第246話、結構寂しい錬金術師

さて、二人が出て行ったとなると、確かにやる事が無いと気が付く。

ここ最近二人を中心に物を考えていた事を、居なくなって初めて思い知らされた。

本を書くのもメイラの為だし、自分の事だけで行動した覚えがほぼ無いや。


「・・・お昼寝でもしようか」


仮面は二つとも持って行かれてしまったけど、一応首飾りや腕輪は残っている。

あれらを使えば精霊兵隊さんぐらいには普通に会いに行けるだろう。

それでフードを軽く被って通路に背を向けておけば、視線はそこまで気にならなくなるし。

大体パックが来る前は、何度かそうやってお茶やお菓子持って行ってたからね


最悪もう一個仮面を作るという手もある。山精霊に頼めばまた石を作ってくれると思う。

ただ別に無理して誰かに会いに行く必要も無いし、家で引き籠ってるって約束したからなぁ。

とはいえライナの店には何時も通り行くけど。閉店後だから仮面無くても大丈夫だし。


「そういえば、仮面無くてもパックと普通に話せたね」


流石に私も慣れたんだろうか。ただ今日のパックはちょっと怖かったけど。

でも何で怖かったんだろう。不思議だ。パックの言ってる事が解らなかったせいかな。


「本当に、良いのかなぁ・・・」


良いって言われたから良いんだろうけど、家族の不調を放置する理由が良く解らない。

父親もその覚悟があるからって、どういう覚悟なんだろう。何だか不安だ。


「やっぱり、付いて行けば良かったかなぁ・・・いやでも駄目って言われたしな。良いか」


うーんと悩みながら歩き回るのを止め、家精霊を抱きかかえて椅子に座る。

大人しく膝の上に乗る家精霊を撫で、溶ける様子を見ながらまあ良いかと結論を出した。

だってもう見送っちゃったし。そう思って思考を止めようとした所で、山精霊の声が響く。


「ん、誰か来たのかな?」


扉を開けると通路向こうからも鳴き声が聞こえ、少ししてリュナドさんがやって来た。

何だか最近彼の訪問が多い気がする。私としては大歓迎だけど、今日何か有ったっけ?


