第213話、再来の精霊殺しに構える錬金術師

「きゃあああああああああ!」


晴れた日の寒い空に、可愛らしい悲鳴が響く。

その正体はメイラの物であり、ただいま彼女は空を絨毯で錐揉みしている。

因みにあれはメイラの為に作った、彼女専用の新しい絨毯だ。


「あ、ああ、お、おち・・・ああハラハラする・・・!」


先日突然メイラが絨毯に乗れる様になりたいと言い出し、ここ数日ああやって練習している。

ただ一向にまっすぐ飛ぶ気配が無く、その場に静止する事すら出来ていない。


「まあ私が数日かかったんだもの。そうなるわよね」


相変わらず空に響く悲鳴を聞きながら、どや顔を見せるアスバちゃん。

その通りなのだけど、出来ればメイラの心配をしてあげて欲しい。

あの子はアスバちゃんと違ってとっさの防御とか出来ないんだから。


「そんなに心配しなくても大丈夫でしょ。精霊共もついてるんだから。リュナドの時だって、落ちたリュナドを助けたって聞いてるけど?」

「あ、う、うん、そう、なんだけど・・・」


気まずい。それは私が彼を振り落としてしまったせいだから。

あの時は精霊がいなかったら絶対大怪我させてたよね。本当に反省しなきゃ。


「それに大体、私の時は全然気にしてなかったじゃない、あんた」

「え、だって、アスバちゃん、だし。大丈夫だと思ってたから・・・」

「そ、そう。まあそうね、私は全然大丈夫だもの。そりゃそうよね!」

「う、うん? うん」


何故か嬉しそうに胸を張るアスバちゃんに頷きつつ、視線を空に戻す。

そこにはアスバちゃんの時の比ではない程、絨毯がねじれて曲がって酷い状態だ。

時々メイラは簀巻きの様な状態になり、精霊に救出されている場面も有る。


「そもそも何であの娘、急にこんな事やり始めたのよ」

「んー・・・絨毯が使えれば、自分もいざという時に駆け付けられるから、使えるようになりたいって言われて。そんな事気にしなくて良いよって一応言ったんだけど」

「なーるほどねぇ。あの娘なりに力になりたいって考えた結果か。ま、良いんじゃないの。聞いた限りじゃあの娘、神性の力が使えるんでしょ。戦力にはなるんじゃない?」

「それは、そうかも、知れないけど・・・」


先日ただの男の子相手にあんなに怯えていたのに、戦闘が出来るとは到底思えないんだよね。

それにもし精霊殺し相手と考えているのであれば、完全に駄目な相手だと思うし。

あの大男相手にメイラが戦える姿なんて全く想像できない。絶対怖いと思う。


「あの娘、会ったんでしょ、あいつに」

「あいつ?」

「あの生意気なガキンチョよ。ライナの雇ったスカした小僧」

「生意気なの? 私が話した時は、静かな子だったけど」

「生意気も生意気よ! あいつ私が何言っても表情一つ変えやしないんだから!」

「そ、そうなんだ・・・」


むしろ私としてはアスバちゃんが激し過ぎるので、あの子ぐらいの方が良いのだけど。


「話が逸れたわね。えっと・・・そうそう、あの娘に会った事を、あの小僧から聞いたのよ」

「市場での事、だよね」


市場で偶々顔を合わせた時、あの子は態々向こうから挨拶に来た。

何やら見逃してくれた事に礼を言いたいとか何とか。

何かしらの意図が有るのだろうけど、だとしても助かったのは確かだからと。


正直私には何の事やらさっぱりだった。

だって見逃したも何も、あの子を見たのは店で見かけたのが初めてだ。

助けたのだって私じゃなくて雇ったライナだし、私は何もしていない。

それよりもメイラが尋常じゃないぐらい怯えていたから、早く去って欲しいと思った程度。


「ええ、あの娘を酷く怯えさせてしまって申し訳ない。あの娘には私の本質が見えていたのだろう。とか何とか、相変わらず子供っぽくない感じだったわ」


