第237話、事情を直接確かめに来られた錬金術師
王子君・・・パックに錬金術を教え始めて大分経った。
彼を家に迎えた頃はまだ寒かったけれど、最近は庭の外も段々暖かくなっている。
季節が変わると山に生きる植物も変わるから、その辺りの勉強も最近やり始めた。
年中通しで手に入る植物も無くは無いけれど、大半は季節によって姿を変える。
ならば季節が変わった後に同じ薬を求められた際、代用出来る材料を求めなければいけない。
パックはその辺りとても覚えが早い。知識という点に関しては優秀なのだと思う。
何せ私が相手を考えずに語った事をきっちり覚えているし、何ならその場で復唱出来る。
ただしあの子は実物を前にするとやっぱり上手くいかず、何度も薬草や毒草を間違えていた。
『パック君は覚えは早いのに、不思議ですね』
『私としては、全く間違えないメイラ様の方が不思議なのですが・・・これとこれ、どう見ても同じに見えます。特徴となる部分は確かにありますが・・・区別が付きません』
『そうですか? これなんて解り易いと思いますよ。葉にある斑点の濃さが違うので』
『・・・ううん・・・これ・・・濃さ違いますか?』
『『『『『キャー!』』』』』
『ふふっ、精霊さん達は解ってるみたいですね』
『うう、全然解らない・・・』
なんて感じでメイラがお姉さんしている。とはいえ多分歳はメイラの方が下だと思うけど。
ただ逆にメイラが度忘れした事をパックが覚えているので、今は二人で丁度良いのかも。
メイラと精霊が揃って『何だっけ?』と首を傾げていると、彼はスラスラと口にする。
その度にメイラが褒めるのだけれど、パック自身がそれを認める事は余りない。
『知識だけが有っても、それを有用に使えなければ無いのと同じです。まさしく今の僕がそうでしょう。先生からの教えが有っても、実践ではメイラ様が居なければままならない』
『でも、覚えているなら、何時かは出来る様になると思いますよ』
『勿論、努力はするつもりです。ですが現実として価値が有るのは成果を成せる者。ただ無駄に知識が有るだけでは何の価値も無い。だから知識を成果と成せるメイラ様の方が素晴らしい』
『うーん、私はパック君ぐらいの覚えの速さが欲しいと思いますけど・・・』
『メイラ様はけして覚えが悪い訳ではないでしょう。覚えた際には実地に耐えうる経験として身についている。ならば多少頭に入れるのに時間を要しても、それは何の問題になもなりません』
という感じで、褒めてたはずのメイラが褒められ始める、なんて事に良くなってる。
どちらかというと私も後ろ向きだけど、あの子も大概後ろ向きな様な。
私にしたらあの対話能力の高さの時点で凄いんだけどな。私はあんな返し無理だよ。
そもそも先ず私は彼の様なしっかりした考えが無い。何となく出来るからやってるだけだもん。
・・・先生とか呼ばれるの恥ずかしくなって来た。私そんな風に呼ばれる様な価値無いよね。
『キャー』
「あ、うん、解った。迎えに行こうか」
自分の情けなさを思い出して落ち込んでいると、頭の上の子が額をぺちぺち叩いて来た。
今日は来訪者の事前連絡を貰っていて、どうやらその人物が来たらしい。
取り敢えず仮面を付けて迎えに行こうか。あ、その前に家精霊にお茶お願いしとこう。
「お茶、お願いして良いかな」
家精霊は笑顔でコクコクと頷き、玄関を開けてからすいっと台所へ向かう。
ただお湯の匂いがしていたので、頼む前から段取りは済んでいそうだ。
後姿を見届けてから庭に出ると、精霊に囲まれながら庭に入って来る人物の姿が確認できた。
海の国の王子とリュナドさんだ。二人共相変らず精霊に好かれている。
「元気そうだね、錬金術師殿。直接顔を合わせるのは王城以来かな?」
「・・・えっと」
王子が穏やかに笑いながら問いかけて来たので少し記憶を探る。
海に行ける様になってからは平和だったけど、平和なりに色々有ったので若干記憶が怪しい。
どうも私の頭は『対人』に関する項目になると著しく能力が落ちる気がする。
「そう、だね。あの時以来、かな」
「ふふ、悩まれると実は知らない内に会いに来られていたのか、なんて思ってしまうね」
「別に、そんな事は、無いよ」
「君がそう言うなら、そういう事にしておこうか」
そういう事も何も、実際に会いに行った事は無いんだけどな。
まあ良いか。納得したみたいだし。私じゃ言えばいう程訳わかんなくしそうだもんね。
