第251話、説明をして反省する錬金術師
ひ、人の目が多い。いやでも我慢しなきゃ。今回は自業自得なんだから。
でも全方位から注目されてる状況は、流石に仮面をしていてもちょっと辛い。
メイラに仮面返して貰ってなかったら、多分座ってるのも我慢できたか怪しいなぁ。
「では、先生、事情をお聞き致します」
「・・・ん」
メイラに被害が出ない様に吹き飛ばした結果、城壁の一角はほぼ吹き飛んでしまっている。
城の壁もかなり崩れていて、言い訳のしようがない破壊活動だ。
なので何故そんな事をしたのかと、お城の人達に説明をして欲しいという事らしい。
流石の私でも断る事は出来ないと思い、怖いけど沢山の視線にさらされる事に頷いた。
結果、何だか謁見の間みたいな所に通され、何故か中央に置かれた椅子に座っている。
正面にはテーブルを挟んでパックが座っていて、周囲に沢山の人達という感じだ。
私の後ろの方に有るあれ、玉座だよね。誰かあそこに座らなくて良いの?
「先程聞いた事の再確認になりますが、事情を聞きたい者達も多くおります。彼らに説明する為にも、同じ質問をする事をお許し下さい」
「・・・うん」
因みにパックはこう言っているけど、私は殆ど説明していない。
最初に聞かれた際に仮面を被ってなくて、パックの側近さん達の目が怖かったせいだ。
多少は説明したような気もするけど、大体精霊の言葉を翻訳したメイラの言葉だと思う。
何で曖昧かって言うと、単純明快に良く覚えていないからだ。
仮面作ってからは久々だったなぁ、あの状態。何喋ったか全然覚えてない。
「私の兄、長兄が私を暗殺する為の刺客を放ち、その事実を知らなかった先生が次兄に聞き、私の敵を討つ為と、メイラ様を助ける為に城に来た。間違いありませんか?」
思わず視線を伏せながら頷く。だって全部勘違いだったんだもん。
パックは元気にしてたし、メイラも凄く元気そうだった。
死んでるどころか怪我すらしてない。なのに私は城を全部吹き飛ばす所だったんだ。
もし吹き飛ばしていたら、この手でパックを殺していた。考えるだけで恐ろしい。
「先生の気持ちは嬉しく思います。ですが私は見ての通り無事です」
「・・・そう、だね」
「ですのでこれはもしもの話になりますが、もし私が本当に死んでいたら、どうされました?」
もし本当にパックが死んでいたら。それは、多分、間違いなく――――。
「・・・城を、粉々に、吹き飛ばしていた」
私の返答に周囲がざわつく。怒ってるんだろうなぁ。勘違いでなんて事するんだって。
でも今回は言われても仕方ない。だってどう考えても悪いの私だもん。
従士さんの時に事実確認が大事だって学んだはずなのに、私は全然成長していない。
「ふふっ、そうならなくて何よりです。幸い人的被害がゼロな事も含めて」
・・・城壁吹き飛ばした被害者が居なくて、本当に良かったと思う。
メイラへの被害以外ほぼ考えずにやったらか、負傷者がいないのは完全に奇跡だよね。
流石に街に被害が行かないようには考えてたけど、城側は全く気にしてなかったもん。
街とメイラへ被害を考えて抑えた威力じゃなかったら、後悔じゃすまない所だった。
「城の者を集めた一番の理由は、そちらなのですよ。どうやら未だ私が先生の弟子だという事を疑う者も居まして、今回の件は嘘を語った警告なのでは、等と言われましてね。悲しい事です」
「・・・パックは、間違いなく、私の弟子、だよ」
何で疑われているのか解んないけど、はっきりとそう応えた。
師匠としての自信は無い。だけどパックとの師弟関係は、私にとっては好ましい物だ。
それを否定するなんて私には絶対出来ないし、したくもない。
っていうか、何で疑われなきゃいけないんだろう。そこ良く解んない。
「・・・何で、疑う必要が、有るの?」
