第223話、わざと置いてきたと思われている錬金術師

うう、王様に怒られてしまった。顔が怖くて、仮面が無かったら泣いていたかもしれない。

でも言われた通り素直に跪いたら笑ってくれたので、多分許してくれたんだろう。

王様に跪くのって最低限の礼儀だったんだ。今度から気を付けよう。


あ、でもあの王様にはもうしなくて良いんだよね。次来るか解んないけど。

ただあの国王様は結構良い人なのかなとは思う。

牽制とか言ってたのは良く解らないけど、メイラの事を話した時の顔がとても優しかったし。


それにしても腰が痛い。しゃがんだ時にもっと痛くなった気がする。

これはもう薬を塗ろう。ここまで我慢してたけど、もう限界だ。


「どうぞ、錬金術師殿」

「・・・ん」


文官さんに促され、荷車を止めていた広場に足を踏み入れる。

荷車の周りでは精霊達がちょろちょろと動き回っていて、兵士さん達が少し困っていた。

ちゃんと残っているのは一体だけで、後は全員興味のままに動いている様だ。


「こらこらこら、ほら、帰るぞ。おい、全員集まれー!」

『『『『『キャー!』』』』』


リュナドさんが慌てた様子で声をかけると元気よく鳴いて集まり、彼の前でびしっと整列した。

ただ揃った精霊達を見てリュナドさんが首を傾げている。どうしたんだろう。

不思議に思って見つめていると彼は私に視線を向け、自然と見つめ合う形になる。

そうして暫く私を見つめた後、彼は頭をかいてから精霊達に視線を戻した。


「・・・よし、帰るぞ。配置に付けー」

『『『『『キャー!』』』』』


リュナドさんが指示を出すと精霊達がわらわらと荷車に乗り、私と彼も荷車に乗る。

・・・あ、きつい。これだけで脂汗が出る。空を飛んだら早くローブを脱いで薬を塗ろう。


「じゃ、飛ばすぞ」


リュナドさんが私に確認を取り、頷いたのを見て精霊達が荷車を飛ばす。

ただその勢いがまた良過ぎて腰に衝撃が走った。

縦だったから倒れなかったけど、ズーンと来る感じが凄く痛い。


「精霊達、ちょっと、ゆっくり、加速して・・・腰、痛い・・・」

『『『『『キャー!?』』』』』


震える声でお願いをすると、精霊達が慌てた声を上げて集まって来た。

そう言えば痛いって言ったの、王様に話した時だけだっけ。精霊達が知るはずも無いか。

精霊達は私を気遣う様に鳴きながら、荷車をゆっくりと横に飛ばし始めた。


「セレス、まさか・・・本当に、痛いのか?」

「え、う、うん。ちょっと、我慢するの、もう、辛い、かも」

「俺受け止めた時って、方向転換したあの時、だよな」


彼の問いにこくりと頷くと、彼は何故か片手で顔を覆って天井を仰ぐ。


「・・・勘弁してくれ。あの場の為の方便だって言ってくれた方がまだ良かった。何も言えねえじゃん」


何の事だろうと思いつつ、流石に薬を塗ろうと薬瓶を取り出す。

そしてローブを抜いて腰に巻き、服を巻くって腰を出せるようにする。

流石に男性の前で全部脱ぐのは私でも恥ずかしいしね。

・・・あ、自分でも塗れるけど、腰が痛いのに背中に手を回すの辛いかも。


「リュナドさん、薬、腰に塗って、貰っても、良い?」

「え、あ、いや、俺は、良いが、良いのか?」

「? 何で?」

「いや、何でって・・・一応俺も男なんだが・・・」

「リュナドさんが、男の人、なのは、知ってるけど。それがどうか、したの?」


薬を塗るのと彼が男性である事に、何か関係があるんだろうか。

別に医療行為に男も女も無いと思うのだけど。というか、辛いので早くして欲しい。


「うん、そうだよな。知ってた。お前はそういう奴だよな。アレも結局、ただ上手い事断っただけだよな・・・王子にまた後で渡す手紙で作っておくか。はぁ・・・腰に塗れば良いのか?」

