第253話、解決案が出ない錬金術師

夜の闇の中、王都から外れた土地に有る大きな屋敷を遠くから見つめる。

屋敷から明かりが消える様子は無い。常に誰かが見張っているのかもしれない。

貴族の罪人を入れておく場所と言う話だから、その警戒は正しいのかな。


『キャー』


そうやって屋敷を観察する事暫く、精霊がトテトテとやって来て小さく鳴く。

ばれない様に静かにねって言ったから、ヒソヒソ声のつもりなんだろう。


「ん、お帰り。ちゃんと飲んだ所は確認した?」

『キャー』

「よしよし、良い子良い子」

『キャー♪』


ヒソヒソ声でご機嫌な声音、という器用な鳴き声で返す精霊の頭を撫でる。

どうやら国王はしっかりと薬を飲んだようだ。


「これで、毒を飲むのは防げたかな」


昼間にメイラの話を聞き、私はこの屋敷にとある用が出来ている。

その為に先ず現状確認をと、精霊を一体屋敷に忍ばせる事にした。

因みに一体なのは、メイラ付きの精霊を借りたからだ。

付いてきた子達は皆街に行ったらしくて、一体も残ってなかったんだよね。


そうして精霊に、屋敷の構造把握と人員の数、見回りの状況などを確認をお願いした。

けれどそこでいきなり問題が発生し、慌てて対策を取る事になっちゃったんだけど。


「今日が服毒予定とか、焦ったぁ・・・」


精霊が国王の部屋にこっそり入って行った所、今日死ぬ事にすると言う話を誰かとしていた。

話を聞いていた人は悲しそうな顔だったけど止めはせず、それを聞いた精霊は大慌てで報告。

勿論その報告を聞いた私も慌て、急遽予定変更をして精霊に薬を持たせた。

信じてくれるか解らなかったけど、毒だと嘘をついて渡してくる様にと。


「これで数日は起きないと思う。まあ起きた後は体が痛いと思うけど、それは我慢して貰おう」


渡した薬は睡眠薬。ただし内容物的にはほぼ麻酔薬に近い。

純粋な睡眠とは違って、身体機能が維持出来ているだけの状態になる。

つまり寝返りなどもうてないから、起きた時は体がかなり痛いだろう。


けどこれで数日は起き上がらないし、服毒して死ぬ事も無い。

時間は稼げたし、この間に国王を生かす算段を立てないと。

私はメイラの願いで、そしてパックの為にも、国王を助けに来たんだから。


「死なれちゃ、困るよ。二人の為にも」


彼が死んだら、きっとパックは辛そうに泣くんだろう。

そしてそれを見たメイラも泣くかもしれない。

王族の決まりとか、貴族の決まりとか、色々有るらしいけど私にはどうでも良い。

私にとって大事なのはあの二人が笑っていられる事だ。


「とはいえ普通に助けると、パックが困るって言われると・・・どうしたら良いのか解んない」


国王の罪は私の住む街に攻め込み、他国との諍いを起こした事だと聞いた。

メイラは「実際には何も無かったんだし、皆が許せば助けられるんじゃ」と言ったらしいけど、それは駄目だと言われた様だ。

罪は罪。許すと言われても、犯した罪は変わらない。責任ある立場なら尚更だと。


実際には結局何事も無かったとしても、それはただの結果論でしかない。

事を起こしていなかった、と言うなら別だけど、実行してしまったのだから。

勝者になれば罪には問われなかった。けど敗者は常に罪を問われるもの。

それにこの件は誰か責任者一人が許す、と言って許される様な規模の話でもないと。


国王を生かす事を許せば、それは良くない例外を作る事になってしまう。

無実ならば兎も角、実害を起こした貴族を裁けなくなる可能性が有るらしい。

何よりも明らかに情状酌量の余地もない罪を許して貰う為、許可を出す人物に押しかける人間も続出するだろう。


国王が意地を張らずに席を降りていればこうなってない以上、彼にも酌量の余地はない。

そしてパックが父の罪の軽減を願う事は、彼が国王としての資質を疑われる。

席を譲っていたらパックが王になれなくても、それでもその時の正解は降りる事だったと。


誰よりも父親を助けたいであろうパック本人が、静かにそう言っていたそうだ。

つまり普通に助けちゃうと、パックが困るって事らしい。


「生かしたらパックが困る。でも助けないとパックが悲しむ・・・どうしよう・・・」


