第229話、弟子の為に考える錬金術師

海や海辺で取れる素材を複数手に入れ、作れる物の幅が増えた。

更に言えば以前作った船も使って海に潜り、底の方で取れる素材も確保している。

ただ一つ残念な事が有るとすれば・・・。


「魔獣が全然、見つからないんだよねぇ」


大型の海棲生物は見つかったけど、魔獣が全然見つからない。

いや、一応全くでは無いんだけどね。ただ1,2体ぐらいしか見つけられてないんだよね。

別に問題が有る訳では無いのだけど、これだけ探して見つからないのは残念すぎる。

でもお母さんが昔海で魔法石放った件を考えると、居ないはずはないんだけどなぁ。


「脅威が居ないから、海賊も自由に動いてるのかな」


王子の国の海は、やたら海賊が多かった。それは海が余り危険ではないという事なんだろう。

もし魔獣の危険が有るのならば、連中は今頃海に沈んでいると思う。

まあそうでなくてもリュナドさんが止めなかったら、私が沈めていたとは思うけど。

それに商船も魔獣対策してる様子は無かったし、普段からあの調子なんだろうな。


「まあ、いっか。それでも色々作れそうだし。何より、爆弾も、増やせるし」


ニマっと笑いながら、集まった素材を頭に浮かべる。

私はこの街に来てからは火が付くと爆発する鉱石や、気化させると爆薬になる物を使ってきた。

ただ今回はまた別の素材を集めた事で、新しく別の爆薬を調合出来る。

燃えた時の匂いがそれぞれ違うので、この匂いの差がとても良い。


「手持ちが少なかった頃が懐かしい・・・うへへ」


爆弾使うの諦めて、魔法石だけで狩ってた時期も有ったからね。

精霊達が来てからは素材に困らなくはなったけど、それでも偏りが有った。


「飛び回ってたら離れた所に火山も見つけたし、海を自由に動けるのは良いなぁ・・・」


陸地だと領地だとか何とか、色々決まりが有るって言われちゃうし。

海ならそんな境無いもんね。何処まで行っても許される。


・・・という訳でもないのが少し残念だけど。


一応領海という物が有って、私の移動はそこに限定されている。

実は一回領海を超えてしまい、後で王子から連絡が有った。

お願いなのでこの範囲だけにして欲しい、みたいな手紙が来たのでそれに従っている。

まあ言われるまで、そんなの、意識してなかったんだけど。


「ただ深い方向に行く分には止められないから、その内魔獣も見つかるかな」


とはいえ魔獣が見つかってないだけで素材は大量に見つかり、そこで一つ困った事が出来た。

メイラに何から教えたら良いだろうか、という事だ。


危ない物というか、失敗したら怪我する物は後回しの方が良いかな。

いやでも危険な物こそ先に覚えておいて、対処を知っておいた方が良いかなと。

どれから教えたら良いかを考えている内に日が傾いていた、なんて事も有った。


「お母さんはどうしていたっけな・・・」


うーんと唸りがなら思い出すと、子供の頃は割と優しかった思い出が蘇る。

言われた事を覚えて復唱するだけで褒められ、危ない素材も言われた通り扱って褒められた。

・・・あれ、割と小さいころから危険物触ってるね、私。なら行けるかな?


