第219話、知らない内に全部終わった錬金術師

黒い巨人の出現に驚いて呆然としていると、不意にその黒が倒れるのが見えた。

ただ完全に倒れ切る前に巨人は霧散したので、倒れたという訳では無いのかもしれない。


「・・・はっ、いや、違う、えっと、と、とりあえず、わたし、え、どうしよう、えっと、と、兎に角メイラ、メイラの様子を、見に行くのが良いの、かな?」


巨人が消えた後も暫くぼーっとしていたけど、はっと正気に戻って焦り出す。

現状は何も状況が解らないので、取り敢えずメイラの所に行くのがきっと正解だろう。

だけど焦り過ぎてパニックになりそうだったので、ちょっと深呼吸をして落ち着く。


「私の為、って言ってたよね・・・もしかして、また誰かが私を呼びに来た?」


もしその為にメイラが戦っているのだとしたら、それは一大事だ。

相手が男性なら震えながら相手をしているに違いない。

だけどそれでも私の為にと、あの子はきっと頑張ってしまうだろう。


「荷車は・・・!」


最後の荷物を降ろそうとしていた所らしく、ならばと荷車に乗り込む。

そして全力でメイラが居るであろう地点に赴くと、大量の兵士らしき人間達が拘束されていた。


「ひ、人が多い。う、ううん、今はメイラが優先。さっきのは、この辺りの筈・・・」


幸い兵士達の大半はぐったりして私を気にしていないので、余り視線を気にせずメイラを探す。

ただ良く見ると拘束は精霊達がやっており、もしかしてと探すとリュナドさんを発見。

更にアスバちゃんと王子、従士さんと精霊兵隊さん達も居る。

それを確認していると彼も私を見つけたらしく手を振っており、その近くに荷車を下した。


「セレス、来たんだな」

「だ、だって、メイラが、この辺に・・・!」

「あー・・・もしかして、無許可、か。あの黒いのを使ったのは」

「え、う、うん。許可は、出して、無いよ?」

「マジかー・・・そりゃセレスも来る訳だ」


特に使っちゃ駄目とも言っていないけど、使って良いよとも言った覚えはない。

だから素直に答えると、彼は少し困ったような顔で背後に有るテントをちらっと見た。


「あの子はどうやらさっきのあれで疲れたらしく、今はあの中で寝てる。黒塊と精霊達もついてるから、万が一って事は無いだろう。全員疲れただけだって言ってたからな」

「そ、そっか・・・その、泣いてたり、してなかった? 男の人、沢山みたい、だし」


背後を見ると、大量の男性の兵士。もしかするとこれが怖くて黒い巨人を出したんだろうか。

色々パニックになってやらかした可能性も無くは無い気がする。私みたいに。


「あー・・・若干有ったから、あの中で寝かせてるんだよ。あれなら周りが見えないだろ?」

「そ、そっか。ありがとう、リュナドさん」


やっぱりあの黒い巨人は、癇癪を起した結果だったんだ。

あの大量の兵士はその癇癪に充てられて倒れたんだろうな。

だけどメイラは知り合いには呪いを向けず、だから王子達は無事なんだろう。


「出来れば怒らないでやって欲しいんだが。あの子はあの子で必死だったんだろうし・・・」

「ん、それは、勿論、怒る気は無いよ。心配だったから、その事は言うけど」

「そうか、なら良かった」

「ん」


取り敢えず問題は無さそうな事にほっとしていると、不機嫌そうなアスバちゃんと目が合った。

あ、不味い。また何か言われる感じがする。物すっごい不機嫌そう。


「何よ、アレあんたの指示じゃなかったの? まーた私の活躍の場を取るとか、良い度胸してんじゃないって言う気満々だったのに、文句言う所が無いじゃない。どうしてくれんのよ」

「え、そんな事、言われても・・・」


文句をいう所が無い文句って、そんな理不尽な事言われても困る。

だけど彼女はすぐにふっと笑うと、視線を私から切った。


「ふんっ。まあ良いわ。結果としてはスマートに終わって、殿下も満足の様だし。私も別に何もせずに終わった訳じゃなくて、ちゃんと力は見せられたもの」


アスバちゃんが視線を動かした先には王子が立っていて、その前には気絶したおじさんが居る。

おじさんは座った状態で拘束されており、そのおじさんにリュナドさんが近づいて行った

リュナドさんは王子と少し話すとおじさんに触れ、するとおじさんは意識を覚ます。


多分呪いの除去をしたのかな。リュナドさんは触れると呪いを弾けるし。

おじさんが目を開けたのを確認すると、王子はにこやかに笑って口を開いた。


「おはようございます。国王陛下殿」


国王って、この国の王様? え、あれ、もしかして、あのおじさんが国王?

