第252話、相談を受ける錬金術師

胸の中でボロボロ泣くパックを抱きしめ、頭と背中を優しく撫でる。

何やってたのか知らないけど、よっぽど大変だったんだろうなぁ。

パックって結構しっかり者だから、私には想像できないぐらい頑張ったんだろうね。


ライナに褒める様に言われてて良かった。でなかったら気が付けなかったもん。

実際全く気が付いていないし、ただライナに言われた通り褒めただけなんだけど。

それに多分言われてなかったら、パックが泣き出した時焦ったと思う。


「・・・お疲れ様」


いっつも嘆いて弱音を吐いてる私と違って、この子は何時も背を伸ばしていたと思う。

きっと私が知らない所でも泣き言なんて言わず、ずっと頑張っていたんだろうなぁ。


ライナにその辛さは解るって言っちゃいけないって言われたから、聞いたりはしない。

だけど彼女が私を褒めてくれたように、慰めてくれたように、優しく抱きしめる。

何にも解ってない未熟な師匠でごめんね。でもその代わりちゃんと褒めてあげるから。


「頑張ったね、パック」


今は目一杯褒めてあげよう。パックの気が済むまで抱きしめてあげよう。

ふふ、こうやっていると何だか私もしっかり者になった錯覚をするね。

実際は何にも解ってないし、良く解んないまんま慰めてる感じだけど。


そうしてパックが落ち着くまで抱きしめ、泣き止んだ所でパックが私から離れた。

もう良いのかな。満足するまで褒めてあげるよ?

あれ、なんかパック顔赤くない?


「す、すみません、先生、みっともない姿を、お見せしました」

「そんな事、ないよ。パックがみっともないなら、私はもっとみっともないよ」

「―――――っ」


謝るパックの頭を撫でてあげると、パックの目からまた涙が零れる。

やっぱりまだ満足してなかったのかな。ならおいでおいでー。

両手を広げて受け入れる態度を見せる。


「い、いえ、さ、流石に、もう、だ、大丈夫、です」

「ん、そう?」


行き場のない手をにぎにぎしながら首を傾げ、ふとメイラがじっと見ている事に気が付いた。

そうだ、メイラも褒めてあげよう。メイラもきっと頑張ったよね?


「メイラもお疲れ様ー」

「きゃっ、え、えへへ」


ギューッと抱きしめてあげるとメイラは照れ臭そうに笑い、ぎゅっと抱きしめ返して来る。

何か足元で『僕も僕も』って精霊達が騒がしいけど、君達は後でね。

メイラとくっつくの久しぶりだなぁ。なんかすごくほんわかした気分になる。

あれ、これ私が癒されてない? んー、良いや。メイラも楽しそうだし。


『娘よ、我も迎えに来たのだが・・・』

「あっちいって」

『・・・む、娘よ』


メ、メイラ、流石にちょっと、黒塊が不憫じゃないかなーって思うんだけど。

黒塊が案内してくれたからメイラをすぐ見つけられた訳だし。


「何で貴方、庭から抜け出してるの。私呼んでないのに」

『その女に頼まれたからだ。小さき神性共が千切った一片か、娘が望んだならばともかく、我が家の結界を自由に抜けられるはずも無い。そ奴の許可が無ければ我はここに居らぬ』


あれ、自力じゃ出られないんだ。っていうか結界になってるのか、あの庭。

という事はもしかして、あの時の私の声って家精霊にも届いてたのかな?


「セレスさん、本当ですか?」

「え、うん。ほら、メイラの位置、解らないと困るかなって」

「・・・そうですか」


メイラは基本的にとても素直だけど、黒塊が絡むと途端に疑り深くなるなぁ。

黒塊が何て言ったとしても、絶対他の誰かに確認を取ってるもん。

まあ実際、黒塊も時々おかしな事言うし、仕方ないと言えば仕方ないか。


「・・・お疲れ様」

『う、うむ! 娘の為ならばな!』


表情なんて全く無いのに、黒塊がぱーっと笑顔になるのが見えた気がした。

本当に黒塊はメイラの事が全てなんだなぁ。解り易い。


「先生、すみません、僕は少しやる事が有りますので、そろそろ席を外しますね」

「ん、何か、あるの?」

「ええ、その、言い難いのですが、城壁の再建の件を相談に・・・」

「あ、ごめん・・・」

「い、いえいえ! 謝らないで下さい! 仕方がない事だと思っていますから!」


そうなの? 良いの? 本当に?

