第233話、精霊殺しが転移した後の錬金術師

「びっくりしたわ。本当に目の前から消えるのね」

「もぐもぐ・・・精霊殺しの転移は、転移魔法とはちょっと違うから、あっという間だよね」


今日の夕方頃、夕方の開店準備中に精霊殺しが従士さんの所に向かったらしい。

事前に今日は途中で抜けると告げていたらしいけど、それでもライナは驚いたようだ。

精霊殺しの転移は予備動作的な物が余り無いから余計にかも。


「王都までかなり距離が有るのに意思疎通が出来るのね、あの子達」

「二人は繋がってるから。でも多分、精霊殺しの力が強いから出来る事だと思うけど」

「そうなの?」

「精霊殺しって、黒塊ぐらい強いから。人間の常識なんて捻じ曲げられるぐらい」


精霊殺しの力は精霊に対抗する為だからか、精霊とは力の質が違う。

発現の仕方は精霊に近い物でありながら、持っている力は神性の類だ。

だからこそ人間の理を超えた力を出せ、超常の存在である精霊すら完封しえる力を持つ。


力の強過ぎる神性は、下手をすれば人知れず世界の常識すら書き換えかねない。

それぐらい強い神性の力っていうのは、特殊な物で脅威でもある。

勿論そこまでになると、色々と条件も必要になるだろうけど。


「多分、予想だけど、昔はもっと強かったと思う、精霊殺し」

「今よりもっと?」

「うん。神性の力は精霊と違って、周囲の影響が強い。精霊は発現理由と生き方で力が変化していくけれど、神性は周囲の環境が変わる事で力が大きく上下する。勿論精霊も周囲の影響を受けない訳じゃないけど、精霊はむしろその力で自分の住む環境を維持出来るから」


