第250話、復讐に走る錬金術師

何なんだろう、コレは。さっきから煩いな。私は相手をする気は無いって言ったはずだ。

こっちは久々にお世話になっている人にお礼の品を持って来て、のんびりして貰っていたのに。

何言ってるのか全く解らないし、投げる前に昏倒させてしまった方が良かったかな。


というか、何で先輩さん動かないんだろう。捕まえないのかな?

あ、私が勝手に動いたからか。どうするって聞かれたのに応えてなかった。

でもその時はまだ相手がお客さんか何かかと思って、ちょっと怯えてたから――――。


「聞け錬金術師! 貴様の弟子はもう居ない! 兄が殺した―――――」


――――――殺した? 弟子? 兄?


メイラが殺された・・・っていう可能性はゼロだ。もしそうなら黒塊が黙っていない。

あれは今日も大人しく塔に鎮座していたから、絶対に無事だという保証が在る。

じゃあ殺されたのは――――――――パック?


「・・・そう」


一瞬、真っ白になりかけたけど、即座に思考を引き戻す。

今は駄目だ。頭を回せ。誰だ。何だ。私は何を敵と見れば良い。

この場にはパックを殺した敵が居ない。なら何処に居る。


コレは今、兄と言った。ならパックは兄の王子に殺された? 家族に殺されたの? 

こんなにメイラが帰って来ないのは、まさかそれが原因だったの?

