第240話、魔獣の対処の講義をする錬金術師

「・・・二人共、ちょっと出て来るね」

「あ、はい、セレスさん。リュナドさんと一緒という事は、お仕事です、よね?」

「・・・うん、マスターから急ぎの依頼、だね」


最近は殆どなかったけれど、久々にマスターから急ぎの依頼が来た。

どうやらとある町に植物系の魔獣が現れて困っているそうだ。

とはいえすぐさま向かわないと危険、という程の急ぎでもない。


人的被害だけを考えれば急ぎじゃないのだけれど、既に作物に被害が出ているからだろう。

今日中に向かえば致命的な被害は食い止められるかもしれない、という状況かな。

普段ならアスバちゃんが行くのだろうけど、今回は他の依頼に出ていて居ないらしい。


「・・・ん、いや、この魔獣なら遠くから見る分には安全だし、一緒に行くのも有りかな」


危険な魔獣の場合守る余裕がない可能性も有るけど、この魔獣なら問題ない。

勿論絶対安全なんて事は言えないけれど、少なくとも近付かなければ大丈夫だろう。

実際町の人達の被害も殆ど無いし、魔獣の現物を見るのには良いかもしれない。


「二人を連れて行くのか?」

「あ・・・リュナドさんには、迷惑、かな。何か手続きとか、増える?」

「いや、セレスがそれで良いなら別に良いけど」


もしかしたら駄目なのかなって思ったけど、ただ確認を取られただけだった様だ。

ホッとしつつ二人に出かける用意をさせ、自身もすぐにすませて庭に出た。

メイラは普段着に外套を羽織り、パックにも一着渡してあげる。


「これ、皆さんが使っている物、ですよね。僕が使って宜しいのですか?」

「・・・別に良いよ?」


むしろ外套一つ程度、なんで使っちゃいけないと思ったんだろう。

不思議に思いながら応えると、パックは外套を大事に抱きかかえて笑顔を見せた。


「あ、ありがとうございます! 大事に使います! 一生使い続けるつもりで!」


え、いや、それはどうなんだろう。それ一生使い続けられるような質の物じゃないよ。

外套って基本駄目になる前提だと思うんだけど、パックにとっては違うのかな。

衣服は刃物や魔法を防ぐ為にだって使えるし、何なら攻撃にだって使える『道具』だ。


錬金術を学ぶのなら、その辺りは全部利用するつもりであって欲しいかな。

それと道具が正常に使える状態かの認識と確認が欲しい。

効果が消えても使い続け、いざという時役に立たないとか話にならないし。


「・・・道具は使ってこそ道具だし、使えなくなった道具は使えないままじゃ駄目。使える様に状態を維持しておくなら良いけど、そこの判断は間違えちゃいけない。手持ちの把握の齟齬は、いざという時に命の危険に直結する事が有る。覚えておいて、パック」

