第215話、友達の怒りを収めようと頑張る錬金術師

今私はメイラを抱きしめ、会話用の板を構える家精霊の背後に隠れてプルプル震えている。

何故か知らないけどアスバちゃんが急に怒り出し、逃げ回った末ここに至った。

メイラの安全を考えるなら最悪の選択だけれど、家精霊の背後が一番安全と判断したからだ。

抱き着いている事には特に意味は無い。あえて言うなら私が抱き着く何かが欲しかった。


「こらぁ! メイラと家精霊を盾にするんじゃないわよ!! こっち出てこい!! つーかあんたがそんな目で見てんじゃないわよ! 気に食わないのはこっちなの!!」

「あ、アスバさん、お、落ち着いて、ください。せ、セレスさんも、悪気は無いと思うんです」

「んなこたわーってるわよ! 悪気が有ったらもっと全力でぶっ放してるっての!!」


っていうかアスバちゃん、本当に何で怒ってるの!? さっきの目茶苦茶怖かったよ!?

私の結界石単品でぎりぎり防げない威力の魔法を打って来るんだもん!

思わず空に逃げたら普通に空飛んで追ってくるし、飛んだせいで全方向から魔法打って来るし!


ほんと、ほんっっっとに怖かった。無尽蔵に致死レベルの魔法が飛んで来るとか怖すぎる。

精霊殺しとの戦闘に備えていた魔法石で相殺出来たけど、それでも私の魔法石は有限だもん。

制限も限界も無い魔法使いに追い回されるとか、ただの恐怖体験だった。


「ちっ、解ったわよ。セレスも相殺だけで反撃してこなかったし、さっきので納得してあげる」


どうやら家精霊が説得してくれた様で、何とかアスバちゃんは落ち着いてくれた様だ。

ほっと安堵の息を吐いていると、またアスバちゃんにギロッと睨まれてしまった。


「ため息、ね。わーるかったわね、あんたと違って察しが悪くて。ふんっ!」


そしてプイっと顔を背けられ、また機嫌を損ねてしまった様だ。

溜息のつもりじゃなかったんだけどな。それに察しが悪いのは私もだし。

悪いからこそ今こうやって彼女の機嫌を損ねてるわけで・・・と、取り敢えず先に謝ろう。


「―――――」


――――あれ、声が出ない。な、何で、最近こういう事滅多になかったのに。

っ、しまった。仮面を被ってないんだ。最近仮面にずっと頼っていたから忘れてた。

泣くのを堪えるだけで精一杯で、それ以上の事が出来ない。うう、は、早く被らないと。

このままだと泣いてしまう。そうなったら私はしばらく謝れなくなっちゃう。


「―――――っ」


か、仮面が無い! フードの何処にもない! 何で!?あれが無いと本気で困る!

いや待って、幸いメイラが仮面を被ってる。今は兎に角謝る為にもメイラに借りよう。

あ、駄目だ。今ここには男性が精霊殺し含めて三人居る。メイラの仮面は外せない。

どうしよう。謝りたいのに謝れない。その事に更に泣きそうになって来た。


「私だって解ってるわよ。万が一に備えたかったんでしょ。どんな事だって必ず上手く行くとは限らない。駄目だった時の事を考えて事前対策をしておくのは当然だわ。精霊殺しはあの一撃を耐える相手なんだし、用心するに越した事は無いもの。そしてそれは私にしか出来なかった」


