第218話、余りの事に呆然とする錬金術師

「・・・あれぇ?」

『『『『『キャー?』』』』』


思わず庭で精霊と一緒に首を傾げ、呟きを漏らしながら街道への道を見つめる。

今日はリュナドさんがやってくるはずなのだけど、何時もの頃合いに彼がやって来ない。

私が間違えたかと家精霊に確認すると、依頼の品を取りに来る日で間違ってない様だ。


「んー・・・何かあったのかなぁ」


どうしようかな。こっちから様子を見に行った方が良いだろうか。

でもこっちから会いに行ったら迷惑かな。何時も取りに来る訳なんだし。

ああいや、取りに来るのは私の為なんだから、忙しいなら届けに行った方が良いのかな。


「んー・・・もうそろそろメイラが帰って来るけど、どうしようかな」


家精霊に伝言を頼んで、パパっと荷車を届けに行けば良いかな?

うん、偶には持って行っても良いよね。普段取りに来て貰ってる訳だし。

私の平和な引き籠り生活は彼が居るおかげなのだから、彼が忙しい時ぐらいは頑張ろう。


「よし、じゃあちょっと行って来るね。メイラが帰ってきたら、そう言っておいてね」


家精霊がニコッと笑って頷いたのを確認して、外套と仮面をつけて荷車に乗り込む。

そして移動を精霊に任せて街道まで出て、精霊兵隊さん達に声をかけておく。


「あの、荷物、持って行こうと、思うんだけど・・・」

「あ、もしかして今日は隊長の訪問予定日だったんですか?」

「う、うん、でも忙しいかなと、思って」

「ああ・・・そう、ですね。今日の隊長は来る余裕が無いかと思われます」


あ、やっぱりリュナドさん忙しいんだ。ならそういう時ぐらいは頑張ろう。

こういう時の為の仮面と荷車の幌なのだから。これが有れば持って行くぐらいは平気だ。


「じゃあ、これ領主の館に、持って行くね」

「はい、では先導させて頂きます」


いつも通り精霊兵隊さんが荷車を先導し、私は中に引っ込んで移動を精霊に任せる。

暫く揺れない荷車の中でぼーっとしていると目的地に着き、外に出ると領主が立ってた。

何だか久々に顔を見た気がする。一瞬誰だったか思い出せなかった程に。


「貴殿が自ら来るとは珍しいな。いや、私に何か伝えに来たのか?」


私がここに来るのが珍しいのは確かだけど、別に領主に用は無い。

でも結界石の売買は領主に任せているのだから、領主に用が有るで正しいのかな。

いや、来た理由はリュナドさんが忙しそうだったからだし、やっぱり用は無いで良いや。


「・・・リュナドさんが忙しいみたいだから、依頼の品を届けに来ただけ」

「成程。確かに今の奴は取りに行けんな。だが、奴の所に行かずとも良いのか?」

「・・・私が邪魔する必要は、無いから」


忙しい所に私が行っても邪魔なだけだ。彼に迷惑はかけたくない。


「くくっ、成程な。多少は心配も有ったのだが、これは心配するだけ無駄か。荷物を届けてくれて感謝する。貴殿のお陰で少し落ち着いた。荷物はすぐに運ぼう」


領主は礼を口にすると人に声をかけ、荷車の荷物を屋敷の中に運び始めた。

心配しなくても邪魔はしに行かないよ。彼に嫌われたくは無いもん。

ただ落ち着いたっていうのはどういう事だろうか。彼以外に使いを出す予定だったのかな?

