第247話、帰って来たら全力で褒めるつもりの錬金術師
「ねえ、ライナ。ライナは、パックの言ってる事、どう思う?」
「んー、そうねぇ」
パックの別れ際の様子が、やっぱりどうしても気になっていた。
もやもやした気分がどうしても晴れなくて、その事をライナに相談している。
でも正直何でもやもやしてるのかも、何が気になってるのかも、全然解ってないんだけど。
「流石に、口を出し難いと思うわ」
「ライナでも?」
「私も心情はセレスと同じよ。助けられるなら助ければ良い、とは思う。けど彼は王族で王子で、彼の父は国王。ならそこに何の肩書も無い私達が口を出すべきじゃないわ」
「そっかぁ」
口を出しちゃ駄目、なのかぁ。ライナが言うならきっとそうなのかな。
確かに私は貴族とか良く解らないし、むしろ関わりたくないって思ってるしなぁ。
こんな私が気軽に口を出しちゃ駄目、っていうのは間違い無いんだろうね。
「・・・彼の事が、心配なのね」
「んー・・・んー・・・そう、なの、かな? そうなのかも」
何だかパックが辛そうに見えて、あの子の言う事に素直に頷けなかった。
これが心配なら、きっと多分心配、なんだと思う。
何が心配なのかも良く解らないし、解った所でどうしたら良いのかも解らないんだけど。
「じゃあ帰って来た時、やれる事がやれたか聞いてあげて、もしやり切ったって答えたなら、褒めてあげなさい。その時彼がどんな表情をしていても、めいいっぱい褒めてあげなさい」
「褒めれば、良いの?」
「ええ。勿論彼が自分で『やれた』って、ちゃんと答えたらね」
パックの返事が大事、って事なのかな。多分そういう事だよね。
ただ何だか言い方が、パックが何かをやって来るって言ってるように感じる。
私はお父さんを見舞いに行くって聞いただけだし、ライナにもそう説明したんだけどな。
「もしかしてライナは、パックが辛そうな顔してた理由、解るの?」
「ううん、解らないわ。だって私は今言ったとおり、しがらみのない平民だもの。背負う辛さも、その為に切り捨てなきゃいけない覚悟も、私が図るには烏滸がましいと思う」
「・・・ふぇ?」
何でだろう。何でライナがそんなに寂しそうな顔をするんだろう。
やっぱりライナはパックが何をしに行くのか、知ってるんじゃないのかな。
背負うとか切り捨てるとか、何の話か良く解らないけど。
「解る、なんて関係ない他人が言っちゃいけない事が有るの。だから私には絶対解らない。そして彼が帰って来た時、一番褒めて欲しい相手は彼が尊敬する貴女なの。良いわね?」
「う、うん、わ、解った」
何時になく真剣に、少し強い口調のライナに圧される。
頷きはしたものの言われている事はやっぱり解らない。
ただ、帰って来た時パックが褒めて欲しい、という事だけは解った。
「・・・えっと、パックは何か、頑張りに行ってる、て事?」
「ええ。きっとあの小さな体で、大きな物を背負いに行ったと思うの。私達には絶対解らない大きな物を。セレスは彼の決めた事を、ちゃんと肯定する義務があると思うわ」
「義務・・・そうなんだ」
「といっても、何でもかんでも肯定しろって話じゃないからね?」
「あ、う、うん。今回は、ちゃんと認めて褒めてあげて、って事だよね。解ってるよ」
何だか凄く念押しされるなぁ。そんなに念押ししなくても頑張ったら褒めるよ?
解らないって言いながら何かやるって言ってるし、今日のライナはちょっと不思議だ。
とはいえ彼女が間違った事を言うはずないし、言う通りにすれば多分大丈夫だよね。
「王の師かぁ・・・随分遠い存在になっちゃったわねぇ」
「遠い存在? 誰の事?」
王様に何か教えてる人に、知り合いでもいたのかな。
あ、もしかして、その人にパックが何しに行くのか聞いたとか?
