第214話、精霊殺しの事情を確認する錬金術師

「あんた何でそんな物持ってんのよ!?」

「も、持ってるんじゃないんだ。手から離れないんだ!」

「はあ!?」


アスバちゃんが問いかけたおかげで、従士さんの意思で持っている訳ではない事が解った。

庭に転がされた彼女は剣をぶんぶんと振るが、その手が開かれる様子は無い。


「操られている・・・最悪乗っ取られている可能性が有るか。縛ったままの方が良いわね」


家には家精霊とメイラも居るし、もし操られているなら開放するのは危険だ。

従士さんの弱り切った顔に罪悪感が湧くけど、ここは少し我慢して貰うしかない。

と言う事で申し訳ないけれど、彼女の拘束は解く事が出来ない事が決定した。


「あんた達、リュナドに連絡は取ってるのよね」

『『『『『キャー』』』』』

「そ、じゃああいつが来るまで待ちましょ。話はそれからの方が二度手間にならないわ」


更にアスバちゃんの提案で、リュナドさんが来るまでその状態を維持する事になった。

従士さんは庭の中央でへたり込んでおり、山精霊達も念の為距離を取らせている。

先のとおり拘束されているのは従士さんであり、剣は拘束されていないのだから。


それにあの剣が暴れれば、あの程度の拘束は問題にならないはず。

とはいえ拘束を解く一瞬ぐらいは時間が出来るだろうし、解く意味は無い。


「つーかさ、今の内に破壊したら良いんじゃないって思ったんだけど」

「・・・危険、だと、思う。操られているなら、彼女が、危ない」

「そっちの問題があったか・・・私に向けてきてるならどうにか出来るんだけど、他人との繋がりまで干渉するのは少し難しいわね。持ち主の方が耐えられない可能性が有るし」


私だって出来れば攻撃を仕掛けたい。あんな危険な物今すぐに破壊したい。

だけど彼女があの剣を手放せないという事は、剣と何かしらの繋がりが有るという事。

下手な攻撃は彼女自身へのダメージになる恐れがある以上、今は攻撃出来ない。


勿論暴れだしたら迎撃する必要が有るけど、静かな今は手を出さない方が賢明だろう。

あの時精霊殺しには確かな知性が有った。無意味に姿を現したとは思えない。

従士さんが剣を握っているのは偶然じゃなく、私が手出し出来ない事を理解しているんだ。

その行為に対する苛立たしさで声が低くなる。怒りで上手く言葉が出せない。


「―――――」


精霊だけではなく、彼女まで手を出すのか。私にとって大事な物にまだ手を出すのか。

お前は敵だ。私の敵だ。私の家族と友人に手を出すお前はここで殺す。

もし彼女の身に害を与える様な事が有れば、それこそ相打ち覚悟で絶対に殺す・・・!


そう覚悟を決めて精霊殺しを睨んでいると、少ししてリュナドさんがやって来た。

何故か王子も一緒に居るけど、意識の外に置いておこう。今は彼の事を構う余裕が無い。


「精霊殺しを拘束したって聞いて、急いできたんだが・・・何この状況」

「その説明を本人にさせるのを、あんたが来るまで待ってたのよ」

「そう、なのか・・・これ、危険は無いのか?」

「バリッバリ危険に決まってんじゃないの。何言ってんの?」

「だよなぁ・・・」


リュナドさんはアスバちゃんの言葉を聞き、強化を発動させた。

それを確認してから全員が精霊殺し、と言うよりも従士さんに意識を向ける。


「で、説明してもらいましょうか。何であんたがそんな物持ってんのよ」

「わ、私にも、良く解らないんだ。街中でとある少年と話していたら、急に少年が泣き出して『手を取ってほしい』と言い、言われた通り手を取ったら少年が剣になったんだ」


少年が剣に。そういう事か。どれだけ精霊達が街を探しても見つからない筈だ。

あの剣が出せる体は大男の姿だけではなく、更に自身の姿を変化させることも可能。

同じ姿や剣を探していたのであれば、どれだけ探しても見つかる訳が無い。


「――――――っ」


精霊殺しが見つからなかった理由に納得していると、剣に変化が有った。

それまで沈黙を守っていた剣が、ゆっくりと姿を変えていく。

突然の事態に全員が構えている中、剣は見知った少年の姿に変化した。


「あんた・・・! そう、ただ者じゃないと思ったけど、あんたが精霊殺しだった訳ね」

「マジかよ、目茶苦茶近くに居たんじゃねえか・・・!」


彼が、精霊殺し。ライナの雇った、あの少年が。精霊と仲の良いと聞いた、あの子が。

殺さないといけないと思っていた相手が、ライナの身内。

・・・え、待って、何それ困る。こ、これどうしよう。こ、殺したら、不味くない?


ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー


「私が、説明する」


突然剣が人型になり、先程市場で見かけた少年が姿を現した。

その事に驚きで固まっていると、少年は淡々と状況の説明をして行く。


市場には仕事で買い出しに行き、そこでひったくりに有った事。

その際に私に出会い、私と少々問答をした事。

そしてその答えを聞き、私を精霊殺しの持ち主と定めた事を。

ひたすらに淡々と、私と手を繋ぎながらそれらを語った。


「・・・は? え、まって、全然理解出来ない。何であの問答でそんな答えに?」

「私を持つに、精霊殺しを持つに相応しいのが、貴女だから」

「そこに至る答えが解らないと言っているんだけど!?」

「私は精霊殺し。私がそこに至ったのはマスターが居たから。マスターとなりえる貴女なら、私は精霊殺しであり続けられる。だから貴女を私の持ち主と決めた」


手をぎゅっと握りながら、全く答えになってない答えを告げる少年。

だからその『主になりえるという理由』の部分を教えて欲しいのだが。

少年は私のそんな気持ちには応えてくれず、視線を錬金術師殿に向ける。


「彼女は、貴女の知り合い、なのか」

「・・・友人だよ」

「そう、だから、か」


少年は錬金術師殿の言葉に納得した様に頷くが、私には何の事かさっぱり解らない。

彼女と私が友人だから何だというのだろう。と言うかちゃんと友人と思ってくれていたんだな。

錬金術師殿は思考が読めない所が大きいので、その辺り少し自信が無かった。


「貴女があの時、私を空から見ていた時、そのまま去って行った理由がやっと解った」

「ん、どういう事よ、それ。セレスが何だって?」

「彼女は私が逃げた後、私を一度見つけ、だけどそのまま去って行った」

「まーたこれなの! ほんっと毎回これだわ! 振り回されるこっちの身にもなりなさいよ! あんた私に何頼んだか解ってんでしょうねぇ! 道理でさっきから黙ってると思ったわ!!」


アスバ殿が「むきー」と怒りを錬金術師殿に向け、錬金術師殿は珍しく怯んでいる。

私にはまだどういうことなのか解らないが、彼女達には事情が通じている様だ。


「えーと、つまりどういう事だ。俺達にも解る様に教えて欲しいんだが」


錬金術師殿を追い掛け回し始めたアスバ殿を放置し、精霊使い殿が少年に訊ねる。

空で凄まじい魔法戦が繰り広げられているんだが、あれは放置で良いんだろうか。

普通なら死者が出るレベルの魔法が放たれているのだが。


「彼女は私を既に見つけていた。けれど私の存在を見逃し、それは攻撃してくるのを待っているのだと思っていた。だけど違う。彼女は私の持ち主になりえる人間を知っていたんだと思う」

「つまり今お前が手を繋いでいる彼女が、精霊殺しの持ち主になれると思っていた、て事か?」

「おそらく」

「どうやったらそんな思考に至れるんだよ。つーかあの時かなり全力で戦闘してただろうに」

「だからこそ、ではないだろうか。力の有る存在を敵に回すよりも、身内に出来るならその方が都合が良い。特に私達の様な存在は決まり事に縛られる。私はもう、彼女には絶対に勝てない」

「そう、なのか?」

「マスターが彼女を友人だというならば、私は力を発揮出来ない。ただの大剣だ。ただの大剣でマスターが彼女に勝てる姿が、私には一切想像できない」

「あー・・・そりゃ安全だ」


精霊使い殿。はっきり言って良いんだぞ。私じゃ彼女に絶対勝てないと。

良いんだ。解ってる。この中で誰よりも弱いのは解っているさ。

と言うか少年、君は君で容赦が無さすぎないか。流石に少し辛い。


「貴女は強くなる。強くさせる。私のマスターなのだから」

「え、な、何故、今私は、声に出してなかったと思うんだが・・・」

「もう私と貴女は主従関係だ。ある程度思考は読める」

「ま、待って、思考が読めるって、それは困る!」

「何故? 戦闘において持ち主の思考が解る事は利点にしかなり得ない。即時判断を口頭で述べている暇など、戦闘時に望むべきではないのだから」


少年は心底解らないという顔で私を見つめ、彼の常識なのであろう事を述べる。

確かにそれは有利に事が運ぶのだろうけど、そういう事じゃない。

重要なのは『男の子に私の思考を読まれる』という事で、一応私も女なのだが!?


「私は人じゃない。性別など些細。気にする意味が無い」

「・・・ああ、何言い合いしてるのか何となく解った。取り敢えずフルヴァドさん、俺から一つ言える事が有る」

「な、何かな、精霊使い殿」

「諦めるしかないぞ。受け入れよう、現実を。セレスと付き合うっていうのは、こういう事だ」


今の私は彼に今までの事を幾つか聞かされ、その大変さをそれなりに知っている。

その彼からの言葉に、現状を受け入れるしかないという事が、嫌でも理解できてしまった。


「強く、なって、マスター」

「強くはなりたいけど、余りにも想定外過ぎる・・・!」


満足そうな顔で私に告げる少年に、思わず心からの言葉が口から出る。

それでも少年は不思議そうに首を傾げるだけで、今後がとても不安になって来た。

錬金術師殿、せめて覚悟ぐらいはしておくように言っておいて欲しかったよ。

空で繰り広げられる人外の戦いを遠い目で眺めながら、そんな恨み言を彼女に想った。

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