まあ良いか。もう持ってきちゃったんだし。気にしても仕方ない。


少しして精霊兵隊さんも荷運びを手伝い始め、一人になったので少し離れた所で待つ。

暫くぼーっとしていると、精霊達がキャーキャーと話しているのが目に入った。

どうやら領主の館に残っている子の様で、書類をめくりながら説明している様に見える。


『『『『『キャー!』』』』』


暫く話すと数体の精霊が鳴き声を上げ、服装が変化してリュナドさんとそっくりな武装に。

それに応じる様に他の子達も変化し、全員が槍と鎧を装備していた。

勿論効果は無い見た目だけなのだろうけど、何で態々あの格好に変化したんだろうか。


『『『『『キャー!』』』』』

「え、あ、うん、解った。行ってらっしゃい・・・」


そして変化した精霊達は『リュナドを手伝ってくる!』と言い出した。

気合の入っている精霊達に戸惑いつつ許可を出すと、皆勢いよく楽し気に走って行く。


「・・・リュナドさん、そんなに忙しいの?」

『キャー』

「そうなんだ・・・」


何時も手伝わない子達迄手伝いに欲しい程なのかと、文官風の格好の精霊に訊ねる。

すると『街に居る精霊の半分を連れて行ったから、沢山居る方が良いと思う』と返って来た。

つまりそれだけ人手が居る仕事が出来た、と言う事なのかな。

山精霊達は何だかんだ器用だから、数が多いに越した事はないだろう。


「君は行かなくて良いの?」

『キャー』


頭の上の子は動く気配が無いので訊ねると『主が行かないなら行かない』と返って来た。

うーん、人海戦術をしているのだとすると、彼以外にも人が沢山居そうだよね。

流石に人が多い所に態々行く気は起きないし、私はこのまま家に帰ろうかな。


「・・・そういえば、兵士さんも少ない様な?」


前に領主の館に来た時は、もっと警備の兵士が多かったような気がする。

それに訓練所の方から声も聞こえない。人が居ない訳じゃないけどかなり静かだ。

よく考えたら精霊兵隊さんにも、家への道に立っている二人しか会えていない。


「もしかして、兵士さんが沢山必要な事でも有ったのかな」


もし危険な事で兵士さんの手が要るという話なら、私の方も少し事情が変わる。

人の多い所には行きたくないけれど、リュナドさんの危険とは比べられない。


「それな――――」


少し様子だけでも。そう思った瞬間、山の向こうに凄まじい雷が落ちた。

あれは自然に落ちた物じゃない。明らかに強大な魔力を含んだ雷だ。

この距離でも肌で圧力を感じる程、けた外れの覚えの有る魔力の流れ。


「あれアスバちゃん、だよね。もしかして彼女も手伝ってるのかな。それなら安心か―――」


もし危険な魔獣相手で兵士を動かしているのだとしても、彼女が居れば大丈夫だろう。

そう思った瞬間、山の向こうに、巨大な黒い何かが現れた。

背筋が冷える様な、嫌な威圧感を放つ、山精霊が大きくなった姿に少し似た別の何かが。


『・・・ワタシ、ハ、錬金術師、ノ、弟子。セレスサンノ、為ニ、ココ、ハ、通サナイ』


そしてその黒からは世界を呪うかの様な威圧感と共に、くぐもった声が轟いた。

明らかに人が対峙して良い類の存在ではない、だけど私には何故か嫌な感じのしない存在の声。


「え、まって、あれ、まさか・・・メイラ?」

『キャー』

「・・・な、なにやってるの、あの子」


頭の上の子が私の言葉を肯定し、状況が理解不能で呆然と呟くしか出来なかった。


ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー


今日もいつも通り山に向かい、精霊さん達と一緒に薬草を集める。

最近はセレスさんが使う為の薬草も取りに行ける様になり、私としてはとても楽しい。

あの人の役に立てる。ただそれだけで疲れなんか大した問題じゃなくなるもの。


『あれ? 何そのかっこー』

「ん、どうしたの、精霊さん」


一緒に居る精霊さんが何かを見つけた様で、顔を上げて精霊さんに視線を向ける。

するとそこには鎧姿の精霊さん達が居て、何だか凄く気合が入っている様に見えた。


『リュナドのお手伝いするのー!』

『僕達今日は兵隊さんなんだよー!』

『半分は街に居残りー』

『僕達が少ない代わりに、街には兵士がいっぱい居るよー』


兵隊さん。という事は、もしかして、この間の話の事なんだろうか。

この前王子様が家に来た時、精霊さん達が色々話していたのを聞いた。


王都から悪い人が来るから、追い返さなきゃいけないと。

リュナドさんが何だか元気が無いから、自分達が頑張るんだと、そう言っていた。

何よりも、セレスさんの敵なら、絶対に追い返さないといけないとも。


「もしかして、軍隊が、もう近くに、来てるの?」

『まだちょっと遠いー』

『街からは遠いよー』

『僕達の住む山よりまだまだ向こうー』

『リュナド達は靴で飛んでった。僕達は連絡回りしてから出発ー』


軍隊が攻めて来るにしては、街の様子は平和に感じた。