「・・・全然実感わかないのは、私だけが現状を正しく理解しているせいでしょうね」
「??」
な、何でだろう、何故か呆れた顔で見られてる。頬に食べかすでも付いてたかな。
慌てて頬を手で確認するも、特にそんな様子は無い。
じゃあ何でだろうと恐る恐るライナに目を向けると、クスッと小さく笑われてしまった。
「ま、気にしないで欲しいって言われても弟子の事を気にしてる辺り、成長したとは思うけど。セレスがしっかりお師匠様やってるのは感慨深いわ」
「んえ? んー、しっかりやれてる、のかな」
褒めて貰えるのは嬉しいけど、未だに私は師弟というのが良く解らない。
何をしたら良いのか毎日手探りだし、あの子達が楽しそうにしているのを見るのが楽しいだけ。
私が教える事で、あの子達の役に立つなら、それは嬉しいなって。それぐらいなんだよね。
「・・・良い師匠してると思うわ。私が保証する」
「そっか。うん、そっか。えへへ、ありがとう。嬉しい」
もしちゃんとあの子達の役に立ててるなら、それは嬉しい。うん、凄く、嬉しい。
優しく微笑んで認めてくれるライナの言葉は、私の胸をとても暖かくしてくれた。
ああ、そっか。パックもこういう風に、褒めてあげたら良いのかな。
帰って来たら褒めてあげよう。頑張ったねって。頑張ってるよって。
そしたらきっと今の私みたいに、嬉しくて心地いい気分になってくれるかな。
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『メイラ、疲れたー?』
『代わるー?』
『僕やるよー?』
「ありがとう、精霊さん。でもお願い、ここまで来たら最後まで自分で飛ばせて」
想定では二日で着くと思っていたのに、既に三日目になってしまった。
一直線に飛んで行けばこんな事にはならなかったんだけどな・・・。
「・・・ごめんね、パック君、精霊さんに任せていれば、一日で着けたかもしれないのに」
「お気になさらず。そもそも本来はその倍以上かかるのですから」
彼はこう言ってくれるけど、自分の疲労を計算に入れてなかった私の落ち度は間違いない。
絨毯を飛ばすのは案外疲れる。それも数日続けて飛ばすとなったら余計に。
セレスさんやアスバさんは涼しい顔をしているけど、私は常に集中していないと無理。
何で二人共、あんな平然とした顔で高速で飛ばせるんだろう・・・。
『メイラ様。宿でゆっくり休みましょう。野営では疲れが取れません』
日が落ち始めた頃に野営場所を探している私に、彼はそう言って少し戻る事を勧めた。
比較的大きな『街』で、宿を取って安全に、しっかり休んで出発しようと。
少しでも早くお父さんの様子を知りたいはずなのに、私の事を気遣ってくれたんだよね。
その時やっぱり精霊さんに絨毯を任せようかって話もしたんだけど、それは断られた。
『貴女に、お願いしたいです。メイラ様に、姉弟子様に、最後まで』
多分あれも、すこしへこんでる私を気遣ってくれたんじゃないかな。
私が最後までやり切って、それで自信が持てる様に。
その後宿の交渉も全部パック君がやってくれたし、姉弟子としてなんて言ったのが恥ずかしい。
『ねえねえ、パックー。アレ焼いて良いやつ?』
「え、ど、どれかな?」
『あのおっきい門ー。主が焼くって言ってたやつだから、焼いて良いー?』
『おー、焼きごたえありそうー』
『あれ焼けるのかなー? 殴った方が壊れないー?』
精霊さんがパック君に訊ねるのは、多分前方に見えて来た大きな門の事だと思う。
待って、パック君、早めに否定しないと多分それ大変な事になると思う。
「ああー、確かに印が・・・いや、あれ焼かれると大変な事になるから、出来れば止めて欲しいなぁ・・・というか、暫くあの印だらけだし、多分あの印のついた服僕も着るから・・・」
『えー、パック着るのー? むー。じゃあパックが怪我するから止めとくー』
精霊さんの返事にほっと息を吐き、背後からも同じ様な様子を感じる。
この子達セレスさんの事大好きだから、セレスさんが嫌がる物って大っ嫌いなんだよね。
多分事前にセレスさんと私で焼く前に聞くように、って話をしてなかったら危なかったと思う。
「あ、パック君、今回はどの辺で降りましょうか」
「・・・いえ、このまま上空を通過し、直接城に行きます」
「え、良いん、ですか?」
「はい。道中の街では騒ぎにならない様にしましたが、城に着けば別です。誘導は致します。今はそのまま城まで真っ直ぐ飛んで下さい」
本当に良いのかな。と、不安になりつつ指示に従い、城の中庭らしき場所に向かう。
「・・・パック君、何だか騒ぎになってませんか?」
「ええ。なっていますね」
「だ、大丈夫なんですか?」
「少々お待ちください。暫くこのまま滞空して頂けると助かります」
城は何だか大騒ぎになって、兵士さんやら文官さんが走り回っている。
魔法使いっぽい人達も集まっていて、物凄く警戒している様に見えるんだけど。
そう思って心配しながら待っていると、パック君は手元で鏡をキラキラと光らせていた。
・・・これって、暗号、だよね。光による伝達信号だと思う。
「・・・来た。メイラ様、降ろして頂けますか?」
「え、だ、大丈夫、なんですよね?」
「ええ。ご心配なさらず。臣下が待っています」
彼が指を差したので目を向けると、大きな布を持って庭の中央に進む人が居た。
あれは何だろう。色々細工が有って・・・布じゃなくて服なのかな?
