第239話、手紙を焼くと決めた錬金術師

「彼は今日も頑張ってるみたいだな」

「うん。パックはよく頑張ってる、とは思うんだけど・・・」


リュナドさんの言葉にうなずきつつも、若干悩む所があるんだよね。


『『『『『キャー♪』』』』』

「はー・・・はー・・・」


先日体術の訓練を始めてから、基礎体力の向上も兼ねた訓練をしている。

と言ったら堅苦しいけど、簡単に言えば精霊との鬼ごっこだ。


精霊の動きに慣れる事で体裁きを学び、ついでに体力も多少つく。

純粋な戦闘技術とは違うけれど、動きを見て対応するには良い対象だ。

速度で勝負をしても絶対に勝てない。ならその先を見るしかない。

精霊の動きに慣れる事が出来れば、魔獣の対応にも役に立つだろう。


「あっ・・・くっ・・・!」


あ、倒れた。頑張り屋さんなのは良いけど、パックは限界の見極めが甘い。

ちゃんと限界前に休憩の判断する様に、って言ってるんだけどな。

これが悩み処だ。どうもパックは夢中になると倒れるまでやる処がある。


「パック、ちゃんと休憩しないと」

「す、すみません・・・」

「パック君、お水飲みましょう。ゆっくりで良いですから」

「は、はい・・・す、すみません、メイラ様・・・」


倒れたパックはメイラと家精霊に介護され、暫くすれば回復すると思う。

というか、既に何度かこうなってるし。うーん、困った。


「せ、先生は、あんなに、か、簡単に、捕まえてた、のに」

「セレスさんの真似は、ちょっと、無理だと思いますよ・・・」


無理な事はないと思う。少なくともお母さんなら同じ事が出来る。

精霊達の動きは基本的に単純な動きが多く、捕まえるだけなら容易い。

もちろん全力抵抗されたら流石に難しいけど、庭の中っていうルールもあるし。


「あの、セレス、そろそろ本題に入っても良いか?」

「ん、何?」


てっきりパックの様子を見に来たのかと思ってたら、違ったらしい。

休憩に入るまで待ってようとしてくれてたのかな。


「昨日領主館に手紙が届いた。二通の手紙で片方は領主様、片方はセレス宛だ」


私宛の手紙は兎も角、領主宛の手紙の存在を何故私に言うんだろう。

あ、一緒に届いたって事かな。見たら私宛のが混ざってたとか。


「で、これがその現物だ」


彼はぴらっと封筒を見せ、その封筒には見覚えのある印が付いていた。

あれ、それ確か前にパーティーの誘いの時に付いてたような。


「第二王子様からの手紙なんだが、セレスが見ないにしても、こっちで勝手に捨てる訳にもいかないからな。心情的には火にかけてやりたいぐらい気に食わねえが」

「・・・そう、なの?」

「領主様への手紙がな。一応正式な手順にのっとってセレスに会いたい、っていう建前を書きつつ『お前ら何とか錬金術師に言う事聞かせろ』って類の物だったんだよ。俺も領主様も大きなため息が出たよ」


