第225話、従士の決意に気が付かない錬金術師

「うーん・・・」


家に帰ってきて翌朝、海に行く件で少し頭を悩ませていた。

下見に行くと言って出かけ、次は一緒に行こうねとメイラとは約束している。

だけど昨日は結局下見なんてする余裕はなく、何も出来ないまま帰ってきてしまった。


「セレスさん、何か、有ったんですか?」

「あ、いや、その・・・」


昨日の夜にメイラに言い忘れていたという事を、起きてから気が付いたんだよね。

王都に行く事になって王様に挨拶した事は伝えたけど、肝心の部分を言い忘れている。

その時は起きたら伝えようと思っていた。ただ時間が経つにつれとある事が頭に浮かぶ。


『もし楽しみにしてたなら、がっかりさせちゃうんじゃ』


少なくとも私はライナに誘われて『やっぱりだめだった』って言われたら凄いがっかりする。

だけど駄目なら仕方ないと、素直に答えはするだろう。私でそれならメイラは尚の事だ。

この子はなんていうか、無理とか我慢とかを凄くする子だ、っていうのは私でも解るもん。


なので次の海へ出かける際に、もうこの子を連れて行っちゃおうかなと悩んでいた。

だけど危険を考えるとやっぱり下見は必要だしなぁ。

なんて答えの出ない事をぐるぐる悩みながら朝食を食べている。

すると家精霊がふよっと私の前にやって来て、板に何かを書いて見せて来た。


『お口に合いませんでしたか?』

「あ、ち、違うよ、おいしいよ。何時も通り美味しい。ごめんね、ちゃんと食べるから」


不安そうな家精霊に慌てて謝り、撫でてあげるとほっとした顔を見せてくれた。

あうう。家精霊を不安にさせてしまった。取り敢えず今はちゃんと食べよう。


今日は白身魚を蒸し焼きにしたのかな。焦げ目は無いけど火はしっかり通っている。

赤みの魚は身自体の味が濃いけれど、白身は味付けが肝な部分が強い。

そんなちゃんと味付けされた料理を『ながら』で食べるのは良くないよね。


「・・・魚、そうだ」


私は海に行く際に出来るだけ人気のない所に行こうと思っていた。

となれば多少の危険は当然、魔獣の類も出てくる可能性が有る。

ただ漁村の近くならその危険もきっと下がる。なにせ人が普通に生活しているのだから。


本当は港街の方がもっと安全なのだろうけど、そこは私とメイラの性格上却下だ。

いや、仮面が有ればいけない事は無いけれど、出来るだけ人が少ない方がやっぱり良い。

昨日城に行った時だって、ずっと体強張らせながらだったもん。人の多いとこやだ。

という訳で朝食を摂り終わったら、山精霊にリュナドさんへの伝言を頼んでおいた。


「メイラ、次に海に行くときは、一緒に行こうね」

「え、あ、王都に、王様の所、に、ですか・・・?」

「あ、ううん、違うよ。小さな漁村がこの辺りに在るから、漁村周りなら人が住んでるし、そんなに危なくないかなって。小さなところなら、そんなに人もいないと思うし」

「漁村・・・はい、わかりました!」


どうやら『また王都に行くから付いて来て欲しい』と言われたと思ったみたい。

そうだよね。人の多い所嫌だよね。良く解るよ。

だけど地図を開きながら説明すると、嬉しそうに頷いてくれたので良かった。


「今日行くんですか?」

「ううん。取り敢えず精霊達にリュナドさんへの連絡お願いしたから、今日は連絡待ちかな?」

「解りました。じゃあ今日は、普段通り山に行ってきますね!」

「うん、気を付けてね」


メイラは私の返事を聞くとパタパタと用意を済ませ、精霊達と共に出かけて行く。

当然庭から少し精霊が減り、少し静かになった家の中でのんびりと過ごす。

ただ暫くして庭の方が騒がしくなり、誰か来たのかなと扉を開けた。


「ん、リュナドさんに、従士さん?」


リュナドさんは多分さっきの伝言を聞いて来てくれたんだろう。

従士さんはどうしたのかな。遊びに来ただけかな?

