第255話、もう安心だと弟子とのんびりする錬金術師

え、いや、殺されたら困るんだけど・・・あ、でも誤魔化すって言ってるし大丈夫なのかな。

私にはよく解らないけど、多分リュナドさんはいい案を思いついたんだろう。

やっぱり彼に相談に来て良かった。私じゃまだウンウン唸ってたと思うし。


「となると、お前らの力を出来るだけ借りた方が良いな。普段より少し多めに連れて行きたい。街に居る連中にも声をかけて来てくれないか?」

『キャー?』

「え、あ、そうなのか。じゃあついでだし、そいつらに声かけてくれ」

『『『『『キャー♪』』』』』


リュナドさんが精霊から聞いた内容も含めて指示を出すと、精霊達はそれぞれ散開して行く。

君達いつもそうだけど、あんまり真っ直ぐ走って行かないよね。時々天井も走ってるし。


「あ、悪い。勝手に指示出したが、精霊達も王都に向かわせるなら、その分借りて良いよな?」

「精霊達が頷くなら、私の事は気にしなくて良いよ?」


王都に向かう精霊って、多分パックの手伝いをする精霊達の事だろう。

さっき彼のポケットの子が鳴いていたのは、その話を既に聞いていたんだろうね。


「セレス、荷車を貸して貰って良いか?」

「うん、勿論」

「助かる。じゃあ家精霊に明日取りに行くと伝えておいてくれ。あ、国王に飲ませた薬は、一日二日で起きる様な物じゃないんだよな?」

「うん。普通なら4,5日は起きない、かな。効き難い人や効き過ぎる人も居るから、絶対にその日数とは言えないけど」

「なら十分余裕が有るな。朝方よりも昼頃に到着する様にした方が良い、か。俺が頼みたい事はそれぐらいだし、家精霊に荷車の件を伝えてくれたら城に戻ってくれて大丈夫だ」

「そう? 解った。じゃあ伝えに行って来るね」


どうやら彼にはもう既に何か作戦が出来てるみたいだし、指示に従って家に戻る。

庭に降りたら家精霊に迎えられ、もう一度出かける事を話してから荷車の件を伝えた。


「じゃあ、えっと、何度もごめんね、いってくるね」


そしてにこやかに手を振ってくれる家精霊に手を振り返し、王都に全力で戻る。

この時間ならまだ眠る余裕は有るだろう、と思いながら部屋に戻ろうとして軌道変更。

国王を監視してくれている精霊の下へ戻り、頭の上の子と交代して貰った。


だってこの子はメイラの護衛だからね。代わりが居るなら戻してあげないと。

という訳で借りた精霊を連れてメイラの下へ戻った。


「あ、セレスさん、精霊さん、お帰りなさい。その、良い方法は、見つかりましたか?」

『キャー♪』

「うん。リュナドさんが上手くやってくれるから、大丈夫」

「・・・リュナドさん? 何でリュナドさんが?」


私の返事にキョトンとするメイラ。言われて説明が足りない事に気が付く。

だって私出て行く時、国王の様子を見て来るって言ったんだもんね。


「街に戻って、彼に相談に行ったんだ。だからもう、大丈夫だよ」

「そ、そうですか・・・半日もかからず往復ですか・・・うぅ・・・」

「あ、あれ、メイラ、何で項垂れてるの? 心配しなくてもリュナドさんだから大丈夫だよ?」

「い、いえ、そっちの心配は、してないです・・・」


あ、そうなんだ。じゃあなんで突然項垂れちゃったんだろう。

