第236話、メイラと一緒に教える錬金術師

「先生、これで宜しいですか?」

「・・・あー、少し、水入れすぎ、かな。もっと、少なくて、良い」

「は、はい、すみません」

『『『『『キャー!』』』』』

「・・・うん、精霊達はちゃんと出来てる、ね」

「セレスさん、私のはどうですか?」

「・・・うん、メイラも問題無し」


先日、王子君が本を読み終わったと報告にやって来た。

ならばと今度は薬の調合の本を渡し、その際に色々話した結果家で調合を教える事に。

私はポケッと彼の話を聞いていただけなんだけど、気が付いたら何故かそういう話になってた。

何がどうなってそうなったかはよく覚えてない。ただ――――。


『よ、宜しいの、ですか?』


と言われたので『良いよ』と返して頷いたら、何故かそういう結論に至っていたという訳だ。

多分私が話を聞いてなかったんだろうなぁ。私はどこで何を聞きそびれたんだろう。

とはいえ頷いた以上は仕方がないし、王子君はかなりやる気だったので断れる訳もなかった。


幸いはメイラが何故かこの子相手には怖がらない事かな。

流石に仮面を付けてはいるけど、リュナドさん以外で初めて距離が近い男性かも。

この子は偶に圧が強い時が有るけど、それ以外は大人しいからかな?

