第208話、万全を期さんとする錬金術師

先日の精霊殺しの襲撃は、何とか何一つ被害なく終わらせる事が出来た。

でもそれだけだ。まだ事態は何一つ解決していない。

その事を視力と聴力が回復した後に、リュナドさんの説明で知る事になった。


「あれが通じなかった、か」


倉庫で素材を手に取りつつ、ポソリとつぶやく。

今回使った魔法石の数は、普通なら一撃必殺に足りえる量だったと思う。

だからこそあの一撃にかけて転移石迄使ったのだから。

あれで仕留められないとなると、私が普段使っている物の範囲では仕留められない。


「だけどそれは、相手が真面な生物だと思っていたから、その範囲の準備だっただけ」


精霊殺しを雇ったという話で、私は相手が普通の人体構造を持つ生物だと思っていた。

だけどあれは違う。人間の形を模した人間じゃない物だ。

そもそも本体はおそらくあの剣。ならばあの剣を破壊するつもりで挑まなければならない。


今回準備していた物は『精霊殺しと呼ばれる人体』を相手にする前提だった。

ならば次は『化け物』を相手にするつもりで戦いに行く。

私の家族を殺させない為に、素材は惜しみなく、むしろ全て使い切るつもりで。


「次は、逃がさない。絶対に、殺す」


山精霊達は精霊殺しに確実に勝てない。あの転移能力は不味い。

あの時は近くだったおかげで私は移動先が掴めたけど、精霊達は反応出来てなかった。

つまり近距離に転移されればその時点で精霊が殺される可能性は高い。


勿論時間が有れば出現位置を感知する事も可能だ。

ただその為の準備を待ってくれる訳がなく、すぐに作れる物では感知能力に難が有る。

普通の生き物は転移なんて出来ないから間に合うけど、あいつ相手では意味がない。

転移して、それを感知した瞬間には、もう事が終わっている可能性大だ。


何よりも精霊達は男が見えていなかった。それは気が付かない内に殺されるという事。

ただそれでも穴は有る。あの時は冷静さが足りなかったけど、今なら予想出来る事が。

リュナドさんも気が付いたようだけど、あの男は『条件』という言葉を口にしていた。

おそらく精霊に感知されない条件が有り、それを満たさなければ逃げる事だけは可能なはずだ。


『奴は精霊達が『人に害を与える事を口にした』と言い、その事を否定した時、明らかに動揺を見せていた。条件を満たしたから攻撃した風な感じだったし、効果はあると思・・・いたい』