「精霊達の情報網は順調かな?」
「ん・・・ああ、王子も、精霊から聞いてるの?」
「いや、教えて貰えてないよ。僕達は主の為だからダメ、だそうだ。たまーにそれとは関係ないであろう事は教えて貰えるけどね」
「そうなんだ・・・」
精霊の情報網となると、最近よく精霊が一冊のノートに書き連ねている物の事だろう。
『僕達が集めて来たんだよー。褒めて褒めてー』
と言って見せられたノートには、王子の国の各地の美味しい物情報が書かれている。
ついでに美味しくなかったらしい物も書いてあり、ここはダメーと書いてあった。
どうやら私達が出かける度に1,2体残って、ぐるぐると順番に各地を移動しているそうだ。
最初に戻って来た子が『ノートが欲しい!』と言った時は珍しいと思ったっけ。
メイラが迷惑はかけてないか聞いたら自信満々に応えていたけど、精霊なので若干不安。
最近は一体帰って来ると一体出かけて行くから、未だにグルグルと回っているんだと思うし。
「迷惑は、かけてないかな」
「むしろ助かった事が何度か、かな。この子達は優秀だからね」
『『『『『キャー!』』』』』
「なら、良かった」
王子の言葉に精霊達が嬉しそうに跳ね踊り、私もほっと息を吐く。
一応主とか呼ばれちゃってるから、迷惑かけてないか少しは気になるし。
この子達って自由だからね。注意しないと家でも食べちゃうし。
取り敢えず何時までも庭は何だと思い、王子とリュナドさんを家に迎え入れる。
テーブルには既にお茶とお菓子が用意されていて、家精霊がニコニコしながら待っていた。
今日は服を着ているので王子にも何処に居るのか解るだろう。
というか最近は基本服を着ている事が多い。だってパックが見えないからね。
家精霊の事を認識出来ないのは寂しいとメイラが言い、私も同じ様に思った。
一応普段からリボンは付けてるんだけど、もっとはっきり解る方が良いだろう。
という事で最近は服に加えて手袋と靴もつけてたりする。
こうすると身振り手振りがもっと解り易いからね。
コクコクと頷く様子が解らないのだけがちょっと残念だけど。
「ありがとう、今日のお茶もとても美味しいよ」
王子の礼を聞いて家精霊はニコーっと笑い、嬉しそうに私の傍に寄って来る。
可愛いので撫でてあげると少し溶け、服が脱げそうになるのはご愛敬だと思いたい。
球体状態になるともう服とか関係無くなっちゃうんだよね。
「さて、今日の訪問は軽いご機嫌伺い、という名目だが、貴女におべっかは通用しない事は理解している。勿論下手なごまかしや駆け引きも失敗するだろうから、ただ話を聞きたいだけだね」
「・・・そう」
ご機嫌伺い。私別に機嫌を損ねるような事はされてないけどな。
いや、名目って言ってるから、別の目的が有るって意味なのかな。
私がごまかしや駆け引きが下手って解ってるなら、もうちょっと解り易く言って欲しい。
「勿論訊ねる以上は返せる分は返すつもりだよ。私に返せる物が有るならね」
思わず首を傾げてしまった。私に話せるような事に何を返すのだろうかと。
だけどそんな疑問を深く考える暇もなく王子は続ける。
「この国の王子殿下。一番立場の弱い王子殿下を弟子に迎えた。それは事実かな」
「・・・パック?」
問われ方から一瞬誰の事変わらず、応えるのに間が開いてしまった。
だって立場が弱いとか、そういうの知らないもん。王子って事しか。
「ああ。彼を弟子に迎えたという事は、彼に付く、という事で良いのか確認したい」
付くって、え、何が。彼に付くってどういう意味だろう。良く解らない。
彼について行くって事かな。そうだとしても何処に行く気なのか。
そういう話はパックからは聞いてないけど、その内街を出て行くつもりって事なのかな。
取り敢えず私に街を出て行くって選択肢は無いし、付いて行く事は有り得ないけど。
「・・・私は、動く気は、ないよ?」
「だが、あの王子殿下を・・・パック殿下を保護している、のではないのかな」
「・・・保護?」
「違うのかい?」
保護って、あの子にそんな事する必要無いよね。自分の生活ちゃんとあるみたいだし。
メイラはまさしく保護してるけど、パックにはただ錬金術を教えているだけだもん。
「・・・私はただ、錬金術を教えてるだけ、だよ」
「だけ、か」
そこで王子は目を伏せて考える素振りを見せ、その様子にちょっと不安になる。
私何か変な事言ったかな。そう思いリュナドさんに視線を向けた。
