第228話、海賊船に遭遇する錬金術師
やっと海に行けたという事も有り、暫くはただそれだけを少し楽しんでいた。
メイラが楽しそうに遊ぶので余計に楽しく、特に急いで採取する必要も無かったしね。
とはいえあの子は真面目なので、行く先々で色んな事を学ぼうとしていたけど。
海岸にしても、海岸周りの生物や植物、海岸の形による変化も有る。
魚も気温と地形によって獲れる物が異なるので、ある程度の規則性を教えた。
勿論最初の轍を踏まない様にゆっくりと、メイラがノートに書き写すのを待ちながら。
師弟という関係に最初こそ戸惑いは有ったけれど、今ではそれなりに上手くやれてると思う。
勿論メイラが真面目で良い子であり、私も周りにアドバイスを貰えたから成立している関係だ。
だからこそこの子の為にも、周りの恩に報いる為にも、この子をちゃんと育てよう。
師匠なんて柄じゃ無いけど、今はそう思う。
そして今日も荷車で空を飛び、上空から海を眺める。
メイラも流石に何度も来ていたら慣れた様子で、だけどやっぱりまだ興味津々に目を落とす。
この子にとっては知らない事だらけなので、まだ楽しい気持ちの方が強いのかもしれない。
「な、何だあの魚・・・でけぇ・・・」
「あ、あんなに大きい魚、居るんですね・・・」
リュナドさんとメイラが荷車から顔を出し、驚いた眼で海を見つめている。
眼下の海には巨大な魚の影が見えており、下手な魔獣よりも危険な大きさだ。
大きさ的には以前狩った巨大蛙よりも遥かに大きく、何でも食べる雑食性。
ただこの魚は基本的に浅い所には来ないので、人間にとっては危険度はそこまで高くない。
「この魚は生態的に、狭い所には近づかない性質があるみたい。少なくとも自分の体5つ分ぐらいは潜れる深さの有る場所にしか生息しないから、ここまで来ないと見られない魚かな」
今日は陸地からかなり遠く離れた所から海を観察している。
荷車じゃ海の中には潜れないけど、陸が見えない所だからこその知識も有る。
この魚を見つけたのは偶然だけど、これだってここまで来ないと知る事すらないだろう。
ノートにメモをするメイラと精霊達を見つめながら、彼女が顔を上げるのを待つ。
「えっと、港の方には来ない、って事ですか?」
「絶対とは言い切れないけどね。ただ狭い空間に居ると、餌が有っても弱って行くんだ。こんな図体と狂暴な性格のくせに繊細で、なのに縄張り意識が強いから同族同士で食い合うし、自分達で個体数を減らす。実は大きくなる個体は稀なんだよね、この魚。お母さんが色々実験してた」
「・・・これ、捕まえたんですか、セレスさんのお母さん」
「まあ大きいけど、所詮魚だし」
「・・・所詮魚って言う様な大きさじゃねえと思うんだが。こんなの陸に居たら怖すぎるぞ」
リュナドさんの言う通り確かにこの大きさは脅威だけど、特別何かが出来る訳じゃないしなぁ。
魔獣を相手に戦闘できる実力が有れば、捕らえる事は出来ない事じゃない。
とはいえこんなの捕らえて実験しようとか、お母さんじゃなかったら思わない気もするけど。
これを生かして確保する場所を整えるのが面倒だもん。
「因みに近付いてきた鳥とかも食べるから、これより高度下げると飛び掛かって来るよ。影が見える程上がって来てるのは、こっちを狙って来てるからだから」
「え、だ、大丈夫、ですか?」
「あのサイズなら大丈夫。もう頭一個分大きいと、もう少し上に居ないと危険かな」
本当はこれを捕らえて捌いてメイラに見せたくはあるけど、今日はちょっと厳しいかな。
この魚の存在自体にもういっぱいいっぱいな感じだし、ここに来る前にも少し教えてるし。
あんまり詰め込んじゃ駄目だから、今日はこの魚の存在を知っただけで終わらせよう。
そもそも今日は採取を先にしたから荷車の中もいっぱいだし、日も傾き始めてるしね。
ただこいつ素材としては中々優秀だから、今度は捕らえて持って帰ろう。
「さて、今日はこれで戻ろっか」
「はい」
『『『キャー♪』』』
帰る事を告げるとメイラと精霊達が元気よく返事し、荷車を陸地に向けて飛ばす。
暫くすると陸が見えて来たのだけれど、その手前の海域で船が数隻見えた。
私はその事を特に気にしていなかったのだけど、リュナドさんが眉間に皴を寄せて見つめる。
「・・・あの船、追いかけられている様な・・・まさかあれ海賊か?」
「海賊、って、襲われてるんですか!?」
リュナドさんの言葉にメイラが驚き、その様子に私も船を注視した。
すると確かに商業船らしき船の後ろに居る船は、明らかに追い立てる様に追いかけている。
商業船は頑張って逃げている様だけど、あの様子じゃ追いつかれそうだ。
どうしよう。助けた方が良いだろうか。別に撃退出来るだろうか。
余り人と関わりたくはないけれど、撃退出来なかったら見殺しになるのは心苦しい。
それにメイラが心配そうに見ているのを放置は、それこそ私が辛くて困る。
「逃げてる、って事は、戦闘には自信がない、って事かな」
「たとえ有ったとしても、賊は負ける際に嫌がらせしてくるからな。逃げるのが最善だろうよ」
嫌がらせ。そっか。そういう事も有るらしいね。本当に連中は気に食わないな。
人と同じ姿をした別種の生き物としか思えないし、それ以外に思う気も起きない。
少し、腹が、立つ・・・よし、潰そう。
「・・・リュナドさん、行って良い?」
「まあ、そうなるわな。俺に許可取る必要なんかないぞ。ただ一応捕縛の方向で良いか?」
「ん、解った」
船ごと吹き飛ばすつもりだったけど、リュナドさんがそう言うなら仕方ない。
軽く打ち合わせをして、捕縛の作戦を早めに立てる。
「精霊達、作戦通りあの船に寄せて」
『『『『『キャー♪』』』』』
精霊達に指示を出して荷車を加速させ、海賊船の上空を抑える。
荷車が船に影を落とした事で海賊達が慌てるのを確認しつつ、爆弾をばらまいた。
船を落とす程度では無く、だけど混乱が更に加速する程度の火薬量だ。
「この高さ結構怖いなぁ。よっと」
『『『『『キャー!』』』』』
爆発で混乱する海賊船の上に、リュナドさんと精霊達が飛び出す。
そしてあっという間に賊達は制圧され、精霊達によって捕縛される。
逃げていた船にはリュナドさんに説明に行って貰い、海賊船と海賊たちは商船の人達に任せた。
だって何か報奨とかどうとか何か在るらしいけど、その為に港町に行けっていうんだもん。
何かどっかの領主が困ってたらしいけど、そんなの私に関係ないし。
解決したし行かなくて良いよねってリュナドさんに聞いたら、頷いてくれたから大丈夫だよね。
ただ困った事にこういう事はこの一回だけではなく、この後も何度か起こった。
その度にリュナドさんと精霊が船を制圧し、制圧した船は商船に任せる事になる。
私は基本的に最初の混乱を起こすだけで終わらせるので、特に何もしてないに近いかも。
「何か最近、久々に兵士らしい仕事してるな・・・」
リュナドさんがそんな事を呟いていたけど、いっつもちゃんと兵士らしいと思うよ?