ただ私はどうにも少し緊張が勝ってしまい、教える声にちょっと力が籠ってしまう。


『『キャー♪』』

「え、ま、まって、え、そ、そんなに追加して大丈夫なのかい?」


ちょっとメイラの様子を見ていると、精霊達が王子君の器に処理した薬草を追加していた。

水を入れ過ぎたなら材料を追加すればいい、という感覚で大量に入れたんだろう。

それ毒素弱いから良いけど、劇物扱う時にそういう事やったら大変な事になるんだけど。


というか、精霊達には前に駄目だって言ったんだけどな。料理の調整じゃないんだから。

一度変化した薬剤は、後から材料を追加したからといって戻るとは限らない。

勿論調整が効く物だってあるけれど、大半は得たい効果には戻せないものだ。


むしろ中にはその行為のせいで全然違う劇薬になる事だってある。

ただそういう失敗から新薬発見なんて事も有るので、完全に無駄な危険行為とも言い切れない。

とはいえその場合は入れた量を覚えてないと再現出来ないし、やっぱりあれは駄目だね。


「コラ、精霊さん達、それはやっちゃ駄目って、前にセレスさんに言われたでしょ」

『『キャ、キャー・・・』』

「精霊さんは平気かもしれないけど、私達には・・・彼には危ないんだよ」

『『キャー・・・』』


ただ私が注意をする前にメイラが叱り、二体の精霊はバツが悪そうに私に向けて謝った。

この二体は『王子君が錬金術を学ぶなら自分達もやる』と言い出した精霊達だ。

どうやらあの子に懐いている様なのだけど、メイラに懐いている三体より落ち着きが無い。

いや、元々山精霊達って落ち着きないから、あの三体が特殊なんだと思うけど。


「・・・メイラの言う通り、危ないから、違う事する時は、ちゃんと言ってね」

『『キャー!』』


うん、良い返事。良い返事だけど、前も良い返事だったんだよなぁ。

山精霊達の元気の良い返事は、半分ぐらい聞いてないと思った方が良い。


「・・・そうだ、どうせだし、今日は失敗した物、自分で処理しようか」

「は、はい、すみません」

「・・・別に、謝る必要は無いよ。これも必要な事、だし」


不必要な薬剤の処分方法も調合には必要な知識だ。

勿論そのまま適当に山に埋めたり、動物に食べさせれば良い物も在る。

だけどその辺に適当に捨てると、余り良くない変化をもたらす事も少なくない。

どうせ何時かはやる事なのだし、失敗ついでにやってしまえば良いだろう。


「・・・あ、一気にやっても、覚えられない、かな?」

「え、い、いえ、大丈夫です。手順とかは、覚えられるんですけど、技術的な事とか、感覚的な事とか、そういうのが中々上手くいかないだけで・・・」

「・・・そっか」


危ない危ない。メイラの時と同じ失敗をしたかと思った。

でも確かに彼の言う通り、彼は手順自体は覚えが早い。

ただ実際に調合を始めると今の様に失敗するので、どうしたものかと悩んでいる。


メイラはむしろ逆なんだよね。彼女は手順を覚えるまでに時間がかかった。

ただ覚えてしまえば失敗はほぼしない。一緒の精霊達の補助が上手いのも理由かも。

メイラが悩んでいたり少し間違えていると、的確なタイミングで声をかけている。

まあ私には何言ってるのか解んないけど、メイラが礼を言っているから多分そうだろう。


「大丈夫ですよ。私も、教えて貰いましたから。変な処理をすると危ない時も有りますので」

「はい。ありがとうございます、メイラ様」

「あ、で、でも、これはセレスさんが言ってた事だから、その、セレスさんが言う前に私が言っちゃっただけなので、その、えっと」

「お気遣いありがとうございます。姉弟子様のお心遣いは解っておりますよ」

「え、えへへ・・・」


姉弟子と言われ、メイラは照れ臭そうに笑う。

今でこそその程度の反応だけど、最初は少し揉めたんだよね。

様とか、姉弟子とか、そんな風に呼ばれる程、まだ何も出来ないって言い出して。


『尊敬する先生の一番弟子の姉弟子様に対し、敬称もつけずに呼ぶなどあってはなりません』


という王子君の言葉により、メイラの言葉は却下されてしまった訳だけど。

ただ後で聞いたら嫌って訳じゃないって言ってたから、私は特に口を出さない事にしてる。

因みにメイラが王子君に敬語を使う使わないでもちょっと有ったりした。

ただそれはその場にアスバちゃんが居た事で纏まったのだけど。


『お互い喋り易いようにで良いでしょうが。それでお互いの立場が変わるわけでもなし。それとも何なの。あんたは尊敬する姉弟子様の喋り方にケチ付ける訳? いい度胸してるわね』


という言葉を聞いた王子君は納得し、今の状況に落ち着く事になった。

何だかんだ仲良く教えあっている様なので、アスバちゃんには本当に感謝だ。


メイラの日課である山への採取にも、どうやら今は一緒に行っているみたい。

説明しようとすると上手く出来なくて、やっぱりセレスさんは凄いです、なんて言われた。

私も説明は上手く出来てないと思うんだけどな。ただ知ってる事口にしてるだけだもん。


「セレスさん、処理するならこれ使いますよね」

「あ、メイラ様、荷物は私がお持ちしますので」

「えっと、じゃあ、おねがいします」

「はい。では先生、ご指示をお願い致します」

「・・・ん、じゃあ、庭に出ようか」


最近やけにニコニコしている家精霊に扉を開けて貰い、三人で庭に出る。

外に出ると庭で遊んでいる精霊達はこっちを向き、キャーキャーと楽し気に集まって来た。

そんな精霊達に五体の精霊が何かを説明する様に身振り手振りをしつつ鳴いている。


「ふふっ、精霊さん、説明ご苦労様」

『『『『『キャー!』』』』』


クスクスと笑いながらのメイラの労いに、精霊達は嬉しそうに鳴いて返す。

どうやら本当に説明をしていたらしく、精霊達はスペースを空ける様に離れて行った。

遠巻きにワクワクした様子で見ているけど、やる事は何度もやってる事だよ?