・・・なのに、私は、のんびりと、何も知らずに待っていた。


「―――――っ」


思わず歯を食いしばり、拳に力が入る。

なんて馬鹿だ。何を『寂しい』なんてのんきに言っていたんだ。

あの子達はそれどころじゃなかったって言うのに。


メイラはきっと泣いていると思う。あの子はパックの事を大事にしていた。

パックが死んだという事実に、動けないぐらいショックを受けているんじゃないかな。

けど、ごめん、パック。私、メイラの様にショックを受けてないみたい。


――――――殺す。


頭の中はそれでいっぱいだ。勿論メイラを迎えに行かなきゃとは思ってる。

けど、ショックよりも、頭を埋め尽くすのは殺意の塊。

私の大事な弟子を、教え子を、家族を殺した存在を、生かしておく理由が無い。


「・・・精霊達、絨毯取って来て」

『『『『『キャ、キャー!』』』』』


精霊達に声をかけると慌てて家に向かって行った。すぐに絨毯を持って来るだろう。

武装に関しては問題ない。今着ているローブはきっちり仕込んである。

服も普段着だから、相手がアスバちゃん並でない限り不足は何一つない。


いや、たとえ相手が彼女より強くとも、絶対に殺す。手段は選ばない。

パックは向かった先で刺客に殺された。つまり王都に向かえばパックを殺した奴が居る。

ただ先ずは動けないでいるメイラの救出が先だ。けど闇雲に飛んでも見つからないだろう。


「・・・黒塊、来て。メイラを迎えに行くから」

『ふん、良いだろう。娘に会えるならば案内役になってやる』


黒塊に呼びかけると、即座に私の横に現れた。

やっぱり。この距離なら呼べば聞こえると思った。

何となく解っていた。黒塊はその気になれば、このぐらいの距離の転移は出来ると。

大人しくしている事がメイラの望みで、下手に動けば叩き潰されるから動かないだけだ。


『『『『『キャー!』』』』』

「・・・ありがとう」


精霊が絨毯を持って来てくれたので、即座に広げて座る。

黒塊を前に飛ばし、その後ろを付いて行けばメイラの所には辿り着けるだろう。

その後は、パックの仇を討つ。相手が誰だろうと、何人だろうと―――――。


「ハッ! ま、まて、錬金術師、俺の話はま―――――」


煩いのが私の行動を止めようとしたので、爆発の魔法石を一つ放り投げる。

それは即座に魔力を開放し、光りと爆音が一瞬周囲を支配した。

殺しては駄目だと言われたので直撃はさせてないけど、爆風で軽く吹き飛んだようだ。


「・・・邪魔」


今の私には余裕がない。こんな物の相手は心底煩わしい。

殺さないで欲しいと言われたけど、これでも向かって来るなら次は容赦しない。


「ひっ、ひぃ・・・!」


ただ今ので怯えて動けなくなったようだ。これなら邪魔される程でもないか。

ならアレには用が無いので視線を切り、全力で絨毯を空に飛ばす。

その際何体か精霊が乗って来たけど、別に構う程の事じゃない。そのまま行く。


「黒塊、誘導お願い」

『ついてこい』


高速で飛ぶ黒塊の後ろを、絨毯の性能限界ギリギリまで引き出して付いて行く。

この速度なら日が暮れる前には王都に辿り着くだろう。

だけど、その程度の時間すら、今はもどかしい。


「―――――っ」


何時からだろう。何時からメイラは悲しみを抱えていたんだろう。

最近元気になっていたから、うっかりしていた。

あの子は別に強い子じゃない。今も心に傷の在る子だ。

なのに大事な人が居なくなったら、動く事も出来ない様になったっておかしくない。


それに・・・それに・・・・!


「パック、何で・・・!」


涙が溢れる。視界がぼやける。胸が苦しい。お腹が痛い。息も上手く出来ない。

何で、何であんないい子が殺されないといけないの。あんな頑張り屋な良い子が。

何で家族に殺されるなんて、そんな訳の解らない目に遭わなきゃいけないの。


「・・・絶対に、許さない」


段々頭が冷えてきた。悲しくて仕方ないのに涙が止まり、もう流れない。

苦しさよりも、殺意が溢れて来る。パックの事を考えれば考える程、心が冷えて行く。


「見えた、あれが王都のはず」


地図から考えれば、あの大きな街が王都の筈だ。城も有るし間違い無いだろう。

周辺が平和な街なのか、門の外にも家屋が広がっている。

おそらく門の外が山林ではなく、平地の草原になっているからか。


「・・・今は、どうでも、良いか。黒塊、メイラは何処?」

『奥の城だ。一室から動いていない』


・・・もしかして、捕まっている?