そしてその人が現れると、槍などを構えていた人たちも全員降ろしている事に気が付く。
「じゃ、じゃあ、降ります、ね・・・!」
この時が一番緊張する。だって着地が一番危ないんだもん。
飛ぶ時はどれだけ勢いが良くたって、何処かにぶつかる事は無い。
けど地面にその勢いで降りたら、きっと大変な事になる。
「ふ、ふぅ。無事着地・・・!」
「はい。お疲れ様でした。メイラ様」
『着いたー!』
『とうちゃーく!』
『メイラ頑張ったー!』
『焼くやついっぱーい!』
『あ、だめだよ、パックが怪我するから!』
地面に降りてふぅーッと息を吐くと、精霊さん達が我先にと飛び降りる。
一瞬ひやっとする事言った子が居たけど、ちゃんと精霊さん同士で止めてくれてよかった。
「おかえりなさいませ、殿下。これをどうぞ」
「・・・それを私に渡す事がどういう意味か、解っているのか?」
「そのお姿。空飛ぶ絨毯。そして共に現れた仮面の人物と精霊達。これを見て、貴方以外に羽織る権利を持つ人間が居る、等とは言わせません。殿下、お受け取りを」
着地に集中し過ぎていて気が付かなかったけど、周囲には沢山の人が跪いていた。
女性もそれなりに居たけど、大半は男の人。その事を認識して思わず固まってしまう。
うう、仮面が在るから、何とか意識を保ててるけど、やっぱり怖い・・・!
思わずカタカタと震える手を、パック君の背中に伸ばしてしまった。
「っ、メイラ様。ええ、先ずは貴女の休む場が必要ですね・・・私が自由に動くには、答えなど決まっているか。先生が仮面を彼女に託した時点で、多少予想は付いていただろうに」
彼は服を受け取り、そのまま袖を通して服を羽織る。
私が掴んでいるせいでチョット着にくそう。ごめんなさい。
でもちょっと待って。深呼吸して、何とか心を落ち着けるから。
「「「「「パック殿下万歳!」」」」」
「ひうっ!?」
急に周りの人たちが大声で、全員がそうやって声を上げ始めた。
落ち着け始めた心がまた恐怖で埋まり、誤魔化す様にパック君の背中をさらに強く握る。
「先ずはここまで運んで下さった彼女を休ませたい」
「はっ、承知致しました」
ただパック君が服を持って来た人にそう言うと、すぐに静かな部屋に案内された。
道中色々騒がしくは有ったけど、取り敢えずこれでほっと息を吐ける。
「すみません。メイラ様。気分を害されていませんか?」
「だ、大丈夫、です・・・」
セレスさんに指摘されて、こうなる可能性はちゃんと考えていた。
考えていたけど、その場に立つと、やっぱり怖くて・・・ダメだなぁ。
でもここまで来て嫌だなんて言えない。私がやるって言ったんだから。
「暫くここで休んでいて下さい。私は父に会う為に手続きをしてきますので」
「あ、は、はい」
『『『いってらっしゃーい!』』』
『『いってきまーす!』』
パック君が出て行くと二体の精霊さん達も付いて行った。ちょっと心配。
『ぬー、焼くやついっぱいある・・・!』
『こんなにいっぱい主が嫌いな物が。でも我慢』
『うー、うー、焼いちゃ駄目、焼いちゃ駄目、焼いちゃ駄目・・・』
凄く、不安。
この部屋もしかして王族の為の部屋とか、貴族の客の為の部屋じゃ。
良く見ると周りに印のついてる物が沢山あって、精霊さんがすっごく睨んでる。
「だ、だめだよ? パック君の大事な物も、有るかもしれないんだから」
『ぬー・・・じゃあ別の形にすれば良いのにー』
『そうだよねー。なんで主が嫌いな物を大事にするのかなー?』
『主これ見るといっつも嫌そーな顔するのにねー』
「えっと、私もセレスさんが嫌そうな顔するのは嫌だけど、多分パック君が困る事をするのは、セレスさん嫌がると思うけどな。私もしてほしくないなぁって」
『んみゅー。それは確かに。主に怒られちゃう』
『やっぱり我慢だねー』
『ぬー・・・そうだ、後でパックに別の形に変えようって言ってみよう!』