「―――――嬉しくて、少し考えが足りていませんでした。先生の言われる通り、使えない道具を抱える危険は頭に置いておくべきでした。申し訳ありません」

「・・・もし駄目になったら、ちゃんと言ってね」

「はい。必ず報告致します」


頷いてくれたし、解って貰えてよかった。

準備不足は仕方ないけど、認識不足は危険だからね。


「使える様に、か・・・」

「ん、どうしたの、リュナドさん」

「あ、いや、気にしないでくれ」

「?」


良く解らないけれど、彼がそう言うなら別に良いか。

取り敢えず意識を依頼に戻し、4人で向かうので荷車を出す。

ただそこでメイラが待ったをかけ、自分用の絨毯を広げて座った。

どうやら練習の成果を見せる為、絨毯で二組に分かれて行きたいらしい。


「パック君、パック君、座ってください」

「え、あ、えっと、良いん、ですか?」

「・・・まあ、メイラとパックが、良いなら、良いけど」


先日錐揉みしてた気がするんだけど、本当に大丈夫だろうか。

いざとなれば精霊達が操縦するだろうし、万が一は無いとは思うけど。

パックもメイラも結界石は持たせているし、傍に必ず精霊が居るし。

という訳で私も絨毯を広げ、リュナドさんは私の後ろに。なんか久々だね。


『『『『『『キャー!』』』』』


ぶんぶんと手を振る山精霊達と家精霊に見送られながら浮上し、同じく浮上するメイラ。

ただその動きはとても怪しげで、本当に大丈夫なのか不安になる。

移動を始めるとふらつきながらも付いて来るが、どうにも不安で背後を常に確認してしまう。

そんな感じで進む事暫く、意外な事にメイラは目的地まで飛びきった。


「や、やりました・・・!」


ぐっと両手を握る様子は本当に嬉しそうで、精霊達も踊って喜んでいる。

あれ、パックは何だか顔が赤い様な気が。寒かったのかな。

パックの方が頭高いから、冷気を思いっきり受けてたのかもしれない。

そろそろ暖かくなり始めたとはいえ、上空を飛ぶと寒いよね。


取り敢えず二人は無事な様だし、一安心して視線を下に向ける。

眼下には蔦に絡めとられた建物が幾つも有り、畑にもその蔦が侵食している。


あれが今回対処する魔獣。意志らしい物は余りないけど、だからこそ余計に質が悪い。

兎に角自分の生息域を拡大しようとするから、際限なく蔦が伸びて広がっていく。

最終的には殆どの物を養分とするから、人間処か大半の生物にとって危険な魔獣だろう。


「・・・んー、予想通り、余り酷くはない、かな」

「え、これで?」

「あれ、酷い時は、この辺りの山全体、なんて事も有るから」

「うへぇ・・・」


見た処あの魔獣は町で発生し、そのまま町を飲み込もうとしている様に見える。

それはむしろ好都合だ。山全体だと山を吹き飛ばしても倒せない可能性が有るし。


「で、どうすんだ、あれ。依頼書じゃ焼いても直ぐに再生するし、切っても翌日には切った倍になってるらしいが。最近じゃ近付くと蔦に叩かれて追い払われてるみたいだな」

「追い払ってるうちは安全かな。成長してたら人間でも絡めとって取り込むから」

「こっわ」

「大丈夫。それはこの町ぐらい完全に飲み込んでからの話だから。今なら対処は簡単」


リュナドさんに応えつつ、外套から薬液を取り出す。

人間にはさして害のない物だけど、植物にはかなり害になる薬液だ。

単純に言えば除草剤。この手の魔獣には普通の植物より効果的な物だったりする。

最近の二人への授業の一環として作ったのだけど、ちょうどいい使用機会だ。


「これを撒いたら、あっという間に腐るよ。あの魔獣って何でもかんでも吸い上げるから、自分に毒の有る物も吸い上げて自滅する。とはいえアレが自滅する程吸い上げる毒素なんて自然界には少ないから、こうやって作った薬液が無いと厳しいけど」


あれにとって毒となる物は自然界には多くない。いや、許容量を超えないというのが正しいか。

あの魔獣にとっても毒は毒だけれど、他の植物よりも許容量が大きい。

それに体の一部が枯れたとしても、枯れた倍以上に成長するから問題ないという訳だ。

ただし意図的に害になる物を近くに多く撒くと、そのまま全部吸い上げて死んでしまう。


「こんな風に、たとえ魔獣でも物理攻撃以外の対処が有るからね。特にこういう正面から行くと面倒臭い魔獣は、対策を取った方が最終的には楽だから」

「はい、セレスさん」

「先生、質問なのですが、もし普通に戦った場合どうなるのでしょう」

「根が土の下に残っているから、暫くしたら再生すると思うよ。土地ごと全部吹き飛ばす様な攻撃が出来れば倒せるだろうけど、こういう意志の弱い植物系の魔獣って生命力高いから、確実とは言えない。後は根気よく焼く、しかないかな。水分も多いから難しいけど」


兎に角種の繁栄をという感じで、石で敷き詰められた街道に生える草の様に逞しい。

そんな魔獣を倒すにはどうすれば良いか。それは根本を断つのが最適解だろう。


「この薬剤をふりまけば、その根の部分に毒素が行く。植物系の魔獣って根のあたりが本体な事が多くてね。そこが核だと思えばいいよ。それにこの魔獣は根が別れて増える事も無いから、大本が腐ればそのまま全部腐っていく。速い内の対処なら楽な魔獣かな」