せ、精霊殺しの感知の事かな。それは勿論アスバちゃんしか出来ない事だよ。

というか、他に誰が出来ると言うのだろう。居るなら私が教えて欲しいぐらいだ。

素材探しさえさせて貰えれば私にだって出来たけど、街を離れられなかったし。


「・・・ったく、やっと借りを少しは返せると思ったのに、ぬか喜びじゃないの」


ただ私が返事を返せずに焦っている間に、だんだんと勢いを無くしていくアスバちゃん。

彼女はすぐ怒るし良く笑うし時々拗ねる。だけど悲しそうな顔は滅多に見せない。

私が覚えている限りでは、彼女が蛙狩りの時に謝って来た時ぐらいだろうか。


今回彼女に何か落ち度があっただろうか。私から見れば全く無かったと思う。

だからといって私の何が悪かったかと言われれば、何が悪かったのか全く解らないのだけど。

兎に角私が彼女の機嫌を損ね、それが今の発言に繋がっている、という事だけが確かな事だ。


ただ彼女はどうも貸し借りに拘っているけれど、私はそもそも何かを貸した覚えが無い。

それと今回の事がどう繋がるのかさっぱりだし、そんな事を気にする必要は無いと思う。


「―――――」


駄目だ、やっぱり声が出ない。さっきの追い回された恐怖がまだ強く残ってる。

せめて『ごめんなさい』と『貸しなんかない』という、この二言だけでも言いたい。

私が変な事をしたせいで友達が悲しそうなんて嫌で、貴女は悪くないって伝えたいのに。


せめて焦っている状況なら喋れたけど、怖さを堪えている今は言葉が音にならない。

本当に私は何でこうなのか。言いたい事が全く言えない自分が本当に嫌になる。

仮面のおかげで最近はマシになった気がしていただけで、私は何も変わっていない。


『『『『『キャー』』』』』


自分の情けなさにもう我慢の限界を感じて泣き出そうという時、山精霊の鳴き声が耳に入る。

視線を向けると精霊達の手には仮面が有り、私に渡す様につま先立ちで突き出していた。

どうやらさっきの空での立ち回り中に落としたのを見て、山を捜索してくれていたらしい。


感謝の言葉を告げたいけれど、今の私にはそれすら出来ない。今口を開いたら間違いなく泣く。

なので先に仮面を受け取って被ってから、山精霊達に「・・・ありがとう」と何とか告げた。

わーいと喜びながら周囲を踊る精霊達を見届けてから、視線をアスバちゃんに戻す。

これなら喋れる。普通には無理だけど、何とか泣くのは我慢出来そう。


「・・・ごめん・・・けど、貸しなんて・・・無い」

「あんたがそう思ってても・・・私には、あんのよ」


何とか頑張って謝ったけど、それでもアスバちゃんは悲しい顔のまま答える。

その事に焦るも彼女は俯いて大きく息を吐き、顔尾を上げた時には何時もの彼女だった。


「はぁ・・・私も悪かったわ。あんたは被害が出ない事を一番に立ち回ってただけだものね。下手に可能性を告げて加減をしたら不味いもの。やるなら叩き潰す。その考えの方が正解だわ」


可能性と言うのが何なのか解らないけれど、精霊殺しの話、だよね、多分。

やるなら叩き潰すというか、完全に殺すつもりで準備していたんだけどな。

でも彼女の機嫌が直ったなら、今は余計な事を言わないでおこう。

そう思い頷いて返した所で、リュナドさんが近づいてきた。


「喧嘩は終わったか?」

「アレの何処が喧嘩だっていうのよ」

「違うのか?」

「アレは私の八つ当たりっていうの」

「・・・胸を張って言う事かよ」


・・・八つ当たりだったんだ。私割と真面目に怖かったし、真剣に謝ったんだけどなぁ。

いや、やめよう、うん。今は丸く収まった事を喜ぼう。余計な事言ったらまた怒られるし。


ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー


取り敢えずセレスに八つ当たりをし、言いたい事を言うだけ言ってすっきりした。

今回は別にセレスが悪い訳じゃない事は解ってる。少し考えればわかる事なのよね。


精霊殺しの力の強さを知り、だけどきっと倒す算段は有ったんでしょうよ。

とはいえ敵に回せば精霊に犠牲が出る事は必至で、ならば敵に回さなければ良い。

仲間にする方法が在るというのなら、その手段を取る事は何らおかしな事じゃないわ。


ただそれは絶対じゃない。敵のまま、精霊を殺しに来る可能性は大いにある。

セレスがどれだけ策謀に長けていようが、全てを確実なんて事は有り得ない。

だから保険をかけた。あれ相手に単独で、転移を感知して即対応出来る私を使う事で。


当然私が理解して八つ当たりしているのも、セレスには解っていた事でしょうけど。

だから気に食わなさそうに睨み返し、だけど場を収める為に表情を隠した。

仮面をつけてしまえば殆ど表情解らなくなるしね。とはいえ目の鋭さは変わらないけど。

ただまあ、ああやって『自分が悪い』と謝られたら、もう収めるしかないじゃない。


「・・・説明されてたら、手加減した可能性も有るしね」

「ん、何か言ったか?」

「なんにも。それで、話はどうなった訳?」


リュナドが私の独り言に訊ねて来たけど、答えずに話を進める。

詳しく口にしてしまえば、それは更に非を自分で説明する事になるじゃないの。

万が一の可能性のミス迄咎められたら堪ったものじゃないわ。


「精霊殺しから聞いて俺達も事情を理解した。んで今後はフルヴァドの持ち物扱いって事になるが、普段は食堂での仕事を変わらず続けるそうだ。少なくとも、彼女が街を去るまでは」