『『それだー!』』
う、うーん、良いの、かな? 王家の印をそんな簡単に変えたらまずい様な。
でも取り敢えずそれで納得したらしく、精霊さん達は用意されたお茶菓子で静かになった。
お菓子放置してまで焼きたがるって、相当嫌いなんだろうなぁ。
「お待たせしました、メイラ様。会いに行けます。移動は馬車になりますが、宜しいですか?」
「え、うん、わか―――――パック君、その服、えっと、何だか印象が変わりますね」
「ふふ、王族らしい恰好は久しぶりで、自分でも違和感が有ります」
王国貴族らしい服や装飾を身に付けた彼は、何だかパック君じゃなくなった様だ。
少し驚きつつ彼に促されるままに馬車に乗り、大きなお屋敷に辿り着いた。
道中「お見舞いに私居て良いの?」と聞くと「居て下さい」と言われて中に一緒に入って行く。
お屋敷は使用人らしき人がそれなりに居て、だけどそれより目に付くのは兵士の様子。
勝手な印象だけど、お屋敷を守るというより、屋敷の中に向けて警戒している様に見えた。
何だか物々しい空気が少し怖くて、パック君の袖を握って付いて行く。
すると最奥であろう部屋の扉の前で止まり、扉を開くと二重扉になっていた。
「私共は、ここでお待ちしております」
「ああ」
パック君に服を渡した男性も付いて来ていたのだけど、この人はここで待つらしい。
私も待った方が良いのかなと思っていると、パック君に声をかけられたので一緒に中へ。
「誰だ、ノックもなく・・・パック・・・!」
「しばらくぶりです、父上。お元気そうで、何よりです」
「その、恰好、それに、後ろの仮面は・・・いやだが、小さい・・・」
「彼女は姉弟子様の・・・父上には黒巨人、と言った方が解り易いでしょうか」
「あの時のか・・・!」
あの件は、素直に言うとちょっと忘れて欲しい。その、ちょっと、やり過ぎたなって。
でも無理なんだろうなぁ。精霊さん達も街で噂になってるって言ってるし。
パック君のお父さんは私達を見て驚いていたけど、息を吐くとふっと笑った。
「そうか。お前が、勝ったのか。あのバカ息子共に」
「正確に言えば、まだ終わってはいません。ですが私は、錬金術師の弟子となりました」
「そうか」
「師匠は私が私の力で生きて行ける様に、教えを授けてくれています」
「そうか」
「父上、ご安心を。私はもう、私として生きて行けます」
「―――――そうか。なら、もう、私に心残りは無い。無能は無能らしく、最後のお役目を全うするとしよう。万が一、お前の邪魔に等ならぬ様にな」
「父上・・・今まで、ありがとう、ござい、ました・・・!」
静かにお父さんに報告していたパック君が、ボロボロと涙をこぼし始めた。
驚いたけど口を挟めるような状況じゃないし、心配しつつもじっと彼の様子を見守る。
「馬鹿者。泣くな。お前は泣いてはいけなくなるんだ。後世の歴史書に愚王から生まれた賢王とでも残れば、私はそれで満足だ。それはお前が生きたという証拠だからな」
「はい・・・はい・・・」
「全く。泣き虫は誰に似たのか。少なくとも私には似ていないな。望ましい事に」
「ず、ずみま、ぜん・・・」
「謝る必要は無い。父のこの後を案じてだろう。嬉しく思う。ああ、お前を愛して良かったと心から思う。だからこそ、もう二度と来るな。父も、覚悟が鈍る」
「―――――はい、それが、父上の、ぐすっ、望みであれば」
その会話がどういう意味なのか、その時の私にはよく解らなかった。
だけど二人は納得して、その会話を最後に部屋を出る。
そして帰りの道中、その意味を、教えて貰った。
「父は、毒で死ぬ予定です。公式には病死になりますが、そう遠くない内に、そうなります」
膝を強く握りながら、彼は淡々とそう説明してくれた。
私は、それに、何も返せなかった。
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