あ、そういえば忘れてた。全ての元凶。あいつが全部悪いんだって事を。

だけど拘束されている所を見るに、アスバちゃん達がどうにかしちゃったって事だよね。

いや、そうする前の所に、メイラが癇癪起こして呪いをぶちまけた、って事かな。


アレのやった事は腹が立つけど、もう捕まっているなら手を出す必要も無いか。

犠牲者が一人でもいれば絶対許さなかったけど、現状皆怪我も無く元気だし。


「・・・はっ、上手くやった物だな、狸が」


おじさんは気が付くと周囲を少し見まわし、そして王子に対し唸る様にそんな事を告げた。

狸って。むしろ狸体形は貴方だと思うけど。王子は割と鍛えてるっぽいし。


ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー


「・・・はっ、上手くやった物だな。狸が」

「これは異な事を。まるで私が何かを企んでいるようではないですか」


私の唸るような言葉に対し、王子は何の心辺りも無いという態度を見せた。

どの口で言うのかこの男。貴様に企みが無いなど有りえる訳が無かろう。

まるで私一人が悪役の様に立ちまわったが、貴様とてそう変わりは有るまい。下衆が。


「貴様と私の何が違う。おい、そこの兵士、解っているのか。これで街はこ奴の物だ。街の独立だと? そんな物は絵空事だ。私とて何も調べてない訳では無いのだぞ」


確かに私は様々な事が見えておらず、判断も間違えた。冷えた頭ではそう納得しか出来ない。

だがそれでも、何もかも知らぬままに居た訳では無い。知ったからこそ動いたのだ。

胸糞悪い気分を抑えつつも静かに、精霊使いと呼ばれる男に声をかける。


「確かに私は敗れた。だがそれはそこの魔法使いと王子、そして錬金術師とその弟子にだ。貴様らに、貴様の住む街の者達に敗れた訳では無い。それがどういう意味を持つか解らんのか」


街を守ったのはこの王子だ。自力ではなく他国の王子の助力によりなし得た防衛。

それはつまる所、この街は傀儡だと語る様な物。少なくとも他国からはそう見えるだろう。

だが精霊使いは私の言う事の意味を掴みかねているのか、眉間に皴を寄せていた。

ならば続けてやろう。そして貴様らの顔がゆがむ所を見てやろう。


「錬金術師は街に居るだけであり、貴様の街に所属している訳では無い。そしてその弟子もしかりだ。更にこ奴が欲しいのは錬金術師であり、魔法使いは王子の雇われ」


錬金術師が街から動かぬ内は良いだろう。だが王子の誘いに乗ればどうなる。

王子は欲しい物を手に入れて街から手を引き、助力の消えた街は周辺から攻め込まれるだろう。

その犠牲は兵士だけに留まらず、それを切っ掛けに我が国の他領にも火の粉が飛ぶ。


「街を守ったのはこの男だという事。つまり街の今後はこ奴の手に在る。もしこ奴に逆らえば、そしてこ奴が街を見捨てれば、守る戦力の無い街がどうなるか見物だな」


街は今後こ奴に依存せねばなるまい。何せ国という後ろ盾が消えてなくなるのだからな。

あの程度の規模の街が単体で独立なぞ、夢のまた夢だ。すぐにどこかに呑まれて消える。

現状それが可能であるのは、全てこ奴が『まだ何も』行動を起こしていないからに過ぎん。


確かに精霊共は危険であるのだろう。だがそれも精霊使いという男一人が消えれば終わる。

この男とて人間だ。たとえ街の所属であるとして、この先何が有るかなど解りはしない。

病死、事故死の可能性も有れば、心変わりをして街を去る可能性もあるのだ。

問題はそれだけではない。ただ戦力が有るだけではどうしようもない事と言う物がある。


「貴様一人が居れば守れるなどと思い上がるなよ。今日あの街は安定を捨てたのだ。今後ほんの少しでも判断を間違えれば、一瞬で崩れ去る砂の城だ。奪われる理由も出来ているしな」