本質が見えていた、とは一体どういう事だろうか。

メイラは相手が男の子だから怯えているのだと思っていたのだけど、違う理由が有ったのかな。

ただ結局の所怯えていたのは同じ事なので、出来るだけ近づける気は無いけ――――。


『『『『『キャー!!』』』』』


庭に精霊の警告が響いた。かなり焦った『精霊殺しが出た』と言う警告が。

それもこちらに、家に向かってやってきていると。


「山精霊達、メイラを降ろして家の中に! 家精霊、メイラをお願い!」


精霊達が警告を発したという事は、精霊殺しの姿を認識出来ているという事。

だけどその状態でも向かってきたという事は、勝つ算段が有るという事だと思う。

空を飛ぶメイラを守る余裕が無い可能性を考えて、即座に家精霊にメイラを預けた。


相手が精霊殺しという事を考えると若干怖いけど、見えているならそれが最適解だ。

その際メイラは残ろうとする動きをしたけど、今回は有無を言わせなかった。

いや、正確には聞いている余裕が無い。今からやってくるのは化け物なのだから。


「転移も無しで来るとは良い度胸してるじゃない!」


アスバちゃんはにやりと笑いながら魔力を高め、既に臨戦態勢に入っている。

私も最近は常に持ち運んでいた鞄から魔法石を取り出して構えた。


『『『『『キャー!!』』』』』

「・・・は?」


次の瞬間目に入ってきた光景に、アスバちゃんは間の抜けた声を漏らす。

私も声こそ漏らしはしなかったものの、意味の解らない状況に呆けてしまった。

だけど精霊達が『確保ー!』と言いながら連れてきたそれは、そうなって仕方ない物だろう。

いや、確かに精霊殺しが居るので、本来は気を抜くべきでは無かったんだとは思うけど。


「れ、錬金術師殿、こ、これどういう状況なのか、教えてくれ。助けて・・・」


精霊殺しは何故か従士さんの手に在り、更には従士さんは縛られて精霊達に抱えられていた。

全く意味が解らない。元々私は察しが悪いけど、これは流石に私じゃなくても解らないと思う。

取り敢えず山精霊達。喜ぶのは良いけど、精霊殺しに一切拘束さがなされてないよ。

どう見ても大剣は縛られている従士さんが手に持っているだけで、全然確保できてないよ。


『『『『『キャー!』』』』』

「あ、ああ、そう・・・」


毎朝の注意をちゃんと守りました、という事らしい。リュナドさんにも連絡は入れたそうだ。

うん、確かに精霊達自身が近づいてはいないね・・・でも従士さん拘束しても意味ないと思う。

やり切った顔の精霊達に、そう伝える事は何となく出来なかった。凄い満足そう。


ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー


最近の店での仕事で、買い出しを偶に頼まれるようになった。

以前は金の絡む類の仕事は無かったのだけど、信用されたという事だろうか。

普段から取引している店にて支払うだけではあるけども、渡された金額は少なくない。


「・・・いや、試されている、というあたりかな」


信用出来る様になったからではなく、信用出来るかどうかの仕事だろう。

金額を誤魔化さず、きっちりと買い物を済ませて帰ってくるか。

信用を失う時は一瞬な、今後の扱いを決める為の行為ではないだろうか。


おそらく支払額は事前に決まっている気がする。

その場で確認して金額を伝えられている形だが、きっとそれも全て予定通りだろう。

多分そういう風に振舞う様にと決めているんじゃないだろうか。


最初は精霊達も一緒に居たが、今日は完全に一人での買い出しだ。

とはいえ遠くから私を監視しているのは気が付いている。

半分は護衛の意味も有るのだとは思うけれど、やはり監視の意味合いが強いだろう。


「店長は、ただ優しいだけの人では、ないから、な」


