第231話、手紙を拒否する錬金術師

「ん? 何で中にまで。珍しい・・・」


今日も相変わらず家で本を書いていたら、リュナドさんがやって来た。

そこまでは何時もの事なので良いのだけど、彼は何故か幌付き馬車に乗ってやって来ている。

何時もなら車の類は通路の向こうに停めていたし、最近は専用の場所まで作ってたのに。


あ、でもあれって王子が来た時しか使ってないんだっけ?

まあいっか。取り敢えず本人に聞いてみれば。


「いらっしゃい、リュナドさん、今日は珍しいね、車で中まで来るなんて」

「ああ、今日は届け物が有るからな」


彼はそう言って荷台の中に手を伸ばし、ごそごそと探り始めた。

因みに山精霊達は何時も通り自由で、馬の頭や背中、幌の上に乗っている。

馬は精霊達に慣れているのか、特に暴れる様子も嫌がる様子も無い。


どうやら荷台の中にも居るらしく、届け物が食べられたりしないかだけ少し不安。

私の家の物をちょっと齧るぐらいは良いけど、リュナドさんの困る事はしないで欲しいな。

それにしても届け物か。リュナドさんそんなお仕事もしてるんだ。

荷車の中には何だか沢山物が有るし、私に何かを渡した後にも何処かに回るのかな。


「これが目録だ。実は後二台表に停めてあるんだが、中に入れて良いものか悩んでな。普段この家に来れるのは、セレスの友人達か俺とマスターとアスバだろ。他の車は部下が乗ってるんだ。フルヴァドさんとアスバが居たなら二人に頼んだんだが・・・」