良く解らずに首を傾げていると、メイラは唐突にハッっとした顔を見せた。


「あ、セレスさん、ごめんなさい。先にお礼を言う方が先でした。私の我が儘に無理をしてくれて、ありがとうございます。その・・・すみませんでした」

「うん? 良いよ。だって私も、メイラと気持ちは同じだもん」


メイラの願いはただただ純粋にパックを救いたいという想いだ。

なら私にとっても同じ事で、謝る必要も無ければ、礼すら必要無い。

そう思い、にっこりと笑って応える。


大体メイラが我が儘と言うなら、それこそ私だって我が儘だと責められるべきだろう。

いや多分、色々解ってないままやりたいようにしてる分、きっと私の方が我がままなのかも。


「――――、セレスさん、大好きです」

「ん、えへへ、私もメイラの事大好きだよー」


がばっと抱き付いて来るメイラを受け入れ、ギューッと抱きしめながら笑顔が漏れる。

この子の為なら私は何時も以上に頑張れる。恐怖で足が竦んでも前に出せる。

守らないといけない子。保護しないといけない子。ううん違う。私が守りたいんだよね。


だから大丈夫だよ。不安にならなくて。私はちゃんと傍に居るから。

私はメイラから逃げたりしない。ちゃんと師匠としてここに居るからね。

むしろ師匠で居られるよう頑張るから、見捨てないでくれると嬉しいなぁ。


『『『キャー♪』』』

「あはは、うん、精霊さんの事も大好きだよ。何時もありがとう」


私達の様子が羨ましかったのか、精霊達も鳴きながらメイラに抱き付いて来る。

まあ抱き付くというか、張り付くというか、乗っかるというか。

精霊もメイラも楽しそうだから何でも良いかな。


「取り敢えず、今日の所は寝ようか。リュナドさんは明日来るって言ってたし」

「明日ですか。あ、もしかしてもう近くに来てるんですか?」

「ううん、荷車で来る予定だよ。精霊達に頼んで飛ばすんだと思う」

「ああ、そう言えば精霊さん達も早いんでした・・・うぅ・・・」


あ、ま、また項垂れちゃった。もしかして絨毯で飛ぶ速度を気にしてるのかな。

でも別にメイラは遅くないよね。馬車でとばすのとそんなに変わらない速度だし。

馬だと疲れて潰れちゃうのを考えれば、十分な速度だと思うけど。


「い、いつか、同じぐらいの速度で・・・せめて、半分ぐらいの速度では、飛ばして見せます」


でも何時までも項垂れてないで、ぐっと手を握って気合を入れるメイラは凄いと思う。

やっぱり頑張り屋さんだなぁ。大丈夫、いつかきっと飛ばせるようになるよ。


メイラは多分、才能は無いんだと思うけど、努力でそれをどうにかしてしまう子だ。

きっと大人になったら、私なんかよりよっぽど立派な人になるんだろうな。

そうなったら色々呆れられるのかな。ちょっと悲しい。


そういえば、リュナドさんの事もパックには内緒だよね、多分。

ちゃんと黙ってるように気を付けないと。上手く行くまで全部内緒。よし。

明日寝ぼけてうっかり、なんて事が無いよう、気を張りながらメイラを抱いて就寝。


そして翌朝早速気を付けていた甲斐が在り、精霊がまだ帰って来ない事を訊ねられた。

どうやら翌朝には戻って来る、と言っていたらしい。

精霊達はリュナドさんと来る予定の筈だから・・・多分これも内緒の方が良いよね?


