第209話、精霊殺しを見つけられない錬金術師
「ひとーつ」
『『『『『キャー!』』』』』
「ふたーつ」
『『『『『キャー!』』』』』
「みっつー」
『『『『『キャー!!』』』』』
「はーい、じゃあ今日も気を付けてね、精霊さん達」
『『『『『キャー♪』』』』』
精霊殺しの襲撃から毎朝庭に響く、メイラと精霊達が少し楽しげにやっている日課を眺める。
目的は自己防衛と警戒の為なのだけど、その為に皆で一緒にというのが楽しいらしい。
因みに『攻撃的な言葉は使わない』『精霊殺しを見たら精霊だけで近付かない』『見つけたらすぐに私達に連絡』というのが、今の精霊達の合唱の内容だ。
最初はもっと細々していたようだけど、解り易く纏めた結果そうなったらしい。
『この調子であれば、小さき神性共も近い内に我が娘の眷属となるだろう』
「それはどうだろう・・・割と今まで通りだと思うけど・・・」
黒塊はメイラが指示する姿にご満悦の様だけど、多分あれはただ仲がいいだけだと思う。
半分ぐらい庭から散開して出て行く精霊達を見送り、残った精霊達は好き好きに遊び始める。
何時も傍にいる三体はメイラの足元で本を開き、今日は何をするか相談している様に見えた。
うん、やっぱりどう見ても眷属と言うより、ただ仲の良い相手にしか見えない。
『我が娘にとり籠められれば、奴らの力を我が力とする事も可能。奪い去ってくれる』
「・・・それを態々精霊達の前で言う黒塊の事、私結構好きだよ」
目の前で奪うと言われて精霊達が黙っているとは思えず、そして思った通りになった。
今の言葉を聞いていた精霊達は黒塊を捕まえ、ボール代わりにして遊び始める。
蹴とばして遊んでいるあたり結構怒ってるっぽい。頑張れ黒塊。
流石の私でも目の前で『力を奪う』なんて言えば、嫌がられるのは解るんだけどなぁ。
黒塊は私以上に対人能力が無い気がする。いや、相手は人じゃないのだけど。
まいっか。山精霊達も加減はしているだろうし、やり過ぎはしないだろう。
「じゃあ、私はリュナドさんの所、行って来るね」
「はい、セレスさん、いってらっしゃい」
地面に置いていた鞄を背負って仮面をつけ、絨毯に乗って少し浮かぶ。
今日は買い物の類ではないので荷車よりもこちらの方が動きやすい。
荷車だと街中上空を飛ぶのはなるべく止めて欲しいって言われてるからね。
ただ一応出て行くことを精霊兵隊さんたちに伝えに行き、それから上空へ。
操縦は頭の上の精霊に任せ、私はぽけーっと思考にふける。
「潜んでいるのか、遠くに逃げたのか・・・」
精霊殺しの襲撃から既に十日以上経っている。
あれからあの男も大剣も見かける事は無く、当然襲撃された事も無い。
遠くに居るから見つかっていないなら良いけど、潜んでいるのが見つけられないなら不味い。
何故ならそれは私どころかアスバちゃんの目すら欺く認識疎外を使っているという事だ。
「最低が、アスバちゃんと戦うつもり、って考えると、頭が冷えて来るよね・・・」
私はアスバちゃんを『化け物』達と同レベルの存在だと思っている。
彼女と戦う事は、死を覚悟して戦う必要が有るぐらいの、本当の化け物との戦闘だ。
そう意識すると、あの時は怒りで思考を止め、余りに危険な事をしたと反省するしかない。
勿論今でも怒りが収まった訳じゃない。だけど怒りで思考停止すれば殺されるのはこちらだ。
「多分条件がそろわない限り、人間には全力では来ない。そこが弱点」
あの時精霊殺しはリュナドさんを気遣っていた。おそらくそれも条件の一つなのだろう。
もし全力でリュナドさんに対応し、彼を殺せば精霊殺しとして機能しなくなる。
だから下手に傷つけないように対応し、だけど彼が予想以上に強かった事で退けられなかった。
あのアクセサリーを渡していて本当に良かった。あれが無かったら精霊は殺されていただろう。
「・・・こう考えると、彼の手助けになればと思った物のはずなのに、また助けられてる」
本当に、毎回、気が付くと助けられている。助けてと言っていなくても。
ライナも彼も、本当に優しくて、良い友達だ。私は貰ってばかりで中々返せないのに。
嬉しさと申し訳なさ。それを抱えながら、訓練場に居る彼を見つけて地面に降りた。
「セレス、何かあったのか?」
「ううん、これ、出来たから、渡しておこうと思って」
鞄から水晶の様な石を取り出し、彼に手渡す。これは対精霊殺し用の特殊魔法石。
実際は材料に石は使われていない。ただ製作工程で魔法石を使用はしているけれど。