「・・・んぇ?」


リュナドさんに目録と言われて複数の書簡を差し出され、思わず首を傾げつつ受け取る。

何やらそれぞれ豪華な印が有り、多分何処かの貴族からの物なんだろうな、というのは解った。


・・・だからこそ、凄く開けたくないんだけど。


だってつい最近そんな印のついた嫌な手紙来たばっかりだもん。

というか、思い返してみると嫌な事ばっかりなんだよね、印のついた手紙ってさ。

王子からの手紙ぐらいじゃないかな、嫌な内容じゃなかった事って。


前回の手紙が一番嫌だったと思う。私に知らない人が沢山な所へ招待とか嫌すぎる。

その想いがまだ残っていただけに、露骨に嫌な顔で書簡を見つめてしまう。


「ど、どうしたんだ?」


書簡の封を開けずに固まっていると、リュナドさんが心配そうな顔で訊ねて来た。

しまったと思い顔を上げ、咄嗟に固まっていた理由を伝えようと口を開く。


「・・・開けないと、駄目?」

「――――い、いや、駄目って事は、無い、と思う、が」


焦って理由を伝えようとしたら、理由の説明ではなくしたい事が口から出てしまった。

しかも焦り過ぎて声が上手く出ていない。これじゃ伝わらない。そう思い更に焦ってしまう。

すると彼は一瞬私から視線をそらして考える素振りを見せた後、私の望む答えをくれた。


何だ、良かった。見なくても良いんだ。

彼の答えにほっとして息を吐き、書簡に目を落とす。

その際にふと気が付いたけど、彼はまだ別の書簡を持っていた。


「・・・それも、私に?」

「あ、ああ、そうだけど」

「・・・それも、開けなくて、良い?」

「セ、セレスがそう判断するなら、良いと思うが・・・」


手元のは良くてもあれは見ないといけないのでは、と思い困った顔になりつつ訊ねた。

するとそれも良いと言われたので、安心しつつ彼と周りを軽く確かめる。

精霊達も書簡らしきものは持っていな様だし、多分もう大丈夫かな。


「・・・じゃあ、要らない、かな」

「えっと・・・受け取り拒否、って事、か?」

「・・・出来れば」


彼は難しい顔で聞き返してきたので、駄目なのかなと不安になりつつ上目遣いで応える。

すると彼は目を瞑ってクシャっとした顔になり、片手を額に当てて空を仰いだ。

その様子に更に不安になって縮こまって待っていると、彼はちらっと私に視線を向ける。

それにびくびくしながら待っていると、彼が大きなため息を吐いた。お、怒られる、のかな。


「解った。全部送り返す。それで、良いんだな?」

「―――――ん」


てっきり何か叱られるのかと思っていた為に、言われた事への理解が一瞬遅れた。

その上緊張していたので返事の声が上手く出ず、慌てて首を縦に振る。


「ちゃんと送り返すから、そんな目で見ないでくれ。俺が要望を断った事なんて、そんなに無いだろ。聞いてくれないと本気で困る、って解ってる事以外は良いさ」

「・・・あ、うん」


確かに彼の言う通り、彼は私の願いを滅多に断らない。

それは彼が仕事だからなのも有るけど、そうだとしても叱られた事も殆ど無い。

これは断らないで欲しいというお願いはされた事が有るけど、それもお願いの範囲だ。

そうか。そうだよね。彼は怒らないよね。優しい人だもん。


勿論ライナが叱るから優しくないなんて思ってないけど。

ライナは世界一私に優しい。叱るのは絶対に私の為だもん。

だけどそれとは違って、リュナドさんは本当に穏やかで優しい人なんだよね。

そう思うと、何だか彼の返事に、嬉しくなって笑顔になる。


「・・・そう、だよね。うん。いつも、ありがとう」

「―――――あ、ああ。え、と・・・じゃあ、これ、もって帰るな」


今日だけじゃなくて今迄の事も含めて、笑顔で彼への感謝を伝える。

すると彼は一瞬呆けた顔をしていたけど、苦笑しながら応えてくれた。


きっと私は彼に沢山迷惑をかけていると思う。だって私だもん。

だからそんな私に優しい彼には、本当に感謝している。

その気持ちが伝わっていれば良いのだけど、私なので自信は無いし信用も出来ない。

だからもう一度、せめて口にしておこう。何度も口にすれば、きっと私でも伝わると思いたい。


「うん、ありがとう。またね」

「ああ、またな」


リュナドさんが馬車を上手く操って方向転換し、通路の向こうへと消えて行く。

本当はお茶の一つでも出したかったけど、届け物の途中じゃ引き留められないよね。

残念だけど、去って行く車に笑顔を向けて見送った。


「うーん・・・さて、続きをしようかな・・・」


気持ち良い陽気の中でぐっと背伸びをして、作業の続きの為に家へと足を向ける。

ただ玄関前で何となく、本当に何となく通路に振り返り、誰も居ない事を確認した。

彼はついさっき去って行ったのだから当然なのだけど、何だかちょっと寂しい気分だ。


「・・・寂しいけど、嬉しいよね。寂しいって思える友達だもん」


改めて彼との出会いから今までを考え、彼が居なくなるのを寂しいと思った。

それは私が彼の事を友達だと思っているからで、私が会いたいと思える人だから。

ライナとリュナドさんは、心から好きだと言える友達だと。


従士さんとアスバちゃんも友達だけど、あの二人とはちょっと違う。

勿論従士さんは優しい人だけど、彼女には申し訳ないという気持ちの方が強い処が有る。

アスバちゃんに関しては好きよりも、尊敬という気持ちの方が強いかな。


だから、ライナとリュナドさんの二人は、純粋に好きな友達だ。

勿論二人の事を尊敬してない訳でも、感謝や申し訳なさが無いわけでもない。

きっといっぱい迷惑をかけてるだろうし、二人共凄い人だと思ってる。

だけど、それでも、二人の事は好きだ。好きだから友達でいたいと思う。


「うん、大好き。にへへ・・・」


思わずにやつく頬を抑えながら、良い気分で作業に戻った。


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昨日、セレスへの感謝の書状と共に、その感謝の印という荷物が届いた。

