第248話、弟子が帰ってこない日常の錬金術師
「遅いなぁ・・・やっぱり帰って来るの遅くない?」
『『『『『キャー』』』』』
テーブルにぐでーんと体を投げ出し、そんな呟きを漏らしてしまう。
頭を山精霊達が撫でて慰めてくれるけど、この寂しさは埋められない。
だってあれからもう八日もたっているのに、二人はまだ帰って来ないだもん。
本来ならもう帰ってきている日数なのに。移動で三日かかっても六日で帰れるのに。
一昨日までは我慢できたけど、帰って来る想定日を過ぎると流石に寂しさと不安が募る。
「あのね、今まで一応姿を眩ませていた事になってる王族が、正面から城に帰ったのよ。帰った翌日に行ってきます、なんて無理に決まってんでしょうが。ばーか」
「うう、解ってるよう・・・酷い・・・」
だってそれ、アスバちゃんに叱られる前に、すでに昨日ライナにも言われたもん。
パック君は王族で、王様の見舞いに行ったんだから、そんなに早く帰って来る訳無いって。
「ふふっ、それだけ弟子達が可愛くて心配だ、という事だろう?」
「・・・うん、それは勿論」
従士さんは私の気持ちを汲んでくれる。だからって考えに同意はしてくれないけど。
「なればこそ、二人の無事を信じてあげてはどうかな。貴方が甲斐甲斐しく教えた弟子達なら、無事に師の下へ帰って来ると。なに、メイラ嬢ならば問題は無いさ」
ほら、ライナと同じ事言うぅ~。なんで皆そんなに同じ事言うの~。
いや解ってるよ。きっと私が常識知らずで訳わかんない事言ってるんだよね。
解ってるけどやっぱり帰りが遅いのは心配だし、メイラが家に居ないのが寂しいんだよう。
「実際あの娘、内に抱えてる力とんでもないからねぇ」
「神の力・・・邪神の力か。テオも巨人を見た時、あの呪いの凄まじさには驚いていたな」
「あれ良く気絶させるだけで済ませられたわよね。力の加減だけ見れば、あの場に居た連中全員死んでてもおかしくない威力だったのに」
「そこは本人も言っていた通り、精霊達の助力のおかげ、なのだろう」
『『『『『キャー!』』』』』
従士さんの言葉に胸を張る山精霊達だけど、実際に働いたのはいつも一緒の三体のはず。
あ、でもこの子達って全部で一つの精霊だから、自分達の仕事って事になるのかな?
「ま、私達に当てなかった事は褒めてあげるわ」
『『『『『キャー♪』』』』』
「当てたら全力で魔法ぶっ放したけど」
『『『『『キャ、キャー・・・!』』』』』
ご機嫌から一転、恐怖で震えながら抱き合う精霊達。
アスバちゃんの実力は認めてるから、そうなったら絶対勝てない事が解ってるんだろうなぁ。
私の魔法石が防げないのに、魔力が無尽蔵かと思う彼女に勝てる訳が無い。
そもそも彼女はまだ一度も全力を出した事が無いと思う。
今までの魔法は確かに何時も凄かったけど、多分彼女には更に上が在る。
よく「この程度かしらね」って言ってるのは、実際に加減をしているからだろう。
「そんなに苛めては可哀そうだ。この子達は何時も精霊使い殿と共に、街の治安を守ってくれているじゃないか。褒められこそすれ、叱られる様な事はしないだろう」
「甘い! 目を離すと何かやらかすから! あんたは普段一緒に居ないから知らないだけ!」
「そうかい? テオも精霊達は良く働く、と褒めていたが。我が家でも遊びに来た時、いたずらなどはしないで大人しくしているよ?」
実際精霊達は良く働く。私の仕事も手伝ってくれるし、材料も持って来てくれる。
基本的には本当に褒められる事をするのだけど、偶にやらかすのも事実なんだよね。
