第235話、帰ってきた友人を迎える錬金術師

王子に本を渡してから暫く経ち、あれからは特に何事も無く日々を過ごしている。

あの子の日常を何故か山精霊達が逐一報告しに来る、という変化は有るけどね。

先生への報告義務、とか何だかよく解んない理由で、毎日経過報告をされている。


どうやら彼はあの時の言葉通り、本を何度も読んで、山へ実物も見にいっているそうだ。

近くの山なら最近は安全だし、山精霊も傍にいるので危険は余りないだろう。


メイラと一緒の三体と情報共有をしているからなのか、ある程度の知識は精霊達にもある。

だから危険な毒草類などに近づいた時は、精霊達が止めにも入っているらしい。

とはいえやっぱり詳しい事というか、解らない子に説明出来るほどの能力は無い様だけど。


元々あの王子と精霊達は仲が良かったらしく、普段から複数の精霊が良く近くに居たらしい。

ただ王子と知ったのもつい最近らしく、とはいえ精霊達にとってはどうでも良い事の様だ。


むしろ精霊達にとって大事な事は『主が認めた人間』という部分だと言われた。

認めたと言うと語弊がある気もするんだけど、取り敢えずそんな感じらしい。

どうやら私が相手をどう思っているかで対応が少し変わる様だ。


「とはいえ、やっぱりそれ抜きでも仲良いよね、君達」

『『『『『キャー♪』』』』』


実際家に来た時も彼の傍で踊っている子が居て、彼の真似して膝ついてたもんね。

その場のノリで真似しただけとも思えるけど、仲間がやった行動に追従したともとれる。

山精霊達ってどれか一体が何かやると、大体数体は必ず同じ種類の行動取るんだよね。

それは中の良い人間相手も同じなのかもしれない。メイラに対してもそうだし。


「私の時もそうだったっけ」

『キャー♪』


頭の上の子を撫でながら、初めてこの子が結界石を作った時の事を思い出す。

あの時私が作っているのを見て真似をしたのは、仲間の行動に追従したんだろうか。

という事は既にこの子的には、あの時点で私は仲間扱いだったのかもしれない。

まあ単に面白そうだったから、という線も捨てきれないけど。だってこの子達だし。


なんて考えながら嬉しそうな精霊を撫でていると、庭の精霊達が少し騒がしくなった。

リュナドさんが来たのかなと思ったけど、普段より少し騒がしさが強い気がする。


『キャー!』

「あ、アスバちゃんと従士さん、帰って来たんだ」


どうやらアスバちゃん達が返って来たので、久しぶりに会った事で皆で迎えているらしい。

私も久しぶりに会えるとちょっと嬉しくなりながら、家精霊にお茶の用意をお願いした。


「だー! 大量に上るんじゃないわよ! 流石に邪魔よ! あ、こら、だから上るな! このっ、邪魔っ、だっ、てのっ! ああもう、何で投げる端から登ってくんのよ!」

『『『『『キャー♪』』』』』

「私はお前らの遊具じゃないのよ! ていうか遊びじゃない!!」


庭に出ると大量の山精霊に群がられたアスバちゃんが、精霊を引きはがして投げ捨てていた。

ただし投げられた精霊は楽しそうに鳴き声を上げ、再度アスバちゃんに取り付いて行く。

アスバちゃんは諦めずに精霊を剥がして投げるも、最早そういう遊びになってしまっている。


最終的に彼女は息切れして諦め、山精霊に群がられた状態で私の下へ向かってきた。

従士さんも肩や頭には乗られているものの数体程度で、クスクスと笑いながらやって来る。


「おかえり、二人共」

「帰ったわよ!」

「無事帰還した。先ずは貴女に帰還報告をと、連絡なしで悪いが訊ねさせて頂いた」

「はっ、良いのよそんなの。連絡入れるだけ無駄じゃない。断られたって来るんだから」

「それはアスバ殿だけだと思うが・・・」


うん、確かにアスバちゃんは断っても来そうな気がする。

というか、アスバちゃんが事前連絡入れて家に来た事って殆ど無い。

それは今は良いや。取り敢えず二人の帰還を喜ぼう。

先ずは落ち着いて貰おうと家に迎え入れ、既に用意されたお茶を差し出す。


「は~・・・美味しい。この味に慣れると、下手な所で飲めないのよね・・・」

「ああ。家精霊殿のお茶は味が良いだけでなく、疲れも取れる気がする」

「気がするんじゃなくて、実際取れてるわよ。多分あんたと・・・リュナド辺りもかしら」

「む、そうなのか?」


アスバちゃんの言葉を聞いた従士さんが私に訊ねたので、こくりと頷いて返す。