まだ店で働き始めてからそこまで長々と関わった訳では無い。

だけどあの人はただの「善意」だけで行動する人ではない事は解った。

私がきちんと仕事が出来る人間だと、そう思うから彼女は私を使っている。

精霊相手にすら「利害」を見て扱う辺り、その徹底加減は凄まじい。


勿論こんな得体のしれない子供に手を差し伸べる「優しい人」なのは確かだ。

私の事を試すのも、私を疑うというより周りを納得させる為の行為なんだろう。

例外を作らずにきっちりと仕事をさせ、誰にも文句を言わせない様に。


彼女は少し、度量が深すぎる。一般人とは思えない程に。

店での動きを見る限り戦闘は完全な素人で、私相手には危険認識を優先するはず。

たとえ精霊が店を守ってるとはいえ、完全に守り切るのは不可能なのだから。


「・・・心配? うん、心配、かな、これは」


おそらく私は彼女が心配なのだろう。もし外敵を引き入れた時どうするのかと。

私は彼女に害を与える気は無いが、そういった人間には踏み込みやすい環境だ。

それこそアスバ店員が私に警告する程度には、危険な行為と見て間違いないだろう。


「私が心配してどうにかなる話では無い気もするけど」


私が何を言ったところで、彼女が行動を変える事はないだろう。

そもそも何時か店から居なくなる私が口を出すような事でもない。

・・・何時居なくなるつもりなのかな、私。


「少年危ない!」


自身の矛盾した思考と行動に疑問を持っていると、大きな声で警告を向けられた。

視界の端には少し遠くに声を発した鎧姿の女性と、横から突撃して来る大柄な男の姿。

親切心なのは解るのだけど、その警告の仕方だと男に意識が向かないと少し思った。


男の腕の軌道から察するに、私の荷物を狙っている事は明白だ。

人の多い市場でやるなんて良い度胸だ。いや、人が多いからこそ逃げられると思ったか。

女性は走って助けに入ろうとしているのだろうけど、この距離では確実に間に合わない。


「ん」

「がばっ!?」


とはいえこの貧弱な身でも、この程度の相手に後れは取らない。

腕を取って捻りつつ投げ飛ばし、地面に叩きつけた。

綺麗に背中から叩きつけたので、人間では暫く動く事すら出来ないだろう。

それを確認しつつ、近づいてい来る女性と精霊達に目を向ける。


「怪我は・・・有る訳が無いな。凄いな、少年。その歳で何て体裁きだ」

『すごかったー!』

『綺麗-!』

『こう、えい、やーってかんじ!』

『えー、ちがうよー、こうやって、こうだよー』


女性は私の先程の動きに感心した様子を見せ、精霊達は先の私の真似をし始める。

ただしそれは全く真似れておらず、完全な力業の投げ方になっているけれど。


それを眺めていると、警備の仕事なのであろう精霊達がロープで男をぐるぐる巻きにしていく。

精霊達や沢山の衛兵が居たとしても、犯罪が完全になくなる事はやはりないのか。

そんな事を考えながら、精霊達がぐるぐる巻きにした男を衛兵に引き渡すのを眺める。


「・・・どうかした?」

「あ、いや、その、すまない、じろじろと見て」


ただその間ずっと、何故か女性は私をじっと見つめていた。

何だろうかと訊ねるも、女性は慌てて謝るだけで黙ってしまう。

疑問の顔を浮かべながら首を傾げていると、彼女は申し訳なさそうに口を開いた。


「その、すまない。初対面の君に対し思う様な事でも、言う様な事でもないのは解っているんだ。だが私に君ほどの才能が有れば、もっと力になれるだろうになんて考えてしまってな」

「もっと力に?」

「ああ、恩人に恩を返したいんだが・・・どうにも私は力不足でね。君には一切関係ない事だし、こんな風に言われる様な事でもないというに、少し嫉妬してしまっていた。申し訳ない」


