第216話、色々有ったせいで肝心な事を忘れている錬金術師

「あの子が精霊殺しとはねぇ・・・訳アリだとは思っていたけど、流石に想像しなかったわ」


食堂での食後、お茶を飲みながらしみじみと精霊殺しの事を口にするライナ。

もしかしたら知ってたのかな、なんて思っていたんだけど違ったみたい。

流石のライナでも、アレが精霊殺しだと知って雇う事は無いか。


「・・・セレスは、それで良いの?」

「ふぇ? 何が?」

「・・・今回、かなり怒ってたでしょ、貴女」

「ああ、うん、それはそう、なんだけど」


今回私が頭に来ていた事は確かだ。見つけたら即殺すぐらいのつもりだったのだから。

だけどあの子は従士さんの持ち物になった訳だし、友達の持ち物を壊すのは憚られる。


「精霊は皆、無事、だったし」


それに今回の件で死んだ精霊は一体も居ない。むしろ精霊殺しと仲良くなっていたぐらいだ。

何せ精霊殺しが精霊達に謝っている所に近づいたら、私から庇おうとしたぐらいだもん。


「あれ見てまだ怒っても、仕方ないもん」


キャーキャーと少年の普段の様子を告げる精霊達を見て、既に怒りなんて消えてしまった。

その上あの後一緒に食堂に行って仕事をしたというのだから、もう私が何を言えと。

精霊達が殺されると思って怒っていたのに、当の本人達の呑気さは私でもどうかと思う。


「そう。セレスが納得してるなら良かったわ」

「納得と言うか、まあ、もう良いかな、と」

「・・・私が雇っている、っていうのも多分一つの理由でしょ。だから気になったのよ」

「それは、まあ、うん」


実際精霊殺しの正体があの少年だと知って、かなり焦った訳だし。

むしろあれのお陰で冷静になれた部分もあると思うんだよね。

一番はその後のアスバちゃんとの追いかけっこだったけど。もう二度としたくない。


因みに追いかけっこが街道から見えていたらしく、周囲の人達を怯えさせてしまったらしい。

アスバちゃんと私が本気で衝突した、と思われたと後で聞いた。

彼女が本気ならあの程度じゃすまないのだけど、非戦闘員の人達には解らなかったんだろう。


ただライナは『今は丁度良かったかもしれないわね』なんて不思議な事を言っていた。

良く解らないけれど、駄目押しには良い光景とか何とか。

前回の精霊殺しへの攻撃の良い証拠になると言われたけれど、一体何の証拠なんだろう。


「無事に終わって良かったわ。セレスがそこを気にしての怪我なんてしなくて済んで」

「ん・・・まあ・・・うん・・・」


実を言うと前回の精霊殺し戦の時の、着地を考えずにやった事をライナに言っていない。

わざと言わなかった訳じゃない。完全にいい忘れただけだ。

これ、今言ったら怒られそう。黙ってようかな・・・。


「前の事なら全部リュナドさんから聞いてるわよ。着地の事考えてなかったって。でもそれだけ必死だったって事でしょ。怒らないわよ。大事な物の為に全力だっただけなんだから。だけど少しは自分の身も気にしてね。何時か大怪我しないか心配になるわ」

「あ、あぅ・・・はい・・・」


リュ、リュナドさん、何で言っちゃうのぉ・・・いや、私が悪いか・・・。

心配されているのだし今後は気を付けよう。出来るかどうかは解らないけど。


「・・・私はあの剣、怖いです。精霊さん達には、本当は近付いて欲しくないです」

「メイラちゃん・・・珍しいわね、貴女がそんなに嫌そうな顔するなんて」

「ごめんなさい。だけど怖いんです。何となく解るんです。あの剣が、精霊さん達にとって天敵だって。精霊さん達にとっては凄く危険だって、解るんです・・・」


メイラは剣が庭から去って行った後、山精霊達に余り近付かないで欲しいと言っていた。

だけど既に少年を『仲間』と判断していた精霊達は、その言葉に戸惑いを見せる。

むしろ逆に精霊達に説得されるという図になってしまい、家精霊も少し困っていた。


『そ、そんな事言われても、私にはただの危ない剣にしか見えないよ。さっきだって、皆は会話してたけど、私には何を言ってるのか全く解らなかったし。怖いよ、あんなの・・・』


説得されている時のメイラは山精霊に対しそんな風に返していた。

どうやらメイラにだけは少年姿を認識出来ないらしく、となれば怖いのも当然だろう。

多分彼女は私達の中で、誰よりも精霊殺しの危険を察知出来ると思うし。


精霊殺しの力は単純な性能と言うには強過ぎる。たとえ条件付きだとしても。

そしてその力の種類は魔力ではなく神性や呪いの類。つまりメイラの領域だ。

更には持ち主を得た事で力が上がっている可能性を考えると、怖いのは当然だろう気もする。


『『『『『キャー・・・』』』』』

「うん、もう、解ってる。精霊さん達が言うなら、きっとそうなんだと思う。ごめんね」


何をどう言ったのかは解らないけれど、沈んだ顔で精霊達に謝るメイラ。

口を真一文字に結び、スカートをぎゅっと握る様子は少し泣きそうに見える。

それを見て精霊達は更にキャーキャーと鳴き、メイラの周りを焦った様子で動き回り始めた。


私もその様子を見て少し心配になり、だけど何て声を掛けたら良いのか解らない。

情けなく精霊と一緒にオロオロしていると、ライナがふっと笑ったのが目に入った。


「ねえ、メイラちゃん。間違っていたら申し訳ないのだけど、もしかして貴女は今『皆が認めて近づいているんだから、自分もそうしないといけない』って、思っていないかしら」