そうだ、パックが家族に殺されたなら、その傍に居たメイラを放置する訳ない。

メイラをどうする気かしらないけど、心の弱ったメイラなら簡単に捕まえられる。


――――――ふざけるな。パックだけじゃなく、メイラにも何かする気か。


「っ、黒塊、正確に、教えて」

『説明するよりも向かうが早い。行くぞ』


先行する黒塊を全力で追いかけつつ、魔法石を握り込む。

今日は手段は選ばない。即座にメイラを救い、全部壊す。

何もかも、吹き飛ばしてやる。こんな城、必要無い。


パックを殺す様な存在も、メイラを害する様な連中が居る城も、全部、全部要らない。

私の大事な物を奪った連中は、ひとかけらも世に残さない


ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー


「うーん・・・美味しいんだけど、家精霊さんのお茶が恋しい・・・」

『わかるー』

『家のお茶の方が好きー』

『これ美味しいけど家のが美味しいねー』


今飲んでいるお茶が高級茶という事は解ってるけど、物足りないと感じてしまう。

精霊さん達も私と同じ気持ちの様だ。ちょっと嬉しい。

家精霊さんのお茶って、心から安らぐというか、凄くホッとするんだよね。


山精霊さん達は良く家精霊さんと喧嘩してるけど、あれは仲が良いからだと思う。

何だかんだどっちも本気で喧嘩する気は無いと思う。

だって家精霊さん怒りながらもおやつは用意するし、山精霊さんも文句言いながら聞くし。


「まあ、皆セレスさんが好きだから、って言うのが大きいんだろうけど」

『僕主大好きー!』

『『僕もー!』』


ふふっ、そうだね。セレスさんの事大好きだよね。私も大好き。


『僕、メイラも好きー』

『あ、僕も僕も!』

『じゃあ僕は他の僕よりもっとメイラ大好きー』

『『何それ狡い!』』

「えへへ、ありがと」


精霊さん達は私を守る様に、って言いつけられているのは間違いなく有ると思う。

でもそれを抜きにしても、この子達が私を好きでいてくれているのは感じている。

何処までも真っ直ぐに好きに生きている精霊さん達の言葉は、するっと心に入って嬉しい。

真っ直ぐすぎて困る事が有るのは、まあ、愛嬌だと思おう。


「それにしても、随分長くなっちゃったなぁ。でも明日には出発できるから・・・あと四日か。やっとセレスさんに会えるね」

『パック早く帰りたいって言ってたのにねー?』

『帰りたいなら帰れば良いのにねー?』

『パックは変な子ー』

「う、うーん、精霊さん達はそれで良いんだけど、パック君も色々有るから・・・」


とはいえこれは私も迂闊だった。だって私も最初は精霊さんと同じだったから。

流石に来て即日帰る、なんて風には思ってなかったけど、こんなにかかると思ってなかった。

滞在日数が二十日越えとか、私じゃ予想出来ないよ・・・。


「パック君、このままいけば、王様になるんだよね・・・」

『パック王ばんざーい!』

『『ばんざーい!』』

「あはは、まだ王様じゃないけどね」


パック君は正式に王太子になる為に、色々と手続きを済ませているらしい。

本来なら他の王位継承者の妨害が入る筈だけど、今なら無理を通す事が出来ると。

その理由の一番はこの仮面。セレスさんが彼を認めたという大きな証拠。


これにより日和見だった貴族や、流れで他の王子達に付いていた人たちが黙った。

勿論妨害はゼロじゃないみたいだけど、継承者本人達が居ない事で尚の事妨害は弱い。

私を偽物って言い出す人も居たけど、パック君の返しに何も言えなくなってたし。


『精霊の監視が付いた我が身に、その様な愚行が犯せると思うのか。私が下らぬ事をすれば、たちまちに錬金術師殿の魔法が王都を火の海に変えるぞ。それを理解しての発言か』


その上でパック君に謝れらながら、幾つか一緒に付いて回ったのが一番効果的だったのかな?

袖をちょこんと握って付いて行く様は、完全にセレスさんとリュナドさんだった気がする。


そこに思い至って「成程」と私もちょっとなった。セレスさんは凄いなって。

確かにこうやってくっついていれば、どう見ても仲が良い様にしか見えないもん。

ただ実際二人は仲が良いし、セレスさんはリュナドさんの事が大好きだけど。


『今思えば、先生は狙っていたんでしょうね、これを、このタイミングを。僕がメイラ様に認めて頂くまでの期間も含めて全て。本当に、学ぶ事が多過ぎる』


王太子を自ら名乗った兄が罠を張った、という線は父が無事だった時点で間違いない。

次兄の動向までは把握しきれていなかったが、けど次兄も街に向かっていたと知れた。

ならば先生の期待に応える為、地盤を確実の物にして帰ります、とパック君は言っていた。


そこからのパック君は行動がとても速く、部下の人達を呼んで一気に事を進めている様だ。

・・・残念ながら私には、詳しい事は良く解らないけど。


「・・・ふふっ、彼が『帰る』って言ってくれたの、少し嬉しかったのは、不謹慎かな?」

『ふきんしんー?』

『布巾は新しい方が良いと思うー』

『キレイキレイな方が、ライナも好きだもんねー?』


うん、問いかけ方をちょっと間違えた。

本当の意味を理解していても、多分精霊さん達は否定するだろうし。


「パック君が『帰る』って、あそこが『帰る場所』だって言ってくれた事が嬉しかったんだ」

『? なんでー?』

『だって主の所帰るでしょ?』

『パック帰らないの?』

「もしかしたら、帰ってなかったかもしれないから」

『『『えー、やだー』』』

「ふふっ、私もやだな。だから帰るって言ってくれて、嬉しいんだ」


パック君は王太子としての立場を確実にしたら、王にはならずにセレスさんの下に戻る。

それは彼がまだセレスさんの認める『一人前』になれていないから。

だから王族の仕事はするつもりは有るけど、まだ王として君臨する気は無いらしい。


『まだ、僕は未熟です。まだ先生に学びたい事が沢山有ります。勿論学びきれるなんて高慢な事は言いません。それでも、出来る限り、僕は先生の下で学びたい』


彼はその考えを側近の人達に伝え、元々そのつもりで準備して貰ってたらしい。

ただ彼にとって一番のネックは自分の血で、それを侮る高位貴族達。

その一点を打ち崩す状況が出来た今、準備していた仕込みをやる好機なんだそうだ。


『先生が僕を認めた事実を城に持ち帰った。それは同時に父が犯した罪も解決したと判断されます。父が他国の王族に仕掛けた愚行も僕が解決をしたと。実際、顔見知りになれましたしね』


