第234話、頼まれたので断らなかった錬金術師

今日も今日とて本を書いていると、リュナドさんが家に遊びに来た。

予定外だし手ぶらだから、多分お仕事じゃない、よね?

まあお仕事でも良いや。最近は良く来てくれるから私はちょっと嬉しい。


「どうぞ、リュナドさん」

「ああ、ありがとう」


家精霊が持って来てくれたお茶をリュナドさんに差し出し、自分の分を啜る。

彼も一口飲むとふうと息を吐き、真剣な顔を私に向けて来た。

あ、あれ、何か表情が硬い様な。わ、私何かしたかな。最近はあんまり外出てないはずだけど。


「もしかしたらもう知っているかもしれないが、セレスに会いたいという人間が領主館に訊ねて来た。今日はその訪問を頼む為に来たんだ」


あ、良かった。何か叱られる訳じゃなさそう。真剣な顔だから構えちゃった。

ほっとした気持ちで息を吐くと同時に、改めて言われた内容に首を傾げる。


「・・・私に?」

「ああ。彼はこの国の王子。ただ事情を聞くに、王子と言っても立場は弱い様だが」


王子。また王子なのか。なんだか最近王子に縁が有る。

今度もおじさんなのかな。それにしても私に会いたいって何の用なんだろう。

本音を言えば会いたくないな、っていうのが素直な返事になるんだよね。


ただ、なぁ・・・彼に『頼む』って言われると、ちょっと断りにくい。

ライナやリュナドさんのお願いは、よっぽど無理じゃない限りは応えたい。

まあやろうと思ったものの怖くて結果的に逃げ出す、なんて事も無いとは言えないんだけど。

それでも出来れば二人のお願いは聞きたい。いつも私が頼り切っているのだから。


「ん、解った」

「え、い、いいの、か?」

「うん、良いよ。ただ、同席して欲しい、かな」


リュナドさんの頼みだし、頑張って会うとしよう。

ただ二人っきりは怖いから、リュナドさんに同席して貰えないと辛い。

流石にそこはちょっと、うん、お願いしたい。メイラに居て貰う訳にもいかないし。


「解った。先方にもその条件は呑んで貰う」


リュナドさんは特に考える素振りも無く、即座に頷いてくれた。

良かった。これでもし相手が怖い人でも、彼の隣に居れば一安心だ。


という訳で会えるなら早速翌日にという話になり、メイラにもその旨を告げた。

念の為メイラが出ている時間帯にするけど、帰って来る時は気を付ける様にと。

すると何故かメイラはそれを拒否。相手が王子で男性だと言っても同じだった。


「わ、私、セレスさんの弟子ですから。ちゃ、ちゃんと迎えます・・・!」

『『『キャー!』』』


何故か異様に気合の入った様子でそう告げられ、精霊達も応援していた。

私としては心配なだけで駄目という理由も無く、本人のやりたいようにさせる事に。

ただ無理そうなら二階に逃げる様に、とだけは言っておいたけど。


そうして当日、何時も通り賑やかな精霊の声と共に、リュナドさんが家にやって来た。

隣には見覚えのない男の・・・あれ? 普通の、男の子、だよね。王子っぽくない。

普通のその辺の男の子っぽいし、連れて来る予定の人とは違うのかな。


精霊達と仲が良さそうに見えるから、もしかして新しい精霊兵隊の隊員なのかも。

彼が唐突にうちに連れて来る人ってなると、それぐらいしか想像出来ないんだけど。

そう思い首を傾げながら待っていると、男の子は私の近くに来ると唐突に膝を突いた。


「お目通りを叶えて頂いた事に感謝致します。私はパック・ハイス・レジエヌと申します」


彼のその行動に私が驚いて固まっていると、彼の隣に居るリュナドさんも驚いた顔で見ていた。

ただ何故か山精霊達が同じ様に膝を突いて『キャー』と鳴き、少しだけ気が抜ける。

