第224話、帰って来て早々に面倒な物を渡される錬金術師
「・・・真っ暗」
まだ帰り道の途中に何となく外の様子を確かめると、もう日は完全に落ち切っていた。
ほんとならその前に家についている筈なのだけど、どうやら精霊達が気を使ったらしい。
「もう大丈夫だよ、速度出して」
『キャー?』
「うん、薬は効いてるし、もう痛くないから」
『キャー♪』
大丈夫だと伝えると頭の上の子に疑わしげに鳴かれたので、軽く腰をポンポンと叩く。
それで問題無いと確認した精霊は嬉しそうに鳴き、荷車の速度を素直に上げた。
少し前に同じ事をやって、痛くて顔を顰めてしまったんだよね。
そのせいで精霊達は心配で速度を上げてくれず、だけどそれに文句なんて言えるはずもない。
仕方ないので大人しく痛みが引くまで低速飛行に甘んじ、のんびりと体を休めていた。
「えーと・・・なら俺はもう要らない、よな」
「うん、その、ありがとう、リュナドさん」
クッション代わりになってくれていた彼から離れ、自力で腰を落ち着ける。
うん、もう痛くない。とはいえ急な加速や減速さえなければ、別に大丈夫だったんだけども。
「あ~・・・」
疲れた声を出しながら肩をぐるぐると回すリュナドさんに申し訳なさが募る。
ここまでずっと私を抱えてくれていたので、体が少し固まっているのだろう。
痛そうにする私を見た精霊達は、薬を塗り終わった彼へ支える様にと言ってきた。
今の自分達の数じゃ合体しても子供サイズで支えられないから、それはリュナドの役目だと。
単純に支えるだけなら子供サイズでも出来るだろう。けど彼なら私の体全体を支えられる。
接触面積の多さによる安定性を考慮した結果、精霊達の中ではそういう結論に至ったらしい。
ただその、うん。彼の傍が余りに心地良く、ついつい長く頼ったのは言い訳しようがないけど。
ライナとは違った意味で落ち着くんだよね。本音を言えばもう少し寄りかかってたいと思う。
ただもう本当に痛くないのでそんな我が儘は言えない。ずっと支えて疲れてるみたいだし。
「あの、ごめん、ね。疲れた、でしょ」
「いや、まあ、支える程度なら軽いもんだよ。やらないで機嫌を損ねられるのも困るしな」
「別に、そんな事で機嫌悪く、しないけど」
「ああいや、セレスじゃなくて、こいつらがな」
『『『『『キャー!』』』』』
リュナドさんの言葉を肯定する様に、精霊達は元気よく鳴いて応える。
するとリュナドさんは小さくため息を吐いてから口を開いた。
「・・・いや、まあ、確かに俺の仕事はセレスの補佐だけどさ・・・何か違わないか?」
成程。精霊達的にはあれも『リュナドさんの仕事範囲』という事なのかな。
精霊達も今はお仕事で一緒に居るのだし、彼にも仕事を全うする事を求めているのか。
とはいえ私も彼と同意見で、そこまで補佐する必要はあるのかなという疑問が残るけど。
「それにしても回復に時間がかかったな。セレスの薬はどれも早く効くと思ってたが」
「ん、私は薬は効きにくく、長続きしないから。余りに即効性だと副作用出る時も有るし。必要な時は即効性の物を使うけど、平時なら出来れば普通の薬を使っておきたい、かな」
「ああ、成程・・・」
他の方法としては、痛み止めを飲んで痛みを無視するというのも有る。
最終手段は痛みを一旦意識の外に置く事だけど、それは後で呻く事になるのでやりたくはない。
そんな話をしている内に街に着き、家の上空からゆっくりと庭に降りる。
「セレスさん、おかえりなさい!」
『『『『『キャー♪』』』』』
「ただいま、みんな」
真っ暗でも帰ってきた事を察知したらしく、家からメイラと山精霊達が飛び出してきた。
当然家精霊もその後ろを付いて来ていて、にっこりと笑いながら迎えてくれる。
ただ家精霊は手に封筒を持っていて、近づくとそれを差し出して来た。
「なに、これ」
唐突に差し出された封筒はやたら豪華で、ゴテゴテとした装飾が施されている。
そして何より気になったのは見覚えの有る印が付いている事だろうか。
確実にどこかで見た気がするんだけど、何処で見たのかが思い出せない。
「王国の、印? 何で・・・」
リュナドさんが封筒を見て呟き、成程見覚えが有る訳だと思った。
何時だったか送られた手紙にこの印が有った。
内容とかそういうのは全然覚えてないけど、印の形だけはきちんと覚えている。
「これは何時来たんだ?」
「えっと、夕方ごろに、マスターさんが・・・」
「マスターが?」
リュナドさんが訊ねると、メイラは戸惑い気味に答える。
するとリュナドさんは一層不可解という様に眉を顰めた。
「・・・セレス、もし今すぐ中を見るなら、俺も一緒に見ても良いか?」
「ん、別に、良いよ」
「助かる」
大事な相手からの手紙でもないし、問題無いと思って封筒を開ける。
中には手紙と招待状の様な物が入っていて、差出人は知らない人の名前だった。
手紙の内容は要約すると『パーティーを開くので、主賓として来てほしい』という物だ。
なんで私にそんな物が送られてくるの。知らない人からの誘いとか怖いだけなんだけど。