最近はあんまりやらなくなったけど、たまーに材料勝手に食べてる時有るし。
何でこの子達はつまみ食いが見つかった時、頬を膨らませながらぶんぶんと首を横に振るのか。
言い逃れ不可能な状態で何もしていないという様は、思わず注意する気がうせてしまう。
後捕まった子を見捨てて全力で逃げたりとか、本当に全部で一体の精霊なのだろうか。
「あんた最近、発言が子供が出来た母親になってるわよ? テオがテオがって」
「なっ!? そ、そんな馬鹿な!?」
「子持ちは中々男が捕まんないわよー?」
「わ、私はもう諦めているから良いんだ。そもそもアスバ殿こそ、そんな話は無いじゃないか」
「私まだ子供だもーん」
「都合の好い時だけ子供になるのは狡くないか!?」
解る。何時もは子供扱いされたら怒るのに、自ら子供側に回る時が有るんだよね。
「だ、大体だな、貴女は怖がられている事が多いじゃないか」
「まあ、この街に来てセレスと関わる様になってから、力を隠すのを殆ど止めたからね」
「・・・アスバ殿、墓穴を掘っている自覚は有るのか?」
「は?」
アスバちゃんの発言を聞いた従士さんは、ニマっとした顔で言葉を返す。
私は当然どういう意味か解らなかったけど、アスバちゃんもキョトンとした顔を向けていた。
けれど少しして彼女は顔を真っ赤にし、口をパクパクさせ始める。
「ち、違うから! コイツなら、そう、コイツなら私と手を組むに足るって、そう思っただけよ! コイツの立ち回りなら私が全力出しても問題が無いって!」
「ああ、そうだな。錬金術師殿の隣ならば、きっと大丈夫だと、そう信じたのだろう?」
「~~~~~、だ、だから、何であんたはいちいちそういう風に・・・!」
「ふふ、照れずとも良いではないか。私とて彼女が居るから安心してこの街に居る。精霊殺しという手に余る力は、彼女が居なければ持つ覚悟が無かったさ」
あれ、そうなんだ。良く解んないけど、私が居るから安心だ、って言ってくれるのは嬉しい。
私も友達が傍に居てくれて安心だし、役に立つと思ってくれるなら尚の事だ。
「そ、そもそもって話なら、私達よりコイツの方が、問題でしょ」
うえっ!? び、びっくりした。唐突に鼻先に指を差さないでほしい。
問題って、私何かしたっけ。ここ数日引き籠ってるから何もしようが無いんだけど。
「彼女が問題? 何の事だ?」
「あいつとの関係よ。街の噂と現実が乖離し過ぎてんのよ。」
「ああ、精霊使い殿。まあ良いんじゃないか? 噂通り似合いなのは事実だろうし、実際の話がどうであろうと、私達が口出す話でも無かろう」
「実際にどうなってんのか聞いたら『勘弁してくれ』っていう関係がお似合い?」
「・・・まあ、彼は、うん、色々有ったみたいだからな」
精霊使いってリュナドさんの事だよね。彼に何か噂が立ってるのかな。
勘弁してくれって言う事は、彼にとって悪い噂なんだろうか。
「根本的に、あんたリュナドの事どう思ってんのよ」
「ふぇ? 私?」
「アスバ殿、余り野暮な質問はどうかと思うが・・・」
「良いから答えなさいよ。ほら、好意とか何かないの?」
「リュナドさんへの好意って・・・当然、好きだよ? 大好き」
いまさら何を。そんなの当然だよ。彼の事はだいぶ前から信頼してるし、大好きだよ。
・・・あ、あれ、何で二人共固まってるの。え、どうしたの?
「・・・聞いてるこっちが恥ずかしくなったんだけど」
「・・・うむ、凄いな。ここまで満面の笑みで答えられるとは思ってなかった」
え、何で、だって好きな人は好きだし、笑顔にならない?
