第227話、やっと本懐を果たす錬金術師
「水着はちゃんと入れた。着替えもちゃんとある。良し」
着替えを入れる為に新しく作った鞄の中を確認し、荷車に全て載せる。
まあ用意は家精霊がしてくれたので、そうそう間違える事なんて無いだろうけど。
「えっと、今日は漁村に向かうん、ですよね?」
メイラは心なしワクワクしている様に見える。声音も少し高めなので楽しみなんだろう。
山精霊達もその気分が感染しているのか、キャーキャーと楽し気に走り回っている。
今回はこの子達もいくらか連れて行くので、それで楽しみなのも有るんだろう。
「うん。余り大きくなく、かつ小さくない。港町とは言えないぐらいの所が良い、かな」
「そうなんですか?」
「だって港町だと、人が多いから。メイラも楽しめない、でしょ?」
港町となると、荒くれの男どもも多い場所だ。そんな所は私も怖い。
出来るだけそんな場所に行かなくて済む様に、大きな港町は避ける方向で決めた。
すると何故かメイラは目に見えてテンションが下がり、悲しそうな顔で俯く。
え、何で、さっきまであんなに楽しそうだったのに。私何か変な事言った!?
「その、すみません・・・何時も気を使って貰って・・・」
「あ、謝らなくて良いんだよ。私も、人多いの、苦手だし」
「はい・・・」
あ、あうう、わ、私は楽しんで欲しいだけなんだけど、ど、どうしたら良いんだろう。
そもそも私だって人の多い港町なんて行きたくないし、メイラの事だけが理由じゃないのに。
ただ私があわあわと慌てていると、すっと家精霊が間に入った。
そうして暫く家精霊とメイラが会話をすると、少しして気合を入れたメイラの姿が。
「ごめんなさい。私、頑張ります・・・!」
「え、う、うん・・・」
元気になったのは良かったけど、今度は気合が入り過ぎている様な。
まあ良いか。さっきの悲しそうな顔よりよっぽど良い。
せっかく遊びに行くのだから、笑っている方が良いのは当然だろう。
「あ、リュナドさんも来たみたい」
こちらが落ち着いた所でリュナドさんがやって来たので、予定通り三人と精霊で出発する。
実はライナも誘ってみたのだけど、店をいきなり空けられないと断られた。
なので今度はライナの都合で出かける事にして、アスバちゃんと従士さんも誘いたい。
「所でセレスさん、港町に行かない事は解るんですが、何で小さい漁村は駄目なんですか?」
荷車を飛ばして少しした所で、メイラがコテンと首を傾げて訊ねて来る。可愛い。
「安全を考えて人の住む所に行くのに、小さすぎるとその意味が無いから」
「意味がない、ですか?」
「うん。人が多い。街が大きい。それはそれだけ安全っていう事でも有るから。人が死なない。普通に、当たり前に暮らせる。だからもっと人が増える。人の多さは安全性の高さでもある」
「人が多い事が、安全性の高さ、ですか」
これは私の体感というよりも、母から教えられた知識という部分が大きい。
なので喋っていて少し知ったかぶってる感が有るけど、事実なので説明を続けよう。
「ただ人が居るからと言って、小さすぎる漁村は安全とは言えない。人が居る以上それなりに生活圏を確立しているのだろうけど、それは住人がかろうじて安全、という範囲な事が多い」
「だから小さすぎない、それなりに人が居る漁村、なんですね」
「うん。安全を考えて漁村にしたのに、小さすぎる所に向かったら本末転倒だから」
本音を言えば人の少ない漁村どころか、人の全く居ない海岸でも全然構わない。
ただそれは私だけの話であり、メイラの安全を考えればそういう訳にも行かないんだよね。
下見をせずに安全の担保が有る場所となると、どうしてもそれなりに人の居る漁村になる。
勿論何処に行ったって『絶対安全』なんて無いけど、少なくとも危険すぎる事は無いだろう。
