第221話、平和を保つ彼に感謝する錬金術師
「行ってきます、セレスさん」
『『『キャー』』』
「はい、行ってらっしゃい。気を付けてね」
今日もいつも通りメイラを見送り、姿が見えなくなったところで空を仰ぐ。
良い天気で、日差しも良い気持ちだ。大分寒くなったはずなのに、そこまで寒くない。
「庭でお昼寝したくなるね・・・」
多分これは家精霊の力なのだろうなと思いつつ、そんな事を呟く。
最近バタバタした事が全然ないから、物凄くぼんやりとした気分で毎日を過ごしている。
ただ昨日ライナの店に行った時『最近平和だねぇ』と漏らすと、ため息を吐かれたけど。
『確かに一時に比べれば大きなごたごたは無いけど・・・セレスが平和なのは、リュナドさんのお陰も大きいんだからね。ちゃんと感謝して、お礼を言っておきなさいよ?』
と言われてしまった。でも確かに言われる通り、彼にお世話になってるから平和なんだよね。
仕事関連は全部彼におんぶにだっこで、私は適度に狩りに行って家で作ってるだけだし。
やりたい事しかやってない私がのんびりできるのは、全部リュナドさんのお陰なのだろう。
「それにライナがああ言うって事は、私が知らない部分でお世話になってるんだと思うし」
きっと私が思っている以上に、私は彼にお世話になっているんだろう。
私の彼に対する感謝は全部ライナに言っているけど、それとは別で言われた訳だし。
「また何か、お礼を送りたいなぁ」
とはいえ何を渡した物か。渡すならちゃんと役に立つ物が良いよね。
あ、そう言えば魔法石渡したままだっけ。あれあげちゃおうか。
対精霊殺し用に用意はしたけど、別に精霊殺しじゃなくたって効く物だし。
今度遊びに来た時にでも伝えておこうかな。
「リュナドさん用の水着も作ったし、あれもついでに渡せばいいかな」
先日、やっと王子の国に行って良くなったと連絡が来ている。
向こうに行く際にもリュナドさんが付いて来るとの事なので、彼の分も用意する事にした。
ただ出来れば向こうの国王に挨拶して欲しい、と言われた事には悩んでいるのだけど。
でも出来ればって言われているし、出来ないならしなくて良いよね?
「うん、良いや、別に。王子に会うのも面倒臭いし」
王子とは比較的話し易くは有るんだけど、あれは私を見てないからだしなぁ。
彼は私に視線が向いているけど、向いているだけで見ている所が違う。
最初はそこが解らなかったけれど、慣れた今は間違いなくそうだと解る。
他の人の様に、私の行動を見て、私を見つめている訳じゃない。
だからって何を見ているのかと言われれば、良く解んないんだけど。
それに貴女の母君は、母君はって、お母さんの事ばっかり聞きたがるのも面倒臭い。
お母さんの事を話すのは嫌いじゃないけど、そんなに幾つも話す事なんて無いよ。
「いつ行こうかな・・・取り敢えず下見だし、近い内にリュナドさんとぱっと行く事にしよう」
本格的な採取やメイラを連れて遊ぶのは、それが終わってからかな。
もし魔獣が多い所だったら、メイラを遊ばせる事なんて出来ないし。
とはいえ街の傍であれば、そこまで危険はない気もするけど。
「リュナドさんの予定が空いている日、聞いておかなきゃ。最近いつも忙しそうだしなぁ」
『キャー』
「あ、うん、そうだね。ごめん、君も一緒にね」
『キャー♪』
頭の上の精霊が『僕も行くのー』というので、応えると嬉しそうに鳴き声を上げる。
ほぼ常に頭の上に居るから、最近は私も特に違和感が無くなっていた。
「今回はメイラも居るから、家精霊もそこまで寂しくない、よね?」
家精霊に目を向けて問うと、家精霊はムーっと頬を膨らませた。
「え、だ、駄目?」
一人で置いて行くよりはよっぽど良いと思ったのだけど、何か不満な様だ。
何が駄目だったんだろうと悩んでいると、家精霊は板にカリカリと何かを書き始める。
『主様は主様です。メイラ様じゃありません。変わりは存在しません』
そして書き上げた板を見せると、プイっと顔を背けられてしまった。
家精霊にとって『私が居ない事』と『メイラが居る事』は別項目らしい。
どちらが居なくても寂しい物は寂しいと、そういう事なんだろうな。
「ん、早めに帰って来るよ。ううん、出来れば日帰りで帰って来る。荷車を全速力で飛ばせば泊りになる事は無いだろうし、遅くても翌日には帰るよ」
なので家精霊にそう告げて頭を撫でると、にへっと笑ってくれた。
どうやら機嫌を直してくれた様で、きゅっと抱き付いて来る家精霊。
それに応えて抱きしめると、足元で『キャー』と鳴いてわらわら集まる山精霊。
何となく勢いで飛びついているだけだろうけど、家精霊も笑っているから構わないだろう。
「・・・にぎやかになったなぁ」
精霊達の相手をしながら口から出た呟きは、自分で解るぐらいご機嫌な声音だ。
