第211話、アスバからの警告を聞く錬金術師

「はぁ・・・疲れたらここに来るに限るわね。美味しい」

『キャー』


仕事終わりに家に遊びに来たらしく、家精霊から出されたお茶で一息つくアスバちゃん。

アスバちゃんに良くついて行っている精霊もテーブルの上で同じ様に息を吐いている。

最近は私のお願いのせいで遠出が出来てなくて、近辺で細々と仕事をしているらしい。

そして更にはライナに「暇なら手伝う?」などと言われてウエイトレスなどもしてるそうな。


「なーんで私が今更あんな下働きみたいな事・・・ジジババ共はやたら構ってくるし・・・」


仕事している所を実際には見ていないけれど、聞いた限りでは人気らしい。

お爺さんお婆さん達が孫を見る目で構って来るそうだ。

今日は客がとても多かったらしく、疲れた様子でお茶を飲んでいる。


「お前、ここをカフェか何かと勘違いしてないか」

「こんなに疲れの取れるカフェが有るならそこに行くわよ。なに、リュナドの家の近くにはそんなお茶を出してくれる所が有るの? それなら教えてほしい物ね」

「そういう事言ってんじゃねえよ・・・」


そして今日は、依頼品の受け取りに来たリュナドさんも一緒にお茶を飲んでいる。

アスバちゃんが「良いからお茶にしましょ」って無理矢理席に着かせた形だけど。

私としてはライナとこの二人なら、別にお茶目的でも歓迎するんだけどな。

リュナドさんは気を使う人だからきっと気になるんだろう。多分。


「良くお前みたいな扱い難い奴を客商売で使おうとか考えられるな、ライナの奴は」

「ふん、忙しい時限定よ、私が手伝うのは」

「だとしてもだよ」

「まあ、ね。実際私もいい度胸してると思うわ」


そこでアスバちゃんは視線をリュナドさんから私に変え、溜息を吐きながら続ける。


「あんたの親友様、細々とした事情を全て知ってるのに、私に当たり前に構うんだものね。正直私はあんたよりも、あいつの方がどこか怖いわ。正直異常だと思うぐらいね」

「ラ、ライナは変じゃないよ」

「解ってるわよ。だからおかしいって話よ。普通だからおかしいのよ」


普通だから、おかしい? 普通は普通なんじゃないの? 言ってる事が難しい。

でもライナはとても優しくていい人だし、異常なんか何もないと思う。


そう思い、ライナを悪く言ってほしくないなと、少しだけ不満な気持ちで上目遣いで見つめる。

すると何故かリュナドさんがびくっとして、それに私が思わずびくっとした。

ただアスバちゃんは少し気に食わなそうな顔になり、また溜息を吐いて続ける。


「・・・あんたは私に対抗出来るから気にしないでしょうけど、私の力は半端な国なら単独で滅ぼせるぐらいの力が有る。うぬぼれじゃなく事実として、私はそれだけの力を持っている」


だと思う。アスバちゃんは何の道具も用意も無く、単独で精霊を撃破できる程の魔法使いだ。

精霊の力は通常人間が道具無しで対処出来る強さではない。自然の驚異に立ち向かう様な物。

だけど彼女はその脅威に立ち向かえる人間で、むしろ脅威を作り出す事が出来る側の存在。

本気で暴れれば、多分小国ぐらい、普通に滅ぶ気がする。


「ま、そんな事したら目的が達成できないから絶対しないけどね。けどその事実と他人から見た私は別物でしょ。だから私は普段は力を抑えているし、抑えていても恐れられる。勿論私だって自分の性格が原因の所も有ると思ってるけど・・・だからこそ、ライナは自然体過ぎるのよ」

