第210話、違和感の理由に気が付けない錬金術師
「あの子なら、ちょっと前に雇ったのよ」
いつも通り食事を貰った後、ライナに朝見た子の事を聞いてみた。
その答えがこれという事は、彼には会った事が無いという可能性が高いはずだ。
なのに何であんなに避けられていたんだろう。何処かで避けられるような事したのかなぁ。
「あの子に何か気になる所でも有ったの?」
「えっと、その、この前偶々見かけたら、何だか、避けられてて、何かしたかなーって・・・」
「・・・セレス、その時仮面はつけてたの?」
「え、うん、つけてたよ」
「距離は?」
「絨毯で店の上空飛んでた時だったから、それなりに離れてた、かな」
ライナの質問の意図が良く解らず、だけど問われた事を正直に話す。
すると彼女はとても納得したような顔を店、成程と言って頷いた。
「それじゃあ仕方ないんじゃないかしら?」
「そ、そなの?」
「ええ、だってあの子、最近この街に来たばかりだもの。空飛ぶ仮面をつけたフードの人間なんて、初めて見たらおびえて普通じゃないかしら。少なくとも私は怖いわ」
「そ、そっか・・・別に何かやらかした訳じゃ、なかったんだ。良かったぁ」
家を出る前に「怒られるなら今日は止めておこうかなぁ」なんて思っていたけど。
でもどうせ何時かはライナに会う事を我慢出来なくなるのだし、いざとなれば仮面を被ろう。
そう思って怒られる覚悟で来たのだけれど、どうやら仮面の出番は無さそうだ。
「本気で怒る時は仮面を被らせないわよ」
「えう・・・はい・・・」
思っていた事が彼女にはお見通しだったらしい。うう、怒られるの怖いよう。
その事にしょぼんとしていると、ライナは唐突にクスクスと笑い始めた。
「ふふっ、今日はただの勘違いだったんだから、そんな顔しなくて良いのよ?」
「あ、え、あ、そっか、そうだよね・・・」
思わず叱られている気分になってしまったけど、別に今日は叱られなくて良いんだった。
ほっとしつつお茶を飲み、だけどふと、どうしても気になる自分がいる事に気が付く。
別に何かした訳じゃないのは解った。だけど何故か、心のどこかで引っかかる物が有ると。
「それにしても、ただ見かけただけの子の事を気に掛けるなて、セレスにしては珍しいわね」
「それは、ライナの店の店員さん、だし。それに、あの子の動きが気になったのも、あるかな」
「動き?」
「あの子、戦い慣れてる動きしてる、から。多分、相当の数の戦闘をこなしてると思う。上空から私が見ている事を、こちらに視線を殆ど向けずに気が付いていたし」
「・・・そう、なの?」
「うん、あれは、かなり荒事に、慣れてる、と思う」
私があの子供に抱いた印象を伝えると、ライナは何か考え込み始めた。
それを邪魔しない様に静かにお茶を飲み、精霊達と遊ぶメイラに目を向ける。
メイラは其れに気がついて顔を私に向けると、笑顔で口を開いた。
「えっと、その子、精霊さん達もお気に入りみたいです。優しい良く頑張る子だって」
私がその子の事を訊ねたいと思ったのか、メイラはそんな事を告げて来た。
特に意味無く何となく向けただけなのだけど、その情報はライナにとっても良い物だった様だ。
「・・・そうね、良い子なのよね。ま、良いわ。あれだけ働き者だもの。少しぐらい過去に何かがあったとしても、真面目に働いている内は知らなかった事にしておきましょ」
「働き者、なんだ」
「ええ、とっても。私が何か言う前に仕事を見つけて済ませちゃう子よ。勿論難しい事を任せてないっていうのも有るけど、教える必要も無く大体の仕事をしてくれるわ」
話を聞くに、店先の掃除、ホールの食器の片付け、皿洗いも指示前にやってしまうそうだ。
むしろ気が付いたら片付いていて、あの子こそが妖精か精霊じゃないかと思う程だと。
難点を上げるなら愛想が無い事。今の所一度も笑った事が無いらしい。
ただ私と違って人と話せないからではなく、単純に感情の起伏が少ないだけの様だけど。
ホールで客に話しかけられた時は、淡々と静かに答えているらしいし。
「ただ、時々凄く、泣きそうな顔してる時が有るのよね。それが少し、気になるかな。普段はそうでもないんだけど、ちょっと休憩してる時に、凄く辛そうな顔してる時が」
『『『『『キャー』』』』』
「励ます為だとしても盗み食いを看過する気はないわよ。うちは食堂なの」
『『『『『キャー・・・』』』』』
どうやら精霊達もその子の元気がない事が気になっていたらしい。
ただその際にやった事が、こっそりと仕込み前の材料を持って行って一緒に食べたそうだ。
ただ食べた後にその子が正直に告げ、減給という形になったそうだけど。
「ホント、良い子なのよね。精霊達の事は責めないでやって欲しい、なんて言うし」
働き者の良い子。結局の所、その子の評価はそういう所に落ちついている。
愛想が無いだけで返事は確りするし、他の店員にも可愛がられていると。
それならライナに危険はない、かな。
「・・・え?」