「いやいや、ダメダメ、その考えでライナに叱られたんだから。私と一緒は、駄目」


とはいえそうなると振出しに戻り、やっぱりうーんと頭を悩ませる事になるのだけど。

お母さんも私に教える時、こうやって悩んでたのかなぁ。


「そういえば家に有った本って、半分ぐらいはお母さんが書いてた物だったよね」


色んな素材の名前、実験と失敗、獣や植物の生態と、様々な事が書かれていた。

中には別の人が書いた本の内容の確認と、書かれている事の確認をやった内容も。

私はそんなお母さんの知識を見て、その後を追っただけに過ぎない。


「あ・・・そうか、そうだった。口頭で教えられた物も沢山有ったけど、自力で覚えた物も結局お母さんの後を追ってたんだった」


子供の頃に見た物はお母さんが集めた物だ。近辺で取れる素材から異国の本まで何もかも全て。

そしてお母さんはあれらの知識を全て叩き込んでくれた。惜しみなく私に与えてくれた。


「・・・おんなじ事、で、良いよね、これは」


今まで気が付かなかった。だけど気が付いたなら即座に体が動いていた。

外套を羽織って仮面をつけ、精霊に声をかけて荷車に乗る。


「家精霊、出かけて来るね」


にっこりと笑って手を振る家精霊に手を振り返し、荷車で街道へ。

精霊兵隊さんに声をかけ、市場まで先導してもらう。


先ずは紙から作ろうかと一瞬考えたけど、そんな事をしている時間が惜しい。

紙の質に贅沢は言えないとは思うけど、安物で良いから紙束を買ってこよう。

どうせお金は沢山あるんだ。こういう時に使わないで何時使うの。


「・・・なんか、楽しい。変なの」


ふと気が付いたけど、当たり前に出かけようとした自分に驚く。

勿論荷車の中に引っ込んでられるという前提だけど、それでもこんなに気軽に出て行くなんて。

ただメイラの為に出来る事が有ると気が付いたら、そんな事が頭から吹き飛んでいた。


「嬉しいん、だろうなぁ・・・」


メイラの面倒を見ていると、何だか自分が普通の人になれたみたいで嬉しいんだ。

当たり前に人と生活が出来て、人の面倒を見れる様な人間になれたようで

当然そんな訳は無くて、きっとあの子が成長したら、駄目だしされるんだろうけど。


『もう、セレスさん! 何してるんですか! 買い物ぐらい一人で行けるでしょう!?』


とか・・・うん、そんな事メイラに言われたら泣く自信が有る。

間違い無く数日ベッドに引き籠るよ、私。下手したら数日どころじゃないぐらい引き籠るよ。

止めよう。そんな悲しい想像するのは止めよう。今はメイラの為に頑張る。それで良い。


・・・市場に着いたら、人の多さに楽しい気分なんて吹き飛んだんだけど。人多いの、怖い。


ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー


「リュナド様、領主様がお呼びです」

「あ、はい、解りました」


訓練の休憩中に文官がやって来て、端的に告げた言葉に頷いて返す。

すると文官は眉間に皴を寄せ、小さな溜息を吐いてから口を開いた。


「私に敬語は不要です。と、何度も言っている筈ですが」

「勘弁して下さいよ。かつての上司に不遜な態度取れとか、俺には無茶ですって。流石に精霊兵隊に配属されたとかなら考えますけど、所属が違うんだから良いじゃないですか」

「所属が違うなら尚の事でしょう。あくまで以前は立ち位置的に私が少し上だっただけです」

「・・・先輩もそうですけど、皆良くそんな簡単に割り切れますね」


流石に普段は以前と同じ様に喋っているけど、仕事の時はちゃんと同じに扱っている。

ただそう自分の中で落ち着くまで、結構な時間がかかった。

それを言うと先輩は『馬鹿じゃねえの』って言ってきたけど。

うるせえ脳筋。あんたに言われたくない。


「貴方の働きを見て、そんなつまらない事に不服を唱える様な無能は要りませんよ」

「・・・そいつは、ありがたいですね」


そう言って貰えるのは確かにありがたい。そこは間違いない。

ただだからと言って今の立場に慣れろと言われても、やっぱり未だに慣れはしない。

何処まで行っても俺は俺で、気分だけは相変らず街の一般兵のままだ。

精霊兵隊長様、精霊使い様、と呼ばれて増長、なんて気持ち悪くて出来る訳も無い。


「・・・そんな貴方だから、皆が認めるのだと思いますが。まあその内慣れるでしょう。ああ、呼び出しは急ぎではないので、ゆっくりで構いません。では、私はこれで」

「あ、はい」


慣れる、慣れる、ねぇ。無理じゃねえかなぁ。

少なくともこんな借り物だらけの力で偉そうにって、無理が有り過ぎる。

セレスが居なくなったら、ぜーんぶ無くなるような物しかねえもん。


「・・・まあ、そんな事考えてても仕方ないか。呼び出しに応えますかね」


部下達に離れる事を告げ、訓練の引継ぎを先輩に任せて領主館へ向かう。

態々訓練中に呼び出したという事は、おそらく何かが有ったんだろうな。

セレスか、王子か、それとも国からの何かか。


「最後じゃなかったらもう良いや、なんて考える時点で、色々とマヒしてるな」


とはいえ自分にとって一番面倒なのは、国の重鎮様達に呼び出される事なんだけど。

おそらく今俺が呼び出されるとすれば、賓客扱いになるだろう。それは正直キツイ。

だって俺一般人だもん! 貴族のマナーとか知らねえよ!