「あれ、セレス? なんだ、居るじゃないか」

「え、うん、居る、けど?」


居ちゃ駄目だったのかな。良く解らない言葉に思わず首を傾げる。


「いや、絨毯で街の外に出て行った、と報告が来たから確認に来たんだが・・・アスバが乗って行ったとか、そういう落ちか? あいつが来たって話は聞いてないが」

「あ、ううん。違うよ。メイラが乗って行ったの」


多分あれだ。私が遠出する時はリュナドさんに声をかける様に、って約束があるからかな。

彼に報告なしに街を出たのを見た誰かが、リュナドさんに伝えにいったんだと思う。


「・・・あの子一人で街を出て大丈夫なのか? いや、勿論精霊が付いては居るんだろうが」

「ん? 一人じゃないよ。パックも一緒」

「殿下も・・・ああ成程、そういう事か」

「うん。多分、パックなら、大丈夫だと思うし」


私にとってのリュナドさんの様に、メイラにとってパックは良い助けになると思う。

どう頑張ってもメイラが王都に着くには二日かかり、である以上途中で宿に泊まる必要が有る。

宿の主人が女性なら良いだろうけど、男性だった場合あの子に交渉は厳しい。


一応野宿の仕方も教えはしているけど、絨毯で移動しているのに野宿は無意味だ。

安全な所でしっかり休んで、移動を全力で行った方が効率が良い。

となるとおそらくメイラの予想と違い、行きだけで三日はかかると思っている。


あの子の予想は、地図を見た直線距離を無駄なく飛んだ計算。だから多分二日は無理だ。

その間の対人はパックがやってくれる。あの子の対人能力は凄まじく高いし。

交渉の間リュナドさんの後ろに隠れる私の様に、パックの後ろに居れば問題無いだろう。


「いや、だがそれでも、セレスではなく、あの子を行かせて良かったのか?」

「仮面を貸してあげたから、大丈夫、だと思う」

「仮面・・・セレスが何時も付けてる仮面か」

「うん」

「・・・そうか。だからか」


とはいえ心配が全くない、という訳でもないんだけど。

私の仮面は『私の思考』に対応したもので、メイラの恐怖とは少し種類が違う。

視線が怖い私と、男性の視線が怖いメイラでは、その認識の差異で効果が薄れる。


「それで、セレスはどうするつもりなんだ?」

「私? 私は・・・二人が帰って来るまで、引き籠ってようかなって。二人とそう約束したし」

「・・・つまり、その間誰にも会う気は無い、って事だな」

「んー・・・リュナドさんやアスバちゃん、従士さんなら、普通に会うよ?」


引き籠る気満々だったし、ライナの店以外には出かける気が全くなかった。

けど友達が来ても出迎えない、なんてつもりは全くない。むしろ大歓迎だ。


「そいつは助かる。アスバの道を塞いだら暴れてでも通りかねないからな」

「あはは、そうだね」


その様子が目に浮かぶ。何で邪魔すんのよって、むきーって怒るだろうなぁ。


「取り敢えず事情は理解した。二人が帰って来るまでの間、誰も通さない様に徹底させる」

「あ、うん、ありがとう」


彼がこう言ってくれるって事は、二人が戻るまで知らない人と会う心配も無くなった。

ならもう何も気にしないで二人の帰還を待とう。

そう決めたらリュナドさんが去って行った後、早速家精霊を抱きかかえてお昼寝をした。


ただ目が覚めた時、メイラが居ないのがちょっと寂しかったんだよね。

もう居るのが当たり前になってたんだなぁ。既に早く帰って来ないかなとか思い始めてる。

・・・どっちが保護者だろう、これ。


ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー


セレスからの指示を聞き、先ずは通路で番をしている部下に声をかける。


「おい、お前達。暫くパック殿下とメイラ嬢が街を離れている。その間錬金術師は家に居るが、絶対に人を通すな。それが例え貴族であろうと、王族であろうとだ。良いな」

「「はっ!」」

「あ、アスバやフルヴァドさんと精霊殺し、後ライナは通して良いぞ。止めたら後が面倒だ」


フルヴァドさん以外、もし止めたら後で絶対俺に文句言って来るのが目に見えてる。

そもそもアスバをこいつらが止められるとは思えないし、セレスも許可を出してたしな。


「もし例の奴が現れたら精霊に伝言を。頼んだぞ」

「「はっ!」」

『『キャー!』』


最後に『変装した王子』が来たら、即座に俺を呼ぶようにさせておく。

流石にそこまで馬鹿じゃないだろうから、そんな都合の好い事起こらねえとは思うけど。


『キャー?』


部下に指示を出したら何時もの業務に戻ろうとすると、道中で精霊に疑問を投げられた。

何で王子達を捕まえないのか、という物だが、単純明快にセレスの指示がないからだ。


「セレスが放置してるってのは、そういう事だろうしな。そもそも相手王子だし、正当な理由なしに手を出すなんて本来は出来ねえよ。お前らがちょっとやらかしただけ、なら兎も角な」


たとえ王子連中が不穏な動きをしていようと、こちらから叩き潰しに行く訳にはいかない。

明確に事を起こせば勿論動くが、現段階ではただの怪しい動き以上の事は無い。

そもそもパック殿下の釣りだしも奴らの罠なのかどうか、判別がつかないのが少し困る。


『『『キャー!』』』

「ふーん・・・これで裏は取れた、か」


ただタイミングの良い事に、その話をしていたという報告が来た。

どうやら王子は何も知らず、部下が事前に手を回していたらしい。

これで先ずは暫くパック殿下が街から消え、邪魔者が一人減ったと。


「セレスに接触する為に、周りの邪魔な奴を何かしらの手段で消そう、って腹か」


ただ奴らの誤算はパック殿下がメイラちゃんと出て行った事だろう。

残念な事に用意した刺客は、空飛ぶ絨毯を見送る事しか出来ねえだろうな。

その上無事だった場合の計算も狂う。数日で二人が帰って来るとは思ってねえだろう。


『『『『『キャー!』』』』』

「待て待て落ち着け。結局何も出来てないから、取り敢えずまだ放置な」


パック殿下に手を出そうとした事実に精霊達がいきり立つが、やらせる訳にはいかない。

もしここでこいつら好きにさせたら、下手したら王子連中を殺しかねないし。

この前の馬車炎上事件はまだいい訳が聞くが、殺すのは流石に洒落にならん。


『『『『『キャー・・・』』』』』

「不満そうだな。でも駄目だぞ。あんまりやり過ぎると悪評が増して逆効果だ。それに放置しておいた方が、連中は完全に詰みになった事に気が付くのが遅れる」


パック王子を罠に嵌めたつもりだろうが、セレスはそれを逆に利用したんだ。

自分は街を出ない事で一番面倒な王子を街に括り付け、メイラちゃんを共に向かわせる。

ただし彼女は師であるセレスの仮面をつけ、その仮面は国王も見た覚えの有る物だ。


「罪を犯した貴族に面会する為には、いきなり会いに行く、なんてのは無理だろうしな」


普段の仮面じゃなく、師の仮面をつけた一番弟子。それがどういう意味か。

そんなもの、師の名代としてパック殿下と共に王城に参じた、と思われる可能性が高い。


王子達を誘い出すだけ誘い出しておきながら、本拠地から離れた所で本命を城に戻す。

セレスと同じローブを身に纏い、名代を連れたパック殿下の帰還に臣下は何を思うか。

つまるところ、王子が留まる期間が長ければ長い程、帰る場所が減って行くという事だ。


「これって素直に叩き潰すよりえげつないよな。第二王子もこっち来てるし・・・セレスの奴、全部図った通りなんだろうな。ほんと何処まで考えてんだか」


ちょっと前に第二王子が訪問するという旨の手紙が来た。

セレスに渡さず焼いて捨てたが、あいつの事だから全部解ってるんだろう。

つまり今の王都には、パック殿下にとって最大の障害が居ないという事だ。


勿論他にも王位継承権持ちは居るらしいが、一番面倒なのはこの二人らしいし。

絨毯で飛んで行ってるから鉢合わせも無いだろうし、完全に連中の行動が裏目に出ている。

せめて王子達が手を組んでいれば別だったろうが、連中同士でも争ってるみたいだからな。


「ただパック殿下が父親の心配で少し頭回って無さそうだったから、無事を確認してからか」


あの聡明な王子の事だ。セレスの意図を理解したら行動は早いだろう。


「後は、俺に何を仕掛けて来るか、だな」


ま、そもそも連中の前提が間違ってるから、何しても無駄なんだけどな。

だーれがセレスをかどわかして、国を手に収めんとする国賊だよ。

ふざけんなよ。俺があいつを利用出来る訳ねーだろうが。

ったく、セレスの意図した通りとはいえ、本当に勘弁してほしい。

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