うん、君達名前有るの? 有っても覚えられないし見分けがつかないと思うけど。


「・・・え、っと、パック、さん?」

「パックとお呼びください。敬称は結構です」

「あ、うん・・・」


目力が強い。睨まれている訳じゃないのに圧を感じる。ちょ、ちょっと、こわい。

彼はそのまま動かなくなったので困ってしまい、リュナドさんに助けを求める視線を向ける。


「あー・・・この方が昨日話した方だ」

「・・・そう、なんだ」


て事は、この男の子が王子って事なんだ。その割に服装が普通の服なんだけど。

まあ良いや。そういう事も有るんだろう。それで何故王子様が私に膝を突いているのか。

何だか色々よく解んなくて困っていると、キイッと玄関の扉の開く音が耳に入る。

振り向くとメイラと家精霊、その足元の山精霊が様子を窺う様に顔を見せていた。


「あ、あの、お茶の用意、出来ました」


ああ、そっか。リュナドさんの気配がしたからお願いしたんだった。

取り敢えずお茶を飲んで落ち着こうと思い、二人には中に入って貰う事に。

王子は静かに立ち上がって、メイラに小さく頭を下げてから家に入った。


「お、お茶です。ど、どうぞ」

「ありがとうございます」


メイラがお茶を出す様子を少し心配して見つめていたけど、どうやら心配無さそうかな。

一応仮面を付けているし、王子も静かに受け取っている。基本的に大人しい子の様だ。

しかしそれにしても若い子が来ると思ってなかった。てっきりまたおじさんかと。


「・・・それで、私に会いたい、って、聞いたけど」


そういえば会いたいとは言われたけど、何の用かとは言われなかった気がする。

ただ会いに来ただけならもう用件は終わった様な気が。

ならもう追い出そう、などという事も出来ないし、おそるおそる男の子に訊ねた。


「はい。先ずは謝罪を。この身は王族としての仕事を成せる身では有りませんが、それでも親族のやった事。貴女にご迷惑をおかけした事、深くお詫び申し上げます」


迷惑? ああ、国王が何度も私を誘ったり、従士さんに手を出した事かな。

それはもう別にどうでも良いんだけどな。実質的な被害は無かったようなものだし。

結局私が何もしなくても、本人達で解決しちゃったみたいだもん。

それにやったのはあの国王であってこの子じゃない。別にこの子が謝る必要は無いよね。


「・・・もう、終わった事、だし」

「・・・本当に、そうでしょうか」


え、何、どういう事。何でそんな真剣な顔でそんな事言うの。

終わった事だよね? あれから特に何も聞いてないよ。何か有ったの?


「彼らにはきっと、貴女の考えが解らない。勿論私なら解るなどと、そんな偉そうな事は言えません。ですがそれでも、あの環境で育った彼らでは、これからも確実に貴女を不快にさせる」


えっと、つまり、また前みたいな手紙沢山送られて来るって事かな。

それはやだなぁ。出来れば止めて欲しい。でも止めてって言っても止めないのかな。

彼の言う事を信じるとするなら、私が嫌って言ってもやるって事だよね?


「その結果がどういう事になるのかも解らずに・・・彼らは下手を打ち続ける。貴女と自分達の立場の差を認めたくないが故に。表面上は従っても、きっとどこかで馬鹿をやる」


うん? なんかよく解らない話になってる様な。立場って何の事だろう。

私はただ家に引きこもってるだけの錬金術師もどきだよ?

お母さんみたいな生粋の錬金術師じゃないし、のんびり此処で暮らしてるだけなんだけど。


「だから、貴女に知恵を貸して頂きたい。私が変えて行く等と大きな口を叩く気は有りません。ですが貴女に知識を、知恵を貸して頂ければきっと変えられる。私の立場を上手く使う事が出来れば、この先の不幸を避けられる・・・!」