この国に今求められているのは、今まで通りの平穏を保てる統率者なんだって。

危機感を最大限に煽られた貴族達は、今も愚行を犯し続ける兄達を見限る方向が強い。

何せその失礼を犯した王族に、更に失礼な手紙を送ったらしいし。


国が無くなる危機を理解し、だけど家の古い貴族は錬金術師に下る事をプライドが許さない。

そこに半分は平民の血でも、確かに王族の血を引くパック君なら、かろうじて下れる相手。

ならセレスさん達を敵に回すよりも、上手くやった王族に付くのが賢い選択。


更に言えば彼が他の貴族と違い、セレスさんの家に出入りしている事は調べればすぐ解る。

師弟関係を疑われる要素を無くす為にも、セレスさんはパック君を長期間弟子として扱ったと。

ならパック君の身に不幸が起こらない限り、誰を選ぶかは明らか。って事らしい。


しかも彼の予想では、もしセレスさんと精霊さんが居なければ、国は分裂していたそうだ。

最早機能しない、崇めるに値しない王族に対し、我こそが支配者にと言い出す貴族が現れると。

そういう人達を彼のお父さんは何だかんだ上手く使い、だけど兄達にはきっとそれが出来ない。

おそらく兄達が即位すれば、そう遠くない内に内紛となり、国が消えていたかもしれないと。


貴族の世界って面倒だと、聞けば聞くほど思う。

セレスさんと仲よくすれば良いだけの話な気がするんだけどなぁ。

皆怖い怖いっていうけど、セレスさんは優しい人だよ。偶に、ちょっと、怖いだけで。


『っ、な、なにか怖いのが来る!』

『なにこれ、なにこれ!?』

『何か怖い! 凄く怖い!! でもなんか知ってる怖さな気がする!!』

「え、な、え? ど、どうしたの、精霊さ――――――」


精霊さんが急にビクッと跳ね、それと同時に怯えた声を上げだした。

突然の様子に私も驚いて尋ねようとした瞬間――――――部屋の壁が吹き飛んだ。


「―――――」


ああ、人間って本気で驚くと、声も出ないんだな。

なんて変に冷静な思考で、土煙を上げる崩れた壁に目を向ける。

ううん、崩れたっていうか、吹き飛んだっていうか、跡形も無いんだけど。


ただそんな冷静な思考とは裏腹に、体はしっかり恐怖を感じているみたい。

カタカタと震えて体が動かない。理解不能な事態に何も行動できない。

怖い。凄く怖い、けど、逃げなきゃ。逃げなきゃ絶対不味い。


「メイラ!」

『『『『『メイラ居たー!』』』』』

「―――――え?」


何故か、土煙の中からセレスさんと精霊さん達が現れ、抱きしめられた。

それと同時に、さっきまでの恐怖が唐突に和らいだのを感じる。


「・・・怪我は、なさそうだね。もう、大丈夫だから」

「え? ええ? え、なんで?」

『主だー!』

『そっか、どうりで怖いと思ったー』

『あーびっくりしたー』


何でセレスさんがここに? え、じゃあの壁、え? それに何で精霊さんは納得してるの?

混乱しているとバンと扉が開き、その音に反応したセレスさんは私を守る様に抱きしめた。

まさか私が知らない内に城で何かがと一瞬思ったけど、入って来た人を確認して更に混乱する。


「メイラ様! ご無事ですか!? 何が・・・先生?」


パック君の後ろに居る側近の人達は何事かと驚いているけど、彼はポカンとした顔を見せた。

同時にセレスさんから怖い物が完全に消え、見上げると目をパチパチさせて首を傾げている。


「・・・パック・・・だよね?」

「は、はい、パックですが・・・せ、先生、これ、どういう状況なんですか?」

「・・・ごめん、私にも、解らない」

「えぇ・・・」

『あ、パックー、久しぶりー』

『パック元気ー?』

『・・・? パック何で燃やすの着てるの?』

『あ、燃やすのいっぱい! ねえこれ燃やすの!? 燃やすの!?』

『勝手に燃やしたら主に怒られるよー・・・ちょこっとなら怒られない?』


えっと、パック君、申し訳ないけど、私に視線を向けられても私も解んない。

解るのは、何故かこの場に居る全員が理解不能という、訳の解らない事態ってだけです。

え、いや、本当に、何でセレスさんがここに居るんですか?

それと精霊さん、悪いけど、ちょっと静かにしてほしい。余計混乱するから。

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