稼ぎはアンタとそんなに変わんないんだからね!」
知ってる。だってお前の懐に入る金の流れ、俺の目にも通るもん。
今のお前は領主を通しての仕事が結構多いしな。
「アスバちゃん、だったんだ。誰が中に居るのかと思った」
「ん、ああ、今回一番上手く事を運べそうだったからな」
「ふふん、感謝しなさいよ。誰にもばれない様な地味な仕事なんて、滅多にしないんだから!」
「うん、ありがとう、アスバちゃん」
「ひ、暇だったからね。次もあるとは思わないでよ」
セレスの頼みって言った瞬間、内容も聞かずに食いついたくせに。
言うとまた暴れだすだろうから、終わるまでは黙ってるつもりだが。
今回国王を誰にもばれない様に運ぶ必要が有る。
その為に荷車に樽を用意しているが、これを運び込むのは流石に露骨だ。
という訳でどうするかと考えた所で、ふとアスバの転移魔法の事を思い出した。
アスバを連れてきた事を気取られず、かつコイツに転移で運んで貰えば痕跡は残らない。
後は屋敷ごと焼けば良い。せめてもの情けで、火で送るとか何とか言って。
貴族様の『療養』の屋敷は他にも有るらしいし、仮の火葬って事で多少納得してくれるだろう。
因みに転移魔法については何故かコイツから話して来た。あんたには伝えておくとか何とか。
領主も知らない事を俺に言うな。普通に怖いわ。アスバが闇討ちとかやる意味も無いが。
『キャー!』
「ん、着いたか」
大した距離でも無いのであっという間に到着し、アスバには荷車で待機して貰っておく。
あいつは精霊が居る部屋を目印にすると言っていたから、一体置いておけば何とかなるだろう。
屋敷には既に殿下が何らかの方法で連絡を入れていた様で、すんなりと中に入れた。
その際に屋敷を焼き払う旨を伝え、使用人も兵士も全員外に追い出す。
焼く事は殿下の指示に無いと出ない人間もいたが、申し訳ないが精霊で追い出させて貰った。
「この部屋か」
『キャー』
二重扉になっている部屋の鍵を精霊が壊して無理やり開ける。
国王はベッドで寝息を立てていて、しっかりと薬が効いている・・・ん?
何か、もぞもぞ動いてないか。
「ん・・・目が、覚めた・・・? どういう、事だ・・・私は、確か、毒を・・・」
「え、ちょっ、セレス、数日は起きないんじゃなかったのか?」
「あ、えっと、ごめん、なさい。ちょっと、手違いが」
手違いってなんだよ。ああもう仕方ない。こうなったら事情を話して納得させるか。
もし納得しなかったとしても、無理矢理にでも実行させて貰うが。
「・・・ふん、成程、貴様らが私を救った、という事か」
「まあ、一応、そういう事になりますね」
「余計な事を。私は生きているだけで息子の邪魔になる。それが解らん貴様らではない筈だ」
「解っていますよ。だから国王陛下はここで死んでもらう。俺達の手で」
「・・・ああ、そういう事か。ふん、ならば早くしろ。息子の為ならばこの命くれてやる。何処にでも晒すが良い。この無様な男の首で万事収まるなら構わん」
中々理解が早い。俺が何をしに来たのか解ってるようだ。
ただし本当に敵対していた場合の対処、という理解の仕方だが。
「勿論ここで国王陛下には死んでいただく。だが、貴方には生きて貰う」
「・・・何を言っている?」
「あんたをここで殺した事にする、という事だよ。国王じゃないアンタをな」
「・・・馬鹿を言うな。どうやって私を外に出す。ここは監視の目が有る。抜け道なぞないし、何かに隠して出せば怪しまれるだけだ」
「ま、普通はそう思うわよね?」
「―――――っ、貴様は、あの時の小娘・・・はっ、馬鹿げた魔法の使い手だな。まさか他人を転移させる事も出来るのか。何と言う化け物だ、貴様」
「誉め言葉と受け取っておくわ」
会話の途中で現れたアスバの声に驚き、背後を振り向く国王。
だけどすぐに現状と意図を理解し、言葉通り化け物を見る目でアスバを睨む。
「本気で私を助ける気か」
「そうだ」
「私が貴様らに何をしようとしたのか、忘れた訳ではあるまい」
「忘れたな」
「錬金術師! 本当にこれで良いのか! パックは貴様の弟子だろう!!」
この段になっても国王は自分の死を望んでいる。今のはそういう言葉だ。
それはどこまでも息子のためで、だからこそセレスの返答を待った。
「・・・パックの為に、助ける」
「――――――、どこまでも常識の通じん、馬鹿共が・・・!」
だけどただひたすらに単純なその理由に、言葉とは裏腹に国王は折れた様に項垂れる。
相手がセレスじゃ無ければ、俺やアスバだけなら折れなかったかもしれない。
けれどここまでやった彼女の返答だからこそ、息子を守ってくれると思ってしまったんだろう。
「どうか、パックを、頼む。私が言えた義理ではないが、あいつを、守ってやってくれ」
「・・・頼まれなくても、守るよ。私の、弟子、だもの」
これほど力強い答えも無いだろうな。さて、後はとっとと出るかね。
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