そう言ってくれるとありがたいけど、本当に良いのかなぁ。


『『『『『キャー』』』』』

「え、君達が?」

『『『『『キャー♪』』』』』


精霊達がパックに何かを告げ、楽しげに鳴きながら散開してしまった。

何処に行く気だろう。パックとメイラに付いている子以外、全員出て行っちゃったけど。


「先生、本当に城壁の再建に、精霊達の力を借りて良いんですか? 街から応援も呼んで来ると言っていましたが・・・」


成程。パックが困ってるから手伝おうって事なんだ。

あの子達って石を作り出せるし、精霊の魔法の壁なら早々壊せないよね。

でも何で私に許可取るんだろう。精霊達が自分で言い出したんだし、気にしなくて良いのに。


「あの子達がパックの力になりたいっ、て言ってるんだから、良いんじゃないかな。私がやるように言った訳じゃないし。ああでも、パックが嫌じゃないなら、だけど」

「・・・っ、そうか成程。これで精霊達の行き来をさせる切っ掛けに・・・解りました。ありがたく力をお借りします、先生」


え、いや、だから、力を貸すのは精霊であって、私じゃないんだけど。

まあいっか。何か納得したみたいだし。パックと精霊なら上手くやるよね。


「では、失礼します」

「あ、うん」


パックが勢いよく出て行き、それを手を振って見送る。

勿論精霊達も付いて行ったから、多分パックは安全だろう。

そうだよね、精霊達いるのになぁ、何で私その事も忘れてたんだろう。


「・・・せ、セレスさん、ちょっと、良いですか?」

「ん、どう、したの?」


自分の行動の頭の悪さに嘆いていると、メイラが神妙な様子で声をかけて来た。

声もやけに小さく弱弱しく、急にどうしたんだろうかと不安になる。


「・・・パック君の、事、なんですけど・・・私、パック君の事、助けてあげたいんです」


・・・助けてって、どういう事だろう。ちょっと良く解らなくて首を傾げる。


「わ、我が儘だって、解ってるんです。パック君の事を考えたら、きっと失礼な事なんだろうなって。でも、だけど、あの時も、さっきも、パック君はすごく辛そうで・・・私・・・!」


ああ、そっか。メイラはここに居たから、パックが凄く大変だった所を見ているんだ。

優しいこの子の事だ。パックが要らないって言っても、手を貸してあげたかったんだろうな。


「だ、だから、セレスさん、お願いします、知恵を、貸して下さい・・・!」


え、わ、私に知恵を? ち、力になれるかな。正直自信無いんだけど。

だってパックの手助けって事は、貴族とかとの何かややこしい話なんじゃ。

い、いやでも、弟子が助けを求めてるんだから、頑張らないと・・・!


ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー


「報告は以上になります」

「・・・そうか、ご苦労。下がって良いぞ」

「はっ」


連絡員が部屋を出て行き、二重扉が閉まる音を聞いて窓を見る。

格子のついた窓の存在は、自身が罪人だと否応なく理解させられるな。


「まさか本人が乗り込んで来るとはな。存外息子は大事にされている様だ」


罪人の身でありながらも、外の情報を正確に得られるのは温情なのだろう。

少なくともパックは、私が城に草を放っている事を理解している筈だ。

まあ、他の息子共は気が付いていないだけの可能性も大きいが。


「まさか王を降りると決まった後の方が忙しいなど、誰が思うか」


バカ息子共は予想通り、王族の職務を殆ど行っていない。

王は玉座にふんぞり返り、好きに生きる物だと本気で思っている。

全く、何故あ奴らの仕事を、これから死ぬ私がしなければならんのか。

だがまあ、それもほぼパックの手に渡った。後は奴とその側近がやっていくだろう。


「全く、バカ息子共め・・・肝を冷やさせる。自ら死を選ぶような馬鹿をやりおって。私が失敗した姿を知っているだろうに」


それでも、それでもあれらも血を分けた息子だ。思う処が無い訳ではない。

パック程可愛いとは思えないが、その想いが息子達にも伝わっていたのだろう。

あ奴らは私の言う事など聞かずに、母親の洗脳に近い教育に染まってしまった。

息子達の愚行もまた、凡夫である私の罪なのだろう。ならば報いを受けるは私一人で良い。


「私の命で、息子達の命を見逃して貰えると良いが」


もう、私のやる事は、無くなった。生きている必要が無くなった。

これで心置きなく死ねる。息子の未来を信じて死ぬ事が出来る。

遺書は既に用意した。息子達がやらかすであろう事は解っていたからな。


「ああ、星が綺麗だな。良い夜だ。こんな夜なら、死ぬのも悪くない」


声が震え、涙が頬を伝う。口から出る言葉とは裏腹に、恐怖が胸に渦巻く。

死にたくない。息子の成長を見届けたい。まだ、生きていたい。

だがそんな想いは、そう思うだけで今の私にとっては罪深い行為だ。


私は私の判断で他者の命を奪う行動をした。

結果的に上手くは行かなかったが、それはただの結果論だ。

判断を下した者として、それを失敗した者として、責任を取る義務が有る。

敗者は裁かれるものだ。それは何時の時代であっても変わらない。変えてはいけない。


「情けないな・・・覚悟は、決めていただろうに・・・本当に私は何処までも凡夫だな」


小さな箪笥に入った小瓶を取り出す。これを飲めば私の最後の仕事は終わる。

毒の種類は、苦しまずに死ねるものを用意してくれたらしい。

それだけでも温情と言えるだろう。誰の判断かは解らんがな。


『キャー』

「っ、なんだ!?」


小瓶を開けようと手をかけた瞬間、部屋に妙な音が響いた。

慌てて音のした方に目を向けると、小人の様な物がそこに居た。

いや、精霊使いの精霊だ。何故精霊がここに。一体私に何の用だ。


『キャー』

「・・・成程、パックの為に確実を期す、という事か。ふふっ、本当に可愛がられているな」


精霊は私に小瓶を差し出し、思わず笑いながらそれを受け取る。

つまり、確実に死ねるように、錬金術師の作った毒を飲めという事だろう。

パックの道行きを邪魔せぬ様に。父として、王として、最後の仕事ぐらい勤め切れと。


おそらくこれは、錬金術師からのメッセージなのだろうな。

後の事は任せろと。お前の息子は私がきっちり面倒を見てやると。

本当に何処までも腹立たしい。本当に腹立たしい程に優秀な女だ。


「感謝するぞ、錬金術師。貴様のお陰で、息子は生きて行ける」


私ではパックを王に据えてやることは出来なかった。

おそらくどれだけ時間をかけても、私では上手くはいかなかっただろう。

愚かな王だ。愚かな父だ。身分違いの娘を愛した、本当に愚かな夫だ。


「パックよ、妻よ、すまんな・・・今まで迷惑を、かけた」


ベッドに座って小瓶を開け、中身を一気に飲み下す。

そうして、すぐに、意識は暗闇に呑まれていった。

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