「お前らは良いよなぁ・・・楽しそうで」

『『『『『キャー♪』』』』』


いや、今の嫌味だからな。楽しいよじゃねえんだよ。本当に羨ましいなお前ら。

精霊の反応に溜息を吐くと、足取りも重くなるような気がした。

そんな感じで領主館に着いたら使用人に声をかけ、すぐに領主の下へ通された。


「来たか。錬金術師の件で聞きたい事が有る。先日、あの女が紙を大量に買い占めた。何か知っているか」

「・・・紙、ですか?」

「ああ、質の良い悪いを問わずな。奴が買い占めなどという行動を取るのには、何か意味が有るとしか思えん。当然商人連中にとってもな。下手をすれば混乱が起こる。何か聞いていないか」

「私は何も聞いておりませんが」

「ふむ・・・聞きに行って貰えるか?」

「はっ」


領主の願いという名の命令に応え、領主館を出てセレスの家へ向かう。

ただ領主に会う度に不満そうな顔をする精霊達を宥めつつなのが面倒だ。

まあ途中の屋台で串焼きでも買ってやれば、全員機嫌を直すんだが。

問題はそれをやると、街中の他の精霊達も群がってくる事だろう。


『『『『『キャー♪』』』』』

「はいはい。街の事頼むからな」

『『『『『キャー!』』』』』


礼を言う精霊に街を頼み、ビッと整列して応える精霊達。

ただどんなに決め顔しても、串焼き片手じゃ様になってないからな。

精霊達と別れてまた平和な街を進み、住人に声を掛けられても足は止めない。


止めると動けなくなるんだよ。どんどん人が増えるんだよ。

頼むからサインを求めるのは止めてくれ。俺は役者とかじゃないんだって。


「・・・今日は、仮面付けてないんだな」


セレスの家に着くと、何時も通りに庭でセレスが待ち構えていた。

精霊達が騒ぐと誰かが来たと判別しているらしい。

メイラの件も有るからだろうが、最近は一人でも外に出てくるようになっている。


「リュナドさん、いらっしゃい。どうぞ」

「ああ」


にっこりと笑って家へ入る様に促すセレスに、内心複雑な思いで素直に従う。

最近の彼女はとても穏やかだ。多分それはメイラと一緒に居る処が大きいんだろう。

あの娘を連れて海に向かう彼女は、街に来た頃のおどろおどろしさが欠片も無い。


元々その前からこういう緩い姿は見ていたが、最近はむしろこの様子の方が多いな。

俺としてはとてもありがたいので、メイラが来てくれて本当に良かったと思っている。

この効果に比べれば、メイラの経過報告書を書く手間なぞ大したものじゃない。


「えっと、セレス、紙を買い占めてるって聞いたんだが・・・何かやるのか?」

「ん、ああ、うん。ちょっと、本を作ろうと思って」

「本?」

「うん。自分の知識とか、色々纏めて、書いて行こうかなって。紙も作ろうと最初は思ったんだけど、やりたい事優先したら、買いに行く方が早かったから」


家精霊に出して貰ったお茶をすすりつつ彼女に訊ねると、とんでもない返事が返って来た。

その内容を理解するのに少し時間がかかり、暫く固まってしまう程度には驚く事を。

だってそれは、その本が外に出回ったら、どんな価値が付くか解らない物だ。


「ち、知識って、せ、セレスの、道具の、か?」

「うん。技術の類も、知ってる限り、書いておこうかなって」

「な、何で、また、そんな事・・・」

「私が弟子の為に、やれる事を、やりたいと思ったから。書いておけば、何時でも見れるし」


弟子。ああそうか。あの娘の為の物か。それなら、安全、なんだろうか。

セレスの口にした理由にほっとして、お茶の残りを全部飲み干す。

そして世間話という程の会話は無かったが、最近有った事を軽く話して家を後にした。


「・・・紙の買い占めに関して、次回も欲しがると思われてる可能性が有るから、その辺り市場に話通しておいた方が良いか。暫く買いに行かないって言ってたし」


領主に言えばすぐに対処してくれるだろう。流石にその先は俺の仕事じゃない。

しかし本か。メイラは本当に可愛がられているな。


「・・・いや待て、あいつ弟子とは言ったが、メイラの為、とは言わなかったな」


あの後も「師として」と「弟子の為に」って話はしていた。

だけどその弟子を「メイラ」とは一度も言わなかった。


「教えるだけなら、別に本要らないよな。メイラが聞けば応えてるし」


態々知識を本にする理由。それは本来は不特定多数に見せる為だろう。

最初にそう思ったからこそ、聞いた時に驚いて焦った訳だし。

ただあいつはそれを弟子の為にと言った。それはまさか―――――。


「あいつ、弟子を増やす気か?」


別にそれ自体に文句を言う筋合いはないし、口を出す様な筋合いも無い。

彼女が弟子を取るというのであれば、それは彼女が認めた人間だけが弟子になるのだろうし。

メイラの事は例外にしても、セレスが誰彼構わず弟子にするとは思えない。


「なら問題、無い、よな?」


そう口にしつつも、何処か不安な気持ちで歩を進めるのだった。

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