「自然体なのが、駄目なの?」


駄目な理由が全く解らず、眉間に皴を寄せながら訊ねる。

・・・私が口を開く度にリュナドさんがびくっとするのは何故だろう。

アスバちゃんと私の間を視線が何度も往復しているし、何か変な事言ってるのかな、私。


「駄目って訳じゃないけど・・・ああもう、面倒臭いわね。解ったわよ、あんたの親友貶した訳じゃないわよ。ただ戦えない人種の度胸とは思えないってだけ。これで良い?」

「・・・そっか、うん」


成程度胸か。それなら何となく納得出来る気がする。

確かにライナならアスバちゃんが暴れてても叱りそうだよね。

精霊相手にも普通に叱るし、むしろ働かせているし。


理解して頷いていると、リュナドさんがほっと息を吐いていた。

不思議に思って首を傾げるも、私が問う前にまたアスバちゃんが口を開く。


「そういえば、精霊殺し連中はともかく、暗殺者連中も大人しいわね」

「多分契約内容が理由だろう。精霊殺しが精霊をどうにか出来たら、って話らしいからな」

「おそらくそうなんでしょうねぇ・・・殿下は時計売り一旦中断して自分を餌に街中歩き回ってるけど、仕掛けて来なさそうね。ほんと、殿下はセレスに入れ込んでるわ。精霊殺しの事情を話したら、違約金も何も無しで一旦護衛依頼解除されたもの。私は好都合だから助かるけど」

「・・・俺はお前も付き合い良いと思うけどな。別のやり方も有っただろ」

「ふんっ、私はセレスに借りを返す必要が有るの。そこに王子の依頼は関係無いわ」


アスバちゃん偶に貸し借りどうこうって言うけど、私何か貸した覚えないんだけどなぁ。

手袋とかは貸したんじゃなくてあげたんだし、何なら予備も作ってあげるつもりだし。

むしろ今回の件で別に何かお礼の品でも渡さないとな、って思ってる。


「ねえ、面倒臭いから暗殺者は先に潰しちゃ駄目なの?」

「一応一般人だからな、相手。裏稼業とは別の顔が有る。現行犯以外でこっちから手を出せば、向こうに正義を与える都合を作っちまうぞ。元々貴族と繋がってる連中だから面倒なんだよ」

「面倒臭いわねぇ・・・店の周りにも居るから、ほんとうにうっとおしいのよ」

「まあ今は街の状況徹底的に調べてるっぽいな。いい度胸っていう点ではあいつらもかなりいい度胸をしてる。精霊達に情報筒抜けなの前提みたいだからな。だからこそ、精霊殺しが精霊達を殺してからが仕事の本番、って事だろうよ。逆を言えばそれまでは平和ってこった」

「平和ねぇ・・・ま、確かに精霊殺しが現れない限り、あの店は安全でしょうけど」


結構前から街中に暗殺者達が既に潜んでいるらしい。

兵士としてはすぐに捕まえたいけど捕まえられないと、リュナドさんは前に嘆いていた。

出来れば私も手出しはしないでほしいと言われているので、暗殺者達を探してはいない。


王子は「もう先に私を襲ってくれたら話が早いのに」なんて言っていたけど。

そもそも王子が街に居るから暗殺者が居る様だし、国に帰れば良いのに。


「暗殺者と言えば、あの子供、気を付けた方が良いわよ。奴らの仲間かも」

「子供? 連中の仲間に子供が居るなんて情報は受けてないが・・・」

「ライナの店に入った子供の事よ。あいつ、おかしいわよ」


店に入った子っていうと、私の事を怯えた子の事だろうか。

あの子ぐらいしか子供って知らないけれど、他にも居るのかな。


「そう、なのか? 俺が会った時は、ただ物静かな子供だと思ったが・・・」

「私にはあいつの見た目と気配が合わないのよ。ただの子供には見えない。それに・・・」

「それに?」

「・・・ま、別にその時はその時か。たとえ子供でも敵対するなら倒す。それだけだわ」


途中で何故かアスバちゃんは喋るのをやめ、少し顔を伏せ考える素振りを見せた。

なのでリュナドさんはその続きを促す様に訊ね、アスバちゃんが顔を上げるまで待つ。

ただ顔を上げた彼女の答えは、何だか話の繋がっていない言葉だった。


「思わせぶりな事言うだけ言ってそれは無いだろ」

「だって何の証拠も無いもの。ただ私がそう感じたってだけだし。精霊達も知らないんでしょ」

「そりゃまあな。一応ライナの傍に現れた奴だから、動向は監視させてたよ。結果は安全安心のいい子供、って感じだが。子供一人でやって来たにしちゃあ、いい子過ぎる気もするがな」