そうリュナドさんが予想を付けた『条件』はおそらく正しい。きっと効果はあると思う。

あの時男は魔法を使っている様子は無かった。そんな魔力の流れは転移の時以外は無かった。

多分能力的には神性や呪いの類で、限定的な条件を付ける事で概念的な性能を持つのだと思う。

ただ精霊を殺す事に特化した、精霊相手にだけは無敵になる、そんな概念的な能力が。


『なんでその対策として精霊達に言い聞かせるのを、メイラに、やって、欲しいんだが・・・』


精霊に言い聞かせる相手をメイラにしたのも正解だ。おそらく誰に頼むより効果的だと思う。

勿論私やライナが言っても精霊達は聞くと思うけど、どこまで認識出来ているかが解らない。

その点メイラは精霊の言葉が解るので、精霊達の理解度を正確に確認出来るだろう。


なのでメイラはその為に、今日は朝から出かけている。

家の庭には今の精霊達の数が収まりきらない為、兵士達の訓練場でやっているからだ。


「気合入ってたけど・・・大丈夫かなぁ・・・」


精霊への詳しい説明と正確な反応の確認を頼まれたメイラは、それはもう気合が入っていた。

訓練場となると男の人が多いし、怖いだろうからついていくつもりだったのだけど。


『だ、大丈夫です。任せてください。お願いします・・・!』

『『『キャー』』』


そう言ったメイラ本人といつも一緒の精霊達の願いで、心配だけど黙って見送る事にした。

本音を言えば今すぐにでも様子を見に行きたいけど、それをして嫌われるのが不安なんだよね。

・・・ん、誰か、来る。今日は山精霊が庭に一体も居ないから、少し気が付くのが遅れた。

そっと倉庫の扉を小さく開けて庭を見ると、アスバちゃんだったので普通に外に出る。


「ああ、そっちに居たのね」

「アスバちゃん、今日はどうしたの?」

「あんたの様子見に来たのよ。負けて落ち込んでないかってね。必要なさそうだけど」


別に負けた訳では無いし、被害がない以上落ち込む必要も無い。

とはいえほぼ捨て身で攻撃して殺せずに、更に私はその後戦闘不能だった。

それらの事を踏まえて考えれば、負けたと言われても仕方ないだろう。

ただやっぱり被害が出ておらず私も生きている以上、落ち込むような事は何もないかな。


「あの魔法が通じないってなると、中々やる奴みたいね」

「アスバちゃん、見てたんだ」

「あんたの一撃目の魔法で気が付いただけよ。駆けつけようとした時には全部終わってたわ。というか、二撃目は近くに居なくても見えるわよ。当り前じゃないの」


確かにそうだ。あの一撃は街にいた全員が見えたと思う。それぐらいの大規模攻撃だし。

いやでも一撃目で気が付いたのに傍に居なかったという事は、離れた位置に居たという事。

なら、もしかして彼女なら、あいつの転移も感知できるんじゃ。


「アスバちゃんに、お願いしたい事、あるんだけど」

「私に? あんたが? 珍しいわね。何よ、言ってみなさい。やってやろうじゃない」


内容を聞く前に了承を口にするアスバちゃんに、思わず胸の内が暖かくなる。

彼女といい、ライナといい、リュナドさんといい、私には本当にもったいない程のいい友達だ。


「精霊殺しの転移の魔力感知、出来るかな」

「ああ成程。現れた場所を即座に感知して対処して欲しい、って事?」

「うん、駄目かな」

「いいわよ。見つけた瞬間叩き潰してやろうじゃないの」


内容を聞いて再度了承を口にし、にやりと笑って精霊殺しを倒すと言うアスバちゃん。

私としては見つけて教えてくれればと思っていたけど、これはこれでとても心強い。

彼女ならそれこそ何の準備も無しで打倒出来る可能性が高いし。


「ああそうそう、あんたちゃんと口裏合わせなさいよ」

「口裏?」

「とぼけんじゃないわよ。あんたが例の道具で転移してたのもちゃんと気が付いてんのよ。私の転移魔法は、道具を使ったって事にしておきなさい。それなら協力してあげるつってんの」

「解った。アスバちゃんがそれで良いなら、勿論」

「よーうし、なら契約成立ね。精霊殺しとやらに目にもの見せてやるわ!!」


そうだ、彼女は転移魔法も単独で使える。本当の即座対処が可能な人間だ。

彼女に任せれば全て解決してくれそうではあるけど、そう楽観視は出来ないかな。

いや、したくない、が正しい。家族を守る為に、やれる事は全てやろう。


「あ、そうだ、あの時何処に逃げたかは解るかな」

「解ってたら追いかけてるわ。正直逃げたって聞いた時、ちょっと悔しかったのよね。逃げたの感知できなかったから」

「え、じゃあ、やって来ても、気が付かないんじゃ」

「あんたの魔法のせいでしょうが! あれを隠れ蓑にして逃げたの! あんな馬鹿みたいに大量にばら撒かれた魔力残滓に隠れられたら、視認距離じゃないと逃げたの解んないわよ!!」


あ、あうう、怒られてしまった・・・そんな事言われても、私そもそもそんな遠距離で感知とか無理だもん・・・そんな事自力で出来るのアスバちゃんだけだよう。


「何よ、そんな顔しても事実は事実よ」

「・・・うう」

「ふん! 私はすぐ謝るリュナドとは違うからね!」


どうしよう。完全にご機嫌を損ねてしまった。今日は何時もより機嫌が悪かったのかな。

取り敢えずその後は家精霊にお茶を入れて貰い、彼女の機嫌は何とか直った。良かった。


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再度追いかけてくる可能性を考慮し、攻撃された際の膨大な魔力に隠れる様に転移。

これなら余程の使い手でない限り追いかけてくる事は無いだろう。

街の人気のない通路に転移し、ごとりと地面に落ちる。


暫く様子を見るも、周囲に人の気配も精霊の気配も無し。

空からやってくる気配も無いし、どうやら逃げられた様だ。

その事を確認してから体を出そうとして、出せない事に気が付いた。


どうやらあの一撃の防御は、私にかなりの力を消耗させたらしい。

ここ迄消耗したのは何時以来か。少なくとも人間にやられたのは初めてだ。

仕方ない。戦闘は出来なくなるけれど、私自体を変えるしかなさそう。

私の体を基にして、人型の体を作り出す。


「・・・心許ない」


出来た体は小さく弱弱しく、明らかに戦闘が出来る体ではない。

この状態になると酷く不安になる。とはいえ元の姿に戻る訳にもいかない。

早く回復しなければいけないのに、元の状態では回復の為の体が出せないのだから。


「マスターが、居れば、な」


言っても仕方ない事がつい口から洩れた。もうあの人はいない。死んだんだ。

私は私だけでやっていくしかないんだ。何百年もそう自分に言い聞かせて来ただろう。


「やっぱり、この姿になると、心も弱くなる。早く、回復しないと」


普段なら考えない事が頭に次々と浮かぶ。こんな状態では何もできない。

自分の弱さが嫌になる。速く動かないとこの気持ちに圧し潰される。


「マスター・・・何で死んだんですか」


寿命に抗える人間など居ない。そんな事は解っている。

だけど今の弱い私には、どうしてもその一言を口にせずには居られなかった。

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