第222話、王様に挨拶に行く錬金術師

「行ってきます。セレスさんも気を付けて下さいね」

『『『キャー!』』』

「大丈夫。下見してくるだけだから」


何時も通り朝にメイラを見送る際、心配するような事を言われたので笑って返す。

こんな事を言われたのは、今日は海への下見を行く日だと前日に伝えたからだと思う。

既にリュナドさんの許可も貰っていて、後は彼が家に来たら出発だ。


「メイラこそ、前みたいに軍隊の傍に行っちゃ、駄目だよ?」

「う・・・き、気をつけ、ます・・・」

「山精霊達も、行く前にちゃんと注意してあげてね」

『『『キャ、キャー・・・』』』


何でメイラも山精霊も肯定しながら視線を彷徨わせるのだろうか。

もしかして怒られると思ってるのかな。別に怒ってはいないんだけど。

帰ってから事情を聞いた時だって普通に聞いたはずだし。心配はしたけどさ。


『わ、私も、黒塊と精霊さんが居れば、何とか出来ると、思って、だから、その・・・!』

『『『キャー・・・』』』


ただそんな風に一人と三匹で上目遣いで見つめて来て、叱る事は出来なかった訳だけど。

でも危ない事は余りして欲しくないので、次からは気を付けてねってお願いはしておいた。


「じゃ、じゃあ、い、行ってきます!」

『『『キャー!』』』

「え、あ、うん、行ってらっしゃい」


うーんと悩んでいると、焦る様にしてパタパタと走って行くメイラ達。

慌てて顔を上げて見送りの言葉を告げ、横では家精霊がくすくすと笑っていた。

メイラ達が消えた庭は何時も通り山精霊が減っていて、数体が黒塊にちょっかいをかけている。


『『『『『キャー』』』』』

『勝手に遊んでいろ。我を誘うな』

『『『『『キャー♪』』』』』

『引っ張るな。伸ばすな。娘の同行の為以外で千切るな!』


また千切られてる。あの千切られた小さいのも元の大きいのも、どうやら意識は同じらしい。

暫く眺めていると山精霊の居る数に分けられた黒塊が、全員バラバラに文句を言っていた。

多分ダメージの類は無いんだろうな、あれ。山精霊も黒塊も相変わらず良く解んない生態だ。

そうしている内に通路の向こうから楽し気な山精霊の声が聞こえ、リュナドさんがやって来た。


「・・・なにこれ、どういう状況なんだ。黒いのが増えてるんだが」

「山精霊達が、千切って増やしたから」

「・・・聞いても解らなかった。よし、考えるの止めた。多分気にしても仕方ない」


そんなに難しい事だったかな。言ったとおりの事だったんだけど。

ただ気にしても仕方ないっていうのは、ある意味間違ってない気もする。

とはいえ私は観察して、色々と条件を発見するのは楽しいのだけど。

黒塊はああやって分裂出来るみたいだけど、あれは山精霊が千切らないと無理な事とか。


「で、海には荷車で行くのか?」

「うん。こっちの方が、長距離移動は楽だから」


絨毯で行っても良いのだけど、それだと海までの距離が遠いので少し疲れる。

ストレッチしながらでも移動できる荷車の方が、長距離移動には向いているだろう。

飛ばしながらのお弁当だって食べられるし、それに何より絨毯だと寒いしね。

移動を精霊に任せて幌を閉じてしまえば、中はそれなりに温かいもん。


「じゃ、行くか」

「ん」

『『『『『キャー♪』』』』』


私とリュナドさん、後は彼に付いて来る山精霊達で荷車に乗る。

ニコッと笑いながら手を振る家精霊に笑顔を返し、私も手を振って荷車を飛ばした。

最初の内は地図を見ながら自分で飛ばし、少し寒くなった頃に精霊にお願いして中に引っ込む。


「セレス、今どのあたり飛んでるんだ?」

「えっと・・・ここかな」

「え?」

「え?」


今日のリュナドさんは荷車の奥で道具の手入れをしており、地図を見ていなかった。

なので今どの辺りなのかを伝えると疑問の声を上げられ、思わず私も同じ様に返してしまう。

え、な、なに、私何か、いけない事した? 海向かって良いって言われてたよね?