「さて、何故でしょうね。私にはさっぱりです。ふふっ」
あれ、パックも解ってないんだ。てっきり知ってるのかと思った。
理由も告げずに疑う言葉だけ言われたって事なのかな。変なの。
「それにしても兄には困った物です。彼らの行動のせいで貴方がたが死ぬ所だった。良かったですね、ただの先生の勘違いで。ええ、本当に良かった。そう思いませんか?」
ただパックは疑われていたはずなのに、やけに嬉しそうにニッコリと笑った。
そしてその笑顔を周囲の人達に向け、また私に向き直る。
ただそれとは正反対に、周囲の表情は硬い。やっぱり怒ってるんだろうなぁ。
あ、もしかして今のって、私が怒られない様に言い訳してくれたのかな。
パック・・・何ていい子なんだろう。ごめんね。本当にごめんね。
ああもう、本当に私は何をやってるんだろう。こんないい子を危険な目に遭わせるなんて。
仮面をしているのに泣きそう。ああ、これ怖いからじゃないから我慢できないかも。
「・・・次は、気を付ける、から。うん・・・次は、無い」
いや駄目だ。泣くな。そう自分に言い聞かせながら、言葉を絞り出す。
体中に力を入れて涙を我慢して、そのせいで掠れた声だったけどちゃんと伝えられた。
今回の件は全面的に自分が悪い。だから泣いちゃ駄目だ。ちゃんと謝らないと。
ただ俯いて言ったせいで、相手の反応に気が付くのが遅れた。
ふとやけに周囲が静かだなと感じ、ちらっと顔を上げる。
するとパックを含めた全員が何故か固まっていて、ただパックはハッっとした顔を見せた。
「―――――っ、は、はい。よろしくお願いします」
・・・? よろしくだと、なんか違う様な気がするけど・・・まあ良いか。
今度は気を付けよう。少なくとも、大事な人に自分が攻撃する様な事が無いように。
本当に、本当に怪我した人が居なくて良かった。ほんと私は駄目だなぁ。
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メイラ様に明日の予定を告げに行こうとした所、凄まじい轟音と振動が城を襲った。
何が起きたかは一目瞭然で、通路向こうの壁が無くなっていた。
慌ててメイラ様の無事を確認しに行くと、そこに居たのは何故か先生だった。
『・・・パックが、殺されたって、聞いたから』
一旦場所を移して先生に事情を聞くと、そんな返事が返って来た。
正直に言おう。それは絶対嘘だと思ったと。
いや、そう聞いた事は間違いなくとも、絶対別の理由が有る筈だ。
何せつい先日メイラ様に「余り遅いと先生が心配しますね」と言う話をしたばかりなのだから。
『私に何か有れば黒塊が煩いから、多分それで安否確認してると思いますよ』
メイラ様はそう言っていたし、確か先生もそんな話をしていた覚えがある。
そもそも兄の件は絶対に知っている筈だ。むしろ先生が知らない筈がない。
ただ先生は私の側近に警戒をしているのか、あまり詳しく話してくれなかった。
『パック君のお兄さん達が、パック君を殺したって、そう言ってた、の?』
ただ精霊達の言葉を聞いたメイラ様は、若干首を傾げながらもそう言った。
つまり先生の言葉その物に嘘は無く、だからこそきっと意味が在るのだろうと思う。
このタイミングであんな事をする意味が、何処かに。
いや待て、そうだ、先生は全部知っている筈だ。なら何故明日帰るこのタイミングで来たんだ。
そもそも何故、今日この日に限って、先生は外に出て兄に会ったのか。
今日だから意味が在るんじゃないだろうか。私が城を出るつもりだった前日だからこそ。
「・・・ああ、そうか」
先生の行動に嘘はない。そう、嘘は無いんだ。嘘は無く、そして今日ここにやって来た。
それは誰の為だ。そして失態を犯したのは誰だ。つまりは、そういう事だろう。
