第245話、弟子の遠出を許可する錬金術師
「先生、今日から暫く街を離れたいのですが、宜しいでしょうか」
何時もの時間にやって来たパックが、開口一番にそんな事を言ってきた。
別に良いんだけど、突然どうしたんだろう。何か有ったのかな。
そう思って首を傾げていると、私より先にメイラが口を開く。
「突然ですね、パック君。何か有ったんですか?」
「ええと・・・その、父が・・・」
「お父さん・・・えっと、国王陛下、ですよね」
「ええ、まだ一応国王です。正式に次の王が決まるまでは、一応」
ああ、そういえばそうだった。なんか最近パックが王子だって忘れてた。
だってパックって王子らしくないし、貴族らしくないんだもん。
子供なのに丁寧な所は育ちが良いからなんだろうけど、話しやすい性格してるんだよね。
「・・・国王が、どうしたの?」
「その、先生に迷惑をかけた身としては申し上げ難いのですが、父が倒れたと。どうやらかなり危ない状態だと連絡が来たので、せめて顔だけでも・・・駄目、でしょうか」
父親が倒れた。成程。それならここを離れたいって言うのは当然だよね。
私だってお母さんが倒れたって聞いたら駆け付けたいもん。今どこに居るか解んないけど。
「・・・駄目なんて、言う訳ないよ」
「宜しいの、ですか?」
「・・・? むしろ、何で駄目なの?」
「―――――はい、ありがとう、ございます」
あ、あれ、何でだろう、良いよって言ったのに何でパックは泣きそうな顔してるの?
私何か返事を間違ったかなと思って慌てていると、メイラが少し考える様子で話しかけた。
「あの、パック君。その便り、何時来たんですか?」
「昨日です」
「その、国王陛下は、今どちらに?」
「父は今、罪を犯した貴族を収容する地に居ます。一応は国王とはいえ、あれだけの失敗をやってしまったのですから。それが、どうか致しましたか?」
「いえ、その、そこってここから遠いですよね」
「そうですね。少なくともここからでは、王都を通り過ぎる形になりますし」
あ、王都に行くんじゃないんだ。となると前にアスバちゃん達が出かけた時より遅くなるのか。
うーん、でもパック一人で行かせるのはちょっと不安だなぁ。あ、でも精霊が付いて行くかな?
「じゃ、じゃあ、私が送ってあげます!」
「・・・は? え、メイラ様が?」
「私も絨毯で飛べるようになりましたから、馬車で向かうより遥かに速いはずです!」
「ま、まあ、それは、そうなのですが・・・」
「それに遠いという事は、便りを出した時点で伏せっているという事ですし、馬車で行ったら間に合わないかもしれません。絨毯なら遅くても一日・・・二日で着きます!」
メイラの速度だと一日は無理じゃないかなあと思っていたら、本人もそう思ったらしい。
とはいえ確かに絨毯なら徒歩や馬車よりはるかに速い。急ぎならその方が良いかも。
「・・・それなら、私が荷車で――――」
「駄目です! セレスさんは家に居て下さい!」
え、何で。凄く食い気味に止められたんだけど。メイラが止めるなんて想像してなかった。
「セレスさんはここ最近、休んでる姿を余り見ないです。私達の世話をしなくて良い間ぐらい、ゆっくり休んでいて下さい」
「・・・え、そんな事、ないんだけど」
