第230話、本を書きながら色々気が付く錬金術師

ペンにインクを付け、メイラの為にと想いながらサラサラと文字を連ねて行く。

ここの所は仕事以外の作業は放置し、ずっと本を書いている。


因みに文字はこの大陸で広く使われている公用文字だ。

メイラが読むには知っている文字の方が良いだろうと思い、この字で書いている。

そう、この大陸の、文字。私はこの大陸の文字を知っている。文字を読む際に困った事は無い。


「・・・今更気が付いた事だけどね」


本当に今更だけれど、お金も言葉も文字も全て、私は特に困らない範囲で知っている。

だから荷物にお金が有った時に額はすぐ解ったし、門番さん達の言葉にも応えられた。

ライナは昔喋っていた言葉では無かったけれど、会話は出来るので気にした事が無い。


そう、私は今まで、解るから気にした事が無かった。

来た当時は余裕が無かったのも有るけど、余裕が出て来てからも疑問に思わなかったんだよね。


ただ本を作る為に、他人が読む為に書き出した事で、今更になってその事に違和感を覚えた。

何せ知ってる内容は別の言葉も多く、この土地の言葉に翻訳する必要が有ったから。

なんで私、この大陸の事知ってるんだろう。地理とか全然知らないのに。

とは一瞬なったものの、すぐ答えは出た。だって私をここに置いて行ったのはお母さんだもん。


「・・・でも計画的、とは言い難い、んだよね」


文字やら言葉やらの知識を叩きこんでおきながら、地理を一切教えられていない。

それを考えれば計画的に教えなかった様にも思えるけど、中には私が自力で覚えた物も有る。

要は叩き込まれた知識の中にこの土地の知識が有り、だから問題無く放り出せただけかも。

思い返してみると、どれだけどんな言葉が話せて書けるか、確認された覚えが有る。


「でもその場合、放り出した訳じゃない、かな?」


お母さんの言葉通りなら、ここなら置いて行っても大丈夫だという確信が有ったのかも。

ただもしかすると、ライナが街に居る事も知った上で置いて行ったのかもしれない。

そう考えればこの街の傍に置いて行った事に、少し納得いく気がする。


この事をライナに話したら『え、その疑問、今頃なの?』って言われて呆れられた。

ライナには手紙も見せているからか、お母さんの思惑にある程度察しがついていたらしい。


因みにライナはもう昔の言葉は余り覚えておらず、片言で喋れるかどうかという程度だ。

試しに昔の言葉で話してみたら、何だか拙い喋りの子供みたいで可愛かった。

更に追い出される前の家で使っていた言葉は「聞いた事無いわね・・・」と言われたので、少なくともこの辺りで聞く言葉ではない事は確定した。


「・・・もし計画的なら、お母さんがこの家と山を放置して帰るって、少し不思議だよね」


あのお母さんが、こんな訳の解らない精霊達を放置するだろうか。

絶対1,2体は持って帰って何かしらの実験をする。絶対する。

でも精霊達にお母さんの事を聞いても、皆知らないって言うんだよね。


「まあ流石にお母さんでも、気が付かなかったって事は有るのかもね」


山精霊は山の中のあの岩の周りで生活していたし、家精霊は森の奥の家に着いた精霊だ。

ある程度この辺りを捜索しよう、という気が無ければ見つからなくても不思議は無い。

私だって絨毯で飛び回る様になったのに、案内されるまで気が付かなかったんだし。


「いや、もしかすると・・・」


お母さんの目的は私をここに置いて行く事。ライナの居る街の傍に置いて行く事。

それ以外の事を考えていなかったとすると、精霊達の思考誘導に負けたのかもしれない。

私もそれなりに生活するまで気が付けなかったのだから、あのお母さんでも有りえる。


そして、もしかしたらこの家も、その可能性が有ったのかもしれない。


家精霊の目的は家を守る事。その住民を守る事だ。

生まれる以前に住んでいた人の話を聞いたら、ここの住人は隠れ住んでいたと言っていた。

となれば家に着いた精霊として生まれたのなら、無意識に人を遠ざけていた可能性が有る。


だけど街の周囲の土地の調査の為に、引き返すわけにはいかない人達が家を見つけた。

そしてそれをリュナドさんが知り、私に紹介した事でその意味が無くなる。

結果、見えない家は消え、誰からも見える家になったんじゃないかな。

家精霊が住人以外に基本的に見えないのも、その辺りの特性じゃないだろうか。


「メイラは例外中の例外、だろうなぁ」


多分メイラは呪術師として体が完全に作り替わっているんだろう。

勿論身体そのものは普通の人間だけど、儀式によって中身が少し変わってしまっている。


黒塊は普段外に居るから勘違いしがちだけど、実際はずっとメイラの中に居る。

メイラが望めばすぐ傍に出て来るのは、転移じゃなくて本体はあの子の中に居るからだ。