それに二人の事も好きだよ。みんな大好きな友達だもん。
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「ったく、本当に面倒くせぇ」
酒を一気飲みした後、心底面倒臭いという思いがそのまま口から洩れた。
王子達が俺に何を仕掛けて来るのかと構えていたら、連中はすぐに仕掛けて来た。
けどそれは今迄の様な力づくとか、暗殺とか、そういう物とはまるで違う。
「ねえ、精霊使い様ぁ、今夜、どうですか?」
「帰れ」
「そんな事言わず、私なら、何しても良いんですよ?」
「要らん。帰れ」
ハニートラップ。俺に仕掛けて来たのはその類だ。
ここん所連日に渡って、王子の手の人間が声をかけに来る。
もう明らかに欲求不満な男が手を出しそうな女ばっかり。
つーかどんだけ女用意するんだよ。どっから連れて来てんだ。
「お前ら、丁寧にお帰り願え」
『『『『『キャー!』』』』』
「きゃっ、な、何を、や、止め、た、助けてー!」
別にそんなに騒がなくても、店の外に放り出すだけだ。
流石にただ絡んで来ただけの女に傷とか、俺がやるのは不味すぎる。
まあ店内の客は最近の俺の様子を知っているから、皆苦笑いで終わらせてくれているが。
「最近前以上にモテモテだな、精霊使い様」
「全部解って言ってるだろ、マスター」
確かに精霊使いって呼ばれるようになってから、寄ってくる女は幾らか居た。
けど明らかに俺の立場目当てだったし、セレスとの関係を知ったらぱたりと途絶えている。
まあその関係、ただの噂で実態なんて何にも無いんだけどな。
「全く、あれで身を隠してるつもりってのが笑わせるな。パック殿下はその点素晴らしいの一言だ。少なくとも俺は全く気が付けなかったからな」
「精霊達も王子とは思ってなかったしな。俺も知らずに精霊兵隊に誘っちまったし」
既にマスターの情報網にも、王子達が街に潜伏している事は解っている。
というか、あの王子は本物の『馬鹿』だ。あれは流石に無い。
あいつ自分が何で身を隠して入って来たのか解ってんのかよ。
発言とか、立ち振る舞いとか、全く隠す気ねーじゃねーか
市場で貴族然とした買い物した話を聞いて、本気で理解不能になったぞ俺は。
「弟を無能扱いしているくせに、どちらが無能だか。本気で錬金術師を落とせる、と思っているのが怖いな。現実が見えていない」
「同感だよ。アレが一国のトップとか、絶対嫌だ。他国とトラブルになる予感しかしない。更に言えば間違いなくセレスともトラブルを起こす」
「少なくとも錬金術師は叩き潰す人間だろうな」
「ああ、あれは絶対セレスの一番嫌いなタイプだと思う」
セレスは自分の思考についてこれない人間は傍に置かない。
いや、解らなくても使えるならともかく、あれは確実に使えない部類の人間だ。
そんな人間が擦り寄ってこようとしているなんて、あいつが何時までも許す訳が無い。
「お前さえ居なければ、お前が精霊兵隊に銘じてあの道を開けば、連中は錬金術師に取り入れられる、と思っているんだろうな。会えばどうにかなると」
「会わせなくても解る。あれは会せたら絶対セレスが切れる」
「くくっ、そのせいでたとえ手を出し放題でも出せないとはな。ご愁傷様」
あんたほんと楽しそうだな。俺の不幸を毎回楽しんでないか?
こっちは家にも押しかけて来る奴がいてうんざりしてるってのに。
「実際の所、手を出したい、って思う女は居なかったのか?」
「ねーよ。俺はこの街の守護の要、精霊兵隊の隊長だ。解ってる罠に手を出す事が、どれだけ部下や仲間に面倒をかけるか解ってる。セレスにも、顔向けできねえだろ」
「はっ、そういうセリフを吐くから、お前は勘違いされるんだよ」
「うっせー。早く追加の酒入れてくれ」
「へーへー、ただいま。精霊兵隊長様は酒豪であらせられる」
このアクセサリー着ける様になってから、前より酔えないんだよ。
あー、パック殿下ー、早く帰って来て、連中に引導を渡してくれー。
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