良い子か。そういえばライナもあの子の事は良い子だって言ってたっけ。

ただ少し違和感を感じたけど、一体何故、何に対し感じたのかは解らないままだ。


「セレスは本当に良いの、あいつがライナの傍に居て。親友なんでしょ」

「え、うん。私は、ライナが良いなら、それで良いよ」

「・・・ホント、凄いわね、彼女は。どうやったらあんたにそこまで信用されるのかしら」

「うん、ライナは、凄いよ」


何故確かめたのかもその結論の理由も解らないけれど、ライナが褒められた事は嬉しい。

なので満面の笑みで応えると、彼女は小さく「羨ましいわね、あんた達」と口にした。

そうは言っても、アスバちゃんもライナと仲が良いと思うんだけどな。雇うぐらいだし。


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「ほら、そこの皿! 早く持って行って!」

「ん、解った」


混雑する店の中、自分と同じぐらいの大きさの女の子に指示され、即座にテーブルを片付ける。

女の子は店長の友人で、忙しい時だけ店に入る事になったらしい。

初日からかなり強気な立ち振る舞いであり、それだけに良く働く少女だ。

そして彼女が街ではそれなりに有名人らしい事は、様子を見ていたらすぐに解った。


「なんでアレがここで働いてんだよ・・・せっかくの美味い料理なのに味がしねぇ・・・」

「幼女怖い・・・!」

「もっかい踏まれてぇ・・・」


この様に、客の中にはそんな風に彼女へ恐怖と思慕の目を向ける者達が居た。

良い大人が恐怖を覚える子供。人間社会として見れば異様な構図だ。

だがそれもそのはずだろう。あの子供は人間の規格に合わない。


「・・・間違いなく人間だけど、あれは化け物と呼ばれる類だ」


皿洗いをしながら漏れた呟きは、洗う音にかき消されたので良かった。

まだ数回しか会話していないけど、彼女の耳に届けば文句を言われる事は確実だ。


「っさいわね、今注文受けに行くから大人しく待ってなさいよ! そこ、昼間っから酒飲むのは良いけど、叩き出されたくなかったら暴れんじゃない! 私は店の精霊達程優しくないわよ!」