ほみゅ。リュナドさんの言う事なら、無理な事以外は多分私は聞くけど。

でもこう言うっていう事は、そうしたくない相手って事なのかな。

なら私も読まなくていいかな。嫌な印ついてるし。


「じゃあ、今後、その印付いてる手紙は、焼いたらどうかな」

「・・・本気で言ってる?」

「私は、本気だけど・・・」


え、だってさっき、焼きたいって言ってたよね。

嫌な手紙なんだし、見たくもないなら焼いちゃえばいいと思うんだけど。


「・・・あー・・・パック殿下は、それで宜しいですか?」

「確認は必要はありませんよ、精霊使い殿。先生がそう決めたのですから。ただいつか私が手紙を出す際、その印を使わない様にしなければいけませんね」


息も整って回復したらしいパックに、それで良いかとリュナドさんが訊ねた。

そこでパックの答えがなかったら、私はその問題に気が付かなかっただろう。

そっか、これってこの国の王族の印だから、パックも使うのか。


「じゃあ・・・パックの手紙は解るように、今度、何か決めようか」

「―――――わ、解りました!」

「う、うん」


な、なんでだろう、物凄く嬉しそうな返事をされてしまった。

そういう約束みたいなの好きなのかな。暗号的な感じで。


「あー・・・それは俺も後で教えてもらって良いのかな」

「え、うん、なんでリュナドさんに秘密にする必要が有るの?」

「了解。普通にやり取り前提の決め事なんだな。決まったら教えてくれ」


・・・普通のやり取り以外の事って何なんだろう。

まあ良いか。さて、どんなのにしようかな。印かサインか・・・何が良いだろう。


ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー


精霊使いから連絡が来た。精霊達による伝言で、通常の手紙より遥かに早く。

問題を挙げるとすれば、精霊達の言伝を解読する必要がある事だろうか。

ただそれも『あ、お手紙あったんだった』と、解読してから手紙を渡されたのだが。

少々脱力をした私の気持ちを誰か察して欲しい。


「まずは予想通り、だな」


その手紙を読み終え、解読した内容とずれがない事を確認して呟く。

一応そばに居る護衛に向けてだったのだが、返事をしてくれる気は無い様だ。


「今は二人きりだぞ」

「おぞましい事を言わないで頂けますか。そっちの気はありません。それに精霊様方が居られるではありませんか」

「お前こそなんて事を言うんだ・・・まったく。しかしこれで確定した、と思って良いのだろうな。彼女は明言しなかったが、行動で判断しろという事か」


彼女は末の王子を選んだ、と決定したのだろうな。何の力もないあの王子を。

なれば後はだれが接触して来ようが、こちらは会う気がないと突っぱねるだろう。

そしてこの件が知れ渡れば、彼女がもうパック王子に決めたと確実に判断される。


何せ第一王子は既に蹴られ、第二王子もにべもなく蹴った。

だというのに末の王子の要望だけは断らず、ほぼ身内に引き込んだといって良い。

ほかにも王位継承権持ちは居るが、この段になって動いても無駄だろうな。


何せ今後は全て『焼いて捨てる』と言い出したらしい。

もはや相手にする気も意味も必要もない、という事だ。

いや、貴様らを王とは認めない、という宣言だろうな。


そしてパック殿下とだけは離れてもやり取り出来るように、か。

それの意味するところは・・・考えるまでもないか。

最早どう足掻いてもほかの連中に勝ち目はなさそうだが。


「・・・まあ、連中は蹴られる可能性は考慮していたが、これではな」

「鼻で笑いそうになる内容でしたね」

「まったくだ」


私の手元にはその第二王子からの手紙が有り。ついでに言えば第一王子からも。

彼らは根本的な間違いを正さぬまま、私に対し要望を出してきた。

上手く行けば益の幾らかは噛ましてやるから、錬金術師に口利きをしろと。

文面自体は丁寧なお願いの形だが、要約すればそういう事だ。


「馬鹿かこいつらは」


そんな内容をなぜ私が聞かねばならん。

彼女の機嫌を損ねるぐらいなら、貴様ら相手に戦をする方がマシだ。

因みにこの手紙はかなり前から届いていたが、先の予想を立てていたので無視した。


そもそも内容が『錬金術師を上手く利用する』というものなのが問題外だ。

彼女を利用など出来るものか。少なくとも私と彼女の力関係も解らん馬鹿にはな。


おそらく彼女はこの手紙の存在も知っているのだろう。

でなければ一応正式な手続きを踏んでいるのに会わない、という判断は首を傾げる。

何せ私も彼女に失礼をした側の人間で、だが彼女は私には会ってくれたのだから。


もしかすると領主殿への手紙も、上からの命令書の形式だったのでは。

そうなれば当然精霊使いは不快を感じるだろうし、なれば彼女が頷くはずもない。

彼女は精霊使いを重用している。彼を軽んじる人間など相手にもすまい。


「・・・ただ何か、違和感を覚えるな」

「違和感ですか?」

「ああ。流石に、少し、な」


何かがおかしい。何かが引っかかる。何だ。何が気になった。

彼女の行動か、パック王子の行動か、馬鹿王子達の行動か・・・違うな。


「・・・いくら何でも、余りに愚鈍が過ぎないか」

「ですが、あの王の息子でしょう」

「その息子であるパック王子は認められているぞ。いや、そういう話ではなくだな。いくら何でもあまりに悪手を踏みすぎじゃないか。馬鹿共が何も知らなすぎる」


一手目で彼女の機嫌を損ねた事は阿呆だとしても、その後の行動が理解できない。

なぜ連中は『私と錬金術師の力関係』を知らないのか。どう考えてもおかしい。

多くの目がある場所で見せたはずだ。彼女が上位であるという光景を。


既に父親が失敗している現状を知っていながら、何故同じ過ちを繰り返す。

少なくとも精霊使いに対しては、彼女相手と同じ態度であるべきだ。

彼を敵に回すという事は、当然の如く彼女を敵に回すという事なのだから。


「誰かが意図的に情報を伏せているか、間違った情報を渡している?」


あり得るとすればそれだ。そして誰がその行動をとるかと考えれば。

そんなもの考えるまでもない。即座に答えは出る。


「パック王子が王座に就く事で得をする人間、ですか」

「おそらくはな」


現状彼女はパック王子を弟子として認めている。

その心根は解らないが、少なくとも対外的にはそう見て良いだろう。

つまりパック王子が上手くやりさえすれば、国を滅ぼされる可能性は低い。


そう判断した結果、他の王位継承権持ちを落としにかかっている。

少なくとも今の時点で第一と第二王子は見込みなしと決まった。

あとはその判断を日和見貴族達が聞いてどう動くかだろうな。


「ああ、成程、この為に彼女達をパーティーに行かせたのか」


王都でのうのうとしている連中や、平和になってからの二代目三代目貴族。

連中は戦場の恐ろしさも知らなければ、彼女たちの危険性も想像できない。

だから恐怖をその身に染みさせる為に、あの二人だけを王都に送った。


肝心の本人が来ない事での意思表示と、下手を打てばどうなるかをきっちりと。

少なくともたった二人に何も出来なかった事実を無視する馬鹿は少ないだろう。

これにより見込みのない連中を早めに切り捨てる者も出てくるはず


「まったく、次から次から、どこまで想定しての仕込みなのか」


彼女はパック王子に味方する人間も把握していた、という事なのだろうな。

だが彼の味方はかなり少ないはずだ。小さな動きというのは掴みづらい。

実際パック王子が街に潜んでいたなど、私も全く知らなかったのだからな。

それでも彼女は正確に状況を把握し、効果的な一手を打っておいた訳だ。


本当に彼女は読めない。どこまで計算ずくなのやら。

一見その場の事だけに見える内容が、後から別の事で響いてくる。

精霊を大々的に動かしたのも、私への忠告を早めに告げる為だったか。

いや、それだけと思うには危うい。一つの利用手段と思うべきだろう。


「本当に、勝てないな、彼女には」

「私は最近、彼女は災害か何かだと思う事にしています」

「ははっ、精霊たちに怒られるぞ」

『『キャー!』』

「・・・失礼致しました。貶すつもりはございません。むしろ敬意と畏怖からです」


なら良しと精霊達は頷き、思い出したかの様に『返事あるー?』と聞いてきた。

返事。返事か。特別新しい情報はないので少し困るな。さて、どうしたものか。

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