ただメイラが黒塊を基本的に拒絶してるから、外への顕現という形になっているんだと思う。


「・・・うん、しまった。書いちゃったけど・・・どうしようかな」


黒塊や精霊の性質を、今までの事から推察していたら、そのまま手が動いていた。

いや、これはこれで良いか。精霊や呪い、神性に関しての知識という事で。

そういう事にして、今まで気が付いた事をどんどん書き連ねていく。

ついでにお母さんの精霊や、お母さんに教えられた事も追加で書いておこう。


「これも楽しんでくれるかな・・・えへへ」


一番最初に出来た物を早速メイラに渡したら、あの子はとても喜んでくれた。

取り敢えず余りページ数も無い、ある程度の技術を描いた程度の本。

だけどそれを宝物の様に抱え、毎日精霊と一緒に読む様子はとても微笑ましい。

何よりも、喜んで貰えて、とても嬉しい。


「意外だったのは、精霊達の作った物かな」


山精霊達は魔法道具の類を作ると、どうにも私と同じ物が作れない様だ。

ただ全く使い物にならない訳では無く、あの子達の石の様な特性が勝手についてしまう。

つまりは人の精神に反応する道具であり、誰にでも扱える魔法道具が出来上がるんだ。


これは便利と言えば便利なのだけど、問題点が幾つかある。

基本的に出力が一定であり、使用者本人の意思で上げ下げが出来ない。

つまり空飛ぶ絨毯等を山精霊が一から全部作ると、全速力か静止しか出来ないという訳だ。

誰にでも使える代わりに危険性が増している。あれは倉庫に封印した。ほんとに危ない。


そして魔法石の様な、複数合わせて使う様な道具も山精霊達には作れない。

結界石を作った時と同じく、単体で効果を発揮する物だけだった。

勿論単体でも精霊の作った魔法石なので、籠められている魔力の量は相当な物だ。


ただこれには更なる難点があり、精霊達は一定以上の威力の魔法石が作れない。

これは技術の面というよりも性格上の問題の様だ。要は集中力が無い。

私よりも結界石を作るのが早かったのは、単純にその時間内でしか出来ないという事だった。


「細かい作業とかは楽しくやるのになぁ・・・本当に何でだろう」


山精霊達にすると『同じ事に何時までも集中するの出来ない』との事だ。

でも時計の制作の時、同じ部品ずっと作ってるんだけどなぁ。何が違うのかなぁ。

魔法石だって一個にはもう無理って言うのに、数を作る事は平気みたいだし。

良く解らないけれど、この事も山精霊の性質に追加で書いておこう。


「つまる処、精霊の大魔力で短時間作成出来る物以外は、山精霊達には作れないかもしれない、って事なんだよね・・・ああでも、あの三体だけは違うか」


メイラと一緒にいつも勉強をしている三体。

あの子達は集中力が高いのか、魔法石の威力が頭一つ抜けていた。

他の精霊が途中で『キャー!』って癇癪起こす時間でも、普通に魔力を籠め続けていたし。

それでもやっぱり余り続かないのか、ある程度のラインで止まってしまうけど。


「でも今後も一緒に勉強を続けるなら・・・メイラに引っ張られて出来る様になるかな?」


もし精霊の大魔力を自由に扱えるなら、それは途轍もない魔法道具を作れるだろう。

とはいえやっぱり0か1の出力しかないので、危険性が高いのがどうしても難点だけど。

その辺りはメイラが協力して、一緒に楽しくやってくれるだろう。あの子達仲良いし。


「ん~・・・ずっと書いてると肩がこる。少し運動してこよう・・・」


きりの良い所まで書いたら一旦ペンを置き、伸びをして外に出る。

庭の中は相変らず暖かく・・・っていうか暖か過ぎる。

家精霊の結界か何かのお陰なんだろうけど、心地良過ぎて眠くなるなぁ。


「家精霊、少し体を動かしたら、庭でお昼寝して良い?」


ふわっと隣にやって来た家精霊に聞くと、うーんと少し悩む素振りを見せる。

だけど少ししてニコリと笑い、家からクッションを取って来てくれた。

どうやら許可が下りたらしい。やった。

ならばと張り切って少々訓練をし終えたら、クッションに横たわって寝に入った。


「お休みぃ」


家精霊を抱きかかえて眠ると、家精霊は嬉しそうに抱き返して来る。

そうして眠る事暫く、目が覚めたら隣にメイラが寝ていた。

ついでに言えば山精霊達も何故か密集してくっついている。


「おかしいな・・・普段なら起きるのに・・・」


幾らなんでも私がメイラの接近に気が付かないのは有り得ない。

となれば、多分家精霊の仕業かな。私が起きない様に何かしたのかも。

まあ良いか。気持ちいいし。このままもう一度ねちゃおう。


「にゅふふ・・・しゃーわせ・・・」


幸せ気分でそう口にして、メイラと家精霊を抱きかかえて再度寝に入った。

暫くアスバちゃんが街に居ないって聞いてるし、多分食事まで起こされる事は無いだろう。

従士さんもアスバちゃんも出かけちゃって、ちょこっと寂しくは有るんだけどね。