取り敢えず二人を出迎えて家に入って貰い、家精霊にお茶を出して貰った。


リュナドさんが来た理由はやっぱりさっきの伝言で、出発は何時が良いか聞きに来たらしい。

彼の行ける日で良いと私が答えると、なら明後日あたりが一番都合が良いと言われた。

これは忘れない様にちゃんとメイラに伝えないと。今度は忘れないぞ。


「・・・その、私もそろそろ、喋っても良いかな?」

「ああ、こっちの事は気にせず話してくれ。そっちの方が大事な話なんだし」


従士さんが恐る恐る口を開くと、リュナドさんが喋る様に促す。

大事な話・・・遊びに来たんじゃなかったのか。一体何だろう。


「これの事、なのだが」


なんだろうかと首を傾げて待っていると、彼女は恐る恐るといった様子で紙を取り出した。

んーと、ああ、あれパーティーの招待状だ。あれがどうかしたのかな。


「参加不参加の判断を私に委ねると聞いた。本当に良いのか?」

「良い、けど?」


思わず眉間にしわを寄せて返してしまった。だってそれの何が悪いのか解んないんだもん。

だけど従士さんは一層困った顔を見せたかと思ったら、そのまま俯いてしまった。

え、え、何で、従士さんの判断じゃ駄目なの? 何でそんな顔するの?


「貴女も知っての通り、私は世情に詳しい方ではない。だからこそ私は今ここに居る。王族の事だって、王都で知る行動以上の事は解らない。それでも、本当に、私の判断で良いのか?」

「それの、何が、駄目なの?」


世情に疎いとかは以前言ってた気がするけど、そんなの私より疎い人なんて居ないと思うよ。

そのせいで自己判断しちゃ駄目なら、私の行きたくないも駄目って事になるのでは。

でもリュナドさんはそれで良いって言ってくれたし、気にしなくて良いと思う。


「――――――貴女は、本当に・・・了承した。私の判断の下、動くとしよう」


彼女は一瞬泣きそうな顔になり不安になったけれど、すぐにニコッと笑ってくれた。

その笑顔につられて私も笑い、眉間の皴は自然と消える。


「うん、それで、良いと思うよ」

「・・・ああ、ありがとう」


にへへとお互いに笑顔で向き合い、問題無く話が付いた事に安堵する。

大事な話っていから身構えちゃったけど、大した事なくてよかった。

あれかな。招待状が私に届いたから、自分で判断するのが不安だったのかな。


「・・・あれ、そういえば、今日は精霊殺しは一緒じゃないんだね」

「ん、ああ。今日はライナ殿の店で働いているよ。基本的に何か特別用が無い限り、相変わらず日中は彼女の店の世話になっている。先日改めて礼を言いに行ったが、こちらこそ優秀な雑用係が出来て助かっている、などと逆に礼を言われてしまったよ」