因みにメイラにその場で良い返答が出来なかった私は、取り敢えず状況を見て来ると逃げた。

幸い服毒するという情報が入ったから、その逃げも無意味な行動にならなくて済んだけど。


「仮死状態になる薬有るんだけど・・・それ使ってもダメって言われたしなぁ・・・」


一応死んだふりをして貰う、っていう案は私でも考え付いた。

ただこの国は火葬らしく、国王の遺体は確りとした葬儀をし、大勢の確認の中で焼かれる。

もし仮死状態にして死亡確認をされれば、そのまま火葬されて本当に死んでしまう。


「ああああ~~~どうしたらいいのぉ~~~・・・!」

『キャー♪』


全くいい案が浮かばなくて、地面をゴロゴロと転がる。

精霊は楽しそうに声を上げながら私の真似をしているけど、遊んでるんじゃないんだよ。

逃げる際に「私に任せて・・・!」何て言ってしまった手前、この状況は本当に不味い。

何で私はあんな見栄を張ってしまったのだろう・・・メイラ相手だからだろうなぁ。


「あの薬も何時までも効果が有る物じゃないし・・・起きたら服毒するだろうしなぁ・・・」


時間制限は国王が起きるまで。それまでに彼を助ける方法を考えないといけない。

それもパックが困らない様に国王は死んだ事にした上でだ。

普通に助けるだけなら物凄く簡単なのに、死んでなきゃいけないって点が凄いキツイ。


「うう、どうしよう、どうしたら良いんだろう・・・全然思いつかない・・・」


メイラ、駄目な師匠でごめんなさい。私の貧弱な頭じゃいい案が全然でないよ・・・。

今近くでこういう難しい事を相談できそうなのって、パックぐらいなんだよなぁ。

あの子なら何かいい案が在りそうだけど、パックに言ったら不味そうだし。


「言ったら、その手で父を殺しかねない、とか・・・そんなの無いよね」


もし父が務めを果たせず生きる事を望めば、その時は私の手で殺します。

辛そうな顔で、泣きそうな顔で、パックはメイラにそう言ったらしい。

罪をあがなわずに生きている。その事実が在っては絶対にいけないんだと。


「・・・確かに、解んないや。私には全然解んない。ライナの言う通り、私に解るなんて絶対に言えない。だって私は助けたいなら助けるもん。それで困るとか、考えないもん」


だからこそ、パックは私には解らない程の苦悩をしているからこそ、助けてあげたい。

その辛さを解ってあげられないからこそ、どうにかしてあげたい。

だって私はあの子の師匠なんだから。弟子が困ってるなら、手を貸してあげるのが役目だ。

二人が楽しそうにしているあの時間が、私は好きなんだって解ったんだから。


「・・・そうだ、別に街に戻って相談すれば良いんだ。全力で飛べば街まで半日もかからないんだし、ライナ・・・は駄目か、解らないって言ってたもんね。となるとアスバちゃん・・・は何か色々怖いなぁ。従士さんかリュナドさんだね、ここは」


良し、そうと決まったら一旦街に戻ろう。


「あ、君は念の為、起きないとは思うけど、国王が薬を飲まない様に監視しててくれる?」

『キャー!』


解りましたー! と敬礼をする精霊を撫で、絨毯を全力で飛ばして街に向かう。

あ、でもこの時間に彼は起きてるかな・・・寝てたらどうしよう。


ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー


「あいつ、本当にブチ切れて行った、とかじゃないよな・・・」

『キャー?』


部下からセレスが王都の方向へ飛んで行った、という報告は既に聞いている。

ただその状況だけを聞くと、第二王子の言動に切れて飛んで行った様にしか見えない。

そうなるとセレスが何も把握してなかったって事になるし、それはおかしな話だ。

俺を呼ばずに一人で行ったって事は、そうする理由が有るのかもしれない。


「・・・しかしうるせぇ」

『キャー』


さっきからダンダンと扉を叩く音が煩い。さっき家の前に放置した女だ。

本当によくやるよ。侮ってた事を謝るから、頼むからいい加減許してくれ。

直接戦闘とか罠仕掛けられるより、よっぽど効果的で辛いわ。


やってる事は表面上は好意になるから、下手に捕まえる訳にもいかねえし。

ハニートラップって普通、こんなに精神的消耗させられる罠じゃないよな?