今どの辺りに居るんだろう。何なら絨毯か荷車か船を貸したんだけどなー。


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「ねえ、あんたの相棒、置いて来てよかった訳?」

「あの子を連れて行けば、街に入る前に変に警戒されるだろう。あんな大剣だからな」


車で揺られながらの道中、フルヴァドに精霊殺しを連れて来なかった理由を問う。

別にそこまで気になっている訳では無いけれど、やる事が無さすぎて暇なんだもの。


「別に剣状態じゃなくて良いじゃない。子供の姿で連れて行けば」

「それはしたくないな。出来ればあの子の普段の姿は周知させたくない」

「なんでまた」

「あの子はあの店で楽しそうに働いている。その時間を壊したくないんだ」


成程ねぇ。なーんで単身で向かおうとしてるのかと思ったら、そういう事。

確かにあの姿で連れて行けば、付け入る可能性が有ると思う馬鹿も出て来るでしょうね。

随分可愛がってるじゃない。まあ普段の生活を聞けば解らなくもないけど。


「若い燕は可愛いわよねぇ」

「ぶふぇ!? な、何を言い出すんだ貴女は!?」


クックックと笑いながら言うと解り易く慌てふためき、その様子に余計に笑ってしまう。

この女の家での様子は店で何度か聞いているし、聞かなくても解る部分も多い。

甲斐甲斐しく毎日世話されてれば、そりゃあ可愛くてしょうがないわよね。


「い、言っておくが、貴女の想う様な処は無いからな!?」

「あら、私の思う処ってなにかしら?」

「い、いや、だから、へ、変な理由は無いと」

「変な理由? どんな理由なの? 私子供だから何となく聞いた言葉を口にしただけなの」

「う、嘘だ! 絶対嘘だ! 貴女は年齢にそぐわない知性の持ち主だ!」


顔を真っ赤にしながら慌てる様子が心底おかしくて、思わず大爆笑してしまう。

フルヴァドはそんな私を睨むがちっとも怖くない。そう、怖くないのよね。

その事を認識してしまい、自然と笑いが消えてしまう。


「一応アンタ、自分が弱い自覚は有るのよね?」

「勿論だ。私はあの子がいなければ、以前と変わらぬ弱い身だ」

「なのに手ぶらで向かうなんて、ちょっと甘く見過ぎじゃないの?」

「確かにこの身は弱い。だけど何も考えずに単身で出向くわけではないよ。流石にね」


ふーん。まあそれなら良いけど。こいつリュナドより弱いから心配なのよね。

多分リュナドが装備品全部使わなくても、あいつの方が間違いなく強い。

その事を理解した上で臨むと言うなら、何か考えが有るんでしょうよ。


「相手が有用かどうかの判断あんたに任せる、ってセレスが言ったって聞いてるわ。こうやって向かうって事は、招待状出してきた奴の方が使えそうなの?」


もしそうなら、あんまり脅し過ぎない方が良いかもしれない。

ただ脅さないという選択肢は無い。そこはきちんとやっとかないと。


「いいや。解らない」

「は? どういう事?」

「私には何処に付く方が良いか、等という事は解らない」

「ちょ、ちょっと待ちなさいよ。じゃあなんで今回出発する事を決めたの」


流石に彼女の言う事に驚き、問い詰める様に聞いてしまう。

だけど彼女はそんな私に一切焦る様子を見せず、静かに笑って口を開いた。


「目的は貴方と同じさ、アスバ殿。私は無知だ。能無しと言っても良い。そんな私に彼女は任せると言ったのだ。ならば私に出来る事はただ一つ。剣を見せに行く。ただそれだけだ」

「・・・あはっ、あははははは! 気に入った! あんた気に入ったわ!!」


彼女の返答の意味が一瞬解らなかったけど、理解したとたん可笑しくて堪らなくなる。

つまり彼女はこう言っているんだ。


『招待した連中に全力で脅しをかけに行く』


此方が付くのではない。貴様らが我々に対し頭を垂れろと。

内に引き込む等と言うたわけた考えを全て叩き潰してくれると。

招待をするから来い、と言う時点でどちらが上かを理解してない馬鹿共に向けて。


街の剣と宣言した彼女がそう振舞えは、どれだけ隠しても他の貴族連中に漏れる。

何処かに付いた、なんて考えは発生しない。したとしても消えてしまうだろう。

数多の貴族を前にして、不遜に振舞うたった一振りの剣の存在故に。


「ふふっ、面白くは有るけど、あんた一人でやる方法はあんの?」

「問題無い。出発前に出来る事は確認している」

「はっ、乗った。あんたを前に出してあげる。その代わり混ぜなさい」

「むしろ願っても無い。貴女の方が私より上だ」


くくっ、これは楽しくなってきた。パーティーが阿鼻叫喚の地獄絵図になりかねないわね。

出発前は憤りの方が強かったのだけれど、今からを考えると楽しくてしょうがないわ。

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