おそらく元の持ち主の下に居た頃は、精霊殺しは神聖視されていたんじゃないかな。

街なのか国なのかは解らないけれど、その地を守る守護の剣的な存在として。

ただ持ち主にその意識は無く、人の手に余る存在の相手をし続けていただけ。

だから神性の力を持ちながら場所には縛られず、だけど持ち主の存在に縛られた。


結果として『街の守護』を誓った彼女に強く馴染み、昔の力を取り戻しつつあるのでは。

そう考えれば国内での意思疎通ぐらいなら、出来ても然程違和感は無い気もする。


「意思疎通出来るなら、あんなに落ち込むのも不思議ね。何時でも話せるんでしょうし。ああでも実際会えてる訳じゃないから、そこは寂しいと思っても仕方ないか」

「多分、離れている場合は、意志疎通の在り方が違うんじゃないかな、と思う」


本人に聞いていない事も有るから仮説だけど、一つ予想出来る事は有る。

人の思考なんて難しくて解らない私でも、精霊殺しの在り方なら多少は予測が付く。


「どういう事?」

「あの二人、手を握ってる時は思考も完全に読めてたみたいだけど、触れてない時は曖昧みたいだから。多分『何となくこういう風に考えてる』っていう程度なんじゃないかな」

「んーと、つまり表情を読んでる様なものかしら。確かにそれだと、会話は成立しないわね」

「うん。表情を読んで会話なんて、出来ないし」


意思疎通というよりも、一方的な意識の投げつけ合い。

それは一見意思疎通が出来ている様で、実際はそうじゃない。

言語化した『会話』という形を取れない、ジェスチャーでの受け答えみたいなもの。


そうなると大雑把な事は伝わっても、細かい情報の行き来は出来ないだろう。

少なくとも私には無理だ。ちゃんと言葉で言ってくれないと解んない。


「もぐもぐ・・・ん、ど、どうしたの?」


説明を終えて食事を再開していると、ライナがじーっと私を見ている事に気が付く。

何となくその眼が何時もと違う様な気がして、変に気になってしまった。


「んー、いや、改めて、セレスの知識って幅広いなって。殆ど考える素振りも見せずに今の事全部応える辺り、やっぱり凄いんだなーと」

「え、えっと、そ、そう、かな」


何だか唐突に褒められ、思わず照れてしまい視線を彷徨わせる。

するとメイラと目が合い、何故か彼女は満足そうな笑顔を見せていた。


「そうです、凄いんです。今のもこの間本にしてたんですよ。すっごく解り易かったです」

「あら、そうなの。そういえば本を作ってるって言ってたものね」

「他にも沢山書いてるんですよ。解らない事も沢山ですけど、それでも私にも解る様に書いてくれてるんです。字も綺麗だし、読みやすいし、いろんな知識で沢山なんです」


フンスフンスと鼻息荒く語り始めるメイラと、ニコニコしながら相槌を打つライナ。

そしてメイラの勢いに付いて行けない私という、良く解らない事態になっている。

何でこの子は急に元気になったんだろう。精霊殺しの話をしてる時は凄く静かだったのに。


何故か私への褒め殺しが止まらない。段々凄く些細な事まで褒め出してる。

待ってメイラ。朝起きて毎日作業をするのは、メイラがちゃんと起きるからだから。

抱きしめて寝るのも私が優しいからとかじゃなくて、私が心地良いからだからね。


「それにこの間も―――――」

「ふふっ、そう。そんな事有ったのね」


どうしよう。メイラが止まらない。うーん・・・いいや。私は大人しく食べてようかな。

ライナはクスクスと笑って楽しそうだし、気のすむまで喋らせてあげよう。

流石にちょっと恥ずかしいけど。私そんなに褒められるような事してないもん。


「案外セレスは先生に向いてるのかもね・・・彼が言ってた事も有り得なくはないのかしら」


なんて事をライナが言っていたけど、それは流石に言い過ぎだと思う。

私はメイラだから教えられるだけだもん。遠慮のない子供達に教えるとか無理だよ。

・・・彼って誰の事なんだろう。気になるけど、今は口を挟むの無理そうだなぁ。


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「どうぞ、お入りください」


領主のその言葉により扉が開かれ、客人が一人応接室に入って来る。

見た目は十代中盤。身なりは一般人の服装だが、立ち振る舞いは貴族のそれだ。

隠しきれないのではなく、わざと見せているのだろう。


「このような夜分に訊ねて申し訳ありません。昼間よりも夜の方が都合が良かったもので」

「誰が来たのか解り難いから、ですか」

「その通りです。私は味方が少なく、出来るだけ動きを察知されたくない。それに今なら確実に動けると踏んでの事です。まあ態々説明せずとも、領主殿ならばご理解して頂けるでしょうが」


笑みを見せながらそう告げる男に、領主は至極真面目な顔で見据える。

おそらく今なら動けるっていうのは、あの招待状が原因だろうな。

事前に予定を把握して、今なら確実に邪魔されないと踏んだ行動か。


そして二人が目を合わせた状態で動きが止まり、何とも言えない空気が漂い始める。

この重苦しい空間から逃げたい。何で俺まで同席してるんだ。絶対俺要らないだろ。

そう思っていると急に男は視線を俺に動かし、ニコッと人好きのする笑顔を見せた。


彼がこの街にそこそこ長く居た事は知っている。その正体を知らないままに知っていた。

何せ精霊達が気に入ってる若い男だったから、精霊兵隊に入らないかと聞いた事すらある。

ぶっちゃけ精霊兵隊は数が少なすぎるから、有望そうな人間に声かけまくってるんだよな。

精霊達が『一緒に兵隊さんやっても良いよー』まで言う奴って本当に少ないんだよ。


その時は断られたが相変わらず精霊とは仲が良い様で、何時かは入って貰いたいと思っていた。

なので今日彼の正体を知ってかなり驚いているし戸惑っている。

精霊達に聞いても『そうなの?』とか首傾げやがったし、徹底し過ぎなのも含めて驚愕だ。


まあ気に入ってるつっても、街の外について行くほどじゃなかったからな。

街の外での行動は精霊達にも解らないから、そのせいで正体を掴めなかった。

ただ街から出る時は見送ってるって言ってたから、かなり気に入ってる部類だろう。


「精霊使い殿。貴方の仕事は何度も街で見せて頂いています。貴方は本当に素晴らしい」

「はっ、もったいないお言葉です」

「ああ、頭を下げないで下さい。私は貴方達を従えられる様な身とは思っていません」


男の正体を知ってしまった身としては、今そんな事を言われても反応に困る。

というか以前にも似た様な事を言われたりしていて、何故ここで態々伝えるのかと思う。

ただ口答えはせずに口を閉じ、男が視線を領主に戻すまでじっと待つ。

すると男は苦笑をした後に領主に顔を向け、真剣な顔で口を開いた。


「回りくどい言葉はきっと貴方達には逆効果だと思っております。故に誤魔化しも嘘も言うつもりは有りません。その上で、どうかお願い致します。錬金術師殿と顔合わせをさせて頂きたい」

「・・・理由をお聞きしても宜しいですか」


目の奥に強い感情が見える。かなり年下の男に思わず気後れする程の。

それだけの覚悟を持って訪ねて来た、という事が察せられる目だ。


「この国を、この街と同じにしたい。国主は貴方の様に。騎士達は精霊兵隊の様に。その為には錬金術師殿の力が要る。私は、この国を、壊したい。その為なら傀儡の王となっても構わない」


ただそう力強く告げる『自国の王子』に、尚の事驚いてしまったが。

今までずっと正体を明かさず、精霊の目すら欺いてきた、その理由に。

おそらく彼は国内に現れた異端に目を付け、自分の望む存在かどうか見極めていたんだろうな。


両親と思っていた人間は側近らしく、今まで一切ボロを出さなかった辺り凄まじい物を感じる。

国王がちょっかいをかけて来る前からこの街に居たってのが本当に驚くし怖い。

精霊達の情報網、ちょっと見直しが要るな。少し信用し過ぎてた。


とはいえ彼の言う『領主と精霊兵隊』がどういう意味かは解るつもりだ。

国を壊したいという言葉は破滅を望む物じゃない。もっと前を向いた意味の言葉だと。

基本が負の感情で動く連中に精霊は懐かない。こいつらはそういうのを嫌う。

こいつらに懐かれてから散々世話をして来た身としては、彼の言葉を悪い風には考えられない。


「・・・貴方の希望は承知しました。ですが返事は少々お待ち下さい」

「にべもなく断られるより望ましい言葉です。どうか、よろしくお願い致します」


領主が静かに応えると、王子はガッツリ俺に目を向けてそう口にした。

完全に誰がこの話をしに行くのか解ってる態度だ。勘弁して欲しい。

・・・気が重たいな。多分断られる予感がするし。先日も謝礼突っ返したばかりだしなぁ。

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