すると彼は私と王子を見比べた後に、困った様に頬をポリポリとかきながら口を開く。
「あー、その、現状彼に付くとか、そういう段階じゃないかなと、思いますよ」
「・・・確かに、流石にすぐに直結させるのは軽々か。いやすまない。今までのが今までだったからね。既に先の算段を立てているのか、ならば話を聞かせて頂きたい、と思ったのさ」
ああ、私の引き籠り加減を知ってるから、新しく人を家に入れた事が気になったのかな。
私としては別に彼を入れる気は無かったんだけど、リュナドさんに頼まれたからなぁ。
パックの扱いに関しては完全に行き当たりばったりだ。私がどうしたいという事は無い。
「・・・リュナドさんの為だから、私は、そうしただけ」
「は?」
「ふむ、成程?」
そもそもパックの事に限らず、私の行動は大体が行き当たりばったりだけど。
なんて思いながら王子の疑問に素直に答えると、何故かリュナドさんが驚いた顔を見せた。
逆に王子は納得いったとばかりに頷き、ニッと笑顔を彼に向けている。
「確かに言われてみれば、そちらの方が納得がいくか。貴女の行動の結果には、殆どと言って良い程に彼の存在が有る。ならばきっと、今回の件も彼を立たせる為の行為か」
うん、立たせる、というか、頼まれたから断らなかっただけだけど、多分そうだと思う。
それに実際私が何かするときって、大体リュナドさんが絡んでいる事も確かだ。
というか、基本的にライナかリュナドさんが居ないと私が無理なだけだけど。
思い返してみるとメイラぐらいじゃないかな。私から関りに行ったのって。
リュナドさんも自分からと言えなくは無いけど、彼の場合は彼から話しかけて来た形だし。
その後もお仕事とはいえ易しい彼からの発信であって、私からという訳では無い。
「・・・そう、だね」
「理解したよ、錬金術師殿。話してくれた事に感謝する」
「う、ん?」
この程度の事、別に普段も話してると思うんだけどな。
特にリュナドさんに関しては何時も良く言ってるはず。
まあ良いか。王子は満足そうだし。
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我が国に精霊達が出没する様になってからそれなりの時が過ぎた。
当初は各地で見かけた程度の情報だったそれは、既に当然居るものになっている。
それは城に精霊が居る事も理由だろうが、各地での精霊が挙げた成果によるものだろう。
『あの人何か悪い事? してるみたいだよー? いいのー?』
ある日私にそう伝えて来た精霊が居た。詳しい話は『良く解んない』と教えて貰えなかったが。
ただそのおかげで一つの企みを未然の潰す事が出来た、という事実が大事だろう。
断片の情報でしかなかったが、あれはその情報で辿り着けという意味だったのではないか。
語らない錬金術師殿の性格を考えれば、ヒントは分けてやったという事なのだろうな。
『こいつ等捕まえたー。でもリュナド居ないからこの後どうしたら良いか解んなーい』
かと思えば精霊自身が動き、たった二体で犯罪組織を壊滅させた件も有った。
ただその際精霊達は酷く憤っていたらしく、何かしらの逆鱗に触れたのではないだろうか。
リュナドという名を出した辺り、精霊使いの主義によるものだと思われるが。
潰されたのは人身売買組織だったので、待ちをせずに即座に叩き潰したのだろう。
『おっきな魔獣捕まえたー。みんなで食べよー♪』
とある町で魔獣被害が相次いでいるという陳情が有り、人を動かした際には既に解決していた。
精霊達は倒した魔獣を捌き、町の者と一緒に食べて祭りをしたらしい。
その結果町では精霊達を祭る石碑が作られ、新しい宗教が出来たと言っても過言ではない。
最早精霊を各地に配置した事を隠す気が無い。そう言っている様なものだ。
だがそれに文句を言う事が出来ない程、精霊達は各地で人の助けになっている。
そもそも精霊達は人の決まりで生きていない以上、何かを咎める事も難しいだろう。
結果として精霊達は堂々と国の各地に散り、情報を集めて錬金術師の下へ持って帰っている。
「本当に、勝てないな」
最後まで隠し通すのではない。堂々と国の人間に、民に認められる形で精霊を置く。
その下準備に出来るだけ情報を集める為、あの短期間に各地を回っていたという事だ。
おそらく海賊潰しはその一端。先ずは上の連中を黙らせに来たという事だろうな。