家精霊が手にかけた何かには、確実に何かしらの回復効果が含まれているだろう。

その前に先ずこの領域に居る時点で、住む者に癒しを与えてるみたいだけど。


「誰でもじゃないけど、この家に居るだけで、疲れが取れるよ」

「そうなのよねぇ・・・おかげで何回寝落ちしたか」

「アスバちゃん、夕方に来ると、大体寝るよね」

「夕暮れ時の場合は仕事帰りなんだから疲れてんのよ」


そんな風にアスバちゃんと話していると、何故か従士さんがクスクスと笑い始めた。

私は何かおかしな事を言ったかなと首を傾げ、アスバちゃんも怪訝そうに片眉を上げている。


「ふふ、成程。アスバ殿は信頼され、信頼しているのだな」


信頼。信じて頼る、という事なら、私は頷いて返す事が出来るかな。

彼女の事は尊敬しているし、彼女に頼った事は何度も有る。それに友達だから。

だからアスバちゃんも同じだと嬉しいなと思っていると、彼女は不満そうな顔を見せた。


ただ、うん、それに関しては、そうだろうなという気持ちが強い。

だって私が信頼されるって有り得ないと思うんだ。メイラが相手ならともかくさ。

あの子は頼れる相手が少ないから仕方ないけど、アスバちゃんは本人が優秀なんだもん。


「突然何言い出すのあんた」

「道中一度とて、貴女がそんな風に気を抜いて寝落ちる、なんて処は見ていない。たとえ寝たとしても、貴女には手を出せる気がしなかった。だが今の貴女は違う。年相応の娘に見える」

「はー!? 何言ってくれてんの!? 私はね、私の方が強いって何時か認めさせる為に近くに居る様なもんなのよ! アンタが思ってる様な関係じゃないから!」

「ふふっ、そんなにムキにならずとも良いだろう。本心を突かれたと語る様なものでは?」


アスバちゃんが声を荒げ始め、思わずびくっと固まってしまう。

当然こうなった彼女を止める勇気も無く、私には二人の会話をただ見守るしかない。

だって久々にこの勢いは怖いよ。今日は仮面も付けてないからどうしようもないもん。

ただ従士さんは怯える処か楽し気で、その事に『凄い』とちょっと感動してしまった。


「こっ、のっ・・・! ちょっと力を手に入れたからって調子に乗ってんじゃないの!?」

「まさかそんなつもりは無いさ。自分の弱さは弁えている」

「どうだか! 大体セレスはどうなのよ! そんな顔してるんだから不満が有るんでしょ! 言ってやりなさいよ、あんたと私がどういう関係なのか! はっきりと!」


勢いが怖いけどこの久々の怖さに何故か嬉しいなと感じていると、唐突に話を振られた。

そんな顔って言われても、これはアスバちゃんの勢いが怖いからなだけなんだけど。

大体関係って・・・友達だよね。少なくとも私はそう思ってるんだけど。え、違うの?


「・・・大事な、友達、だけど」

「ふふっ、どうやら錬金術師殿の不満は貴女に対しての様だな、アスバ殿」

「い、いや、私だって友人とは思ってるわよ! いやっ、だから、そうじゃ、ああもう!!」


アスバちゃんは不満気に頭をガシガシかき、頭に陣取っていた精霊が落ちて行く。

そしてはぁと大きくため息を吐いた彼女はテーブルに突っ伏してしまった。

落ちた精霊はアスバちゃんをよじ登り、頭に到着したら旗を刺して『キャー!』と鳴いている。

いや、それ怒られるよ。その旗皮膚に刺して無いよね。髪の毛だよね。大丈夫だよね?


「・・・もう良いわよそれで。はいはい気を抜いてますよ。この家でセレスの傍なら万が一も無いし、セレスが半端な事はしないって信じてる。そこは信頼してるわ。これで満足?」

「ふふっ、だそうだが、どうかな、錬金術師殿」


精霊の行動に心配していると、アスバちゃんが疲れた様な声音で語り出した

その内容は私の傍に居れば安心だという事で、それは何だかとても嬉しい。

アスバちゃんぐらい凄い人が私を信頼しているって、そんなの、嬉しくない筈がない。


「そうだと、嬉しい」


胸に溢れる嬉しさのお陰か、さっきまでの恐怖はまるでない。

元々アスバちゃんはそういう子だって解ってるからってのも大きいとは思う。

だけどその嬉しさが自然と顔を綻ばせ、満面の笑みで彼女に答えられた。


「・・・あの不満顔からその笑顔は男にやりなさいよ。せめてリュナドにさぁ」

「照れ隠しの返しにしか聞こえないぞ、アスバ殿」

「っさい」


うん? リュナドさんには何時も笑顔を向けてるし、好きだし信頼してるって言ってるよ?