二人に説明をしつつ、空から薬剤を適当に振りまいて行く。

こいつは蔦や葉からも吸収するので、土に振り撒かなくても効果はある。

勿論根元の方が効果は高いけど、この規模なら適当に撒いても薬液が根まで届くだろう。


「あの、セレスさん、ちょっと思ったんですけど、それ撒いたら畑が駄目になるんじゃ・・・」

「ん、なるね。別にこれ、この魔獣特化って訳じゃないから」

「え、それって、不味いんじゃ、ないですか? 魔獣が居なくなっても、畑が再開できないと」

「薬液は、魔獣が吸い上げる量しか撒かないよ。それに今ある作物はどうせ養分にされてるから収穫は見込めないし、あの魔獣が生まれた土地はそのままじゃ畑を再開できないかな」

「な、なるほど・・・」


薬液を撒き過ぎると土地に残っちゃうから、畑を再開した時に影響は出るだろう。

ただこの魔獣が蔦を伸ばしている範囲はどうせ死んだ土になっている。

特に最初の頃は兎に角規模を広げようとするから、初期発生場所の土は畑として機能しない。

畑の在った場所は土づくりから始めないと、作物が全く育たない土地になっている筈だ。


「これで良し、と。暫くすれば変色して死ぬと思うよ。予想外の進化とかすれば別だけど」


蛙の例も有るし、魔獣っていうのは突然変異みたいなものだ。

だからこれで確実に殺せたかと言えば、生きている可能性だってある。

とはいえ順当に行けばこれで問題無く終わるだろう。一応最後まで見届けるけどね。


ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー


メイラとパック殿下に講釈をしながら、魔獣を殺す薬剤を振りまくセレス。

暫くふりまいたら地上に降り、講義の続きを二人にしながら魔獣の様子を見ている。

それを見ながら、何となく殿下を連れてきた理由を察した。

これは錬金術の授業をしながら、暗に『パック王子』への授業でもあると。


「出る前に、言ってたもんな」


道具は使ってこそ道具であり、使えない道具を抱えるのは危険だと。

あれは事実でも有るが、殿下に伝えた意味はそれだけじゃないだろう。

手持ちの把握の齟齬に対する命の危険。それは彼の周囲の状況把握の事だ。


「多分、下手に情に流されるな、っつー意味かね」


一生大事にすると言ったパック殿下への苦言は、おそらくそういう事なんだろう。

優先すべき事が何なのか見極め、下手にしがみ付く様な事が無い様に。

そして今回の魔獣を安全に簡単に倒した様に、物事には何事にも対処法が有ると。

今も他の討伐手段を教えているし、幾つも手を考えた上で最善を選べという事だろうな。


「・・・俺がここに居るのも、そういう意味なのかね」


使える道具は使う。セレスにとっては、俺は使えそうな人材だったという事だろうか。

パック殿下への講義を聞いていると、そう判断してもおかしくはないだろう。

情なんて事は関係なく、セレスにとって一番使いやすい道具だったと。


そういう意味ではパック王子を身内に引き入れたのも合理的ではあるんだろう。

自身と同じ考えを素直に実行するであろう人間を弟子にしてるんだからな。

おそらく彼は立派な人間に成るだろうさ。ただその在り方に俺は少し怖い物が有るが。


「人を数でしか見ないのは、正直怖いな・・・」


思わずため息を漏らしながら近くの岩に腰掛け、瞬間景色がひっくり返った。


「うおお!?」

『『『『『キャー!』』』』』』


いつの間にか魔獣の蔦が足に絡みつき、俺の体を容易く持ち上げた。

ただしそれはそのまま吊るすんじゃなく、叩きつける様な動きだ。

反射的に槍で蔦を切ろうとしたが躱された。地面が近づいて来てる。

精霊達も助けようとはしてくれているが、いかんせん不意打ちだったせいで間に合わない。


「―――――っの!」

「わぷ!?」


だが叩きつけられる直前に蔦はセレスによって断たれ、俺の体は絨毯によって救われた。

一応受け身を取る気ではあったが、叩きつけられて必ず無事とは言い難いから助かった。

ああクソ、油断した。セレスがのんびり講義してのを見て気が緩んでた。


「わ、悪い、セレス、助かった」

「・・・ううん、ごめん、私が、油断した」


謝罪と礼を告げると、低くドスの聞いた声音が帰って来た。

やべえ。めっちゃ機嫌悪い。いやほんとごめん。

油断してたのは全面的に認めるから、謝罪口にしながら責めるの止めてくれない?