知識と知恵、って言われても、その、困るんだけど。

え、何、どういう事、立場を上手く使うって。全然話が解らない。

良く解らずに首を傾げながら彼を見つめると、彼は椅子から降りてまた唐突に膝を突いた。


「どうか、私にご教授を、お願い致します・・・!」


教授って言われても、私が教えられる事なんて錬金術しかないんだけど。

ん、いや、もしかして錬金術を教えて欲しいって事だったのかな。

それならそうと解り易く言って欲しい。でも教えるのかぁ。うーん。


メイラは事情が事情だから教えられたけど、知らない子と面と向かっては怖いなぁ。

でもここまで丁寧にお願いされてるのを断るのも、何だか良くない気もする。

そもそもこれってリュナドさんの『お願い』だしな・・・あ、そうだ。


メイラが読み終わった本でも貸してあげよう。簡単な薬草から覚えれば良いよね。

あの子に教えてあげた時そうしたんだし、多分この辺りで良いと思うんだけど。


「・・・これを」

「え、これ、は?」

「・・・私が最近、書いている本。薬草類の事が書いてる。貸してあげる」

「―――――っ、ありがとうございます!」


本を手渡すと彼は一瞬呆けた顔をしていたけど、内容を伝えると元気よく礼を言った。

その勢いの良さに思わずびくっとなってしまったけど、意外と怖さは小さい。

多分彼の顔が心底嬉しそうだったせいだろう。本を大事そうに抱える様子がメイラに似てる。


「・・・それ、覚えたら、また他の、貸してあげる」

「あ、ありがとうございます!」


本当に凄く嬉しそう。そっか。この子そんなに錬金術を学びたかったのか。

この元気の良さはちょっと苦手だけど、何だか少しぐらいは教えてあげようと思えてくる。

仮面を付けていれば受け答えは出来るし、多少教えるぐらいは、慣れれば出来そう、かな?

