第249話、久々にお菓子を作って差し入れる錬金術師

ここの所毎日、思わず庭に出ては空を見つめる。そんな事が日課になっていた。

帰ってくれば精霊達の方が先に気が付く、なんて事は最初から解っている。

だけどふとした瞬間、どうしても寂しくなってしまい、気が付いたら空を見てしまう。


「普段なら、二人が帰って来る頃、か」


庭から調合部屋を見つめ、大きなため息が漏れるのを自覚する。


『セレスさん、凄く大きいのが取れました! これなら良いのが作れますよね!』

『先生、この植物が川傍に生えていたんですが、やけに育ちが悪かったんです。何故でしょう。これは水気を多く含みますし、水場に近い方が育ち易い気がするのですが』


なんて、帰って来た二人の言葉を聞いて、それぞれに応えている頃だ。

その時間が自分にとってどれだけ楽しかったのか、出来なくなって初めて理解できた。

私はこんなにも、こんなにもあの時間が楽しかったのかと。


「・・・変わったなぁ、私」


以前なら一人で部屋に引き籠るのが私の幸せ、と言っても過言ではなかった。

勿論ライナと会えるのは嬉しいし、会いに行く事に苦は感じない。

けど家に私以外の誰かが居ない事がここまで寂しい、なんて感じる事は殆どなかったと思う。

勿論ライナが居なくなった時は凄く寂しかったけど、これはきっと違う寂しさだ。


「やっぱり、ついて行けば、良かったなぁ・・・」


これも何度口にしたか。口にする度にライナに注意されるけど、思わず口にしてしまう。

二人が家に居て欲しいって言ったんだから、ちゃんと待ってなさいって言われるんだよね。

それを思い出してまたため息を吐いていると、家精霊がお茶を持って来てくれた。


「あ、ありがとう」


山精霊がイスとテーブルも持って来てくれたので、素直に座ってお茶を入れて貰う。

ありがたく受け取ってちびちびと飲み、やっぱり視線は空に向いてしまった。


「メイラが居ないと、皆だって寂しいよね?」

『『『『『キャー』』』』』


精霊達に問うと、山精霊も家精霊もコクコクと頷いて返してくれた。

たったそれだけの事が少し嬉しくて、だけど余計に寂しさが募る。

居ないんだ、って事を、態々口にしたせいだ。自爆が過ぎる。


「家精霊は、こんな寂しさを、ずっと我慢してたんだね。ううん、もっと寂しかったよね」


隣にいる家精霊の頭を撫でてあげると、嬉しそうに手に擦り寄って来る。

ただ今はお茶入りのポットを持っているから、球体にならない様に必死に我慢している様だ。

テーブルを持って来たんだから置いて良いんだよ。そんなにプルプル震えて我慢しなくても。


『『『『『キャー!』』』』』

「・・・君達は、むしろ自分で望んで引き籠ってたよね?」

『『『『『・・・キャー?』』』』』


山精霊達が『僕達も山奥で寂しかった』と言い出したけど、君達私を排除しようとしたよね?

そう思って問い返すと、全員明後日の方を向いて『何の事?』という様に声を上げる。

絶対構って欲しかっただけでしょ。家精霊だけが構われてるのが狡いとかそんなので。


「君達は色々遊び相手も居るんだから、私じゃなくても沢山構って貰えるでしょ?」

『『『『『キャー!』』』』』


それはそれ、主は特別、だそうだ。言わんとする気持ちは解る気はする。

私も知らない誰かに構って貰うより、ライナに構って貰える方が嬉しいし。


「・・・そういえば、リュナドさんが中々精霊兵隊が増えないって嘆いてたけど、構って欲しい人は居ないの? 精霊兵隊の精霊達は、あんまり私の所に来ないよね?」


精霊に気に居られた人だけがなれる、リュナドさんを隊長とする精霊兵隊。

隊員の相棒となる精霊達は、基本的にここにやって来ない。

勿論全く遊びに来ない訳じゃないけど、隊員が休みの日ぐらいしか訪ねて来ないよね。

あの子達はそれで満足してるとすると、普段から一緒に居る相手が欲しいんじゃないのかな?