因みに言い寄ってきた中で一人、割と真面目にやばい女が居る。

もう仕事とか全部投げ捨てて、全部暴露して来た女だ。


なんか本気で俺落とそうとしてるらしくて、あれが一番怖い。

だってあの女俺の事じゃなくて、俺の立場と能力が好きって言いやがったし。

私の安全なお財布になって下さいってぬかしやがったんだぞ。

女怖い。ほんと怖い。何で俺の周りにいる女は怖い女ばっかりなんだ。


「はぁ・・・俺、女運ねえな・・・ん、静かになったな。諦めたか?」

『キャー?』


落ち込んでいると、扉を叩く音が聞こえなくなった。

同時に扉の向こうで騒ぐ声も消えたから、流石に疲れて帰ったのかもしれない。

後さっきから返事するのは良いが、返事するなら解る様に言ってくれ。何も伝わってないぞ。


『な、何よ! 邪魔する気!?』


・・・帰ってなかった。何か外で問題が発生してるようだ。

ああああああもう、めんどくせええええええ!

ご近所さんとトラブルとか止めろよ! そういうのほんと面倒なんだからな!


「ああもう、何してんだよ」

「あっ、精霊使い様ぁ♡」


扉を開けた瞬間、家に背を向けていた女は笑顔で振り向く。

が、俺の視点はその先に向いていた。


「・・・邪魔、した?」


そして視線の先に居た人物は、最近聞いてなかった低く唸る声でそう問いかけて来た。

セレス、何でそこに居るんだ。っていうか何で俺は怒られてるんだ。

何もしてないって。罠だって解ってるから手を出してないって。押しかけられてるだけだから。


「ええ、邪魔よ。帰ってくれる?」


そして女はセレスが誰か解ってねえのか。まじかー。この仮面知らないとかマジかー。

手が無くなって来たのかもしれないが、もうちょっと頭詰まってる女にしようぜ。

っていうかあの声音に怯まねーとか、逆に凄いなこの女。


・・・いや、震えてるわ。怯んでない訳じゃなさそうだ。怖いけど俺が居るからって所か。

もしかしてこれ、解ってて挑発してんのか。ああ、そう言えばそういう仕事か。

じゃあ正当な理由で良い度胸してるな。俺は怖くて出来ねーぞそんな事。ちょっと尊敬する。


「・・・」


しかしどうしよう。何で女じゃなくて俺がセレスに睨まれてるんだろう。めっちゃ怖い。

仮面ごしでも思いっきり睨まれてるのが解る。悪いの俺じゃないと思うんだが。

っていうかお前全部解ってるだろう。本当に浮気された女みたいな態度は止めてくれ。

・・・良し、取り敢えず女は精霊達に何処か遠くに捨てて貰おう。


「精霊達、今日も頼んだ」

『『『『『キャー!』』』』』

「キャッ!? え、ちょ、ま、待ちなさいよ! ま、待って、ど、何処連れてくのー!?」


街の外には捨てない様に言ってるから、後の事はそんなに心配無いだろう。

それに女は仕事を全うしてるだけだし、あの覚悟見せられたら危ない所には放り出せねえしな。

まあ、街の中だから、暫くしたら又戻って来る様な気がするけど。


「・・・良いの?」

「勘弁してくれ・・・手を出す訳ないだろ・・・」


何なんだ今日は。久々にすげー不機嫌だなお前。

セレスも女性って事かね。ああいうの嫌いだったのかも知れねえな。

それで俺が睨まれてるのは全く納得がいかないが。今回は俺は絶対悪くないぞ。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る