「はぁ・・・ったく、処でそっちは変わりないの? 私達が居なかった間に何かさ」

「アスバちゃんが居ない間って言うと・・・」


この間の王子の事ぐらいかな。それぐらいしか無いよね。

そう思い王子に本を渡した一件を告げると、二人の顔がとても楽しそうな表情に変わる。

そして耐えられないとばかりに笑い出し、私はコテンと首を傾げた。


「あはははっ! なーにが王太子よ! ばっかじゃないの!! あーおっかしい!!」

「くくっ、成程私達が出向く事になるわけだ。最初から本命はここに居たのか。くくくっ」


王太子? 本命? 何の話なんだろう。良く解らない単語が並ぶ。

二人が王都で何か有って、それでの思い出し笑いとかなのかな。

なんか疎外感を覚えながらお茶を啜る。ついさっきまで嬉しかったのに、ちょっと寂しい。


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「では、私は相棒を迎えに行かねばならないので、ここで」

「ん、じゃあね」


精霊殺しを迎えに行くフルヴァドに別れを告げ、去って行く様子を眺める。

若干速足なのが笑える。多分精霊殺しのご機嫌取りの為にも早く戻ろうとしてんでしょうね。

街に帰される時の精霊殺し、すっごい不満そうな顔してたもの。


『ならマスターも一緒に帰れば良い』

『それは駄目だ。私は彼らと共に王都に来て、きっちりと彼らと共に帰路に就く。堂々と、逃げも隠れもせず、この身を晒して帰る事が大事なんだ。説明しただろう?』

『・・・私も、一緒に、帰れば』

『仕事はどうするんだ。そこまで休むとは言ってないんだろう?』

『・・・解った。帰る』


城から脱出の後、そんなやり取りをして精霊殺しは転移して先に帰った。

あの時のフルヴァドの様子は母親の様で、若い燕という揶揄いは妥当じゃないかもね。


「しっかし、本命が元々街に居たなら私達にも言いなさいってのよ」


知っていたとしても王都には行ったと思うけど、それなら違うやり方も有ったのに。

いや、あいつの事だし、私がそうすると思って言わなかったのかもしれないわね。

信頼してるなんて恥ずかしい事言わされたってのに、さっそくやられたわ。ったく。


「それにしても、渡したのは薬草の本、か」


何処までの知識が書かれているかは解らないけど、それでもセレスの薬の素材の知識。

となればその知識の塊はどれだけ重要か、語るまでも無い貴重品扱いになりそうよね。

それを渡された王子が居る。その話が何処まで広まるか、広まらないか。


「・・・どう動くか、それ次第で見放す、って事でしょうね」


今まで徹底して自分の情報を漏らさなかった王子が、ここに来てどういう行動を見せるか。

もしこれで「錬金術師の信頼を勝ち得た」なんて行動をすれば、確実にセレスは見放す。

だからセレスが渡した本は『薬草の知識』の本なんだと思う。


「悪用されてもあいつなら簡単に対処出来る範囲の知識だものねー」


薬草の知識は別にセレスの専売特許じゃない。

勿論セレスしか知らない様な知識も有るだろうけど、そんな物は書いてないでしょうよ。

あくまで人の手に渡っても痛手の少ない、後でどうにでも対処できる範囲の知識のみ。


その知識じゃセレスに見放されたら戦えない。確実に潰される。

更に言えば潰された先では、今度は本の奪い合いでも始まるんじゃないかしら。

あの本を持っている者が次期国王に認められる、とか何とか馬鹿げた潰し合いとかね。

もしくはセレスの持つ知識を奪えば、それで這い上がれると思うか。


「先ずはそこを理解しているか、そして理解していればその先、か。最初から身内に引き込むような事を言わない辺りは流石よね。面倒の避け方を良く解ってるわ」


ただこのまま王子が確りと学ぶ気なら、直接教える事も視野に入れているとセレスは言った。

そうなれば確実に『新しい錬金術師の弟子』としての噂が立つ。それは間違いなく。

更に言えば噂が広まる頃には、最早王子には誰も手出しできなくなるでしょうね。

セレスが王子を認めたって言ってるようなものだもの。手を出せばどうなるか。


「今この国で正式に王になる為にはセレスを味方に付ける必要があり、一番の有望株は妾の王子様か・・・他の王族には腹立たしいでしょうね。だけど弟子に手を出せばセレスが動く。そうなれば前回の二の舞処か、下手をすれば滅ぼされるかもしれない。笑える程に詰んでるわ」


私達が連中を脅したのも加味すると、下手に手を出す奴は本物の馬鹿でしょうね。

後は王子様がきっちりと『セレスの弟子』をやり切れば、次期国王様は確定と。

貴族達は元々利の有る方に付こうとしているみたいだし、当然こっちにつくでしょうしね。


なら力の無い王族連中は自然と何も出来なくなり、勝手に潰れて行くでしょうよ。

そして力を削いだ後に、安全に新王様が王座に就くと。解り易いお話だわ。


「ま、あの連中馬鹿そうだったから、その前に何か馬鹿な事しそうだけどね」


ここからでも巻き返しの方法は無い訳じゃない。けどその考えに至れるかしら。

単純な目先の事だけを考えて、妾の王子を殺せばいいとか言い出しそうよね。

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