「それで漁村に、なんて言い出したのか。てっきり海魚でも買いに行くのかと俺は思ってたよ」
あれぇ? おかしい。ちゃんと精霊には安全の為にって言ったはずなのに。
そう思い精霊達に目を向けると、全員揃ってふいっと目をそらした。
あ、これ多分伝える際に、一番重要な事以外は忘れたやつだ。
私も良くやるから怒る気は無いので笑って済ませ、精霊達はほっとした様子を見せる。
「あははっ、精霊さん達、海の食べ物を楽しみにしてたんだよね」
『『『『『キャー♪』』』』』
メイラがくすくすと笑いうながらそう口にすると、精霊達は元気良く答えた。
つまり漁村に行って、お魚を食べられる。そういう感じでリュナドさんに伝えたのだろう。
ただ精霊達も別に海の魚を食べた事が無いわけじゃ無いんだけどな。干物は家でも出るし。
『『『『『キャー!』』』』』
メイラと精霊達が楽しそうに遊んでいるのを眺めている内に、どうやら目的地に着いたらしい。
荷車を操縦する外に居る精霊達の声が響き、それを聞いたメイラは恐る恐る外を見た。
「わぁ・・・水、いっぱい・・・」
キラキラした瞳で海を見下ろすメイラを見て、やっぱり連れて来て良かったと思った。
何故かメイラ以上に精霊達が楽しそうだけど、それもそれで良いだろう。
「あの辺りが、いいかな」
荷車を出来るだけ漁村に近く、だけど漁場から離れた位置にゆっくりと降ろす。
地面に降り立つと同時に精霊達がキャーっと散開し、海に突撃していった。
いつの間にか全員それぞれ水着っぽい服になっている。いや何体か海賊風だった。
海の傍まで行くと精霊達は小さな船を作り出し、波にさらわれて行く。
泥船が崩れて沈んで溺れているのも居るのだけど、あれは演技で良いのかな。
「あはは、精霊さん達、楽しそう」
「メイラちゃんより、あいつらの方が楽しみにしてたんじゃないか、あれ」
「ふふっ、かもしれません」
メイラは楽しみな気持ちの方が強いからか、リュナドさんの傍でも気にしていない様に見える。
勿論彼が気を使って少し離れているのも有るけど、普通に受け答えが出来ているのは貴重だ。
いやでも、最近はリュナドさんにだけはマシになってたか。
「・・・まあ、来るよな。あっちは俺が対応するから、そっちはそっちで遊んでな」
そんな様子を微笑ましく見つめていると、リュナドさんがそんな事を言い出した。
多分ちょっと前からこっちに向かってきている一団が原因だろうか。
大勢の人が鎌やら鍬らやを持って、警戒した様子で近づいて来ている。何か有ったのかな。
「こういう時の為に王子に渡されてる物が有るから、すぐ説明してくるよ」
「あ、うん、お願い、リュナドさん。ありがとう」
討伐依頼の時と同じように、一団に説明に向かうリュナドさん。
それを見届けてからメイラに目を向ける。
何故か視線が私達に向いているのが少し怖いけど、遠巻きなのでまだ大丈夫だ。
それに私もメイラも仮面が有るし、話しかけられない限り問題は無い。
「取り敢えず、そのまま濡れると不味いし、水着に着替えようか」
「はい! 頑張ります!」
「うん・・・うん?」
頑張るって、何を頑張るんだろう。今日はもうただ遊びに来ただけなんだけど。
まあ良いか。取り敢えず着替えちゃおう。
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
セレスさんに促されて荷車に戻り、海に入る為の衣服に着替えた。
普段着よりも明らかにフリフリの多い、可愛らしい服に若干違和感が有る。
海でお勉強と作業をする為の服なのだから、もうちょっと地味で良い様な。
『駄目です。可愛い物じゃないと駄目なんです』
という家精霊さんの強い要望でこの形になってしまった訳だけど。
ただ寒い所での作業用なだけ有って、普段着よりも温かい。
上着こそ布が足されてスカートになってはいるけど、下も穿いている。