それは間違いではないみたいで、軍隊が街に来るにはまだ時間がかかるみたい。


ううん、街の様子が普段と少し違う事には気が付いてる。

だって私は山に向かう為に、街道のそばを移動する事が多い。

草陰から聞こえる噂話には、街に残るか捨てるかという話だって有った。

それはつまり近い内にこの近くが戦場になると、そう解る変化が有ったという事だもん。


だけど街は相変わらず平和な様で、今から戦争が始まる様な空気感が無いのも確かだと思う。

多分その原因、と言うか理由は、私の身近な人達な気はする。


『あの錬金術師が負けるとは思えないしなぁ』

『精霊使いもな。精霊一体相手に何人でかかれば良いんだよ』

『そもそも精霊兵隊の連中が全員強過ぎる。おかしいだろ、この街の戦力。一般兵も多いし』

『あのクソ生意気な魔法使いの小娘も絡んでるみたいだしな。無理だろ、連中に勝つとか』

『最近連中と良く居る女も大概化け物だぞ。片手で馬鹿でかい大剣振り回してやがった』


そんな風に話している所を、つい昨日も聞いたばかりだもん。

戦争が始まるという話の割に、皆が気楽すぎるのは其れだけ信頼しているという事だと思う。

ここに居る兵士を、精霊兵隊を、何よりもそれを支える錬金術師・・・セレスさんを。


「・・・私だけ、何も、知らない」


リュナドさんはセレスさんに頼られて戦場に向かい、だから精霊さん達も動いている。

当然アスバさんや他の精霊兵隊さん、フルヴァドさんも一緒なんじゃないかな。

あの人達が戦うのは、セレスさんの為。そしてセレスさんはそれを受け入れている。

私だけが、ただ守られて、何もしないで、何も知らないまま。


「そんなの、嫌」


嫌だ。私だけ蚊帳の外は、もう嫌だ。だから私はあの時、黒塊に願ったんだ。

精霊さんを守れる力を、セレスさんの役に立てる力を、私に頂戴と。

なら私は、私が今やる事は、やりたい事は―――――。


「――――来て、黒塊」

『我が娘の求めに応えよう』


願いを口にすると、黒塊は私の前に突然現れた。

前ならそれが怖かったけれど、今は怖がってばかりもいられない。

だってこれが私の中にある事は、前に精霊さん達に力を貸して貰って知っている。


本当はこれを内に入れるなんて嫌だ。だけどこれが無いと、私は所詮ただの小娘。

セレスさんの役に立てるなら、仮面で抑えられる恐怖は耐えて見せる。


「精霊さん、お願い、連れて行って」

『任せてー!』

『やるぞー!』

『僕達の方が役に立つんだー!』


この前作って貰った絨毯を広げ、精霊さん達に操縦を任せて空を飛ぶ。

向かう先は戦場になるであろう場所。リュナドさん達が居るであろう所。


「――――いた!」


見ると態々開けた所に陣取り、数名で大軍に立ちはだかろうとしている。

空から見ると一目瞭然な程、今から戦いを始める様子とは思えない戦力差。

人数だけを見ればただ蹂躙される。そうとしか思えないのに――――。


「はっ! あんた達馬鹿じゃないの! 前回あれだけ手加減してあげたのに、まさか正面切って挑みに来るとはねぇ! 仕方ないから遊んであげるわ! 死にたい奴からかかってきなさい!」


そう、アスバさんが魔法で声を響かせると、直後に巨大な雷がいくつも平地に落ちた。

多分それは威嚇で、警告でもあるんだと思う。これを見ても来るなら容赦しないと。


その警告に明らかに兵士たちは怯み、だけど武器を構えていて降参する様子はまだない。

むしろ早く突撃しろと、そう叫んでいる人が居るのが、少しだけ耳に届いた。

きっとこのままだと人が死ぬ。沢山の人が死ぬ。精霊さんも人を殺すかもしれない。


「・・・黒塊。精霊さん。手を、貸して」

『我が娘が望むならば』

『『『やるぞー!』』』


前と同じように黒塊が精霊さんと同化し、そして精霊さん達は私の中に入って来る。

お陰で解る。力の使い方が。どう使えば効果が有るのかが。


『全力で、脅かそう。そうすればきっと、精霊さん達が、人を殺さなくて、すむ』


解ってる。これはただの自己満足。精霊さんに人を殺してほしくない我が儘だ。

そしてセレスさんの役に立ちたいという、本来頼まれもしていない事をやりたいだけ。


『いく、よ・・・!』

『いくよー!』

『いけー!』

『やっちゃえー!』


喋っているようで喋れていない。だけどきっと精霊さん達には聞こえている筈。

だからお願いをして、精霊さんの力を借りて、黒塊の力を精霊さんの力に混ぜた。

出来上がったのは黒く巨大な化け物。巨大な呪いを人型にした、忌むべき化け物。


『・・・ワタシ、ハ、錬金術師、ノ、弟子。セレスサンノ、為ニ、ココ、ハ、通サナイ』


そしてその化け物は、私の意思を目の前の存在に伝える。

言の葉には呪いを込め、抵抗できなければ戦意を悉く奪う筈。

そして次の瞬間黒い巨人の視界から見えた物は、泡を吹いて気絶する兵士たちの姿だった。

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