第207話、仕込みを全力で使う錬金術師
リュナドさんと何かを話している間も、相手の男は私への警戒を緩めていない。
私が攻撃に移ろうとしている事に気が付き、何時でも対応出来る様に気を張っている。
けして目の前だけを見ずに、全方位へ対処する様に、常に気を散らして。
「っ、隙が、無い・・・!」
リュナドさんとの戦いを見るに、魔法石を投げつけても間に合わない可能性が高い。
男を狙い定めた一撃は、この距離では確実に避けられてしまうだろう。
だからって避けられない規模で放ってしまえば、周りの精霊達とリュナドさんが危ない。
やるならば距離を詰めての一撃必殺。二手目の通じない一撃を確実に当てるしかない。
掴んだ袋ごと中の石に魔力を通し続け、発動直前を維持し続け、隙を伺う。
この袋の中には封印石と魔法石を合わせた水晶が一緒になって入っている。
対象を結界内部に封じ込めて逃げ場を無くし、その中で爆発の魔法を発動させる。
結界が破壊されないギリギリに調整されているので、被害は結界内だけで済む一品だ。
ただ一つだけ、問題が、有るのだけど。
「――――っ!」
揺れた。リュナドさんの言葉に男の警戒が揺れた一瞬。
ここしかない。この一瞬が最大の好機だ。これを外せば後が無いつもりで行く!
そう瞬間的に判断し、絨毯に魔力を通して自分を弾く。
着地位置は男の真正面で、着地の瞬間には既に封印石は発動。
男は少し反応が遅れて結界外には逃げられず、目の前には既に爆発寸前の魔法石。
「吹き飛べ」
静かに、だけど力と殺意を籠めて、魔法石の力を開放。
同時に結界内で強い光と轟音が鳴り―――――。
「躱された・・・!」
何をどうやったのかは解らない。だけど爆発の瞬間、結界内から男の姿が消えた。
後ほんの一瞬それが遅れていれば確実に直撃だったのに・・・!
爆発が収まった後周囲を警戒しつつ、結界が消えゆく様子を見つめる。
するとそこには男の持っていた大剣が無傷で浮いていて、刃先をこちらに向けて来た。
「っ!」
即座に後ろに飛びのきリュナドさんの横へ。すると少しして男が剣を構えた状態で顕現した。
どっちだ。あれはいったいどっちだ。あんな芸当が出来る人間か。それともあの剣が本体か。
剣が本体だとすれば、さっきの問題が致命的になる。街中ではあいつを倒せない。
「剣が本体なら、黒塊クラス、か」
黒塊は小型魔獣の核とありったけの爆発の魔法石、精霊達の神性を籠めた事でやっと倒せた。
だけどあの威力をここで放てば、この街は全て吹き飛ぶ事になる。
流石にあの威力の魔法を封印石の結界で完全に抑え込むのは不可能だ。
「・・・驚いた。貴女は人間なのに、今の一撃は精霊を超えている。貴女の様な人間には、久しぶりに会った。そこの彼は、人間と数えていいのかどうか、少し解らないけど」
「納得いかねぇ・・・!」
男はとても静かに私の事を評し、そしてその言葉にリュナドさんが気に食わなさそうだ。
おそらくこの男の眼には、リュナドさんの持つ精霊の加護と神性が見えているのだろう。
底が知れない。下手な攻撃を仕掛けたら、その反撃で殺される。そんな予感がする。
『『『『『キャー!』』』』』
「え、お前ら、あいつが見えてる、のか?」
ただそこで、少し状況が変わった。先度まで男が見えていなかった精霊達が男を囲み始めた。
何故だか解らないけれど、男の姿を認識できるようになったらしい。
精霊達は私達の壁になる様に立ち、男の周囲にわらわらと街中の精霊達が集まってくる。
「条件が崩れた。少し、不利かな。見極める為にも、ここは逃げさせてもらおう」
その言葉と同時に男はまた姿を消して剣だけになり、その剣もその場から消え――――。
「上・・・!」
――――魔力の流れで移動先を掴み、ローブに縫い付けている大量の魔法石に魔力を送り込む。
この時の為に作った『転移石』を、材料が足りない中で作ったこれを切る。
たった一回の使用で何日もの作業時間が潰れるけど、ここで切らないで何時切るんだ。
剣の転移先を追いかけ、空へと一瞬で転移。
目の前に剣が浮いているのを視認すると同時にローブを投げつけた。
ここならば全力で攻撃しても、街への被害は抑えられる!