これらは水気で発熱するので、寒い時期に水の中に入っても問題ない衣服らしい。
実際に家の井戸で試してみたら、本当に全然寒くなくて驚いた。
セレスさんは何時も何時も凄い道具ばっかり作って、本当に凄い人だと思う。
「だからこそ、今日はちゃんと、勉強しなきゃ・・・!」
出発前は私に気を使うセレスさんに申し訳なくなったけど、そんな気分じゃ駄目だ。
私はセレスさんの弟子で、国外に連れて来てもらった。
それがどういう意味かを考えれば、落ち込んでいる場合じゃないって解るはず。
とはいえ家精霊さんに『落ち込むより学んでほしいのですよ』と言われて気が付いたのだけど。
「セレスさん、着替えました!」
「うん・・・うん、可愛い」
セレスさんは着替えた私を可愛いと褒めるけれど、それはセレスさんの方だと思う。
身長も高くてスタイルも良くて、顔つきは美人とも可愛いとも言える人だ。
水着も初期のシンプルな物ではなく、可愛らしい衣服になっているから尚の事素敵だと思う。
ただお互いに石の仮面をつけているので、色々台無しな気もするけど。
「じゃあ、いこっか」
「はい・・・!」
セレスさんに手を引かれ、気合を入れて答える。
外では精霊さん達が何故か海戦を始めており、小さな大砲が飛び交っていた。
ただ大砲は火薬ではなく、中に精霊さんが入って弾を投げている様だけど。
「メイラは海に来るの初めてだから、波打ち際で波になれようか。ちょっと波高めだし」
「はい・・・きゃっ」
言われた通り波打ち際に足を踏み出すと、砂と波に足が持って行かれてこけてしまった。
尻もちをついた形なので怪我は無いけど、不思議な感覚に足がぞわぞわする。
だけどこの感覚は嫌いじゃないかもしれない。ちょっと楽しい。
「あれ、そういえば、メイラって、泳げる?」
「えっと、その、あんまり、泳げないです」
「そっか・・・じゃあせっかくだし、波に慣れたら少し練習しようか。その方が安全だし」
「は、はい、頑張ります・・・!」
その後はセレスさんに手を引かれながら泳ぎの練習をした。
波の動きが独特で大変だったけど、何とか溺れない程度にはなったと思う。
精霊さん達はバシャバシャ平気で泳いでるの凄いなぁ・・・あれ、今海の上走ってた様な。
いや、走ってる。そうか、精霊さんって水の上も走れるんだ・・・。
「精霊達、そろそろ帰ろうかー」
『『『『『キャー♪』』』』』
日が沈む前にセレスさんが声をかけると、精霊さん達が一斉に戻ってくる。
ただその手には魚やら貝やらと、お土産いっぱいで戻って来た。
「逸れてる奴居ないか、自分達で確認してくれよ。流石にこの数は把握できないからな」
『『『『『キャー!』』』』』
「・・・お前ら返事だけは良いからなぁ・・・まあ良いか」
精霊さん達がちゃんと帰って来たかリュナドさんが確認している間、私達は服を着替えた。
水着が暖か過ぎたせいか、普段着だと少し寒い様な気がして来る。
「メイラ、楽しかった?」
「はい!」
笑顔でセレスさんに聞かれ、元気よく返事を返す。
今日は一日セレスさんと一緒で、それだけで私は楽しかった部分も有る。
・・・待って、おかしい。今日は海で勉強だったんじゃ。私、遊んでいただけの様な気がする。
「家精霊も待ってるし、早く帰って、今日の事話してあげようね」
「あ、は、はい」
ただその疑問を口に出来ず、家に帰る事になった。
やけに満足そうな家精霊さんの様子で、騙された事に気が付いたけど。
セレスさんはきっと勘違いを解っていて訂正しなかったんだろう。
『楽しまれた様で何よりです』
ただ本当に嬉しそうに言う家精霊さんに、何も言い返せなかった。
うう、私本当に勉強の為だと思ってたのに。むうぅ。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます