第238話、二人目の弟子に戦闘訓練もさせる錬金術師

訓練用の棍を下段に構えるリュナドさんの前で、木彫りのナイフを構える。

と言っても私の構えは解り易く構えず、腕は降ろして普通の立ち方に近い。

これは前方だけに意識を集中させない様に、全方位に対応する為の構えだ。


「リュナドさん、行くよ」

「っ、こいっ!」

『『『『『キャー!』』』』』


気合を入れた様子で応える彼に、ゆっくりと歩みを進める。

山精霊達が『ガンバレ主ー』と応援するのを聞きながら、戦闘への集中は切らさずに。

棍の射程範囲ギリギリまで歩みを進めるその途中、彼が踏み込んで仕掛けて来た。

放たれた突きに右足を軸に体を回して避けると、即座に横薙ぎに振るわれる。


突きの時点で踏み込みが浅かったので、その動きは予測していた。

振るわれる棍よりさらに深く沈んで踏み込み、彼の腹部を狙ってナイフを振るう。


「ふっ」

「―――――ぶねっ!」


ただ彼は咄嗟に後ろに飛んだ事で掠めるに終わり、距離をとってまた棍を下段に構え直した。

棍の先がゆらゆらと揺れている。狙いを定めさせないつもりかな。

いや、後ろの手の持ち方が緩い。普通に突きを繰り出すつもりじゃない持ち方だね。


彼が賊を取り押さえる時に見た事が有る。アレは突きの軌道を途中で変える時の持ち方だ。

でもアレは手袋を使わないと難しいんじゃないかな。力が入らないから損傷を与えられない。

いや、当てれば勝ちというルールでやってるから、手袋が無くても出来るのかも。


『『『『『キャー!』』』』』


山精霊達が今度はリュナドさんに応援をしてるっぽいかな。

彼はその声援に一瞬苦笑し、すぐに表情を引き締め直す。


「――――っ」


今度は私の行動を待たずに踏み込み突きを繰り出し、ただし軌道が真っ直ぐ私に向いていない。

視線も打ち出した場所とはズレているし、棍の軌道を確り見ていなかったら当たっていたかも。

だけど彼は私が躱した事を認識した瞬間指を動かし、棍の軌道を無理矢理変える。

握りこまずに指で持ち、ほんの少しの手の動きで刃先の動きを大きく変える打ち方だ。


「んっ」

「あっ」


けれど今日の彼は手袋を使っていないので、ナイフで弾くと棍は高く飛んで行った。

そしてトテトテと彼に近づいて喉にナイフを突き出し、彼は降参と両手を上げる。


「んー・・・一発当てるだけなら行けると思ったんだが」

「知らなかったら、当たってたかも。でもあれは、手袋のせいで弾けないから脅威なだけ、反応出来れば特に怖い攻撃じゃない、かな。むしろ最初から最後まで正攻法の方がやり難い」

「その割にはあっさり懐に潜り込まれたけどな」

「そうするしか攻撃手段が無いから。リュナドさんだって解ってたから下がったんでしょ?」

「そりゃそうだ」


棍、というか、槍の利点はそのリーチだ。生かさずに戦わない手はない。

彼はずっと槍を使っているから、その辺りの事は良く解ってる。

そして私が手袋と靴をあげた事で技の幅も広がったんだろう。


ただ正直な処、どうせなら突きの連撃の方が対処し難かった。

彼は初めて会った頃と違って、最近の動きは強化無しでもそこそこ鋭い。

それも日に日に鋭さが増しているので、正攻法で来られた方が手ごわいと思う。


「だとしても地力じゃ勝てないって解ってるから、奇策を使ったつもりだったんだけどな」

「見た事有る技じゃ駄目だよ。前に空から全部見てたし」

「どういう目してんだよ・・・ばれねえように体で後ろの手隠してたのに・・・」


んむ? 不思議な軌道をしてたら普通観察するよね。だから似た動きだって気が付けるよ。

取り敢えず飛んで行った棍は山精霊達が拾ってきてくれたので、お礼を言って一休みする事に。

今ので5回目の勝負だったりするので、流石にちょっと疲れたかも。因みに5連勝だ。


「れ、錬金術師とは、接近戦も出来なければいけないんですね」

「・・・採取の際、獣や魔獣に遇わない保証は無いから。あれぐらいは出来た方が良い、かな」


パックがタオルを手渡しつつ聞いて来たので、覚える必要性を答える。

魔法石が使えれば、確かにたいていの相手には対応出来ると思う。

だけど魔法石が切れたらどうする。結界石が切れたらどうする。


何よりも、魔法石を使う暇なく攻撃されたら、どう対応するのか。

野生の獣に不意打ちなんて概念は存在しない。むしろ不意打ちが常だ。

賊共だってそうだろう。獣達に真正面から襲うなんて考えはほぼ無い。

勿論群れで囲んで逃げ場を狭めたり、強者故に正面から来る獣も居るけども。


「・・・不意打ちを卑怯、なんて思っちゃ駄目だよ、パック。野生で生きてる獣に不意打ちなんて無い。何時何処から攻撃されるか解らないし、対応出来る気構えを持たないと危ない」

「は、はい・・・!」


実は今回のリュナドさんとの勝負は、私がどれだけ動けるのか見せる為のものだ。

普段が魔法石や結界石を使っての戦闘だから、それに頼ってばかりじゃ危ない事も教えないと。

とはいえまだパックには魔法石は作れないんだけど。

あ、でも一応万が一に備えて結界石は持たせてる。精霊作と私作両方。


「・・・メイラは黒塊が居るから、最悪自分で身を守れるけど、パックは精霊が傍に居ないと危険だからね。今まで知識の勉強ばかりだったけど、こっちも覚えて貰おうと思ってる」