『『『『『キャー』』』』』

「あ、そ、そうなんだ・・・」


物凄く不思議な理論を展開されてしまった。

解ってはいたけど、この子達は独特な思考回路だなぁ。


リュナドさんは私に役に立っている。その彼と一緒に働けば、精霊達も私の役に立つ事になる。

彼の部隊と部下と一緒に仕事をすれば、最終的に私の役に立つ。

精霊兵隊は構って欲しいからじゃなくて、主の役に立つ為にやっているんだよ。当然でしょ。


大体そんな事を言われたんだけど、どうして当然なのかちょっと解らない。

ただ精霊達にとってはそういう事らしいので、そうなんだと言うしかないだろう。

それなら人を選ばないのではと少し思いはするけど。やっぱり構ってくれる人選んでない?


「・・・でも、確かに、役には立ってるか」


あながち間違ってないのかも。実際精霊兵隊さんには良く助けて貰っているし。

ただそういう理論で精霊達が働いてるなら、もうちょっと労ってあげるべきなのかもね。

普段家で作業している子にはよくお礼をしているけど、それ以外の子にはあんまりだし。


「家精霊、お菓子の材料、余裕有るかな?」


家精霊がコクコクと頷いたので、ならばと精霊兵隊への差し入れを用意しに向かう。

最近は隊員さん達にも差し入れしてなかったし、丁度良い機会かもしれない。

普段御世話になってるしね。折角だし久々にお菓子を作ろう。


「あ、首飾りと腕輪も、用意しておかなきゃ」


あぶないあぶない、忘れて出入り口で逃げ帰る所だった。

街道に背を向ける気だけど、流石にフードだけじゃ怖いからね。

実験で作った道具だったけど、試しに作っておいてよかった。


ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー


「精霊兵隊さん、何時もご苦労様です。これでもどうぞ。何時も街を守って貰ってるお礼です」


山で採って来たのであろう、果物をにこやかに僕へ差し出しすお爺さん。

錬金術師殿の家へ続く道の前に立っていると、こういう人がそこそこ居る。


きっと純粋に感謝の気持ちな人も居るんだろう。けど世の中そんな綺麗事では回らない。

精霊兵隊への賄賂、そして自分は精霊兵隊と懇意にしている、等と言いだす可能性が有る。

そうなれば部隊は当然、それを纏める隊長への悪評に繋がりかねない。


「職務ですので、受け取れません。そのお気持ちだけで」

「そうですか。じゃあいつも通り、精霊様に。どうぞ」

『キャー♪』


僕を認めてくれた精霊様が、嬉しそうに渡された果物を受け取る。

これも割と良くある事。僕達に渡せないならば精霊様にと。

勿論これも腹積もり有っての可能性が当然有るけど、僕には止める事が出来ない。


だって精霊兵隊は、結局の所精霊様が上に立つ事が前提の部隊だ。

僕達に配られる特殊装備は、精霊様が居なければ扱う事が出来ない。

だから僕達に思う処があったとしても、精霊達様の意思に従うのが精霊兵隊の常だ。

精霊様に正面から意見出来るのは、精霊使いである隊長ぐらいのものだろう。


『キャー』

「い、いや、精霊様で食べて下さい。僕は、仕事中ですので」

『キャー・・・』


精霊様がパカッと半分に割ったそれを固辞すると、悲しそうな顔をされてしまった。

そして割れ目を重ねて一つに戻して離しと、パカパカしながらチラチラと僕を見上げて来る。

素直に言おう。狡いと思う。精霊様は絶対自分の愛らしさを自覚してやっている。


「・・・わ、解りました、頂きます」

『キャー♪』


ニコーっと嬉しそうな精霊様に、思わずため息を漏らしながら受け取る。

これは賄賂を受け取ったのではなく、精霊様から賜ったと心で言い訳をしながら。


「どうせ何時もそうなるんだから、素直に受けとりゃ良いのに。あれ、昔から住んでるじー様なんだからよ。賄賂も何もねーさ。リュナドだって怒らねえよ」

「副隊長はなんでそう雑なんですか。万が一が有れば困るのは隊長でしょう」

「別にその程度で困るなら、あいつは今頃精霊兵隊長なんかしてねーって。新人君は優秀だが、お堅くていけねえ。なー?」

『『『キャー♪』』』


副隊長の言葉に、副隊長を認めた精霊様達と、僕を認めてくれた精霊様が同調してしまう。

こうなると何も言えない。不満はとてもあるが、精霊様が頷くのでは仕方がない。

何で副隊長はこんな人なのに、精霊様に認められているんだろうか。


精霊様や隊長にも対応は雑で、なのに何故か精霊様に気に入られている。

隊長も副隊長に対しては、他の隊員に対する物とは違う様子が有るし。

確かに戦闘訓練では勝てる気がしない程に強いけど、心持ちが精霊兵隊に相応しくないと思う。

・・・思うんだけど、ここに居る精霊様以外とも仲良いんだよなぁ、この人。


『あー・・・まあ、あの人雑なのは確かだからなぁ。でも付き合っていけば解ると思うけど、悪い人じゃないし、仕事はきっちりする人だよ。逆にお前は肩に力が入り過ぎだと思うぞ』


そう思い副隊長の事を隊長に話すと、そんな風に返されてしまった。

今でも納得し切れてはいないけど、尊敬する隊長の言う事だから一応素直に従っている。


『『『キャー♪』』』

「ん? お、差し入れかな。久しぶりだな」


副隊長のその言葉に思わず眉間に皴が寄ったけど、向いている方向に気が付いて首を傾げる。

てっきり街の人間の誰かかと思っていたら、錬金術師殿の家に向いていた。

その視線の先に目を向けると、彼女が、この街の最重要人物が精霊を伴って向かってきている。


「お久しぶりですね、お姫様」

「うん・・・お姫様?」

「ああ、失敬。最近リュナドと話す時は貴女をそう呼んでいるので、ついうっかり。ははっ」

「私には、お姫様は、似合わない、と思う」


――――――嘘だろこの人。錬金術師殿がどういう相手か解ってるはずだろうに。

何でそんなに気軽に話しかけられるんだ。隊長、本当にこの人が副隊長で良いんですか?