「うん、あの子仕事できるって、店に来たばかりの頃にも褒めてたよ」


精霊殺しは主を得ても前の生活のままか。まあそれが自分の維持に一番良いんだろう。

私にとっても精霊殺しがライナの店に居る事は、都合の良い事とも言えなくはない。

精霊殺しにとってライナが都合のいい存在なら、いざという時に守ってくれるだろうし。


勿論精霊達が居るから基本的には大丈夫だと思うけど、この子達気分屋だからなぁ。

まだ条件にひたすら準じる精霊殺しの方が、その辺り信用出来ちゃう。

あ、そうだ。精霊達にも海に行きたいかどうか、後で聞いてあげよう。


ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー


「・・・ん、マスターが困っている?」


店で皿洗いをしていると、マスターから不安と困惑の感情が強く流れて来た。

だけどその感情はすぐに切り替わり、強い決意の様な感情に埋め尽くされる。

危機感や戦意は感じられないので身の危険からの感情では無いのだろう。


「何か、あった、のかな」


手を止めて目をつむり、マスターとの繋がりに意識を向ける。

するとそこには眉間に皴を寄せて鋭い目を向ける錬金術師の姿が在った。

ただ顔つきは険しい物の敵意は感じられないし、マスターも余り警戒はしていない。


「問題無さそう、かな?」


少し様子を見ていると錬金術師はニヘラと笑い、マスターの感情も和らいでいくのが解った。

ただ胸の内には強い想いが渦巻いていて、表情とはまるで違う力が籠っている。

それは負の感情ではなく前に進む力だったので、目を開いて一旦繋がりを遠のけた。


「・・・これ、便利だけど、時々慌てる」


持ち物になったばかりの頃は違ったけど、最近はマスターの感情が手に取るように解る。

おそらく要因はマスターの覚悟だろう。私の持ち主になるという明確な意思による変化。

それによってお互いに繋がりを得て、離れていても危機を察する事が出来る様になった。


ただそれを受け入れた事により、私はまた少し変質してしまった。

悪い変化とは思っていない。だってマスターは約束をしてくれたから。私を一人にはしないと。

それは寂しさを自覚してしまった私にとって、抗いようのない変質だったと思う。


「さて、仕事を続けよう」


止めていた手を動かし、皿洗いを再開する。今日も今日とて食堂は盛況だ。

近辺に食事処が無い訳ではないけれど、たいていの人はここの入り具合を確かめる。

そうして入れなさそうなら別の所に、という感じがこの辺りの常識だ。


「洗い物追加、よろしくねー」

「はい」


店員がホールから下げて来た皿を横に置き、返事をしてその皿も洗う。

黙々と皿洗いをしていると、ピークも過ぎてホールから客が減り始めた。

その頃には洗い物に追われる事も無いので、自ら皿を下げに向かう。

当然その合間に掃除もしつつ、細々とした備品の補充を済ませた。


そして客が完全にはけた頃合いに店長に呼ばれ、賄を出して貰う。

既に精霊達は食べる準備をしていて、皿の周りで小さな食器を持ちながら踊っている。


「今日もご苦労様。どうぞ召し上がれ」

「ありがとう、店長」

『『『『『ありがとー!』』』』』


私が礼を口にすると、精霊達は揃って同じ様に告げてから食べ始めた。

最初はそんな事は無かったのだけど、最近は一緒に食べるせいかそうなっている。

この精霊達は環境によって行動が変化する様で、おそらくこの行為にも意味があるのだろう。


考えすぎという事はきっと無い。あの山から流れる力が、多少私にも影響を与えているし。

おそらくこれもマスターの行動が要因だろう。なにせマスターはこの地に根付くと決めた。

それはこの地に住まう精霊達にとって、共に歩む存在として認知されたんだ。


結果として私は精霊殺しでありながら、山の精霊達の力の一部を有する事になった。

それどころか精霊達の持つ神性も多少だが身に有している。


もう私は明確な『精霊殺し』という武器ではなくなったのだと思う。

勿論元々の力が消えた訳じゃないけれど、今後そちらを振るう可能性は低い。

何せ精霊を敵にする機会は、この地を移動しなければ早々有りえる事ではないだろうし。


ただ山の精霊の力を得た影響か、精霊殺しとしての力を以前とは違う条件で使える様だ。

勿論完全に力を発揮するには、以前と同じ条件を満たさなければいけないけど。

それもマスターを持ち、変質を自身が受け入れた事によって、汎用性は上がっている。


「今日も、美味しい」

『ねー』

『ライナの料理美味しいよねー』

『んっぐんっぐ』

『あ、それ僕が取ってたのにー!』


一緒に仕事をしていた精霊達と雑談しながら、美味しいと感じる食事を口に含む。

そう、美味しい。美味しいんだ。味がする。ちゃんと、味が解る。

ただ回復量での判断ではなく、きちんと味覚という機能で確認出来ている。


それはきっと、間違いなく、精霊達の力の影響だ。

この精霊達は『食べる』事への意思が、他の感情に比べてやたらと強い。

山から流れてきた力によって、その辺りの感覚共有もなされたのだと思う。


「今日は何を作ってあげようかな」


余り料理のできないマスターの為に、この味覚できちんと美味しい料理を作る。

それがこの力を手に入れてからの日課だ。嬉しそうなマスターを見る毎日はとても楽しい。


「・・・うん、幸せ、なんだろうね」


ふとマスターが昔言っていた事を思い出し、空を見上げながら呟く。

ねえ、マスター。やっぱり貴方の言っていた事に間違いは無かったよ。

生きるのを諦めなかったら、良い事も有るものだね。


「だから―――――」


この力を、全力で、マスターの為に振るおう。

あの誓いに負けない様に。精霊殺しとして生きた誇りにかけて。

マスターの前に何が立ちはだかろうと、全てを斬り伏せてみせる。

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