先生は態々、最後の詰めを行ってくれたんだ。まだ僕を認めない者達に対する詰めを。
先生の発言の裏が取れれば、それは先生が本心から僕を案じてくれているという事になる。
そしてそれは同時に、愚行を犯した兄達は最早価値が無い、と証明する事にもなるんだ。
彼らが浅い考えで馬鹿をやらかしたせいで、自分達の命が無くなる所だったと。
対岸の火事ならば兎も角、明確に自分の命を脅かす人間を主君に据えようとは思えまい。
「ははっ、負傷者が出ない訳だ」
あの後すぐに負傷者の調査をした。だがその被害はゼロ。
あれだけの破壊をしておきながら被害者が居ないなど普通有りえるだろうか。
当然先生は被害が出ない事を考慮した威力で城壁を壊したんだろう。
僕がメイラ様を何処に寝泊まりさせるか、という所まで計算の内で。
彼女には精霊が付いている以上、下手に人を傍に付けるより静かな環境の方が良い。
出来るだけ人の居ない区画の部屋を用意し、だからこそ先生は大規模に破壊をした。
その力を見せつける為に。今迄現さなかった姿を王都の民にも印象付ける為に。
そもそも破壊の仕方が不自然だ。城壁は一角がほぼ吹き飛んでいるのに、街には被害が無い。
メイラ様に害が及ばない事だけを考えていたなら、街に甚大な被害が出ていたはずだ。
先生の本気を見た事が無ければ解らないだろうが、あれは確実に加減している。
けれど先生の戦いをその眼で見た事が無かった者達は、あれで先生の実力が本物だと理解した。
いや、理解せざるを得なくなった。今までの先生に関する調査報告が全て真実だと。
「ならば、ありがたく乗らせて頂きます。先生」
先生に礼を告げたらすぐに側近に準備をさせ、集められるだけ人を集めて説明の場を整えた。
当然先生を見下ろす事など出来ないので、玉座の前に先生に座って貰った。
一切打ち合わせはしていないが、先生にそんなものは不要だろう。
そしてその予想通り、先生は貴族達に効果的な脅しをかけて行った。
私を認めた上で、私に害する者への排除の言葉と、疑う者への威圧。
的確に言うべき事だけを口にし、そうして狙い通り誰もかれも黙るしかなかった。
「・・・次は、気を付ける、から。うん・・・次は、無い」
何よりもこの言葉を発した時の迫力は、解っている筈の僕も呑み込まれた。
気を付けると、非を認めている筈なのに、明らかにそうとは思えない迫力の声音。
しんと静まり返ったが故に、先生が歯をかみしめる音すら聞こえ、その怒りが良く解る。
『今回は嘘だと解っていたから脅しただけで済ませた。事実であれば次など無いし、たとえパックが無事だとしても、似たような事をした人間に次など存在しない。私を煩わせるな』
表面上は非を認める言葉だったろうが、内実はそういう事だ。
今回の件は、嘘だから良かったが、嘘でも先生は腹に据えかねていると。
さっきまでは確かに上手く脅していた。先生の言動に間違いはなかった。
ただ余りにも僕に都合の好い展開に、僕の策で動いてくれていると思われるかもしれない。
言ってしまえば『ただのおどし』と取られる可能性が有ったんだ。
けれどこの一瞬で周囲の者の認識は切り替わる。目の前の存在はそんな優しい者じゃないと。
勿論僕は先生が根は優しい人だと知っているが、この威圧を受けてそう思えるのは少数派だ。
間違い無く扱えない人間だと認識し、連なる人間に害するリスクを理解するしかなくなる。
たとえ先生の言葉を信じ切れずとも、恐怖で下手な事はやり難くなるだろう。
ならば面倒を避ける事が出来るなら、安全に事が運べるなら、そちらを選ぶが道理。
余程の野心でもない限り、この先生を見てまだ何かを仕掛けようとは早々思えないはず。
少なくとも弟子である自分ですら、今の先生は怖くて背中にいやな物を感じるのだから。