『『『『『キャー』』』』』

「あ、うん、ありがとう。準備、してくれたんだね」

「おお、美味そう。姫様、これ頂いて良いんで?」

「・・・姫様は・・・うん、まあ、その、作ったから、食べて。精霊達も」

『『『『『キャー♪』』』』』


錬金術師殿は組み立て式のテーブルと椅子を精霊に用意させ、街道に背を向けて座った。

副隊長はそれに対し当然の様に席に着き、テーブルに置かれた菓子を手に取る。

何の遠慮も無い失礼な行動に、頭が真っ白になって倒れるかと思った。


「ほれ、お前も突っ立てないで座れよ」

「ええぇ・・・」


副隊長が手招きをするが、本当に座って良いのかと思ってしまう。

確かに先輩たちが差し入れを貰った話は聞いたけど、そんなに気安い態度で良いのかと。


僕の目には、あの光景がまだ色濃く残っている。あの真っ白に染まる光景が。


あんな事が出来る人間が居るのかと、本当に同じ人間なのかと疑う強大な力。

その持ち主に対し、恐怖以外の憧れを抱いたのも確かだ。

憧れを持った人物と、そこに並び立つ隊長。この人達の傍に立てると、あの時は思わなかった。


「お茶、どうぞ。何時も、ありがとう」

「―――――っ」


錬金術師は常に奇妙な石仮面をつけ、外したとしてもその奥の目は人を射殺す鋭さを持つ。

それが世間に流れる噂で、実際僕も彼女の素顔を見た事は無かった。


一度買い物の警護をした事は有るけど、その時の彼女の眼は実際にとても鋭かったと思う。

初めて二人に出会った時もそうだった。彼女の眼はとても鋭く、足が竦んだ覚えもある。

けど、その奥の顔が、こんなに可愛らしいなんて、知らなかった。


「おい、呆けてねえで座れって。姫様に誘われてんだから、断るのは逆に失礼だと思うぜー?」

「はっ、はい、す、すみません。い、いただきます」


副隊長に注意されてはっと正気に戻り、席について菓子を頂く。

それはとても美味しくて、店に出せる様な物で、余計に錬金術師殿への印象が変わっていく。

こういう家庭的な事をする人だ、という印象が今まで全くなかった。


「しかし姫様、出て来て良いんで? リュナドからは家から出て来ないって聞いていますが」

「ん、差し入れぐらいは、良いかなって。遠くに出かける訳じゃ、ないし」

「成程ねぇ・・・まあ俺は考えるの苦手なんで、美味けりゃ良いですが」

「美味しいなら、良かった」


俯きながら応えるからフードで隠れて表情は見えないけれど、口元が柔らかく微笑んでいる。

声音もとても柔らかく、優しさがにじみ出る様な、可愛らしい声だ。

僕は幻覚を見ているんだろうか。情報が多過ぎて頭の処理が追い付かない。


「じゃ、これも計算のうち、なのかね」

「え?」


副隊長がボソッと呟き、何の事かと訊ねようとした瞬間、複数の人間が通路に入って来た。

即座に立ち上がって槍を握り、その人物たちへと向ける。


「止まれ。ここより先へ踏み入る事が出来るのは、許可された人物だけだ」

「ふんっ、下賤の者が無礼な。槍を下げろ。私は錬金術師に話が有るのだ」


やってきた人物は、まさかと思う相手だった。

隊長から聞いている。最近街にやって来た第二王子だ。

