第212話、市場で見かける錬金術師

今日は久しぶりに市場へと買い出しに出る事にした。

最近ちょっと籠り過ぎだったせいで、色々と食材が足りなくなっている。

精霊達の食べる分を確保しようと思うと、私一人で狩るだけだと追いつかないんだよね。


「こ、この樽を一つ、お願いします」

『『『キャー』』』

「はいはい、じゃあ荷車に積み込んでおきますね」

「お、おねがいします」


なのでいつも通りメイラが付いて来て、私の前に立って注文をしている。

今日はこれで最後。つまり最後まで市場で買い物をやり切った。

ちょっと涙目になってるけど、それでも頑張った事には変わりない。


「や、やりました、ちゃんと最後まで買い物出来ました・・・!」

『『『キャー♪』』』


荷車に樽が乗せられるのを見守り、終わった所で私に振り向いて嬉しそうに告げるメイラ。

精霊達も足元で嬉しそうに踊っていて、何時も一緒に来てくれる精霊兵隊さんも優しい目だ。

私も何だか自分の事の様に嬉しくなって、メイラをぎゅっと抱きしめてしまった。


「頑張ったね」

「は、はい、頑張りました」


私を見上げてニコッと笑うメイラを抱きしめながら、暫く頭を優しくなでる。

メイラも仮面をつけているけれど、彼女の分は顔の半分しか隠していない。

見えている口元にはえくぼが出来ていて、その様子が尚の事嬉しい。


「で、でもいつかは、一人で来れる様に、頑張ります」

「うん・・・でも、無理しなくて、良いからね」


まだメイラは一人で市場に来るのは無理だろう。さっきだってずっと私のローブを掴んでいた。

仮面をつけて恐怖心を抑えてもそれだ。まだまだのんびりやっていくつもりの方が良いと思う。

そもそも私も仮面をつけてないと買い物とか無理だし。本当に仮面様様だ。


一応心を誤魔化す薬も作れるんだけど、あれ使うと思考力が鈍るんだよね。

後遺症が出る時も有るし、それならいっそお酒に頼る方がまだ体に優しい。

いや、それはそれで、恥ずかしい事を、してしまいそうだけど。


「・・・忘れよう。あれは、もう、しないから」


寝間着でリュナドさんに対応した事を思い出し、頭を振ってそれを追い出す。

思い出すと恥ずかしくて堪らなくなるので、出来る限り忘れる方向で行きたい。

幾ら仲の良い友達でも、あの寝間着で男の人に会うのは、私でも恥ずかしいと思う。


「・・・だから、思い出しちゃ駄目だって」

「せ、セレスさん?」

「あ、ああ、ご、ごめん、なんでもないの」

「? そうですか?」


顔を顰めて空を仰ぎ、思考を消そうとしているとメイラに心配されてしまった。

首を傾げながら見つめる彼女に何でもないと返し、息を吐いて心を整える。

仮面の力も有って心はあっという間に平静に戻った。


「ん、あれは・・・」


ふと視線を市場に向けると、見覚えのある子を見つけた。

ライナが最近雇った子供が、市場の人ごみの中を歩いている。

買い出しを頼まれたのか手には袋を持っており、市場をスルスルと――――。


「――――」


その動きに、思わず釘付けになった。

彼の移動は私達の様に周りが避けてくれている訳じゃない。

だけど彼は一切人に当たる事無く、当たり前の様にするすると市場を抜けていく。


正面や横は勿論、横道から出て来た人や、死角から来る人間すら彼は避けている。

頭の上で大人が抱えなおした荷物も、後ろから降って来たそれを当たり前の様に避けて。

まるで全身に目が付いている様な、そしてそれを意識せずにやっている様な、そんな動き。


「・・・また、だ」


何か、気が付かないといけない事に、気が付いていない様な気分になる。

あの子を見ていると、あの子の事を考えていると、何かちりちりとした物を感じる。

あれは危険だと、そう私の中の何かが告げて鳴りやまない。

それに、あの歩き方は、どこかで見た事が有るような。


「セレス、さん、何かあったんですか?」

「あ、えっと、あそこに知ってる子、見つけて。前に言ってた、ライナが雇った子」