「え、何、セレス、どうしたの?」
「う、ううん、なんでも、ない。気にしないで」
「・・・そう?」
自分でも今の思考回路は良く解らず、思わず何でもないと返してしまった。
何故私はあの子を『危険』と考えたのだろう。そんな判断をする要素は何もなかったのに。
あえて言うなら戦い慣れているという一点のみで、それ以外に危険を感じる要素はない。
・・・なんだろう、何か気が付かなきゃいけない事に気が付けてない様な、嫌な感じだ。
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あれからまたそれなりの日数が経った。
私は働いた経験自体は何度か有る。ただしそれは普段の私の姿でだ。
この姿で働いたのは初めてで、それ故に少し状況がいつもと違う。
人間達は相手が子供だからなのか、普段の私相手よりも口がとても軽い。
だからと言ってこの姿になって良かった、などとは欠片も思わないが。
「・・・それでも、色々、解った事は、良しと思おう」
先ずあの精霊達は元々街に居なかった者達だという事は確定した。
とはいえこれは元々解っていた事の再確認でしかない。
精霊達の元々の領域はあの山だ。精霊達の根源をあそこに感じる。
である以上、精霊達が人間の領域に入り込んでいるという事で間違いない。
「だけど、その要因が彼女、か」
精霊達と戦った時に居た女性。彼女が精霊達を連れて来たらしい。
そうして街に根付いた精霊達は、報酬と引き換えに街を守る事になった。
精霊使い、以前私を止めた男性の指示の下、街の治安を守っていると。
ただその辺りの話は最近まで、色々と情報がバラバラだった所も有ったらしい。
本当は精霊使いが精霊を全て従えていて、女性はそれに守られている。
もしくは女性の成した事は作られた話で、実際には実在しない人間。
他には本当の実力者は精霊使いと精霊達であり、精霊より強いという話は盛られている等も。
元々街に住む人達は女性の成果を一切疑っていないが、移民達は信じていない者も多かったと。
だけどその疑いは全て、先日の戦闘で一掃されてしまっている。
街を覆う大結界と、その結界でないと守れない大魔法。
あれを放ったその人物こそが、その女性なのだから。
「あれは、精霊を打倒しえる力だった」
そして私も、おそらく彼女なら倒せてしまう。
精霊と敵対すれば、必ず立ちはだかるであろう彼女は、私を殺せる。
勿論ただ殺されるつもりなんてないけれど、次はどうなるかは解らない。
性能を全力発揮出れば兎も角、半端な私では負ける方が高い。
「ただ、もう今回の仕事は、しなくて良いかもしれない」
精霊達の領域はここではない。人間達の領域を犯している。
それは元々の情報と同じではあるけど、致命的に違う点があった。
つまり依頼の誤情報を認識してしまった以上、もう条件が揃うとは思い難い。
それに何よりあの男性、精霊使いを倒せる気が、私にはしない。
『お前さんが街に入り込んだ子供か・・・本来は駄目なんだけどなぁ。ま、こんな子供追い出すのも心地が悪いし、あいつが保護者なら大丈夫か。今度は悪さするなよ。今迄色々有ったのかもしれねえが、この街は最悪食っていくだけなら出来るから。安心しな、ここじゃ大人は味方だ』
店で働く事になった翌日、あの時戦った男性は店にやって来て、私にそう告げた。
私の頭を撫でるその手は優しくて、温かくて、マスターに何処か似ていた気がする。
あれは『国王』から聞いた様な、人を恐怖で支配する人間には、とても見えない優しい目。
戦っていた時の彼の眼は敵意で染まっていたから、その事に気が付けなかった。
だからだろう。その後も彼を見かけると、つい目で追ってしまうのは。
足元で踊る楽しげな精霊達と、それに構う彼の姿に、自分の昔の姿を思い出してしまって。
「本当なら、もう私は、ここを去るべきなんだろう、な」
条件が揃わない私は、精霊殺しとして成立しない。
戦う意味も意義も無ければ、精霊を打倒出来る性能も発揮出来ない。
きっとあの女性はその全て見抜いていて、あえて私を見逃しているのだろうと思う。
あの後翌日に店長が「セレスが怖がらせたみたいでごめんね」と言ってきた事も有った。
店長と彼女は友人関係で、それでも私の正体を告げていないんだ。
この時点で確実に私の在り方を把握している。勝てそうに、無い。
戦う必要も無ければ勝てる見込みも薄い相手なのだし、ここから早く去るべきだ。
「・・・なのに、いつまでこの姿でいる気なんだ、私は」
もう、ここに居る理由は、何もない。そう、思う。
だけど未だに未練がましく、私はこの姿で場に留まり続けている。
私は一体、何を望んでいるのだろう。何が、叶うと、思っているのだろう。
「彼を追いかけているのか、それとも―――――」
彼女に、終わりを与えて欲しいのか。
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