「ふーん、持ち主ねぇ。危険確認はしたの?」

「本人談だが、持ち主の友人相手には性能が出せないそうだ。ただの大剣になるってさ」


成程、それなら確かに問題ないわね。セレスの狙い通りになった訳だ。

おそらく精霊殺しは、力を発揮するための条件が複数有るんじゃないかしら。

全てを満たせば精霊相手には無類の強さを誇り、全てでなくとも幾つか満たせばそれなりに。


そして条件を満たしてさえいれば、人間相手でもそこそこの性能を出せるんでしょうね。

態々『友人相手』と告げたのが良い証拠だわ。要は友人でなければ力を使えるという事。

精霊を相手にするほど無敵にはなれずとも、精霊を屠れる力を放てるのは十分脅威だわ。


「・・・待って。流しそうになったけど、何で食堂でまだ働くのよ。もう要らないでしょ」

「性能維持に一番いい環境だから、だそうだぞ」

「はあ?」

「どうやら精霊殺しは回復の為に食事を必要とするらしい。自然回復は殆ど望めないそうだ」

「何その訳の解んない特性」

「元々は無かった条件らしいが、色々有って性能を上げる代わりの条件になったらしい」


なんか、思った以上に面倒そうな剣ね、アレ。彼女はアレの持ち主で納得してるのかしら。


「マスターはちょっと、体が小さい。戦闘時はもっと大きくなって欲しい」

「君は凄まじい無茶を言うな!? 私はもうそれなりの年だし、成長は期待できないぞ!?」

「前のマスターは、本気の戦闘中には筋肉が膨れ上がった。頑張ればマスターにも出来る」

「それは本当に人間なのか!?」


何あの訳の解んない会話。っていうかアレの前の持ち主って何者よ。ちゃんと人類なの?


「戦闘時に膨れ上がる・・・ってなると、俺達とは違う人種が持ち主だったのかもな」

「あー・・・そういえば別大陸にはそんなのも居るって聞いた事有るわね。見た事無いけど」


こっちの大陸にはそういう連中はいないから、てっきり化け物か何かかと思ったわ。

リュナドはその後も噛み合わない会話をしている二人から視線を切り、セレスに顔を向ける。


「要らないとは思うが、一応セレスにも確認を取っておきたい。アレの扱いは、彼女と俺達で管理って事で、良いんだよな、この感じだと」

「・・・ん・・・敵対しないなら・・・それで」

「解った。ライナに説明は? 俺がすれば良いのか?」

「・・・任せる」

「解った。じゃあこの後帰るついでに食堂によっておく。早い方が良いだろうしな」


セレスはまだ少し機嫌が悪いのか、声が低くておどろおどろしい。

リュナドは普通に話している風を装っているけど、見る限り少し怯えてるわね。

別に自分に向いている訳じゃないんだから堂々としてれば良いのに。

そんな風に思いながら二人を眺めていると、王子殿下が近づいて来ている事に気が付く。


「さて、空気を読んで黙っていたけど、そろそろ良いかな」

「別に誰も気にしないと思われますが」

「ふふっ、そうかもしれない。さて、これで暗殺にも対応してしまった訳だ。連中と国王の契約は精霊が排除されている前提だからね。いやはや彼女の手際には感服する」


精霊殺しが敵じゃなくなった以上、山精霊達の危機は去った。

つまり精霊の排除は不可能になり、暗殺者達との契約も不履行となる。

あの馬鹿国王はこの報告を聞いてどう思うのかしら。顔真っ赤にして怒りそうね。


「後は国王が馬鹿をやらかさねば終わり、ですか?」

「もう一手、どうしようもない馬鹿をやらかして貰う、というのも手だと私は思っている。現状ではまだ奴がごねれば中々王位は変わらない、という状況だからね」

「成程、私の活躍はまだ残っていそうですね、殿下」

「良し悪しは悩む所だが、そういう事だ」


上手く行き過ぎた結果、国王を引きずり下ろす事が出来ていない、か。

この辺りセレスがどう考えているのか解らない所が有るけど、語るつもりは無いんでしょうね。

まあ良いわ。私の戦場が残っているというなら、存分に使われようじゃないの。

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