私割と休んでるよ。二人が出かけてる時とか、アスバちゃんやリュナドさんが来るし。
本を書くのに疲れて二人が帰って来るまでお昼寝してる時も有る。
むしろ私が休んでないとか言ったら、多分ライナに叱られると思うよ。
「僕はお世話になる様になってからの事しか知りませんが、確かに先生が何もしていない所を見た事は少ないですね・・・家に来たら大体何かされていますし」
それはパックとメイラが居る時だけやってるからだよ。一人の時やってないからだよ。
あと来た時に何かしてるのは、単純に事前準備をしてるだけだよ。特に何でもないよ。
むしろ片手間にお仕事してるから、苦でも何でもないんだけど。
「ね、そうですよね」
「そうですね、それに僕としても父の事で先生の手を煩わせるのは、少々心苦しいですし」
否定を口にしようとすると、そんな暇なく二人が頷き合う。
いやでも、お父さん体調悪いんだよね。なら症状次第で私が薬作るよ。
あんまり人の居る処には行きたくないけど、パックの家族なら見てあげたい。
「・・・診断、するよ。二人じゃ、まだ解らない事多いだろうし」
「いえ、それには及びません。もし父が危篤なのであれば、尚の事手を出さないで下さい。父も覚悟はしている筈です。あそこに入った者は、遠からずそうなる運命なのですから」
そうなる、ってどういう事だろう。良く、解らない。
何だかパックの表情が何時もと違って、別人の様に見えて少し怖い。
「むしろ自ら苦しむ道を選ぶ必要がない分、今倒れた方が父は幸せかもしれません」
「・・・それで、いいの?」
「はい。それが父の罪で、私が受け入れなければいけない事です。私が、私である為に」
・・・やっぱり、良く、解らない。助からないなら、それで良いなんて。
何でパックは悲しそうな顔をしているんだろう。何で悲しそうな顔で笑うんだろう。
こういう時なんて言ってどう行動すれば良いのか、やっぱり私には解らない。
「これでは先生の気分を害してしまいますね。まるで先生を・・・すみません、どうか気にしないで下さい。本当に、覚悟は決めていました。父の下へ行く許可を頂けるだけで充分です」
「・・・解った」
だけど念を押す様にそう言われては、余計に私には何も出来なかった。
パックが少し辛そうなのは何となく解るけど、それが何でなのか解らなくて。
下手に何かをすれば余計に悲しませそうで、彼の言い分に頷く事しか出来ない。
「え、えっと、じゃ、じゃあ私、絨毯を持って来ますね」
『『『キャー』』』
「あ、精霊さんありがとう」
メイラが動く前に何時もの三体が絨毯と外套、それとメイラ用の鞄を持って来た。
中には大量の結界石が仕込んであるので、今すぐ出発しても問題無いだろう。
「じゃあ、行きましょうか」
「すみません、メイラ様。部下にこの事を伝えて来てもよろしいでしょうか。何分こんな事になるとは予想していませんでしたので」
「あ、そうですね、ごめんなさい。じゃあそれまで待ってますね」
「はい。直ぐに戻りますので」
パックはそう言うと走って去って行き、パックに付いてる二体の精霊も楽し気に付いて行った。
あの様子だと5体は確定で付いて行きそうだから、そこまで危険は無さそうかな?