成程。彼女は戦闘要員としては余り強くない方と言う事だろう。

確かに彼女の気配には脅威を感じない。セレスという女性の様な不可解な圧力も無い。

とはいえ私の技量は人間では簡単に到達しえない力だ。

この力を若くに望むのは、人間の身である限り少々厳しいだろうと思う。


「貴女は、もし力を得たら、その後どうするの?」


それはなんとなく、本当に何となく思っただけの疑問だった。

だから予想していなかったんだ。何時か聞いた答えを、もう一度聞く事になるなんて。


「勿論恩人の為に力になろう。そして出来れば今度は正しく人の為に力を使おう。名誉や立場に囚われずに、私の望む私に、国の為ではなく人の為に剣を振るいたい」


―――――人の役に立ちたい。最初はそんだけだった。その為に立場のある場所に立ってみた事も有ったが、しがらみや何やで上手く動けねえ。それなら俺は俺の望む様に生きると決めた。


「・・・その結果、命を、落としても、いいの?」

「望んだ結果で命を落とすなら悔いはない。何も出来ないまま中途半端の方が悔いになる」


―――――どこかで命を落とす恐怖よりも、何もしねえで中途半端に死ぬ方が怖え。


「―――――っ、もしその果てに、孤独な死が、待っていても、そう言える?」

「想いを貫いて死ねるのであれば、良い人生だったと言えると思う。それに貫き通して生きた果てには、誰か一人ぐらいは傍に居てくれるんじゃないか、と思うのは希望が過ぎるかな」


―――――戦えるから戦って、好きにやり切ったんだ。良い人生だったさ。それに気が付いたらお前が居た。もう耄碌した爺になっちまったが、お前が最期を看取ってくれるのは悪くない。


「その時に誰かを残す事になるのは多少は気がかりにはなるだろうが、それは致し方ない事だろうな。人間は何時か死に、そして次の世代に後を託すものだから。我が儘かもしれないがね」


―――――お前を一人にさせるのだけは気がかりか。俺を追って死んだりすんなよ。最後まで頑張って生きろ。約束だ。あとは、任せた・・・わりいな、最後まで我がままでよ。


「・・・ます、たー」

「え、マスター? ど、どうした、何で泣いている。わ、私は何か変な事を言ったか!?」


気が付くと、ぼろぼろと、泣き出していた。それは一体何が悲しかったのか。

いや、もしかすると嬉しかったのかもしれない。私を振るうに相応しい人に会えたと感じて。

良いですよね、マスター。貴方と同じ事を言う人なら、私を握らせても。

この人は貴方と違ってとても弱いけど、だからこそ私を使わせてあげても、良いですよね。


「・・・手を、取って」

「え、手? こ、こう、か?」


彼女に私を握らせる。魔剣精霊殺しを、人の手に。何百年ぶりの、人に握られる熱を感じる。

その熱をこの身に刻む様にしながら私は私へと、精霊殺しの大剣へと姿を戻した。


「・・・は?」

『精霊殺しだー!』

『何で!? あの子がそうなの!?』

『全然解らなかった!』

『取り敢えず捕まえろー!』

『え、でも、僕達が近づいちゃ駄目って・・・』

『もってるの従士さんだから、従士さん捕まえたらいいのかな』

『『『『『それだ!』』』』』


その熱の持ち主は手に持った本来の私を見て、とても間の抜けた声を発している。

同時に精霊達が騒ぎ始めてしまったが、本来の姿に戻った私には余り気にならなかった。

彼女は胴体をロープでぐるぐる巻きにされ始めたけど、大人しく従っているので大丈夫だろう。


「ちょ、まっ、待って、何で!?」

『『『『『確保ー! 主の下に連行だー!!』』』』』

「え、ど、どこ行くの!? 剣も手から離れないし、誰か説明してぇ!!」


精霊に何処かに運ばれていくのを、繋いだ手の熱を感じながら見守る。

彼女が私を離さないのではなく、私が彼女を繋いで離さないからこうなっているのだろう。

結局の所、そういう事だ。私はこの姿で居る事で、自分の心を麻痺させていたんだ。


―――――――私はずっと、寂しかったんだ。この姿になっても、もう誤魔化せない程に。

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