「吹き飛べ!」
ローブに仕込んだ全ての封印石と魔法石を発動させ、普段着に仕込んでいる結界石も全て発動。
剣を封印石で全力で閉じ込め、全力で結界を街全体にかけて保護。
それらが一瞬で構築されると同時に、光と轟音が周囲を支配した。
「うっ、ぐっ・・・!」
距離が近すぎたのと確実に当てる為に直前まで凝視して、光と衝撃から逃げきれなかった。
目が見えない。耳も聞こえない。この浮遊感は不味い。地面の方向が解らない。
「しまった、頭に血が上り過ぎた・・・結界石も無いし・・・どうしよう」
飛んだ時の高さは街全体が見渡せる程の高度だった。真面に落ちれば確実に死亡だろう。
靴と手袋に魔力を通し、出来る限り無事に落ちる為に備える。
これで靴か手袋が地面に触れれば、何とか死ぬ事は無いはずだ。
ローブが無事なら良かったんだけど、あそこでローブを投げない選択肢は無かったからなぁ。
なんて思いながら手足を広げていると、何かに抱えられるような感覚を覚えた。
そしてそのまま衝撃を殺す様にゆっくりと浮遊感が無くなっていく。
体に当たる硬い感じで、それがリュナドさんの鎧だと、何となく解った。
多分彼が助けてくれたんだ。彼の匂いもするし間違いない。
「・・・ありがとう、リュナドさん」
・・・また、助けられてしまった。本当に何時も何時も、肝心な所を助けてくれる人だ。
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「え、消えっ、うをっ!?」
突然剣が消えたと同時に、セレスの姿も掻き消えた。
それに驚く暇もなく上空を音と光が埋め尽くし、全く状況が把握出来ない。
光が晴れるとやはり男もセレスの姿も無く、取り敢えず光った空に目を向ける。
「何か、落ちて・・・セレス・・・!」
アクセサリーで強化された目がセレスを捕らえ、だけどあいつは両手足を広げて落ちていた。
どう見ても無事に着地する体勢じゃない。まさかあいつ、見えてないんじゃ。
幸いかなり上空から落ちているおかげか地面までの猶予はある。
今の俺なら跳んで抱えに行く事も出来ない事は無いはずだ。
『キャー!』
「わ、解った」
跳んで抱えに向かおうと思っていたら、精霊が絨毯に乗れと言ってきた。
慌ててそれに従うと絨毯は一直線にセレスの下へ。
ただしセレスの直前で速度を緩め、落ちて来るセレスを俺が受け止める。
そうしてゆっくりと下に降りつつ、衝撃を殺し切った所で息を吐いた。
「っぶねぇ・・・着地の事考えてないとか、あんたらしくなさすぎるだろ・・・」
息を吐きながらセレスを見ると、仮面の奥の視線は俺の顔からずれている。
やはり目が見えていないんだろう。それだけ必死だったという事だろうか。
「・・・ありがとう、リュナドさん」
「っ、あ、ああ」
ただセレスは助けたのが俺だと解ったらしく、柔らかい目で礼を告げて来た。
抱える俺に無事である安堵と感謝を体で伝える様に抱き着いて。
鎧越しだから感触とかないけど、流石にこれはちょっと戸惑う。
「しっかし、流石に今の一撃なら―――――まじかよ・・・!」
自分の心を誤魔化す様に上空を見ると、さっきの大剣が当たり前の様に浮いていた。
あの爆発の中で刃にも柄にも、何処にも異常の無い状態で。
流石に背筋に寒い物が走ったのを感じていると、剣はその場から掻き消えた。
「セ、セレスの捨て身で倒せないって・・・そんなの有りか・・・」
冗談じゃねえぞ。何て奴に精霊殺しを依頼しやがった。
もしあいつが全力で来たら、どうやって対処したら良いんだ。
「いや、あいつ『条件』とか言ってたな」
おそらく突くならそこだ。奴が何度か口にしていた『条件』という言葉。
それを満たさなければあいつは逃げる、というのが今の所解っている事だ。
確実な情報だと思うのは少し危ないが、今はそれぐらいしか対処できそうな物が無い。
「殺させて堪るかよ・・・!」
取り敢えず精霊を集めて、気が進まないがメイラに協力を頼もう。
精霊達と完全に意思疎通が出来るのはあの子だけだ。
セレスは怒るかもしれないが・・・おかしいな、胃が痛くないのに痛い様な気がする。
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