「えっと、メイラ、本当に大丈夫?」
「だ、大丈夫です。最近はまっすぐ飛べる様になったんですよ。もう横にふらふらしてません」
「いや、えっと、そっちよりも、向こうにも男の人が居ると思うんだけど・・・」
「あ・・・」
私の質問に、メイラが明らかに「しまった」という表情を見せた。
仮面をつけてても、私でも一発で解る程だ。多分考えてなかったんじゃないかな。
「う・・・い、いえ、行くって、言ったんだから、だ、大丈夫です・・・!」
「やっぱり、私も一緒に――――」
「いえ、行きます! 行くんです! 私が行きます!」
「――――う、そ、そう」
やっぱり私の同行は認めてくれないらしい。私本当に休んでるんだけどなぁ。
そうだ、ならせめて私の仮面を渡しておこう。
こっちならメイラの付けている仮面より効果が高いし。
「メイラ、こっち、貸してあげる」
「え、これ、え、でも、良いん、ですか?」
「うん。メイラがそう言うなら、帰って来るまで家から出ないから。使って」
「あ、ありがとうございます!」
仮面を渡すとメイラは嬉しそうにぎゅっと抱きしめ、いそいそと仮面を付け替える。
そして外した仮面を懐に仕舞った。え、まって、そっち一応貸して欲しいんだけど。
家から出る気はないけど、出なくても偶に知らない人来るし。
「え、えへへ、セレスさんの香りがしますね、この仮面。この香り好きです」
『『『キャー!』』』
「そうだよね。精霊さん達も好きだよねー。優しい香りだよね」
何か凄く嬉しそうにしてるし、水を差すのも何だか悪いかな。
まあ良いや。精霊に伝言をお願いして、知らない人相手は絶対出ないって連絡して貰っとこう。
そうすればリュナドさんと精霊兵隊さん達が庭に入れない、よね。
・・・それにしても、私何か匂ってるかな。薬剤の匂いしかしないんだけど。
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先生の下を去ったら部下へ連絡を入れ、メイラ様と共に向かう事を告げる。
当然二人で出向くのは危険だと止められたが、精霊が付いて来る事で渋々了承した。
「ありがとう。君達にも迷惑をかけるね」
『『キャー!』』
「ふふ。ああ、助かるよ」
僕達が付いていれば大丈夫、と元気よく言ってくれる精霊に本心からの感謝を告げる。
実際精霊が一体居るだけで、身の安全は保障されたような物だろう。
それにメイラ様が一緒という事は、メイラ様つきの精霊も付いて来る筈。
となれば五体の精霊が共に居る事になり、危険など無いに等しい。
ただ精霊達も完璧ではないし、自らの危険は自らで払う気でいるべきだが。
「お待たせしました!」
「おかえりなさい、パック君。私の準備はもう出来てますよ」
戻って来ると既にメイラ様は絨毯に乗っており、ただし仮面が何時もと違った。
口元の見えない、先生が何時も付けている仮面だ。
・・・成程。メイラ様は先生の代わりだと、そういう理由で赴くのか。
仮面をつけていない先生はといえば、何時もより深くフードを被っていた。
普段のメイラ様の様に口元だけが見える状態で、その顔をはっきりと確認は出来ない。
少し残念ではあるけれど、態々素顔が見える位置まで確認しに行くのは先生に失礼だ。
まだ素顔を見せるまでには至ってない。そういう事だと受け止めよう。
「こちらも、用意は終わっています」
私は多少の手荷物だけで、長期で移動をするにはこの程度の方が良い。
商売でもするなら別だが、余計な荷物は道中邪魔になりかねない。
「・・・パック、外套は?」
「え、着て行っても、構わないのですか?」
あの外套は、先生とメイラ様が着ている服。いわば錬金術師の為の外套。
勿論似た物を先生の友人が着ているが、作りが少し違う。
この服が内部に道具を幾つも仕込めるのに対し、あれらは普通の作りの外套だ。
つまる所、これを着ていく事は、自身が先生の弟子だと宣伝するような物だろう。
先生の傍や街の近くならばそれも良いだろうが、先生の居ない所で着て行くのは危険だ。
何せその服を着て僕が何か失敗を犯せば、それが先生の名に泥を塗る事になりかねない。
「・・・今日のパックは、不思議な質問が多いね。駄目な理由が、何か有るの?」
「――――い、いえ、着て行きます!」