成程謝礼を受け取らない訳だ。それよりも『黙ってろ』という要求なのだから。
事実最近は錬金術師本人が我が国に来た情報は少ない。もう準備が整ったという事だろう。
「さてはて、私の国で動く準備は整い、次は何をするつもりか」
馬鹿貴族共に仕掛けるのかと思っていたが、どうやらその気配は無い。
その代わり面白い情報が入った。錬金術師殿が弟子を増やしたと。
しかも調べてみるとそれは王子であり、更に言えば一番付く価値のない王子だ。
「・・・国を裏から、か?」
彼女ならありうる。だがそれならばもっと簡単なやり方が有るはずだ。
少なくとも彼女の危険性を理解できない馬鹿どもの方が、操るにはやり易いはず。
聞いても応えてはくれないだろうが、一応確認はしておきたい。
ついでに話せる機会が有りそうなら本人にも話を聞きたいな。
そう思ったら即座に手続きを済ませ、彼女への訪問許可を取った。
許可はすぐに下りたので彼女を訊ね、前回の轍を踏まぬように素直に問いかける。
すると彼女から帰ってきた言葉は予想を完全に外す物だった。
『・・・リュナドさんの為だから、私は、そうしただけ』
精霊使いの為。その言葉を素直に取る事も出来るが、おそらくまだその先が有るだろう。
勿論その理由事態は嘘ではないのだろうが、それだけというにはやり口が回りくどい。
とはいえそれでも先端を語ってくれたのは、多少は信用を得られたと考えて良いのだろうか。
だが相変らず全容が見えない。件の王子を弟子に迎える事が、どう彼に繋がるのか。
精霊使い本人は驚いた様子を見せていたし、また何も聞かされていないのだろう。
もし聞かされていてあの反応ならばかなりの役者だ。見破れる気がしない。
ただ彼女の語り方が『何かある時』の語り方な以上、私には辿り着けない答えかもしれない。
あの低く唸るような声音は、語る事を確実に抑えている。
お前に話せる内容はこれだけだが、その先に辿り着けるなら辿り着いてみろ。
そう言われている様な気すらして来るが、張り合った先に勝利が見えないのが困りものだ。
「現状解っている事は、理由がどうあれ、彼女が認めたのはパック王子という点か」
既に彼女の弟子が増えた事は街では有名だ。そして本人は街で好意的に受け止められている。
今まで山奥の家から出て来ない、情報の殆どない噂が先行する錬金術師。
そしてその実態を知る人物が外で語るそれは、いかに素晴らし人間かという内容。
『あの方は心から尊敬できる先生です。私を上手く使おうとも、利用しようとも思っていない。いや、たとえその考えが有ったとしても構わない。あの人の教えは確実に私の力になる』
精霊使いに頼んでパック王子との面談の場を作って貰い、彼の口から発された言葉がこれだ。
まだ子供故に周りの見えていない部分は有るが、利口そうな子供ではあった。
だからこそ、錬金術師が何をしたいのかが、余計に見えない。
「あの娘を保護した経歴を考えると、あの素直な子供を利用、というのは確かに考え難いが」
勿論メイラ嬢は才能が有ったから保護した、という可能性も無くは無いだろう。
語られていない真実が有ろう事は解っているし、だからこそあの王子を迎えた理由も有る筈。
「・・・いや、まて、精霊達が大っぴらに動き出した時期と、パック王子が弟子になった時期が被っている。これらは別項目で考えていたが、もしかすると繋がっているのか?」
答えをまだ素直に話してくれる精霊使いに訊ねたいが、聞かれても困ると言われたしな。
真実を知らないのか口止めされているのか、どちらにせよ悪いようにはなるまいが。
「問題はこの件に何も察知できず、彼女に呆れられる事ぐらいか」
おそらく私は彼女に『それなりに使える』程度の認識はされている筈だ。
だからこそある程度の情報を私に漏らし、精霊を私の城に常駐させているのだろう。
勿論情報収集の意図も有るだろうが、それだけならば姿を見せる必要性は感じられない。
「期待外れな事だけはせぬよう、気を張る日が続きそうだな」
以前と違い今回は国元に戻る必要が有る。諜報員を全力で使ったとして何処までやれるか。
動き始めたら凄まじい速さの彼女に何処まで食らいつけるかが難題だ。
さてはて、彼女に右腕扱いされている精霊使いは気苦労が絶え無さそうだな。
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