「・・・まあ、良いか。じゃあ、やろうか」

「はい、先生」

「はい、準備は出来てます、セレスさん」


二人共気合入ってるなぁ。メイラは何だか前以上にやる気に満ちてる気がする。

でもやるのは不要物の処理なんだけど・・・気を抜いて怪我するよりは良いか。

しかし本当に、王子君はよっぽど錬金術好きなんだなぁ。


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「先生、ありがとうございました。無事読み終えました」

「・・・ん」


先生に渡された薬草の本を読み終わり、精霊兵隊長に頼んで家に連れて来て貰った。

返しに来るまでなかなか時間がかかってしまったが、返しに来れて良かったと心底思う。


先生から渡された本を暇さえあれば読みふけり、山に実物を確認もしに行った。

文字列そのものはとうの昔に全て頭に入っているのだが、実地となるとそうはいかない。

解っている筈なのに解らない。そんな事を何度も繰り返した。


その度に精霊達が色々と教えてくれたので、何とか本を返しに来られた訳だが。

きっとあの精霊達は先生が付けてくれたのだろう。あれは監視兼指導だったのだと思う。


今迄も精霊達は仲良くしてくれたが、あそこまで色々と教えてくれる事は無かった。

おそらく私は先生だけではなく、精霊達にも試されているのではないだろうか。

先生の教えを乞うに相応しいか、学ぶ意思が何処まで有るのかと。


『『キャー!』』

「・・・ん、そっか・・・なら、大丈夫、かな・・・それじゃあ、次は」


先生は精霊から何か報告を聞きつつ呟く。その低い声に緊張で背筋が伸びた。

元々丸めていたつもりは無いが、気が付くと力を籠めてしまっている。

先生は素晴らしい人だと思うが、この緊張感だけは少々怖い。


「・・・じゃ、次は、これ、どうかな」

「これ、は・・・」


渡された本を軽く確認すると、薬の調合が書かれた本だった。

それも一つ二つなんてものではなく、かなり大量の薬が書かれている。

中にはかなり危うい毒薬の調合も書いており、とんでもない物を渡されている事に気が付いた。


「よ、宜しいの、ですか?」


こんな物、今の私に見せて良いのだろうか。

いや、立場を考えれば一生見せるべきではないと言って良い。

確かに私は彼女を先生と仰いでいるが、正式な弟子ではない筈だ。


先生の今の行動はあくまで私が自力で立つ為に、その間の防御の為の行為。

だから私に国で立つ術は教えはしても、この様な価値の在る知識を見せる相手ではない筈。

少なくとも私は先生に対価として返せるものなど無いし、信用される程の物も見せていない。


「・・・良いよ。だって、そう約束したし」

「――――っ」


ああ、そうか。私は一つ思い違いをしていた。この人は本気で味方をしてくれる気だ。

私が真剣であるならば、彼女を師と仰ぐならば、本物の弟子として扱おうと。


この人は私を張りぼての弟子にするつもりなど毛頭なかったのか。

自分の高みまで来れずとも、その高みに近しい所まで引き上げてくれるつもりなのだ。

向かうところ敵なしの『爆砕の錬金術師』の弟子として恥ずかしくない錬金術師に。


「っ、ありがとうございます! ご指導、よろしくお願い致します! 姉弟子様も、これからご迷惑をおかけ致します!」

「ふえっ? え、い、いや、その、姉弟子って、そんな、私はえっと」

「私を弟弟子として、認めては頂けないでしょうか」

「み、認めるとか、私よりも、セレスさんがどう思うかですし。その、セレスさんを尊敬する人が増えるのは、私は嫌じゃないというか、嬉しいですし、その、えっと」


確かに姉弟子様の言われる通り、全ての判断は先生が下すべきものか。

ただ私としては彼女にも尊敬を持って接するべきだと思っている。

先生の一番弟子であり、更には『黒巨人』の名を持つ強者。

まさしく先生の弟子に相応しい人物であり、私がそこに並ぶ事が許されるのかとも思う程だ。


「わ、私はセレスさんの判断で良いです。一緒に勉強するのが嫌とか、そういうのは無いです。セレスさんの凄さを、ちゃんと解ってくれる人、ですし」

「・・・え、っと・・・うん、メイラが、良いなら、それで、良いよ」

「は、はい、私は大丈夫です」


先生の今の発言を聞くに、先生にとって姉弟子様の存在はかなり大きい物に感じた。

やはり一番弟子となるだけ有って、先生に認められているという事なのだろう。

きっとこれから彼女には多大な迷惑をかけるだろう。だがそれでもその状況を享受しよう。


私は何処までも足手纏いな未熟者として、お二人にありがたく教えを受けよう。

そうして何時か、いつかきっと、この恩は返す。その決意だけは胸に抱いておこう。


「・・・じゃあ、何時から、教えようか」

「先生さえよければ、明日からでも構いません!」

「・・・じゃあ、明日、から、で」

「はい!」


返事をする度に先生の声から圧力が上がって行くのを感じる。

その声音の迫力に負けない様に、気合を入れて返事を返す。

此処で怖気づくようでは先生の弟子などとはきっと名乗れない。


「よろしくお願いします!」


ともすれば殺されるのではと思う迫力の先生へ、自分を奮い立たせる様に力強く告げた。

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