だからあえて脱いでいたのだが、そんな必要は無いと叱られてしまった。
つまり見せて来いと言われたんだ。父に、自分はもう、大丈夫だと。
錬金術師に認めてもらい、弟子として、そして何時か国を背負う者として学んでいると。
「先生は、本当に、優しいですね」
「・・・そう?」
「ええ、僕にとっては。間違いなく」
「・・・そう」
先生にとって僕の、私の父は嫌悪の対象の筈だ。
だけどそんな事は関係なく、父の為に行って来いと背中を押してくれる。
こんな大きな人が先生で良かったと心から思う。
外套は基本的に先生の家に預けているので、家精霊が持って来てくれた。
何時かは自身で管理する気だが、一人前になるまでは置いて貰う事にしている。
礼を言って受け取り、外套を着たらメイラ様の後ろに座った。
「えっと、じゃあ、行きますよ」
「はい、行ってきます、先生」
「・・・ん、二人共、気を付けて」
『『『『『キャー!』』』』』
メイラ様がふわりと絨毯を飛ばし、先生と精霊達に見送られて空を行く。
今日は以前より飛び方が安定している。上下にも左右にも余り揺れる様子は無い。
ただ何時だったか、先生が精霊使い殿と出て行った時の速度よりは遥かにゆっくりだ。
「パック君、もっとしっかり、捕まっていて下さいね。落ちたら危ないですから」
「あ、は、はい」
メイラ様に注意され、遠慮がちにくっついていたのを止める。
とはいえどうにも気恥ずかしい。姉弟子にこんな事を想うのは申し訳ないとは思うが。
「・・・ねえ、パック君、お父さん、本当に危篤なんですか?」
「――――――っ、気が付いて、いましたか」
だがそんな気恥ずかしさは、メイラ様の質問で全て吹き飛んだ。
まさかこの人は、全てを知った上で私に付いて来たのか。
「私には、真相は解りません。でも私は精霊さんの言葉が全て解るから、断片的に色んな情報が入って来るんです。貴方に、手紙が来たのは、少しタイミングが良過ぎます、よね」
「・・・ええ、その通りです。兄達が街に入り込んだ今、この便り。疑う所は幾らでも」
兄達が街に隠れて入り込んだ事など、当の昔に精霊使い殿が気が付いている。
私宛に届いた父の不調を知らせる手紙は、差出主が本物なのか少々怪しい
ただ問題なのは便り自体は兄達が街に入った後、街の外から送られた物だという事だ。
「・・・私、その人たちが、パック君をセレスさんから遠のけようとしているの、知ってます」
「そうでしょうね」
「それに多分、セレスさんも、気が付いているとは、思います」
「ふふっ、先生ですからね」
あの先生が兄達の企み程度に気が付いていない訳が無い。
だけど気が付いていても、先生は『知らない振り』で過ごしている。
たとえこの呼び出しが罠だったとしても、先生はきっとそれに半分は乗るのだろう。
「きっとセレスさんなら、何でも何とかしちゃうんだと思います。けど、私はセレスさんの役に立ちたい。セレスさんが不快な目に遭うのは、私も嫌なんです」
「だから、僕を父の下へ送る、と?」
「はい」
成程。メイラ様が頑なだった理由はそこか。全てお見通しとは流石姉弟子様だ。
おそらく先生が付いて来る事を良しとしなかったのは、その先での罠も考えてなのだろう。
私を先生から引き離したいのは間違いないが、付いてきた場合の事も考えているかもしれない。
ならばメイラ様が私を送り迎えし、先生が家に留まれば何事も無く終わるだけだと。
「ですがそれですと、メイラ様が不快な目に遭う可能性も有ります。それは宜しいのですか」
「・・・私は、セレスさんの弟子で、パック君の姉弟子です。だから、私は私の出来る事から、目を逸らしたくありません」
「メイラ様・・・」
「それに、この仮面が有ります。だから、私は平気です」
強い人だ。師の名を背負う事を当然と受け入れる素晴らしい人だ。
先生だけではない。僕は姉弟子にも恵まれ過ぎているな。
『『『『『キャー!』』』』』
「ふふっ、そうだね、精霊さん達も居るもんね」
「ええ。皆さん、頼りになる方ばかりです」
父上。もしあれが嘘の手紙であれば、私はそれを望んでしまいます。
貴方に見せたい。今の私の姿を。尊敬する姉弟子の姿を。
こんな私を王族失格だと、貴方は叱るでしょうか。
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