「・・・精霊達だし、その内戻って来るよ」

「先生がそう言うなら、大丈夫でしょうね。この子達も心配していないようですし」

『『キャー♪』』


危ない危ない。気を張り過ぎて声が変になっちゃったけど、ばれなかったみたい。

朝食をどうするか尋ねられた時だったから、他の人も居た事での警戒と思って貰えたのかも。

私が知らない人苦手なのは、パックなら知ってるからね。実際上手く話せなかったし

そうしてパックは仕事が在ると去って行き、私達はまた部屋でのんびり過ごす。


「リュナドさんは、まだ来てないみたいですね」

「確かお昼に来るって言ってたよ。それまで内緒にしておかないとね」

「は、はい。気を付けます・・・!」


メイラと二人でぐっとこぶしを握ってお互いに気合を入れ、ただ段々暇になって来た。

お腹膨れたし早速お昼寝でも良いんだけど、よく考えたらメイラが傍に居るんだよね。

なら今日はのんびり勉強も良いかもしれない。久しぶりだし。


「メイラはここにいる間、採取に出たりとかしてるの?」

「あ、い、いえ、あんまり外出はしてません。この辺り良く解らないですし・・・あ、でも、ノートは持って来てるので、読み返して復習はしてました」

「そっか。じゃあお昼まで、何かおさらいでもしようか」

「は、はい!」


勉強をしようと言うとニコーっと笑顔を見せるメイラを見て、私も口の端が自然と上がる。

うん、やっぱり良いな、この時間。大好き。

パックも一緒なら尚良かったんだけど、お仕事みたいだし仕方ないよね。


そうして勉強する事暫く、お昼前頃に精霊達が『僕達が来たー』と告げた所で休憩に。

多分リュナドさん達がやって来たんだろう。なら後は彼が何とかしてくれるのを待つだけだ。

今は内緒だから言えないけど、全部終わった後、パックが喜んでくれると良いなぁ。


ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー


「・・・遅いな。朝には戻って来ると言っていたのに。何か有ったのかな。もう昼なんだけど」

『『キャー?』』


不思議に思って残った精霊達に訊ねるも、二体とも不思議そうに首を傾げるだけだった。

これは予定をもう少しズラすつもりでいた方が良いかもしれない。

元々今日城を出る予定だったが、城壁の件や先生が訪ねてきた事で既に延期になっている。

ならば少し遅れた程度大した差ではないだろう。戻って来るまでのんびりと待てば良いか。


「まさか出て行った精霊達の身に何か有った、という訳ではないよね?」

『『キャー♪』』

「それなら良いんだけど」


僕が減った気配は無いからだいじょーぶー、との事らしい。

遠いと意思疎通の類は出来なくても、数の増減は解るのか。

先生も良く言っているけど、精霊というのは不思議な生き物だと思う。


まあ先生も朝方に「そのうち戻って来るよ」と言っていたし、本当に大丈夫なのだろう。

その際護衛が一緒だったせいか、威圧感が有ったのが少し怖かったな・・・。


『『キャー』』

「ん、もう近く迄来てるのかい?」


どうやら先生の言う通り心配する必要は無かった様だ。お菓子でも用意しておこうかな。

何てのんびりした気持ちで構えていると、少し慌てた様子のノックが部屋に響いた。


「入れ」

「失礼いたします、殿下」

「どうした、何かあったのか」


態々休憩を入れろと言って来た臣下が、まだ時間でもないのに私の部屋に来た。

この時点で確実に何かが有ったのだとは思うが、出来れば些細な事であってほしい物だ。


「精霊使い殿が殿下に謁見を求めてご来訪されております。如何されますか?」

「・・・精霊使い殿が?」


先生が昨日やって来て、そして今日精霊使い殿がやって来た。

偶然、ではないだろうな。確実に何か先生と彼の間で話が通っているだろう。

とはいえ先生から何も聞かされていない以上、私が直接彼と会えという事なのだろう。


「それで、彼は今何処に?」

「城に向かっている途中です。直に城に到着されるかと」

「解った。到着次第会おう。解っているとは思うが、くれぐれも丁重にな」

「はっ」


部屋の窓を開け、街中へと目を向ける。この部屋は高い位置に有るから街を見渡せる。

すると王都の門から城までの道のりがやけに人が多く、祭りの様な状態になっていた。


『『キャー』』

「ああ、やっぱりあれがさっき言ってた、近くに来た精霊達なんだね」


おそらく彼が連れて来た精霊と、引く者の居ない荷車の見物人たちだろう。

良く見るとそれらしき荷車が確認できたし、衛兵たちが周りを固めている。

遠めなので詳しい状況は解らないが、精霊使い殿本人だという事は間違いないのだろう。

つまりこの子達が言った『近くに来ている精霊』とは、彼の連れている精霊の事だ。


取り敢えず彼が来るまでに迎える準備をし、彼の到着を聞いて即座に迎えに出る。

城を出て先生の荷車と精霊使い殿、そして大量の精霊を確認して、やはり何か有ると感じた。

確かに彼は何時も精霊を連れ歩くが、こんなに大量の精霊を連れている所は見た事が無い。


いや、一度だけ有るか。あれは父を迎え撃つ日だ。あの日だけは大量に従えていた。

つまり引き連れる意味が在ってこれだけの量を連れて来た、という事なのだろう。

父について行った者達はあの時の事を思い出したのか、大量の精霊に腰が引けている。


「精霊使い殿、ようこそいらっしゃいました。歓迎致します」

「殿下自らの出迎え、感激の至りです」

『『『『『キャー!』』』』』


近付いて声をかけると、彼は他人行儀な返事と共に膝を突いた。