ここ最近何度も有った海賊捕縛の件で、該当領域の領主達からの物らしい。

セレスは今まで全ての謝礼に無視をしていたが、向こうから接触して来たという訳だ。


一度や二度なら誰か解らないが助けられた、でも話は終わらせられるかもしれない。

何せセレスは報酬の無視をしている。領地に赴いて関わる事を避けてるんだからな。

だがそれが何度も重なり、かつ複数の領地で立て続けとなれば噂も立つ。

となれば流石に何処の領主達としても、誰か解らないから無視なんて事は出来ないだろう。


ただここで面白いのは『国が彼女に報奨を』という部分が無い事だな。

セレスは王子のお気に入りと思われているから、当然褒美は貰っていると思われている。

実際はんなもん何も無いんだが、セレスの態度から何もしないのが正解と動かないだけだろう。


とはいえ王子の部下が働いた結果ではなく、一応は他国の一個人の働きだ。

やっぱり領主としては、領地での功績に応えない事には恥になりかねない。

という訳でその荷物を運ぶ為、部下達と共に馬車を操りセレスの家へ向かっている。


「まあ、普通は無視出来ねえよなぁ・・・あれだけやれば」

「報告書見せて貰いましたけど、凄かったですもんね。何ですかアレ、物語の英雄でも通ったのかっていう仕事っぷりですよ。普通無理ですよあんなの」

「ほんと、あいつおかしいよ・・・何だよあの遭遇率。絶対わざとだろ・・・」

「いや、それで壊滅させる隊長も大概だと思いますけど」

「あいつに任せたら海賊船完全に吹っ飛んで積み荷もおじゃんだぞ。大本が居た場合それを辿る事も出来ないし、王子様にお小言を言われる可能性は潰しておきたかったんだよ」


大体俺は半分以上精霊達に任せてたから、大した仕事はしていない。

俺がやったのは取り敢えず頭らしい奴を先に潰して、混乱を加速させただけだ。

実質精霊達がやり過ぎない様に監視してただけで、俺自身の労力は飛び降りが怖い程度だろう。


後は下手に皆殺しなんて事になって、変な警戒を持たれるのも面倒だった。

海賊船を制圧した、なら良いが、海賊を皆殺しにするつもりだ、なんて噂が立てばどうなるか。

向こうの国で街に行くようになった時、唐突に後ろから刺されるのはごめんだ。

今回は前の山狩りと違って、完全にセレスと俺だけの行動だからな。


「それにしても、一気に持って来たのも驚きましたね」

「そうだな」


報奨を運んできたのは一人ではなく、複数人纏めて来た。あれは偶然じゃないだろうな。

どういう話になっているのかは解らないが、それぞれの領主達全員での判断だろう。

ただそれは、誰か一人が馬鹿をする事を防ぎたかったのではと感じた。


彼らは『基本的に領主を通してしかセレスに接触できない』って事は解っているらしい。

となれば下手を打てば面倒な事になるのも、おそらく大半の人間が理解しているだろう。

だがそれを領主全員が理解しているか、していたとしてもその部下がどうかは不明だ。

結果として、全員一緒に送る方が安全、という形になったんだろうな。


なので荷物も書簡も全て素直に領主館に届けられ、ただ届けた連中は今領主館に滞在している。

まあ、もしかしたらセレスが接触してくるのでは、なんて事を考えている訳だろう。

勿論全員じゃないだろうが、一人でもいるなら監視役は帰れないだろうよ。


「さって・・・念の為、確認取ってくる。お前らは待っとけ」

「「はっ!」」


セレスの家の前の通路に付いたら部下に指示を出し、取り敢えず先行して庭まで入る。

彼女は何時も通りの緩い笑顔で出迎えてくれたが、書簡を出した瞬間雰囲気が変わった。

書簡に落とす目が鋭い。目茶苦茶不機嫌な顔になってる。


まあ、うん、ここ迄は何となく予想はしてたよ。だって無視してたもんな?

自分の意思を無視して送って来たとなれば、不機嫌にもなるよな。うん、解る解る。

とはいえ動かない彼女に何も声をかけない訳にもいかず、一応疑問で問いかけた。


「・・・開けないと、駄目?」


・・・今回は心構えが有ったから良かったが、その声音やっぱ怖いって。

別に俺が送った本人じゃないんだから、俺に当たらないでくれよ。頼むから。

取り敢えず受け取り拒否って事は理解した。逆らうのは止めておこう。


「・・・出来れば」


ただ一応確認を取ったら、物凄く睨まれた上に、構えた体勢でそんな事を言われた。

それ出来ればって態度じゃないよな。断れば何か仕掛けて来る目と体勢だよな。

何その今からどうとでも動けますって言う体勢。頼むからいい加減俺相手には止めてくれよ。

そう思い、正直物凄く怖かったけど、言いたい事を珍しく言ってみた。


「・・・そう、だよね。うん。いつも、ありがとう」


すると彼女からとても柔らかい笑顔で、優しい声音で礼を言われてしまった。

緩急があり過ぎて面食らう。おかげで一瞬反応できなかった。

このせいで本音なのか演技なのかが自信持てないんだよ。本当にセレスは解らない。


取り敢えず、突っ返しに行こう。これ以上話して更に不機嫌になられるのが嫌だ。

そう思い部下と共に引き返し、運んできた連中に文句を言われながら突っ返した。

彼らも遊びに来てる訳じゃないからだろうが、こっちだって命がかかってんだよ。


しっかし、全部突っ返したか。本当はこれを突っ返したくは無かったんだけどな。

フルヴァドさんの真意を聞いた上で行かせた事といい、俺としては現状余り好ましくない。

だってこれ、単純に考えれば敵ばっかり作ってんじゃん。賛同はしにくいだろうよ。

とはいえ、あいつの事だ。何か考えが有るんだろうがな。


「今日の最後の笑顔向けてくれるなら、その辺りも全部話してくんねえかな」


基本的に確認しても『何の話?』か『知らない』って返って来るんだよな・・・。

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