「い、一応護身程度は学んでいますが、今のを出来る自信は、中々。あの突きに踏み込むのはかなりの勇気と技量が要ると思うのですが」

「・・・前に踏み出す事が出来ないと、逆に危ないよ。勿論引いちゃ駄目って訳じゃないけど、踏み込むときは踏み込まないと、逆に身を危険に晒すから」

「――――成程。確かに、そうですね」


パックは私の説明を聞くと一瞬目を見開き、物凄く納得した声音で返してきた。

もしかしてパックには以前そういう経験でも有るのかな。それなら納得しやすいだろうね。


「あ、あのー、セレスさん、私も、教えて貰えるん、でしょうか・・・」


パックとの会話が途切れた所でおずおずとメイラが訊ねて来た。

だけど、メイラに、体術、かぁ。無理だと思ったから黒塊に頼ったんだよね。

この子は体術には向いてないんじゃないかなー、と私は思うんだけど。


「あー・・・えっと・・・その・・・メイラには黒塊が居るし・・・」

「やです! 怒られても良いので私も教えて下さい!」

「あ、う、うん・・・解った・・・」


と言っても、普段からメイラには素振りとか、軽い運動はさせてるんだけどなぁ。

でもどれだけやっても上達する様子が見えないというか、やっても無駄そうというか。

そもそもあの黒い巨人を出せるなら、細かな接近戦とか余り意味ないんだけど。

むしろ黒塊を身に宿して体当たりするだけで充分過ぎる。


「・・・さて、じゃあ、始めようか」

「はい、先生!」

「私、頑張ります!」


休憩は終わりにして、本来の予定を進める事にする。

元々はパックにお手本をと思っての手合わせだったのだけど、ちょっと楽しかったんだよね。

久々に対人戦闘やったのも有るし、相手がリュナドさんだったし、楽しくてやり過ぎた。

定期的にリュナドさんに付き合って貰おうかな。


「つっかれた・・・流石にあの緊張感5回はキツイ・・・」

『キャー』


・・・精霊にお疲れとポンポン叩かれているリュナドさんを見て、ちょっとだけ罪悪感。

今度はもうちょっと休憩を挟もう。


ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー


唐突に『今日は戦闘訓練をするから』と先生に言われ、驚きつつも頷いて返した。

先生の家には精霊兵隊長の精霊使い殿が居り、どうやら先生に呼ばれて待っていたらしい。

精霊使い殿は槍ではなく棍、先生は木彫りのナイフを手に持っていた。


「・・・少し、お手本、見せるから」


そう言われて見せられた攻防は、まさにお手本に相応しいものだったのだろう。

最初の三回の勝負は精霊使い殿が槍術の見本のような、距離の利点を上手く使う動きだった。

ただし先生はその悉くを躱し、じりじりと距離を潰し、踏み込んで一瞬で勝負を決める。


精霊使い殿の棍捌きは決して悪くない。むしろ自分からすれば躱せる事が不思議な鋭さだ。

だけど先生は精霊使い殿が打ち出す前に既に足を動かし、最低限の動きで躱し続ける。

それはまるで最初からそこに攻撃が来るのが解っている様で、未来を見ているかのような動き。


「・・・これ、お手本と言われても、次元が違う気が」


自分とて自衛手段に体術の類は教えられている。だがこれはどちらも次元が違う。

精霊使い殿の槍術には恐ろしさは無いものの、流石精霊兵隊長なんて役職に就く人間の動きだ。

しかも彼には更にあの上が有る。街で見た捕り物はもっと動きが早かった。

お手本の為に動きを落としてあの鋭さ。身体能力以外の確かな技術がそこに在る。


だというのに先生はさらにその上を悠々と超えて行く。

動き自体は決して目で追えない動きじゃない。むしろ勝負を決めに行く時以外は緩やかだ。

なのに当たらない。なのに躱す。あの仮面の奥に何が見えているのか、恐ろしい程に鮮やかだ。


「そ、そうですよね、解らないですよね! お二人共強過ぎますよね!」

「え、ええ。ちょっと、常人には、追いつける気がしませんね・・・」


何故かメイラ様が二人の実力を力説し、それに同意はするものの不思議に思う。

今の口ぶりだとメイラ様は二人の動きに対応できない、と言っている様な気がする。

いや、あの黒巨人を出せるのだ。細かい動きなど不要なのかもしれないな。


「ああ、くそっ、踏み込みが早ぇ!」

「最後の一撃、ちょっと、危なかった・・・」


ただ4回目辺りから、先生達の様子が少しおかしい気がした。

最初の頃より動く速度が上がり、目の真剣さが増している。

いや、むしろ先生は、何処か楽しそうな気配がある様な。


そうして5回の手合わせを終えた先生に、家精霊から渡されたタオルを持って行く。

その際先生に、流石にあの領域は難しいのではと、素直に告げて見た。

だがそこから返ってきた答えは、自分の考えの甘さを痛感させられるものだった。


「・・・不意打ちを卑怯、なんて思っちゃ駄目だよ、パック。野生で生きてる獣に不意打ちなんて無い。何時何処から攻撃されるか解らないし、対応出来る気構えを持たないと危ない」


身を守るという事は、常に不意打ちに備えるという事。

少なくとも僕がやろうとしている事を考えれば、それは持っておかなければいけない心構え。

先生に頼るのではなく、知識だけではなく、自力で身を守れる術を持つ必要が有る。

ただ戦闘技術の事だけではなく、その心も教える為にこの場を設けられたんだと気が付いた。


「・・・前に踏み出す事が出来ないと、逆に危ないよ。勿論引いちゃ駄目って訳じゃないけど、踏み込むときは踏み込まないと、逆に身を危険に晒すから」


それに、この言葉は、一番胸に刺さった。本当にその通りだと思う。

引くのだって大事な事だ。それを悪いなんて事は言えない。

だが時には危険だと知っていても踏み込まなければ、更なる危険が待っている時が有る。

僕は、私は、それを理解していたからこそ、先生に教えを請いに来たんだろう。


「届かないじゃない。食らいつけ・・・!」


知識は頭に入るせいで、メイラ様や先生の優しさに、少し甘えていた。

自分は何が何でも先生の教えを身に付けなければいけない立場だろう。

その覚悟を持って来たからこそ、先生は教えてやると言ってくれたんだ。

教えられる事の全てに全力で食いついて行くのが自分の正しい姿のはずだろうが!



「あ、あのー、セレスさん、私も、教えて貰えるん、でしょうか・・・」

「あー・・・えっと・・・その・・・メイラには黒塊が居るし・・・」

「やです! 怒られても良いので私も教えて下さい!」

「あ、う、うん・・・解った・・・」


メイラ様を見習うべきだ。自ら教えを乞うあの姿勢を。

先生の言葉から察するに、きっとメイラ様は教えを乞う必要など無い域に居るのだろう。

だがそれでも尚高みを目指す人だ。まさしく先生の一番弟子に相応しい人だ。


「えい! えい!」

『『『『『キャー! キャー!』』』』』


・・・ただ彼女の素振りの様子は、失礼ながらとても微笑ましい物だったけれど。

先生が言い淀んだ理由が少し解った。メイラ様は接近戦に向いていない気がする。

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