「え、いや、これ、どこ行く、気なんだ?」

「何処って、えっと、海、だけど・・・」

「・・・いや、うん、えっと・・・チョット待ってくれ」


答えを聞くと彼は頭を片手抱えて天井を仰ぎ、一度大きく息を吐いてから私に顔を向けなおす。


「これ王都とはほぼ反対側の、海への最短距離だよな。国王への挨拶は?」

「え、出来たらって言われたし、面倒臭いし・・・」

「め、面倒・・・い、いや、一応世話になってる訳だし、他国で勝手に色々やる許可貰ったわけだし、一応挨拶ぐらいはしておいた方が良いと思うんだが・・・」


えう。面倒だったし早く帰る気だったから、海への最短距離を飛んでたんだけどな。

王都に行かなきゃ駄目なのかなぁ。人いっぱい居そうで嫌だなぁ。

そんな風に思いながら、彼に上目遣いを向けて口を開く。


「・・・リュナドさんは、行かなきゃ駄目だと、思う?」

「うっ・・・いや、まあ、礼儀として、挨拶ぐらいは、と、思う、ぞ」

「・・・そっか」


嫌だけど、気乗りしないけど、彼がそう言うなら仕方ない。

きっと私よりも、彼の言葉の方が正しいと思うし。


「精霊達、進路変更。今この辺りだと思うから、こっちの方に方向転換。ここを目指すよ」

『『『『『キャー♪』』』』』


精霊達は地図をふむふむと見た後、元気よく声を上げて方向転換。

ただその変え方の勢いが良過ぎ、リュナドさんが私の方に倒れてきた。

とっさに彼を受け止めようとして、位置的に薬瓶が彼の頭に当たる事に気が付く。


「っ!」

「わぷっ!?」


慌てて体を捻り、薬瓶が当たらない様に彼の頭を胸で受け止めた。

・・・チョット無理な動きしたせいか、少し腰が痛い。

このぐらいなら良いけど、もしまだ痛むなら後で薬を塗ろう。


「わ、わるい!」

「ん、平気だよ。お互い怪我が無くて、良かった」


慌てて離れて謝るリュナドさんだけど、今のは別に彼が悪い訳じゃない。

それに今の彼は鎧を脱いでいるから私も無事だ。もし着ていたら私はもっと痛かったと思う。

取り敢えず山精霊達にもうちょっとゆっくり曲がる様に伝え、王都へまっすぐ飛ばす。


しかしどうしようかな。完全に最短距離で行って帰るつもりだったからなぁ。

王都は真逆だし、挨拶に行って話してってやってたら時間もかかる様な。

これ、海に行く時間あるかな。あ、でも王都は海に面してるって言ってたっけ。

・・・あ、ちょっと、腰、痛みが、増して来てる、様な。


ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー


先程、錬金術師がやって来たと連絡が入った。

先ぶれも無しで来たか。まあ彼女の事だ、それで私達の反応を見るというのも有るのだろう。

取り敢えず今日の予定は全て取りやめ、彼女を歓迎する時間に変更する。

既に父へと話は通っているだろうが、一応確認の為に父の下へ向かった。


「父上、彼女が来ました」

「ああ解っている。英雄の帰還、という所か?」

「英雄の娘ですし、その表現は間違いでしょう」

「ふふっ、だがその娘も親に負けず劣らず、中々に自由奔放と見えるがな」


魔獣に王都が襲われた時の事は、全ての事実を父に伝えている。

父は見ていなければ信じられない様なあの出来事を、全て本当の事だと信じてくれた。

むしろ神威の雷が偶然落ちたと言われるよりも真実味がある、等とも言っていたが。

だからその娘の実力を伝えた以上、父は侮らずに真剣に対処を考えている筈だ。


「彼女は無駄を余り好みません。出来るだけ早く対応した方が宜しいと思われます」

「ふむ、国王との謁見に少し待つ程度も出来ない相手、という事か?」

「彼女にとっては一般人も国王も同列。有るのは身内か敵か、利用出来るか出来ないかかと」

「かっはっはっ! なんとも豪気。だがそれ相応の実力を持っていれば誰も咎められんな」


父の言葉は気楽に聞こえるが、私の言葉を疑っている訳では無い。

全て真実だと解っているからこそ、私への貸しという形で私の要望を飲んでいる。

もし彼女の実力が偽物だとするのならば、きっと父は私の願いを突っぱねていた事だろう。


つまり父は、下手をすると私よりも先に、錬金術師の動向を探っていた事になる。

それならばあの馬鹿貴族共を抑えて欲しいと思うが、父には別の考えがあったんだろう。

私としては当時の苦労を考えると、恨み言の一つや二つは言いたいと思ってしまうが。

彼女の殺気は今思い出しても震えが来る。


「どうだ、嫁に出来そうか?」

「要りません」

「まったく、そんな事でどうする。お前も王族として、いい加減子の一人や二人作れ」

「私は王子ですが王太子では有りません。子供は必要ないかと」

「血を絶やさぬが重要と、何度も言っているだろう。全く、何時まで初恋を引きずるつもりか」

「は、初恋など、私はその様な・・・!」

「ああ、いい、いい。お前の言い訳は聞き飽きた。さて、これ以上待たせぬ為にも行くか」


話題を出しておきながら私の言う事を聞かない父を睨みつつ、言われた通り付いて行く。

そうしてその途中で、母が通路の中央で待ち構えているのが目に入った。嫌な予感がする。


「今日は予定があったのではなかったか?」