「これが、あの蛙の目って、信じられないな」
「圧縮したから」
大量の魔法石の魔法で一部空間を圧縮し、その中に閉じ込めた蛙の目玉を物理的にも魔法的にも圧縮して作った魔法石。間違いなく、今の手持ちでは最強クラスの魔法石になったはず。
素材が本来持つ力と私の魔力を混ぜ合わせ、更には精霊の神性も注いである。
大魔法を長時間使えなければ作れない、特殊魔法石だ。
本当はこれが本来の魔法石の用途。安定して魔法道具を作る為の道具だ。
大魔法の長時間使用をもって成せる魔法道具を、疲弊せず安定して作る事が出来る物。
そもそも本来ならこういう物は一人で作る物じゃなく、それを可能とする道具。
と、お母さんには教えられたけど、その本人が戦闘で使うから本当の正解は解らない。
こいつが有れば格上とでも戦えるし、安定して探索に行ける、とも言っていたから。
私としては正解がどちらでも構わない。有用で有ればそれでいいかなって思ってる。
「これを、こいつに持たせておけばいいのか?」
「うん、精霊達に使える様に、調整したから。これなら、多分、通じるはず」
これに込められた魔法は、ただ物理的に攻撃するだけの魔法じゃない。
相手が概念武装で来るのならば、こちらも概念武装で対応する。
作るのに日数もかかったし魔法石も大量に使ったけど、それだけの価値のある物になった。
「・・・今更だが、これを渡すのはアスバじゃなくて良いのか?」
「多分、必要ないかな。彼女が本気なら、似たような事は自力で出来る、と思う」
「本当にあいつ化け物だな・・・」
彼女の実力に関しては同意する。だって本当に他で見た事が無いぐらい強いもん。
という訳で用事も終わり、リュナドさんの訓練の邪魔にならない様にさっさと帰る。
ただ途中でライナの店の上空を通り、何となく匂いにつられて傍に近づく。
「人、多いなぁ」
店にはまだ朝方にもかかわらず客が多く、相変わらずライナの店は盛況だ。
「ん・・・?」
ふとライナの店先を掃除している子供に目が行った。
最初はふと見ていただけだけど、その動きが少し気になって。
「・・・視線を、合わせない様に、している。と言うか、私の視線から、逃げている、ような」
動きがとても気になって、じっと観察してしまった。
子供は私の視線から隠れるような、明らかに私から逃げるような動きをしている。
掃除の場所を移動しただけの様に見えて、だけどその際には確実に私から見えない位置に。
「人の視線が気になる・・・って訳じゃ、ないよね、あれ」
他の人間がその子供を見て、子供は気にした風な所はない。
あくまで私の視線から隠れる様に、それも警戒するような動きで隠れている。
ぱっと見では解りにくいけど、あれは明らかに外敵相手に警戒している動きだ。
それもかなり戦い慣れてる感じのだけど・・・
「私、ライナの店員に嫌われる様な事、したのかなぁ・・・今日の夜、一応謝っておこう」
特に何かしたつもりは無いけれど、私だから私を信用していない。
それにしても前はあんな小さい子居なかったと思うけど、何時からいたんだろう。
いや、仮面をつけていても余り周囲を見ない様にしているし、私が気が付かなかっただけかな。
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さて、広い通りに戻ったはいいけど、この後どうしたものか。
「金は全て吹き飛んだから、手持ちがない・・・」
体を消して防御に徹した際、手持ちの金はあの爆発魔法に全てやられた。
私は別に私の中に道具を仕舞える訳ではないので、あれは防ぎようがない。
多く持っていた訳ではないけれど、食事代金ぐらいは有ったというのに。
仕方ないのでその辺りで物乞いでもしよう。幸いこの街は豊かだ。誰か恵んでくれるだろう。
物乞いに良さげな所を探しに街を歩き、ふと何故か体が誘われる様な感覚を覚えた。
ふらふらと足の向くままに任せていると、先ほど美味しいと思った食堂に辿り着く。
「成程、それも当然、か」
今の私は酷く消耗している。なら一番回復できそうな所に向かうのも道理。
だが残念ながらここは食堂。金が無いのに食べられる所じゃない。
そう思って踵を返そうとした所、腹が盛大に鳴った。
この形態だとまるで人間の様な反応を体が見せて、何となくそれに気が滅入る。
別に空腹なわけではない。だけど体は人間らしく在りたいと言っているようで。
この身は精霊殺しであり、ただの化け物だというのに。
「早く、移動しよう」