精霊達も彼に倣う様に同じ体勢を取り、統制が取れているのが一目瞭然だ。


この光景は脅威でしかないだろう。この数の精霊がたった一人の人間に従うこの光景は。

精霊達は私に跪いている訳じゃない。彼に従っているだけだと解るだけに。

彼一人でどれだけの軍隊を保有する事になるのか、考える事すらばかばかしくなる。


今回で彼の噂は王都でも正しく広まるだろう。たった一人で国と対等に立てる彼の存在が。

むしろその為に彼はこれだけの精霊を連れ、堂々と王都の街を進んできたに違いない。

先生の荷車で来たというのであれば、直接城に入る事だって出来たのだから。


「して、精霊使い殿。本日は何用で。謁見を望む、としか聞いておりませんが」

「本日私は、領主代行として訊ねさせて頂いております。そしてその上で、立場を確かなものにした殿下に、我が領地から要望がございます」

「・・・聞きましょう。先ずは中に」


このタイミングで彼が来る事は絶対に偶然ではない。

きっと先生は彼の要望とやらを知っている筈だ。だけど私は何も聞かされていない

つまりこれはテストの一つでもあるのだろう。私が王として動けるかどうかのテストだ。

今この国で二番目に下手を打ってはいけない相手に、ちゃんと立ち回れるのかどうかの。


精霊使い殿を城の中に招き、出入り口から一番近い応接間に通す。

彼の立場を考えれば失礼だと言われかねないが、彼の性格上話は早い方が良いだろう。

そう思い茶の用意を手早く指示し、彼が席に着いたら人払いをした。

とはいえ彼が戦力を連れて『領主代行』としてやって来た以上、護衛を外す事は出来ないが。


「現国王の裁きを、この手で下すお許しを頂きたい」

「――――――っ」


そうして静かになった部屋で彼が告げた言葉は、私の時を一瞬止めるに十分な物だった。

彼の言う、領主代行の言う『国王陛下の裁き』の意味が解らない馬鹿ではない。

つまりそれは、父を王族としてではなく、ただの罪人として扱えと言う言葉だ。

病死扱いなど許さぬ。王族としての葬式も許さぬ。ただの罪人として墓すら用意させるなと。


「呑んで頂ければ、我らは貴方に友好を示しましょう」

「それ、は・・・」


心臓が煩い。喉がやけに乾く。足元の感覚がおぼつかない。体に変に力が入る。

彼の言葉に頷く事は、私の判断で父を殺すという事だ。

父が死を覚悟して役目を全うするのではなく、私の手で父を殺すという選択だ。


「っ・・・!」


この選択が在る事は覚悟はしていた。覚悟はしていたんだ。

父はそれだけの事をして、敗者となって戻って来たのだから。

むしろ父一人の命で済ませて貰えるだけ温情とも言える。


「我々は街を脅かした彼の王を既に自国の王とは思っておりません。あの男を尊重するのであれば、私は貴方を認める事は出来ない。ご理解ください」


冷たい、何処までも冷たい声と目で、静かに精霊使い殿は告げる。

これはけじめだと。今までなあなあにしていた分のけじめをつけろと。

私が次期国王としてこの場に立つからこそ、決断すべきはしろと言われているんだ。


自分には力が無いからこそ、無いなりに信頼を勝ち得る選択をしなければならない。

少なくとも彼の存在はこの国にとって最重要と言って過言ではない。

勿論先生は重要な人物だが、何より彼は『精霊』を従える者だ。


その存在の価値は語るまでもない。

相手が超常の精霊という存在だからこそ、黙る貴族も多いのだから。

彼と彼の領地の協力が得られないという事は、それだけで私の足元は容易く揺らぐ。


これが彼の判断なのか、言葉通り領主代行としての言葉なのか、それは私には解らない。

解っているのは、私が取るべき最善手が彼の要望に素直に頷く事、というだけ。

何せ彼の要求には何の無茶も無く、ただ正当な要求をしているだけなのだから。


更に言えばこれ以上は求めないという意味でも有り、考えようによっては優しさとも取れる。

本来の立場だけを言えば、彼の方が私よりも上。もっと無茶を要求出来る立場だ。

罪人の処罰さえすればもう気にしない、等と言ってくれる勝者が早々居るはずも無い。


『『『『『キャー・・・?』』』』』


精霊達は彼が連れて来た者達も含め、私と彼との間に流れる空気に困惑している様に見える。

それぞれがキョロキョロと顔を見比べ、何時も陽気な鳴き声がとても不安そうだ。

この時点で精霊を仕掛けて来る気が無い、と言うのが見てとれるという物。


彼が言葉通りの意味でここに来たのであれば、精霊達は最初から敵対意識を向けていたはず。

何度も見た事が有るから知っている。精霊達は敵対者に一瞬の躊躇も無い。

あの反応は私を味方だと思い、彼の仲間だと思ってくれているからだ。


「・・・要求を、呑みましょう」

「殿下のご決断に、敬意を」


頭を抱えながらかろうじて吐けた言葉に対し、彼はとても静かに返す。

ただその声音はそこまでと違い、やけに優しい物だったのが、余計に辛かった。

彼は、先生は、私だからこの決断をさせたんだ。その為に今来たんだ。

兄達ならばあっさりと頷いたであろう、この選択を僕にさせる為に。


でなければ、簡単に通った筈の要求を今更突き付けて来る意味がない。

これは今まで暗に認めていた事を、公然とするための儀式だ。

攻め込まれた領地の統治者が、この条件を呑む事で私を認めると公式に表に出す為の。


それは解っている。解っていても・・・無意識に歯を食い縛る自分が、情けない。

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