彼から視線を外せず、自分の思考理由も不可解で固まっていると、声を掛けられ意識を戻す。

一度深呼吸をしてからメイラに応え、男の子の居る方を指さして見せた。

すると当然メイラは視線を指に先に向け―――――。


「ええと・・・どこ―――――ひっ」


男の子を見た瞬間、今日一番の怯えを見せて私にしがみ付いた。


ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー


セレスさんの仮面の奥の目が、どこか鋭くなったような気がした。

さっきまで優しい目で私を撫でてくれた様子が消え、何かを警戒している様な。

だけど周囲を見回してみても特に何事も無く、どうかしたのかと訊ねてみた。


「あ、えっと、あそこに知ってる子、見つけて。前に言ってた、ライナが雇った子」


そう言われて指をさした先を見るも、その子供はどこにも見えない。

ううんと首を傾げて注意深く探し――――――。


「―――――ひっ」


人ごみの中、剣がこちらに向かってきているのが、見えた。

誰かが持っている訳でもない。引きずっている訳でもない。

抜き身の大剣が、嫌な力を感じる剣が、こちらにゆっくりと近づいて来る。


あれは駄目だ。絶対に近づいちゃ駄目なやつだ。特に精霊さんを近づけちゃいけない。

なのに何故か剣の近くには精霊さん達が居て、楽しそうに踊りながらついて行っている。

なんで、どうして、あれに近づいてるの。そもそも何で。


「何で、誰も、きにしない、の」


剣が人ごみの中動いているのに、誰も気にしないという異常。

それがとても怖くて、剣の脅威がさらに怖くて、意味の解らなさにガタガタと震える。

息が出来ず、胃液が逆流しそうな、そんな恐怖が、こっちに迫って来る。


剣は何故か私達の前で止まり、精霊さん達は楽しそうにセレスさんに挨拶をしている。

思わずきょろきょろと視線を動かすも、現状に疑問を感じている人は誰も居ない。


「・・・この子は、男の子が苦手だから、余り近付かないでくれると、助かる・・・ううん、別に、良いよ・・・それは、私が口を出す事じゃないし。ライナが、決めた事だから・・・礼? 礼を言われる様な理由が無い・・・私は知らないよ、君の事なんて」


セレスさんは怯える私を抱きしめながら、剣と何事かを話している。

その光景に目の前の存在が剣に見えているのは私だけなのだと、それが更なる恐怖になった。

私が見ている物を伝えたい。だけど目の前に居るそれがどう動くか解らない。

何が正解なのか解らなくて、怖くて、ただひたすらにセレスさんに縋りつく。


「・・・メイラ、無理せずに、もう荷車に入っておく?」


目の前の剣には低く警戒した声音だったのに、とても優しい声音で問うセレスさん。

そのおかげで少しだけ恐怖が和らぎ、口を開く事が出来た。

この状況でそう言われるという事は、私が見ている物に気が付いているのかと思って。


「セ、セレスさん、解って、るんですか?」

「え、それは、うん、当然、だけど・・・」


その返事に心からほっとした。

もしかしたらセレスさんですら、この異常に気が付いていないのではと思っていたから。

剣に目を向けると相変わらず剣はそこに居て、だけどそこから去って行った。

精霊さん達は相変わらず楽し気に剣に話しかけていて、止めさせたくてたまらない。だけど。


「だ、大丈夫、です、知らない振り、できます、から」


こういう時セレスさんの周りの人達は、皆事情を知らない振りをしていた。

なら私も同じ様にするのがきっとセレスさんの為になるんだと思う。

あれを知らない振りするのは凄く怖いけど、精霊さんが心配だけど、きっと大丈夫。

セレスさんなら何か考えが有って、あの異常性に気が付かない振りをしているんだ。


「え、う、うん・・・無理は、しない様に、ね?」


ただそれでもセレスさんは優しくそう言ってくれて、それが自分の決意をもっと強くした。

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