あ、でも、男の子なんだよね。メイラが怖がる。どうしよう、困った。


「必ず読み上げ、またお訪ねさせて頂きます、先生!」


え、いや、先生って。な、なんかもう、教えて貰う気満々だこの子。こ、断れそうにない。

不安になりつつメイラに目を向けると、何だか少し嬉しそうに見えた。

あ、あれ、この子は怖くないのかな? 怖くないなら良いんだけど・・・。


ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー


私は妾の子で、その出自から肩身の狭い思いをして来た。

母は敵の多さ故か心を病んで早くに死に、味方は私を憐れんでくれた今の側近達。

そんな身であれば王位継承権など無いに等しいが、それでもこの身には王族の血が流れている。


勿論味方とは言い難い、私を傀儡にして権力を、という輩もそれなりには居る。

連中と共にあれば、おそらくこの国の上層部の腐敗は笑える程に進んで行くだろう。

私に力が有れば連中を利用する事も出来るだろうが、残念ながら私にはそんな才も無かった。



だが錬金術師に利用して貰えれば、この国を変えられるかもしれない。そう、思った。



別にこの国に恨みが有る訳でも、兄達に恨みが有る訳でもない、とは言い切れない。

当然恨み言は幾らでも有るし、不満なんて口にすれば止まらない程に出て来るだろう。

それでも恨み切れないし憎み切れないのは、父が私を愛してくれていたからだ。


『私が若くに王座を下りれば、お前は殺されるかもしれん。早死にする気は無いが、出来るだけ早く自力で身を守れる様になってくれ。生きている間は守ってやる』


父は確かに今回の選択を間違ったのだろう。王としては凡夫と言われる人間だったのだろう。

それでも父は私の父だった。その父が王をしている国を、恨む事がどうしても出来なかった。

おそらく兄達も母親からの教育が無ければ、私を良く思ってくれたのではないだろうか。

そんな風に考える程度には、父が私に良くしてくれていた事を解っている。


だから恨み言は有っても、兄達を殺して国を滅ぼしたいとか、そんな事は考えていない。

ただ自分の事だけを考えて身を亡ぼす連中が上に立つのは間違っている。そう思うだけだ。

別に連中だけが亡ぶなら良い。そんなものは自業自得だし心も痛まない。


『もしこのままいけば、この国は亡ぶかもしれませんね』


私は側近のその言葉を否定出来なかった。それだけの力を彼女は持っていると解ってる。

彼女の噂を聞き、どうにか力を貸して貰えないかと様子を探り、この街で詳しく調べたが故に。

だから今回の騒動で父を止めに帰った事も有るが、それでも父は聞き入れてはくれなかった。


『今私が下りれば、お前は確実に殺されるぞ。それにまだ任せられん。私は王として凡夫かもしれんが、あのバカ息子共よりはマシだ。国を回すに必要な人間すら切りかねん』


父が意地になっていたのは私の為でもあり、そうは見えないかもしれないが民の為でもあった。

自身の失敗のせいで内紛を起こさない為、平和な国を平和なまま保つ為に。

父は確かに凡夫だったのかもしれない。だけど父なりにやるべき事はやるつもりだったのだ。


だけど兄達は駄目だ。あの人達は父の失敗から何も学んでいない。

何よりも危機感が無さすぎる。彼女という脅威を全く理解していない。


『確かに脅威なのかもしれんが、身内に引き込んでしまえば良いだけだろう』

『聞いた話では女なのだろう? 父上は女の扱いが下手だからな』

『そもそも荒唐無稽な話が多過ぎる。この間城で暴れた連中の話も誇張し過ぎだ』


この街に住み着いて事実を知っている私には信じられない程、兄達は何も見えていない。

今回は許して貰えた。だがまた次も許して貰えるとは限らない。

もしそうなればどれだけの人間が死ぬ。何の罪もない民がどれだけ苦しむ。


兄達や今の時代に後を継いだボンクラ共は、今までの安寧な状況の思考しかない。

平和な時代な上に安全な所で過ごしてきた連中には、今がどれだけ危機なのかが解っていない。


内陸でありながら戦争にさらされる事も、内紛が起こる事も久しくなかった。

たとえ有ったとしても本当に小規模な、簡単に鎮圧出来るような事だけ。

故に彼らには『国が亡ぶかもしれない』なんて考えが一切ない。

良い処経済的な不利益を被る、程度の甘い考えだけが蔓延しているんだ。


勿論今の状況を正確に理解している者も居るが、そういう者に限って力の無い位置に居る。

今まで能無し共を支えて来てくれた、国をまともに動かしてくれた者達。

彼らのお陰で国は回っているというのに、彼らの進言を連中は聞きやしない。


このままでは有能な人間だけが国を見放し、下手をすれば錬金術師を中心とした王国が出来る。

それはそれできっと良い国を作るだろう。彼女ならきっと上手くやるだろう。

だけど過程で苦しむ民が出る。間違いなく遺恨が残る。民を守るべき立場の馬鹿のせいで。


出来れば私は知らない振りをしていたい。国では要らない王子として扱われていたのだから。

だけどそれでも『王族』なんだ。私は王位を継げる権利を持つ者なんだ。

ならその権利と義務から逃げる事は、私を今まで守ってくれた側近と父に唾を吐く行為だ。


だから覚悟を決めた。自分の身を利用して貰う事を。私を案じてくれた者の為にも。

たとえこの身が傀儡になろうとも、役目だけは果たそうとした父に倣おうと。


「どうか、私にご教授を、お願い致します・・・!」


頭を垂れる事に躊躇いは無い。そもそも普段から平民に交じって仕事をしているのだ。

この身は王座に就けぬ可能性が高いが故に、何時か国から逃げ出す事すら考えていた。

もっと苦しい生き方が待っていた事を考えれば、軽い頭を下げる程度に何の躊躇いが有る。


「・・・私が最近、書いている本。薬草類の事が書いてる。貸してあげる」


そんな私に彼女は本を差し出した。一瞬その意味が解らず、だけどすぐに理解した。

彼女は許可をくれたのだ。それも私が望んでいた以上の返事で。


『学ぶ気ならば教えてやる』


これはそういう事だ。渡された本は薬草の知識で、国を動かす事とは何ら関係は無いだろう。

だけど彼女は私を『錬金術師の教え子』として扱う事で、その立場を作らせようとしている。

それは私が思っていた、彼女に利用してもらう事とは、まるで違う話。


『自力で学び、自ら判断出来る王になれ。その知識は与えてやるし、助けてやる』


これはそう言われているんだ。この人は権力など、本当に一切興味が無いんだ。

ああ、間違ってなかった。自分の下した一番の選択は、間違いを掴まなかった。

それを本人に肯定して貰えた事が何よりも嬉しい。思わず泣き出してしまいそうな程に。


「必ず読み上げ、またお訪ねさせて頂きます、先生!」


彼女を師と仰ごう。たとえ本当の弟子と思われずとも、先達としての尊敬を抱こう。

この素晴らしい人がこの国にやって来てくれた事に、心からの感謝を。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る