「・・・セレスを呼んで世論を味方に付けよう。そんな所か。国王は席を譲る事を決めたが、誰が座るかが決まっていないからな。差出人が王族って時点で間違いないと思うが、さて」
国王。ああそういえば、この国の王様は変わるんだっけ。
この前のごたごたの後暫くして、リュナドさんの口から聞いてはいる。
私には特に関係のない話だったから、そうなんだー程度に聞いていたけど。
ただ理由を聞いてもやっぱり解らない。私を呼ぶ事で何で世論が味方に付くんだろう。
彼が間違いないと言っているのだからそうなのだろうけど、私には全然理解できない。
そもそも私がパーティーになんて、そんな人が多そうな所に行くはずも無いし。
「・・・あれ、これ、招待状複数有る」
「ん、ほんとだな。何―――――げっ」
リュナドさんはその招待状を手に取り、心底嫌そうな声を漏らした。
そこには『精霊使い様』と書かれていて、彼への招待状だと解る。
おそらく今の嫌そうな声は、私と同じで行きたくないんだろう。
「行きたくないなら、行かなくて良いんじゃ、ないかな?」
「え、だが・・・良いのか?」
「駄目なの? 私、行く気、無いけど・・・」
「そう、か・・・うん、セレスがそう言うなら、それが良いか」
どうやらリュナドさんも行かない事に決めたみたいだ。納得して頷いてくれた。
ただこの招待状、他の人達にも向けてあるんだけど、これらはどうしようかな。
メイラへの招待状はともかく、何で従士さんへの招待状まで私に送って来たんだろう。
「リュナドさん、コレ、任せて、良い?」
「え、フルヴァドさん宛の、か?」
「うん、本人に、判断してもらおうと思って」
「・・・成程、そういう事か、確かにそれが一番良いのかもな。渡しておく」
「? うん、お願い」
良く解らないけど、ちゃんと渡してくれると約束してくれたので良いだろう。
私もリュナドさんも行きたくはないけれど、彼女はどうか解らない。
本人に渡して、本人に判断してもらうのが一番だろう。
その後彼は取り敢えず帰還報告に行って来ると庭を去って行き、手を振って見送った。
さて、それじゃあ夕食までのんびり休憩しようかな。
・・・あ、しまった、次の出発予定聞くの忘れた。また海へ行くの遅れる。うう。
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セレスと別れた後、一応報告の為に領主館に向かう。
まだこの時間ならあの人は起きている筈だし、取り敢えず向こうの国の反応を知りたいだろう。
「あー・・・疲れた」
その道中で思わずそんな言葉が漏れる。いやだって仕方ないだろう。
体は疲れていない。だけど精神的にどっと疲れた。
謁見に行ったら国王が先に待ってる事に慌てたし、その国王にセレスはとんでもない事言うし。
そのせいで更に慌てている内に話は終わって、訂正する暇もなく帰る羽目になってしまった。
いやまあセレスにしたら何か考えがあるんだろうが、せめて事前の相談ぐらいしてくれ。
とはいえ国王の反応はおおむね良好で、彼女の行動は正しかったという事なんだろうが。
「かと思えば、本当に体痛めてるし・・・俺のせいじゃ文句も言えねえ・・・」
セレスが薬を使う程という事は、本気で痛みを我慢していたんだろう。
だってあいつと一緒に行動をして、自分の為に薬を使う所なんてほぼ見た事が無い。
なのに今回に限ってブラフ、なんて事は流石に無いと思う。いや、思いたい、かな。
「もし嘘なら、精霊の言葉に素直に従った理由も解んねーしなぁ」
何度か謝りながら俺に寄りかかり、途中から完全に力が抜けていた。
あいつが俺に対し思う所が無いというのなら、嘘をついて迄俺に寄りかかる意味が無い。
男として見られてないのは前から分かっていたが、わざわざ薬を塗る際に念を押されたからな。
・・・良い香りと体温に戸惑うのが俺だけっていう、理不尽な状況が辛かった。
「その上帰ったら止めにこれとは、相変わらず面倒が来る時は立て続け過ぎるだろ」
王族からのパーティーの招待状。おそらく各地の領主や貴族にも届けられているはず。
セレスや俺への招待状が領主経由じゃないのは、あくまで俺達を主賓にしたいからだろう。
それにこれなら『下手なちょっかいを出す』という範囲にも入らないというのが上手い。
別にセレスに強制している訳でも、力を貸せと言ってる訳でもないからな。
とはいえ当の本人は全く行く気が無いし、俺にも行かせる気は無い様子だが。
ただしフルヴァドさんへの招待状に関しては『本人の判断に任せる』と言った。
俺には行かなくて良いと言ったのに、彼女には行くなとは言っていない。
つまり差出人が力を貸すに値するかの見極めを、彼女に一任するという事だろう。
「王都の事なんか全然知らない俺よりは適任だな、確かに」
とはいえ彼女が良いと判断したとして、それで丸く収まる話でも無いだろうが。
招待状を月にかざしながら、まだまだ面倒が起こりそうだと溜息を吐いてしまった。
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