その言葉の意味は精霊だけの事ではなく、友人たちの事も含んでいる。
親友が時々遊びに来てくれて、友達が嘘みたいに増え、新しい家族まで出来た。
この私に友達が増えた奇跡と、人の面倒を見れるぐらい自力で生活できている奇跡。
それをかみしめていると、胸の奥からむずむずとした温かさが湧き出す。
「うへへぇ・・・幸せだねぇ・・・」
そう口に出してしまうぐらい、今の生活は余りにも心地良い。本当に、幸せだ。
平和で、のんびりで、ゆったりしてて、世は事も無しって感じだね。
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
「じゃあ、錬金術師に直接仕事は頼めない、という事ですか?」
「そういうこった。少し前まではまだ街によく来てたが、最近は殆ど出て来ねえ。だからそこを狙って会うってのも難しいだろうな」
最近少々客が多過ぎる気のする酒場でグラスを磨きながら、客の会話に耳を傾けていた。
すると最近は珍しくもなくなった、錬金術師を訊ねて来た人間の話が聞こえて来る。
相手にしているのは常連客で、どうやら情報代わりに奢って貰っている様だ。
「ですが、住処は有名でしょう? 誰か訪ねに行ったりは・・・」
「家の前の通路で兵隊に止められるのがオチだな。この街にとって、あの錬金術師っていうのはそういう存在なんだよ。ああ勿論、錬金術師を名乗る別の人間はそんな扱いじゃねえがな」
常連客の言う『別の錬金術師』とは、彼女が有名になった後にやってきた連中の事だ。
この街が著しく発展し始めた際、領主は錬金術師を大事に抱えていると、そういう噂が流れた。
となれば自らは錬金術師と名乗る人間がやって来るのは必然だったんだろうな。
おそらく連中は、事実とは逆の想定でやって来た。
領主が鉱山や新しい品で儲け、その資金をもって錬金術師を道楽で囲っていると。
当然真実は真逆であり、彼女が居る事で街が大きくなった以上、その想定は外れる事となる。
偽物だったのか、本物だが力量が無かったのか、どちらにせよ必要の無い人材は追っ払われた。
「だからもし初対面で『仕事を受けよう』なんて言って来る奴が居たら偽物で、詐欺の類だな。特別製なんて言われて偽物を掴まされるか、本物でも質が落ちると思った方が良い。何せ彼女はこの街に来てから一度たりとて値の吊り上げをした事が無い。どんなに需要が有ってもな」
「なる、ほど・・・」
それは俺の仕事の成果だ、と言いたい所が有るが、あいつが文句言ってないのも確かだ。
お貴族様相手にはそれなりの額で売らせて貰っているが、一般市民にはそうじゃない。
特に薬の類は出来るだけ誰でも手の届く値に固定させている。
それもこれも急ぎで頼めば、吊り上げずに当たり前に作ってくれるから、ってのも有るがな。
精霊兵隊の隊長様には気苦労をかけるが、奴が頼むと本当に急いでくれるのも含めて。
『街の為になるなら請け負う。金が落ちてるのに薬が手に入らない街、なんて洒落にもならない。俺がちょっと胃が痛いだけでガキや老人が救われるなら、それで良い。良くないけど』
何とも立派過ぎて、涙が溢れる奴も出て来る隊長様だよ、全く。
あの馬鹿領主には本当に勿体なさ過ぎる。あんな奴大陸中探してもそうそう見つかるかどうか。
勿論奴には奴で打算も有るのだろうが、だとしても奴の仕事には感服するしかない。
あの錬金術師を多少なりともコントロール出来る時点で、奴の仕事は出来過ぎている範囲だ。
「ですが、無理矢理にでも押し入って攫う、なんて連中も居るんじゃ。いくら兵隊とはいえ数人が立っているだけでしょう。集団で襲われればひとたまりもないですよ」
「・・・まさかお前さん、そんな事やるつもりか?」
「いえいえまさか! ただ、そういう連中も、世の中には居るでしょう?」
「ふーん・・・まあ、そうだな」
会話が怪しげな方向に向かっているなと思い、連中にちらりと目を向ける。
話を聞いている男はどうやら商人の様で、傍には護衛らしき連中が座っていた。
一見して怪しい所は無いが、何となく面倒そうな客だなと感じる。
あくまで勘だが、こういう勘は割と当たる物だ。
「お前さん、街中の精霊達は当然見てるよな?」
「え、ええ、酒場にも、ちらほら居るみたいですし・・・」
男は常連客に応えつつ、最近チョロチョロ来るようになった精霊に目を向ける。
今も俺の前でカクテル用の果汁を飲んでいるが、これの支払いはその隣に居る客だ。
うちの店は何時から精霊が接待をして、精霊に飲ませる酒を頼む店になったんだろうな。
とはいえ酒精はそこまで好きじゃないらしく、もっぱらミルクか果汁だが。
「アレが全員襲って来ると思った方が良いぞ。錬金術師の家に押し込むならだがな」