豊富な資源が確認出来た、魔獣も排除済みの鉱山が有る、どこの国にも所属していない街。

そんな街を誰が攻めずに居ると思う。誰が国に反逆した街を国と認めると思う。

この街は周辺国全てにとって、隙あらば攻め込んでいい空白の土地になったのだ。


今はこの王子が居るが為に誰も動かぬだけで、こ奴の干渉が消えればすぐに動く。

たとえ我が国がすぐに取り戻したとしても、一度空白になった土地なのだ。

所有権争いが一度始まれば、奪いに来た全員が疲れるまで終わる事は無い。


そして外部からの干渉は単なる武力に収まらず、それを撥ね退ける別の力が必要だ。

戦闘とは単純な闘争だけに終わらん。資源の有無も物を言う。人間の数も資源だ。

精霊使い。貴様にその力を見せられるか。田舎領主と貴様にやってのけられるのか。

それが出来るのはこの王子だ。故にこの街は王子の意向に左右される事になる。


「私にはもう先が無い。それは確実だ。だから呪いを吐かせて貰う。貴様らは自ら終わりを迎えたんだ。馬鹿共が、国に逆らった田舎領主共々倒れてしまうが良い」


もう流石に私が王座に残る事は不可能だ。それぐらいは解っている。

だからこそせめてもの抵抗に、奴らの心に不和を作って消えてやろう。

街は王子が切り捨てる事に敏感になり、王子は街に拘束される危険を感じる様に。

今度は貴様が苦しむ番だ。せいぜい錬金術師を手に入れるまでの間、背後に気を付ける事だな。


私を嵌める為に、貴様側に付いた連中をこの場に潜り込ませているのも解っている。

連中も貴様の行動を逐一監視し、ともすれば暗殺を仕掛ける連中も出てくるかもしれんな。

いつ寝首を掻くか解らん王子という印象を持てば、その後の行動は皆似たような物。


精霊使いは予想通りのしかめっ面を見せ、王子は笑顔だが少し頬の肉がピクリと震えた。

どちらも思う所が有ったのだろう。所詮人間なぞそんな物だ。阿呆が。


「・・・言いたい事は言い終わりましたか、国王陛下」

「なに?」


全てを吐き終えた反応に満足していると、王子達の後ろから一人の女が前に出て来た。

手には身の丈に合わない大剣を持っており、だというのに全く重心がぶれていない。

この女は確か、錬金術師をさらう為に出して、帰還した際に殺せなかった従士か。


「従士ごときが国王へ対等に口を利くか。随分と偉くなったものだな」

「・・・私はもう、従士では有りませんよ、陛下。私は死んだのです。貴方が殺したのです。あの時、私達を見捨てたあの時に。この国で騎士を目指していた私は、あの時死んだのです」

「ふんっ、ならば死者として自らの敵を討つか? やってみるが良い。国主を殺して独立した街を周囲の国がどう思うか。戦乱で消えて行く様を天から見下ろしてやろうぞ」

「そんな事は致しません。私はもう、私個人の為に振るう剣は捨てたのですから」


ならば何故前に出て来た。そう思い怪訝な顔を向けると、女は剣を空に掲げる。


「だがきっと、私はまだ何処かで覚悟が決まっていなかった。だから今ここで覚悟を決めよう。民の為に戦う事で無知を償い、この身はこの地に埋めると誓い、守る為に剣を振り続けると」


女がそう口にすると、剣が光り輝いた。それはまるで神話の一説の様な、幻想的な光。


「誓いを、契約を、約束を力に変えろ。私が私である為に、私をこの地の守護者と変えよ」


剣が纏う光が女を覆い始め、誰もかれもが息を呑んでそれを見つめている。

そして光が殊更強くなり―――――――。


「ふっ!」


女はその光を空に向けて振りぬいた。光は剣から離れて遠く、天の雲を貫いて伸びてゆく。

あれは魔法ではない。先程の黒い化け物の様な禍々しさも無い。むしろ神々しさすら感じる。


「なっ、何だ、その、力は。貴様はただの、従士では・・・!」

「この力は私が街を守るという誓いによる物。これで私はもう街を去る事は出来ない。なれば何の罪もない民達を守る剣として、この地に骨を埋めよう。誰が居なくなろうと、私が最後の一人になるまで戦おう。そして何時か街の為に剣の後継者をつくると、この場に居る全てに誓う!」


女は力強く告げるとまた剣が強く光って周囲を満たし、光が収まると視線を私に戻した。

その目はとても穏やかで、恨みの光は宿っていない。むしろ哀れみすら感じる目。


「全ては貴方の選択した結果です。貴方の選択が私という守護者を作り出し、貴方の最後の呪いすら吹き飛ばす。彼女なら、私のこの決断も全てお見通しだったのでしょうが」


女が視線を動かした先には、先程から全く動きを見せない仮面の女が立っている。

あれが噂の錬金術師。まさかこの状況も奴にとっては想定済みだと言うのか。

そんな馬鹿な。切れる女だという報告は聞いていた。だがそれでも限度が有る。

だがそんな気持ちとは裏腹に、未だ口を出してこないその様子に言い知れぬ恐怖を感じた。


「我が剣の力を見た者達よ、世に語るが良い! 我と剣は街の守護者! この身果てるまで街を奪えぬと! 我を下せずして街を手に入れる事叶わぬと! この剣は人を守護するが本懐! 剣に認められし我が望みは民の守護! 策謀渦巻こうと全てこの光で薙ぎ払ってくれる!」


女はこの場の全てに向けて啖呵を切り、この口上はきっと私の呪いを拭い去ってしまうだろう。

先の光景と女の迫力には、それだけの力が有る様に見えてしまった。

勿論先の通り、本当なら力だけで守るなど不可能だ。だがこの光景は呪いを塗り替える。


確かな人の意思の下に振るわれる強大な力。街を守るという明確な意思有る存在。

雇われている訳でもない。王子の思惑も無い。ただ独立した個でありながら無視出来ない力。


しかも先の光のせいなのか、兵士達は体のだるさが消えたと口にしていた。

口にする者どもはだれもかれもが女に目を向け、その眼の光には畏怖以外の物が宿っている。

それは一種の信仰を生みかねない程の光景だ。私の呪いの言葉など頭から消えているだろう。


「・・・くそっ」


完全な敗北に、もやはそんな悪態しか出て来ない。あれは化け物だ。人の形をした化け物だ。

全てを掌握しているあの錬金術師こそが、この場に居る誰よりも化け物だったのだ。

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