「・・・こいつ、殺す。今すぐ殺す」

「え」


仮面の奥の目がぎらつき、視線は地面の下に向けられていた。

そして懐から石を取り出すと何故か結界を地面に向けて展開する。

更に大量の石を反対の手で握り、それが一つの大きな水晶になってゆく。


あれ、何かやばくね。魔法が解らない俺にも洒落になんない予感がするんだが。

けれど止めるような暇もなく、セレスは大きな水晶を地面に叩きつけた。


「燃え尽きろ」


次の瞬間、凄まじい熱気を地面の下から感じた。


「あっつ! ちょ、何だこれ!?」

「せ、セレスさん、これ大丈夫なんですか!?」

「せ、先生!?」

「・・・結界を張ったから、地上までは、害はないよ。地面の中で燃えてるから、しばらくすれば燃える事が出来なくなって消えるし。魔法石で発動させた炎だから把握も出来る」


落ち着ている、というよりは凄まじく機嫌が悪そうな低い声。

そんな声音での説明にそれ以上誰も何も言えなかった。

暫くしてセレスが視線を地面から切ると、家屋に絡みついていた蔦が萎れ始めていた。

魔獣は死んだ、って事なんだろうか。


「・・・しまった。また、カッとなった。リュナドさんが怪我しそうだと思ったら・・・はぁ」


俺達が口を出せずにいると、セレスがそんな呟きを漏らしたのが聞こえた。

当然その呟きは全員聞こえており、二人の視線が俺の方へ向く。

いや、向かれても困るんだが。俺にも予想外過ぎるぞあんな言葉。


しかもあいつ「また」って言ったな。もしかして前にもあったって事か。

俺が怪我しそうな時あいつが何かした時って言えば、酒場での一件だよな。

まさか純粋に俺に対する害意に怒ってんの? 嘘だろ?


「・・・パック、メイラ、ごめんね。最後まで出来なくて」

「だ、大丈夫ですよセレスさん。だってさっき言ってた討伐方法の一つじゃないですか」

「そ、そうですよ。それにむしろ僕は、少し安堵しました。先生の心根を少し垣間見れた気がして嬉しいです。あ、でも、これは、失礼でしょうか」

「・・・ううん、ありがとう。優しいね、二人共」


混乱しているとセレスは弟子二人に謝罪を口にし、二人が慌ててフォローをし始めた。

俺はと言えば二人に負けず劣らず混乱していたら、町の人間達の対応をする羽目に。

少し離れた所からずっと見ていたらしいが、蔦が枯れたのを見て話を聞きに来たらしい。


なのでいつも通り俺が対応し、話を終えた後は即座に帰る事になった。

帰りの間セレスは終始無言で絨毯を飛ばし、俺も聞いて良いものかどうか困っている。

一応聞こうとは思ったんだが、仮面の奥の目がすげーにらんでて聞けなかったんだよ。


いや、単純に自分の中で整理がつかないっていうのが大きいんだろうな、これ。

色々覚悟も付かないから、事実の確認をする勇気がないんだと思う。

これで俺の勘違いで『所詮道具が何調子に乗ってんだ』とか言われたら流石に辛い。


「・・・ん、あれ?」

「あれは・・・兄上・・・?」


どうしたものかと街道を眺めながら考えていると、最近よく見る印の入った馬車が見えた。

うん、自分を誤魔化すのは無理だな。パック殿下が兄上って言ってしまったし。

アレ王族の印のついた車だ。おそらく王族の誰かが乗ってて、行先は俺達の街だろう。


「・・・ホント頼むからさぁ、悩む事が起きた時は順番に来てくれよ」


頭使う事を立て続けに起こさないで欲しい。平和な時は平和過ぎる程なのに何でこうなるんだ。

あー、くそ、直接来たって事は、確実に大人しく帰る気無いんだろうなぁ。面倒くせえ。

セレスはガン無視で家に向かってるし、会う気は無いんだろうが、どうしたもんか・・・。

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