「え、う、うん、おねがい」


彼は溜息を吐きながら薬を受け取り、その様子に少し不安になりつつお願いする。

私何かおかしな事言ったかな。上手い事断ったって、いったい何の話だろう。

取り敢えず服を巻くり、腰を出して彼に背を向けた。少ししてヒヤッとした感触が腰に当たる。


「どのあたりまで塗れば良いんだ?」

「少し範囲、広めに、お願い」

「・・・解った」


リュナドさんの大きい手で優しく薬が塗られているのを感じる。

割れ物を扱う様な、とても優しい手つきだ。彼の性格らしい優しさだ。

何だかそれが心地良くて、まだ薬の効果は出ていないだろうに痛みが引いたような気がする。


「精霊を何体か、置いてきたのは、良いんだよな」


腰がじんわり暖かくなったような感覚を覚え、ぼやーっとしているとそんな事を聞かれた。

精霊置いてきたんだ。でもリュナドさん帰るぞって声をかけたし、精霊達も号令をしていた。

それでもやって来なかったって事は、その子は自分の意思で戻らなかったんだろう。

ポやっとした頭でそう結論を出し、そのまま口に出す事にする。


「この子達が、良いなら、良いんじゃない、かな」

「ははっ、そう言う気がしたよ。嘘は言ってないから困るんだよなぁ、はぁ・・・」


うみゅ。何故か溜息を吐かれてしまった。でも笑ってるから大丈夫なのかな。

今ちょっと後ろ見れないから、彼の様子が解りにくい。

あーでもいいや。腰があったかくて気持ち良い。このまま寝そう・・・。


ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー


「よし、帰るぞ。配置に付けー」

『僕上にいくー!』

『僕右っかわー!』

『僕左ー!』

『僕御者台に乗る!』

『僕奥で寝転がってるー』


リュナド達の指示に従って、僕達が荷車に乗って行く。

その様子を物陰に隠れて眺めながら、荷車が街へ向かって飛んで行くのを見送った。

荷車が見えなくなったらそのままこそこそと、誰にも気が付かれない様にお城の中に侵入する。

そうして残った僕達三体は顔を突き合わせ、ニマっと笑い合った。


『主がまた来るまでに、お城を調べるよー!』


前にここの王子が言ってた。関りが在る、遠い場所の情報を把握するのが大事だって。

その為にいっぱい諜報員を雇って、いろんな事を調べて、それが役に立つって。

演劇でも諜報員の情報を基に、仕える主君の為になってたと思う。だから僕達は頑張る!


『僕達は今から諜報員だー!』

『かっこよく情報集めるぞー!』

『『『おー!』』』


皆で気合を入れた後、演劇で見た様に壁に張り付きながらこそこそと通路を進む。

途中で兵士や使用人に会ったけど、壁に張り付いて気配を消した僕達には誰も気が付かない。

優秀な諜報員の僕達は、そうそう簡単に気が付かれないのだ!


『隊長! 台所発見しましたー!』

『でかした! 兵站確保は大事だから、ここだけはちゃんと覚えてよう!』

『隊長、このお肉美味しいです!』

『あ、狡い! 僕も食べる!』

『あ、僕が先に台所見つけたのにー!』


お肉をつまみ食いした僕から、半分お肉を奪い取る。

すると出遅れた僕が更にその半分を奪い、皆でもっしゃもっしゃと肉を食べた。

このお肉燻製だ。生っぽいけど生じゃない。味もついてるし美味しい。でもちょっと濃い。


『しょっぱい料理が多いねー』

『ねー。ライナの作る料理より、全部しょっぱい気がするー』

『僕もうちょっとしょっぱくない方が好きー』


更に台所を探ると蓋をされた料理が有ったので、諜報員としては調べないといけない。

なので中に入ると色んな料理が有って、皆で食べながら感想を言い合った。

やっぱりライナの料理が好きだなー。帰ったらお仕事して食べさせてもらおう。


『はふー。お腹膨れたー。僕ちょっと休憩ー』

『お昼寝しよっかー』

『すー・・・すー・・・』


あらかた食べ終わったら僕達は少し疲れたので、皆でお昼寝をする事に決めた。

既に寝てる僕も居たけれど、ここならきっと見つからないと思う。蓋の中だもん。

という訳でお休みー・・・あれ?


『動いてる?』

『動いてるねー』

『すぴー・・・すぴー・・・』


ガラガラと音をたてながら、今いる場所が動いているのを感じる。

暫く何処まで行くんだろうと思って待っていると、ぴたっと移動の音が止んだ。

ただ蓋の向こうで誰かが話しているのは聞こえる。


『あ、そうだ、僕達諜報員!』

『そうだ、忘れてた! 起きて起きてー! 何か話してるよー!』

『うに? なあにー? まだ暗いよぉ?』


寝ぼけている僕を起こしていると、蓋がパカッと外された。

すると女の人達が僕達を見下ろし、困ったように首を傾げている。


「・・・え、っと、何かしら、これ、は」


しまった。見つかっちゃった。えっと、えっと、諜報員って見つかったらどうするんだっけ。

そうだ、演劇だと素知らぬふりして挨拶して切り抜けてた!


『こんにちはー!』

『もうすぐ暗いからこんばんはじゃない?』

『でも僕今起きたからおはようだと思うー』

「キャ、キャー?」


僕達を見る目がさっきより困惑に染まっている。おかしい。何がいけなかったんだろう。

皆でムムムと悩んでいると、女の人はニコッと笑って口を開いた。


「・・・貴方達、もしかして精霊様かしら?」

『そうだよー』

『僕達精霊だよー』

『諜報員って、正体ばらしちゃ駄目じゃなかったっけ?』

『『あっ』』


やっちゃった。どうしよう。主に怒られるかな。リュナドにも怒られるかも。

内緒でやって驚かせようと思ってたのに、まさかこんな落とし穴があるなんて!


「ふふ、実は貴方達のお友達を、一度見た事が有るの。可愛い女の子の頭に乗っていたわ」

『アスバちゃんかな?』

『多分そうだと思う』

『でもあの僕はあんまりお城探検してないって言ってたよね』

「ふふっ、本当にキャーって鳴くのね。置いて行かれてしまったの? こんな所に入り込むなんて、お腹がすいていたかしら。なら可愛らしいお客様をおもてなししないといけないわね。甘いお菓子もご用意させて頂きましょう」

『『『お菓子ー!』』』


見つかっちゃったけど、女の人は僕達を歓迎してくれているみたい。

そうだ、諜報員は相手の懐に入り込むのも仕事だから、僕達まだ失敗してない!

よーし、まだ頑張るぞー!

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