「―――――っ、は、はい。よろしくお願いします」
これが先生だ。これが本気の先生なんだ。ああ、本当に、まだまだ学ぶ事が多過ぎる。
何をどうすれば効果が有るのか、本当に良く解っておられる。やはり敵わない。
「・・・さて、事情は理解されたかと思いますが、先生に質問はございますか?」
無論、質問などさせる気は無いし、ここで口を出す馬鹿は周りに潰されるだろう。
そんな愚者は兄達だけで良いと、彼らは今そう思っているに違いない。
「では、お開きに致しましょう」
これがもし城に戻って来てすぐだったら、こんなにあっさりとは行かなかっただろう。
僕が先生と精霊に求められた人間だと、周りが認める空気が出来上がっていたから出来た事だ。
たとえ気に食わないとしても、ああやはりそうなるのか、と言う諦めに近い納得をさせられる。
その後は先生にも休んで貰おうと、新しくメイラ様に用意した部屋へと案内した。
部屋に付いたら側近達を下がらせ、三人になった事で先生の空気が和らぐのを感じる。
やはり先生は私の側近を信用していないのだろう。そこは致し方ないか。
「セレスさん、パック君、お帰りなさい。その・・・大丈夫ですか?」
「問題は・・・全くないとは言えませんが、大丈夫ですよ」
これで全て終わった、等とは流石に言えない。人間は慣れる生き物だ。
今は先生やあの街の戦力の事を理解し、危機感で纏まっている様な状態かもしれない。
けれどそれも平穏が戻れば緩むし、馬鹿をやる人間はきっと出てくる。
それに城壁と城の修繕も考えないといけないし、完全に問題無しとは言いづらい。
勿論これを先生に言うのは申し訳ないので、黙っておくつもりではあるが。
実際どうしよう。国庫で修繕して良い物だろうか。いや、そういえば当てが有るか。
「・・・そうだ、パック」
「あ、はい、先生、なんですか?」
資金をどこから出そうかと考えていたら、随分優しい声で先生に呼ばれた。
この落差は未だに驚く。本当に同一人物なのかと少し考えてしまうぐらい。
「・・・やれる事は、ううん、やりたい事は、出来た?」
「はい、先生のお陰で。本当に、ありがとうございま――――」
先生の確認に応えて礼を告げると、不意に抱きしめられた。
突然の事で理解出来ず、只々驚いた顔で先生を見上げる。
「・・・そっか。よく頑張ったね。お疲れ様、パック」
「―――――」
さっきあれだけ恐ろしい声を発してい居た人とは思えない程、優しく緩やかな声音。
背中と頭を撫でるその手は余りに優しくて、温かくて・・・このまま縋りつきそうになる。
「パックは、いっぱい頑張ったんだよね。ね?」
「っ」
母が子に甘やかす様な、子供を褒める様な言葉に、無意識に体に力が入っていた。
ああ、駄目だ、止めろ、何をする気だ。僕は何をしているんだ。
何で先生に抱き着いて、情けなくもボロボロ泣き出しているんだ。
「・・・大変だったんだね。パック。大丈夫だよ。落ち着くまで、こうしてあげるから」
辛かった。悲しかった。苦しかった。けどそんな弱音は吐いちゃいけなかった。
父の死に対する覚悟も、兄達に命を狙われる苦しさも、敵だらけの貴族達の存在も。
本当はどれもこれも、泣いて逃げ出したいと思うぐらい、辛かった。
その想いが溢れて止まらない。先生の優しい手が余計に感情を溢れさせる。
抑えが効かずに先生に縋りつくと、先生は優しく包み込むように抱き返してくれる。
それが余りに暖か過ぎて、口からうめき声以外何も出て来ない。
「好きなだけ泣いて、良いからね」
――――――本当に、先生には、敵わないと、心から思った。
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