まさか直接ここに来るなんて、浅慮にも程が有るだろう。

そう思い若干あっけにとられていると、先輩がくくっと笑いながら口を開く。


「お姫様、どうされます? こいつら排除しろってんなら、私共はお仕事を実行いたしますよ」

「なっ、貴様、私が誰か解っていないのか!」

「うちの国の第二王子でしょう? 落ち目の方の王子ですなぁ。プライド捨てて一か八かにかけて街に来たんでしょうが、それすら第一王子に遅れを取った方。間違っていたら修正をどうぞ」

「貴様・・・! 田舎の兵士風情が無礼な! 殺せ! こいつらを殺―――――がはっ!?」


王子の護衛か側近か、連中が剣を抜こうとしたその瞬間、王子は地に伏していた。

他の誰でもない、王子が会いに来たという錬金術師殿の手によって。

護衛達はその動きに反応できず、だけど王子が捉えられた事で動けなくなっている。


当然僕も全く反応できなかった。むしろ常人があんな動きに対応出来るのか。

あんな動きに対応できるのは、隊長か聖女様ぐらいのものだ。


「がっ・・・あっ・・・な、なに、が、何だ、貴様、は・・・!」

「・・・私は、獣の話なんて聞く気が無い。先輩さん、コレ、どうしたらいい?」


そこに居たのは、良く知る錬金術師。冷たい恐怖だけを感じる低い声音。

自分に向けられている筈の無い殺気に、何故か足が震える。


「あー、流石に殺されると面倒なんで、そのままポイしてくれると俺としては助かりますね」

「・・・わかった」


彼女は王子を無理矢理引き上げて立たせると、動けずに困っていた護衛達に投げつけた。

その体躯の何処にそんな力が有るのか、人間一人を軽々と。

いや、あの手袋を作ったのは彼女だ。ならそれを・・・まて、精霊様が傍に居ない。

なら彼女の今の行動は全て、自力でやってのけたという事だろうか。


「ま、まさ、か、き、貴様が、錬金術師、げほっげほっ、なのか・・・!」

「・・・そうだよ」

「お、俺に付け! げほっ、そうすれば何でも願いを叶えてやるぞ! 兄達よりも、貴様の願いを全て優遇してやる! 俺を選べば今の無礼もなかった事にしてやる!」

「・・・何言ってるの?」


俯きながら首を傾げ、フードに隠れてその表情はまるで解らない。

だけどその低く唸る声音と言葉の内容から、完全な拒絶という事だけは確かだ。

更に言えば纏っている威圧感が凄い。彼女の後ろに居るはずの自分が怖くて堪らない。


「で、殿下、こ、ここは下がりましょう」

「下がってどうなる! もう後が無いと言ったのは貴様らだろうが!」

「で、ですが・・・!」

「聞け錬金術師! 貴様の弟子はもう居ない! 兄が殺したからだ! 兄が奴を邪魔と思い刺客を送ったからだ! その証拠にまだ奴は帰って来な―――――」


別に、誰かが言葉を止めた訳でも、止めるような行動をしたわけでもない。

だけど止めざるを得なかったんだろう。僕でも馬鹿かと思う王子でも解る、その威圧感に。


「・・・そう」


彼女はそう一言、ただその一言を呟いただけなのに、精霊様すら声を発さずに恐怖していた。

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