ここに長くいると、どんどん自分が嫌になる。
懐かしい物を思わず思い出して、その思い出に泣きそうになる。
そう思い振り向くと、足元に精霊達が立っていた。
『お腹すいたのー?』
『お店に来ると良いよー!』
『ライナの料理美味しいよー?』
『おいでおいでー』
精霊達は私が精霊殺しと気が付いていないようで、私を店に誘ってきた。
だけど金がない事を伝えると、ちょっと待っててと精霊達は店に入っていく。
すると少しして若い女性が出てきて、私の前でしゃがみこんだ。
「はじめまして。ぼうや、お腹すいてるの?」
「多分、今は、そうなんだと思う」
「・・・ご家族、とかは? はぐれたの?」
「―――――もう居ない。大分前に、死んだ」
あの人は、もう、どこにも、居ない。私を家族と呼んだ、マスターは。
「そう・・・孤児院に、お世話に、なってるとか?」
「一人で、生きている。家族が亡くなってからは、ずっと」
「っていう事は、今から孤児院にお世話になる気とかは・・・」
「無い」
そもそも私のせいで生きる子供の食事が減るのは良くない事だ。
私は最悪食べずとも回復が中々出来ないだけ。死ぬ訳じゃない。
ならばこの身が孤児院などの施設に世話になる事は、私の望む所ではない。
「住む所、とか・・・」
「ついこの間、この街に来たばかり」
「ああ、成程・・・そういう事か・・・この街なら食べられそうだもんね。道中大変だったでしょ・・・あれでも、その割には服装は綺麗ね・・・うーん・・・」
女性は立ち上がると精霊達とこそこそと話だし、何体の精霊達は走って去って行った。
「さて、本当は孤児院とか救護院とか、施設に連れて行った方が良いんだけど、嫌なのよね?」
その言葉にこくりと頷くと、彼女は大きなため息を吐く。
常識として身寄りのない子供の扱いは解る為、当然では有るだろうと思う。
「そ、ならこれも何かの縁だし、うちで下働きさせてあげましょう。まかないありで、住む所は安い所を教えてあげる。どうかしら?」
「・・・こんな得体のしれない子供を雇って、貴女に利が有るとは思えない」
「うん、やっぱり。賢い子ね、貴方。貴方ならきっと大丈夫だと思うわ」
にっこりと笑う彼女に、何故かもうそれ以上の反論が浮かばなかった。
不思議な威圧感とでも言えば良いだろうか。だけど心地の良い威圧感。
それに押し負けて店で働く事になり、寝泊りの宿も用意された。
「・・・不思議な人間だ」
多分彼女は普通の人間だ。なのになぜか彼女には逆らえなかった。
それからは店で掃除や片付け、皿洗いなどの雑務をこなし、その代わり食事を貰った。
やはりこの店の料理の回復量は効率が良く、数日で体が出せる程度には回復。
だけど何故か店を去る事が出来ず、そのまま毎日雑務をこなしている。
「―――――っ」
見られている。ある日そう感じ、視線を動かさずに気配を探る。
すると上空に精霊と戦った時の女性がいて、私をじっと見ていた。
思わずこの身を隠す様に動くも、女性は私から視線を外さない。
「これは、気が付かれて、いる、かな」
体は回復している。彼女の手はもう知っている。ならば何も問題はない。
だけど何故か、元の姿の戻りたくなくて、出来れば仕掛けて欲しくないと思っている。
いや、解っている。この姿になったせいで、思考が色々と弱くなっているせいだ。
変化を受け入れたくない。そういう弱い本当の自分なせいで、こうなっている。
「去って、いった・・・?」
だけど女性は仕掛けて来ず、私から視線を外して去って行った。
私が、精霊殺しがここに居ると、解っている筈なのに。
「・・・見逃された、か」
そうか、前回追いかけて来なかったのは、見つかっていなかったからじゃないのか。
追いかける意味が無いと、そう思われたんだ。これは、次も新しい手を用意してそうだ。
おそらく彼女は相手が仕掛けて来ない限り対応する気が無いのだろう。
「それでも、私は・・・」
私は精霊殺しだ。条件がそろえば精霊を殺す。殺さなきゃいけない。私はそういう存在だ。
『掃除終わったー?』
『これ厨房から持って来たー、一緒に食べよー』
『盗み食いなので内緒だよ。ばれると凄く怒られちゃう』
「・・・ばれてると思うけど」
精霊達を見て、泣きそうになる自分を自覚しながらも、私は私の生き方を曲げられない。
・・・マスター、私は、頑張って生きていますか?
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