「え、だって、それ、は」

「貴女は『私はやっぱり苦手』で良いの。精霊達だって危険を理解してない訳じゃないだろうし、無理にその中に入れない事を気にする必要は無いのよ。だって貴女は精霊殺しと好んで関わらないといけない立場じゃないんだから。それに苦手だとしても、攻撃する気は無いでしょ?」

「攻撃は、もちろん、する気は無いです・・・でも、良いん、ですか?」


何故かライナではなく私に問いかけて来るメイラに、慌ててコクコクと頷いて返す。


「・・・そっか、良いんだ。私、あれが怖くても、苦手でも、良いんだ」


メイラはほっと息を吐くと、小さな呟きと共に笑顔を見せた。

私じゃどう頑張っても、この安心の笑顔を引き出す事は出来なかったと思う。

ライナが居て良かった。本当に彼女には頭が上がらない。


「さて、これで今回の件は解決、って事で良いのかしらね」

「精霊殺しは何とかしたし、解決なんじゃない、かな?」

「・・・そ、りょーかい。私としてもその方が良いわ。何事も無い方がね」

「うん? うん。私も何事も無い方が、良いと思うよ?」

「そういう事じゃないのだけど・・・まあ良いわ、セレスは忘れてるみたいだし」


忘れてるって、何の事だろう。私何か忘れてるのかな。

精霊殺し関連でまだ何かあったっけかな・・・。


「ああ、ごめんなさい、余計な事言ったわ。良いの、忘れて。もう終わりよね」

「ん、ライナがそう言うなら、解った」


言われてみると何か忘れてる気がしたけど、ライナが良いって言うならそれで良いや。

ここ最近ピリピリし過ぎていた気がするから、暫くはのんびり過ごしたいなぁ。


ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー


「ええい、まだか・・・!」


あれからどれだけ経ったと思っているんだ、あの精霊殺しと名乗った男は。

自信満々に去って行ったくせに何を手間取っている。

奴が精霊を殺せねば、暗殺者共も動きを見せんと言うのに。


『あの街の事は存じ上げております。結論から言えば、あの街での暗殺は不可能です。精霊達が居る限り、私達があの街で活動する事は出来ない。かなり前からそう結論が出ています』


暗殺を依頼した時、連中はそんな事を言ってきおった。

だからこそ得体のしれない、だが実力は確かなあの男に依頼をしたのだ。

いきなり私の部屋に現れ近衛どもを一瞬で片づけたあの実力は、間違いなく本物だと見て。

そして精霊殺しに成功した際に面倒な連中も片付ける為、暗殺者共にも話を付けた。


『にわかには信じられませんが、精霊さえ居なければ方法は有るでしょう。確かに連中は強い。ですが何も正面から挑むだけが殺す方法では有りません。毒なら、何種類でもありますよ』


精霊殺しという存在を連中は余り信じていなかった。私も本心からは信じ切れてはいない。

だがひたすらに精霊を追いかけ、人に害する精霊を殺して歩いていると告げた事は確かだ。

この国の事情も、あの街の事も知らず、ただ精霊の存在を感知してこの国に来たと奴は言った。


『・・・成程。なら、依頼を。依頼をくれたら、確実に精霊を殺して来る。報酬は後で良い』


私にとって忌々しい街の存在を捻じ曲げて伝えると、淡々とそう告げたあの男。

何故か解らないがその言葉を信じるに足ると、そう感じさせるものが有った。

報酬を後払いで良いと告げた事も要因だと言えるだろう。自信が無ければ後払いなど言うまい。


ただ待っている間は王座を維持するため、毎日毎日馬鹿共をあしらい続ける日々だ。

結果がいつまでも届かない状況に苛々するのは、どうやっても我慢できる物ではない。


「・・・む?」


近衛の一人が部屋の外で書簡を受け取ったらしく、私に手渡しに来た。

差出人は不明・・・一見そう見えはするが、実際は解る人間には解る様になっている。

これは暗殺を依頼した組織からの物だ。しかもこれは―――――。


「・・・くくっ、くはは、あーっはっはっはっは!」


近衛達は突然笑い出した私に驚くが、これが笑わずには居られるか。

書簡には短く『依頼達成』と書かれていた。つまり死んだ。あの連中は死んだのだ。

後に残っているのは領主とその兵達だけ。ならばやる事は決まっている。


「叩き潰してくれる・・・!」


制裁だ。他国から土地を守る辺境の領主などではない、ただの田舎領主への制裁だ。

ついでに整備も済んだ鉱山も取り上げ、何もかも奪った後で民衆の前で処刑してやる。

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