「もちろん全て取り止めに。大事なお客様が来られるのに、私が居ないのは失礼でしょう?」

「くっくっく、確かにな。ならば共に彼の英雄の娘へ挨拶に向かおうか」

「ええ勿論。もしかしたら、という事も有りますしね」


父はニコニコとしながら母に近づき、どう考えても何の用か解っている様子で問う。

すると母は口元を隠しながらニヤッとした目を私に向けつつ、父に返答をした。

だから私は彼女を娶る気など毛頭無いと、何度も言っているというのに。

溜息を吐きつつ二人に続き、謁見の間へと向かう。


「通せ」

「はっ」


本来なら王が先に待つというおかしな事態に問い返しもせず、文官が錬金術師を呼びに行く。

彼は父の腹心でも有る。つまりは父と同じく全てを把握しているという事なのだろう。

話が早い事はとても助かるが、わが父ながら色々と手回しが良過ぎではないだろうか。


彼女を迎える為の準備も、私が口を出す前に進めていた様子だった。

でなければ荷車で空からやってきた彼女を、何の騒動も無く受け入れるのは不可能だろう。

彼女はその辺りも確かめたのかもしれないと思っている。自分をどこまで知っているのかと。


錬金術師の思考を考察していると、暫くして彼女と精霊使いが謁見の間に入って来た。

そして国王が既に居る事に精霊使いは驚きの顔を見せ、即座に膝を突く。

ただし錬金術師は仮面を外す事も無く、相変わらず睨み上げる様子を―――――。


「他国の王族、はまだ良いとしよう。だが国王に膝を突くのは、最低限の礼儀ではないかね?」


―――――父上、何を!?

彼女を刺激するような言葉に、驚きの余り目を見開いて父を見る。

だがその顔はとても厳しく、侮りや嘲りといった様子の無い表情だ。


今の父の一言で明らかに錬金術師の威圧感が増しているが、父はその言葉を撤回しない。

ただ真っ直ぐに錬金術師を見つめ、そして彼女はすっと膝を突いた。

その事に一番驚いたのは、多分彼女の後ろに居る精霊使いと私だろう。

まさか「あの錬金術師」が膝を素直に突くなど、彼女を知る私達には想像も出来なかった。


父は彼女が膝を突いた事を確認すると、とても楽しそうな笑顔を見せる。

これは間違いなく『気に入った』という顔だ。この後の発言が想像できてしまった。

それを言ってしまえば睨まれるのは私なので、お願いだから止めて欲しい。


「・・・これで、良い? 少し、腰を痛めてる。この体勢、辛い」

「ふむ、面を上げよ。立つ事を許そう。貴殿の礼、しかと受け取った。今後はもう要らぬ」

「・・・ありがとう」


だがその前に珍しく彼女が体を痛めていると言い、立ち上がる許可を出した。

声音はとても重圧感が有るが、感謝の言葉を口にした辺り本当なのだろう。


「貴殿程の剛の者が体を痛めるなど一大事であろう。何か有ったか?」

「・・・ここに来る前に、リュナドさんを受け止めた、から」

「はっ!?」


父の問いに答えたその言葉に、精霊使いが驚愕の声を上げた。

それもそうだろう。まさかこんな場所で『寝所を共にした』などと言うと誰が思うか。

当然父も母も面を食らった顔をして、だが次の瞬間には父は大笑いをした。


「かっはっはっはっ! これはこれは、このような牽制をされては敵わんな。確かにこれは、我が息子が入る余地は無さそうだ。余計な事を口にして、貴殿を不快にさせぬ事にしようか」

「ふふっ、お熱いですわね」


ああ、そういう事か。私はお前らの身内にはならないと、そういう返答をしたわけだ。

それも国王が先に言葉を発してそれを蹴る、という失礼な形にならない様に。

今後も友好的にやっていく為に、先手を取って事を穏便に済ませたのか。

ただそのせいで、父は余計に彼女を気にってしまった様だが。


「・・・予定より、遅くなったから、もう良いなら、帰る。家に、子供を待たせてる、から」


更に彼女は畳みかける様に『子供』と口にした。嘘ではないが、実際には彼女の弟子の事だ。

だがこの場でそれを知る人間は少ない。間違いなく額面通りに受け止める。

これは父への牽制の意味も有るが、周りの貴族共への意思表示でも有るのだろう。

私は王子の子を産む気は無く、既に自分の子が居るので関わるな。そういう言葉だ。


「かははっ、それは大事な用だ。お前たち、彼女達を外まで送れ」

「はっ!」


文官と兵士達は丁重に彼女達を連れて行き、その姿が見えなくなったところで父が笑い出した。


「かっはっはっはっ! ああ良いな、あれは良い! 欲しいな!」

「ええ、出来れば娘に、というのが一番ですが、難しそうですね」

「ぼんくら息子は初恋をこじらせているので色々諦めていたが、彼女なら、と思ったのだがな」

「とはいえまだ望みを捨てるには早いかと。後ろの彼の様子からは、まだまだと思います」

「ふむ、そうか、ならば愚息にも希望は有るか」


彼女と父の謁見が無事に終わった事に安堵する暇もなく、好き放題言われはじめてしまう。

何度もそれは無いと言っているというのに。そもそもこんな中年など、彼女もお断りだろう。

父に気に入られたのは良いのか悪いのか、溜息を吐きながら先にその場を後にした。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る