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「以上が、ここ最近入って来た錬金術師の動向となります」
「ああ、下がって良いぞ」
「はっ」
部下が持って来た書類を手に取り、報告に目を通す。
その内容は思わず笑いが出てしまう物も無くは無い。
だがそれでも、多少の面倒に目を瞑ってでも、彼女に味方した意味は有った。
「かっはっは! いやぁ、くくっ、これは凄いな。彼女は千里眼でも持っているのか?」
「そう思ってしまえそうな程の成果ですね・・・」
笑って報告書を読む父に関心半分呆れ半分で返す。
ここ最近の海賊被害が少し増えていた。ただあれらは単純な賊によるものでは無い。
勿論ただの海賊も居たが、近隣国の嫌がらせも存在している。
それも我が国所属の商船だけを狙っている辺り、最早意図を隠す気すらない。
とはいえ連中は上手く逃げ回っており、中々捕らえられずにいた。
多少捕らえたとしてもチンピラ同然の連中を使い捨てており、国自体は知らぬ存ぜぬだ。
それに国からの細かい指示など出していないせいで全員が独自に動き、動きが捉えにくかった。
ただそれも先日までの話。手を焼いていた海賊共の悉くが壊滅した。
それはどれもこれも面白いぐらい、同じ手法で壊滅させられている。
いきなり空に現れた荷車から爆弾が降って来て、その後に化け物の様に強い男が下りて来たと。
それは小さな『キャー』と鳴く生き物を従えており、抵抗なんてする暇すらなかったと
「全く・・・あの二人は敵に回したくないな」
どう考えてもあの二人だ。そもそも空飛ぶ荷車の時点で彼女達しか考えられない。
流石にここまで一気に全て潰されれば、嫌がらせも一旦は鳴りを潜めるだろう。
むしろここまで的確に全てを潰す相手が何者かと、手を出す事を躊躇する可能性が高い。
「かかっ。頼みもしてないのにこれか。どうやらお前とはいい関係を築けているらしいな」
「借りを返しただけ、かもしれませんがね」
一緒に報告を聞いていた父は心底楽しそうに笑っているが、私は余り気楽にはなれない。
今まで彼女自身が口にした要望はたった一つ。海へ行く為の自由行動。
私には礼でしかなかったそれは、彼女にとっては借りになっていたのかもしれない。
つまりこれで貸し借り無し。次に困った時は、きっちりと対価を要求されるだろう。
いや、もし向こうの国での細々と動いていた件も鑑みてくれるなら、まだ解らないが。
「君達も、一役買ってるんだろうね」
『キャー?』
最近の錬金術師は、我が国の様々な場所でその姿を確認されている。
とはいえ本人ではなく空飛ぶ荷車だけ、という事が多いが。
ただその範囲が異常だ。国の端から端まで満遍なく移動していた。
最初こそ必要な物を探しているのかと思ったが、実際はそうではない。
『小人の様な何かが国内各地で見かけられた、と報告が上がっています』
そう部下からの報を受け、彼女の意図を悟った。
いや、これはもしかしたら精霊使いかもしれないが、どちらにせよ同じ事だろう。
彼女達は精霊を各地に配置し、情報を集めている。あの街でやっている様に。
今までは街中だけで終わらせていたその範囲を拡大させようとしているんだ。
ここ最近の海賊捕縛も、おそらく各地で情報を集めた結果に違いない。
何せ先日城に精霊が一体やって来て、交代で別の精霊が出かけて行ったのも確認している。
問題は私の手の物が尾行した結果、完全に撒かれて見失った事だが。やはり彼女達は手ごわい。
「一見すれば乗っ取る準備にも見えるな」
『キャー』
「ははっ。そんなつもりは無い、か。まあきっとそうなんだろう。そんなつまらぬ事をする御仁達では無かろうよ。むしろ私こそつまらん事を言った。すまん」
父の言葉に精霊がおそらく否定で応え、その言葉に父は笑いながら謝って返す。
実際彼女に国を乗っ取る気などないとは思う。それならもっと上手くやれる。
こんなに解り易く自身の手の者を潜り込ませ、解り易い結果を見せてはこないだろう。
そもそも乗っ取るなら、それこそあの愚王をもっと掌の上で転がすはずだ。
「我が国に対し行動を起こすとすれば・・・あいつか」
彼女に対しちょっかいをかけた馬鹿の事を、彼女は許していないのかもしれない。
奴を嵌める為に精霊を差し向けたというのであれば、それが一番納得出来てしまう。
だが彼女の事だ。ただ潰して民の混乱を招く、等という事はしないだろう。
そんな事をする人間だったならば、あの国は彼女の手によって戦火に見舞われているはずだ。
「彼女の願いを通す為に多少苦労はしたが、労力以上の報酬が期待出来るかもしれないな」
綺麗事だけで世は回らない以上、汚い事をする人間も多少は目を瞑る必要はある。
だが手を出しては不味い存在に手を出す馬鹿は、むしろ国にとっては無用だ。
彼女なら上手く無能を追い出してくれるかもしれないな。自国であの王を排除した様に。
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