客相手にも怒鳴り散らす様子は、とても短気であろう事が伺える。

流石にあの様子を見て『化け物』などと本人に言えば、絡まれるのは想像に容易い。


「もう、撫でないでよ、髪がぐちゃぐちゃになるじゃない! あ、こら、杖忘れてるわよ! 飴なんかいらないわよ! 良いから気を付けて帰りなさい! だから撫でるなぁ!」


ただそんな彼女もご老人方には弱いのか、余り強くは出れないようだが。

それにしてもこの忙しい中、最後までああやって叫んでいられるのは凄い。

大体の人間は喉が枯れると思うのだけど、綺麗な声のままだ。

なんて感心しながら仕事をし、人がはけ始めた所で休憩に入る。


「あ~~~~~、つっかれたぁ」


店の裏で伸びをしてエプロンを外し、精霊に渡して息を吐く少女。

その様子を眺めつつ賄を食べ、精霊達にも分けてあげる。

ただ途中で少女から凄まじい魔力をぶつけられ、料理を投げ捨て慌てて飛びのいた。


「・・・ふーん、今のが解る、か。あんた、何の目的でライナに近づいたのかしら。言っとくけど、彼女はセレスの弱点じゃないわよ。むしろ逆鱗だと思いなさい」


静かな声音で私に告げる彼女からは、先程感じた強大な力に殺気も乗せられていた。

雰囲気が店に居た時とまるで違う。人間相手に『怖い』と感じる。体が上手く動かない。


「全く、このタイミングで得体のしれない子供がライナの店になんて、普通疑ってくれって言ってる様な物じゃない。むしろ何で疑わないのか解らないわよ」

『何でそんな事言うのー?』

『この子良い子だよー?』

『リュナドも知ってるよー?』

『料理、落ちちゃった。もぐもぐ、落ちても美味しいから良いや。ちょっと土の味するけど。駄目だよー、料理もったいないよー。アスバちゃん、めっ。もぐもぐ』


少女が私に警戒心をあらわにしていると、精霊達が私をかばう様に立つ。

その様子に思わず表情を歪めてしまい、胸の奥に苦しい物を感じた気がした。


「ふん、それは街の中だけでの情報でしょ。精霊達の情報を信用し過ぎなのよ、リュナドは。街の外でした計画を徹底していれば情報は洩れない。それに殿下の情報網だって完璧じゃない。大体事実として、こいつは私の魔力の危険を感じ取った。ただの子供じゃあり得ない」


確かに先の力は、普通の子供には何をされたかも解らなかっただろう。

だけど私には、精霊殺しには、その脅威は感じとれてしまう。


「ただの子供ではない、という点には、同意する。だけれど店長に害を成す気は、一切無い」

「ふん、その子供らしからぬ言葉遣いも怪しさ満点なのよ」


そうは言われても、昔からこの喋り方なので今更変えるのは難しい。

どうしたものか。彼女は戦う気なんだろうか。

今なら万全で戦う事は出来るけど、その為には元の姿に戻らないといけないが・・・。


「ま、良いわ。一応この場は黙っておいてあげる。だけど妙な真似したら潰すわよ」

「・・・肝に、銘じておく」


どうやら彼女は今ここで戦う気ではなく、怪しい事をするなら容赦しないという警告か。


「セレスもライナも今回は不用心過ぎないかしらね、あんたみたいなの受け入れるなんて」

「店長はただ困った子供に手を差し伸べただけ。悪く言わないであげてほしい。だけどセレスという名の女性は、全てを理解した上で私を見逃している」


彼女は精霊殺しである私に気が付き、だけど見逃した。

その事を彼女に伝えると、一瞬驚いたような顔から納得した様に頷く。


「ライナが事情を知らないっていうのも想像し難いけれど、そういう事なら納得かしら。ここは彼女達に乗って私も知らない振りしておくべきかしらね。でも少しは手を打たせて貰うわよ」

「構わない。私に同意を取る必要は、無い」

「当然よね。取り敢えずリュナドには警戒しろ程度の事は言うけど、それ以上の事は黙っておく事にするわ。セレスにはその方が都合がいいみたいだし」


都合が良い。あの時私を見逃したのは、見逃す方が都合が良かったからなのか。

ならば今こうやって見逃されている理由は何だ。何の都合で今も見逃されている。

おそらく目の前の彼女にそれを問うたところで、答えは返ってこないだろう。


「じゃ、私帰るから、エプロン宜しく」

「解った」

「・・・一応警告しておいてあげるけど、あいつに挑むなら死ぬ覚悟をしておきなさい」

「知っている。彼女は、とても、強い。強過ぎる程に」

「そ、余計なお世話だったみたいね。じゃ、そういう事で、次会う時は敵かもね」


そう言って彼女は手をひらひらさせながら去って行き、周囲を埋め尽くしていた魔力が消える。

同時にずっと感じていた威圧感も消え、ふうと息を吐いて力を抜いた。


『大丈夫ー?』『アスバちゃん悪い子じゃないからねー?』『心配性なのー』

「・・・うん、ありがとう」


私を気遣い、だけど彼女の事もかばう精霊達に、やはり胸の奥が苦しくなる。

あの少女の言っていた事は間違いなく、決定的な言葉を告げなかっただけなのに。


「・・・この街は、色々と、規格外だな」


大量の精霊が街に住み、それを従える人間が居て、精霊よりも強い人間が複数人居る。

長く生きて来たけれど、こんな珍しい状況は初めてだ。

そして・・・こんなに仕事が辛いのも、きっと初めてだ





翌日、彼女はまた店に手伝いに来て、私に少し気不味い顔を向けた。

おそらく次は敵かも、という言葉のせいだろうとは思う。


「あによ! こっちじろじろ見るんじゃないわよ! はったおすわよ!!」


彼女は少々理不尽だと思う。

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