「え、い、いやでも、精霊は、精霊使いの僕じゃ・・・」
「その精霊使いが、あそこで番してる精霊兵隊の隊長様だ。知らなかったのか? そもそも精霊兵隊は精霊に認められた連中だ。必ず傍に精霊が居るぞ。なぜ『精霊』兵隊なのか、考えりゃ少しは気が付きそうなもんだが」
「そこは、ただ単に精霊が住む街という事で、実力ある者達に付けた役職かと・・・」
「ああ、成程ねぇ。確かにそれも有りそうだ。けどまあ、事実は今言ったとおりだよ。それに連中の戦う所を見れば、数人でかかった所でどうしようもないのがすぐに解るぞ」
事実、今迄錬金術師に会いに行こうとした人間は何人もいた。
俺や領主を通さず直接仕事を、もしくは攫って監禁して利益を、という類だ。
中にはこの街の利益の要点を潰す為、という理由で押し入った連中も居るだろう。
だがその悉くは、精霊と精霊兵隊に捕らえられている。庭にすら辿り着いた者は居ない。
因みに俺に絡んで来る連中も当然増えていたが、最近は減少の傾向にある。
理由は精霊達だろう。こいつらが店内に居る事で、俺に対し強くは出られない。
「大体この街に居る有名な連中は、全員錬金術師の知り合いだ。もし奴に手を出すなら全員と事を構える事になる。死にに行くようなもんだ。大人しく正規の手順を踏むほうが利口だ」
「ぜ、全員、ですか?」
「おおよ。お前さんは何人、何処まで知ってる?」
「え、ええと、そうですね・・・先ずは先程の『閃槍の精霊使い』で、次に『無尽蔵の魔法使い』と、ああそうだ『守護者の聖女』でしたっけ」
「一つ足りてねえな。そこに『錬金術師の弟子の黒巨人』も足しときな」
「く、黒巨人・・・まさかあの噂は、本当、なのか・・・?」
あの反応からすると、化け物が軍隊を止めた話も余所にも流れているのだろう。
黒巨人か。確かにアレはまさしくそれがぴったりだが、本人はいたく可愛らしい娘だ。
現物を見た事が無ければ、あの娘と黒巨人を結びつけるのは不可能だろう。
それに余りにも突拍子が無いせいで、あの男も信じずにやって来たんだろうな。
「その様子だと、本人達の成果は知ってるんだろう? あれらをただの噂話だと思わない事だ。そして何よりも厄介な事を、多分あんたが勘違いをしていそうな事を教えてやろう」
「な、なんでしょう・・・」
常連客はもったいぶった言い方をすると、男はごくりとつばを飲んで続きを促す。
「なあに、簡単な話さ。連中より『錬金術師の方が化け物だ』ってだけの事だ。別に錬金術師は『守られている』訳じゃない。暴れない様に『抑えている』だけさ。他の連中がやさーしく対処してなけりゃあ、今頃死体がごろごろ転がってるだろうぜ。いや、死体も残らないか?」
「・・・は?」
「お、信じてねえって顔だな。まあ別に信じなくても俺に損は無いから良いが、信じておいた方が得だぜ。何せ彼の精霊使い殿が攻撃された際、錬金術師は攻撃したチンピラを跡形もなく消し飛ばしたからな。俺はこの目で現場を見たから、確かな情報だぜ?」
「・・・まさか、錬金術師が精霊使いを見初めているから街に住んでいると、その為に貴族どころか王族も袖にしているというあの噂は、本当なのですか」
この噂に関してだけは、本当に同情する。本人が嫌がってんの知ってるからな。
ただ街中で錬金術師を抱きかかえてた事実が在る以上、噂が立つのはどうしようもない。
以前他の領地で仕事をした際の、倒れた錬金術師を抱きしめていた件も噂になっているしな。
「そういうこった。錬金術師を連れて行きたきゃ精霊使いをどうにかするしかねえ。けど精霊使い本人も化け物みたいに強く、精霊使いが居るから錬金術師は大人しい。更には精霊使いが居なくなればその矛先は・・・だから大人しく正規の手順を踏む方が利口だって話だ」
「そしてその精霊使いも、結局今言った全員と繋がっている、という事ですか・・・」
「お、察しが良いじゃねえか。まあまあ飲め飲め。この街で変な事すんのは諦めときな」
「・・・ええ、確かに利口かもしれませんね。勿論、最初からその気は有りませんが」
男は精霊達を見ながらそう口にすると、自らも酒を飲み始めた。
どうやら本気で引くつもりの様で、また一つ事前に犯罪を防いだ結果になった様だ。
本当に精霊兵隊長様々だ。あいつのお陰で平和が保たれてると、今なら間違いなく言えちまう。
・・・本人は色々不服だろうがな。素直な意味で『自分のお陰』じゃねえからなぁ。
「ま、今度来た時には良い酒でも出してやるか」
そう呟きつつ、最近は無料飲み放題で振舞っている客の来訪に備える。
つっても精霊兵隊長様は安酒しか頼まんからな。勝手に良い酒に変えてやれ。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます